『久しぶりだね、黒子』


そう赤司の口が動いたあと、名前はさみしさにくちびるを噛み締めて、そろりと席を立った。
ウインターカップ決勝、誠凛対洛山戦

赤司と黒子の、キセキと彼との確執をとる最後の戦い。
観に来て欲しいと、キセキと黒子の全員からメールが彼女のもとへ届いた

けれど、メールを読んだ時の高揚が試合を観ながら萎んでいくのは疎外感からか、赤司が変わりつつあることへのかなしさからか。
どちらかなんて判断出来ないまま喧騒を背に、人の疎らな会場の外へと出る


──素直に喜べないなんて私は嫌な人間だな…


「名前ちん」
「ひゃッ…!?」


ぼうっと空を眺めながら変化を受け止められない自分について解析していれば頬に熱い感触とのんびりした声音


「む、紫原くん!」


私服姿を見るのはまだ片手に余るくらいで、動揺しながら頭の隅でユニフォームのときとはやっぱり印象ちがうな、と名前はぼんやり思った


「ど、どうしたの?赤司くんと黒子くんの試合観てたんじゃ…?」
「それはコッチのセリフー。ジュースなくなっちゃったから自販機行こうとしたら名前ちん出て行こうとしてるし、思い詰めた顔してるし。これは追いかけるしかないでしょ?」


自販機を求めて、なんて嘘だということは本人しか知らない。
氷室と観戦していたところから見つけた名前を氷室に紹介したくなくて、なんとなく視界の端には入れつつ。
声をかけずにいれば、だんだん歪んでいく整った顔立ち、極め付けは戻ってきた名前に出会う前の赤司征十郎だった

きゅ、と結ばれたくちびるを上向きにほどきたくて

赤ちんが戻ったからって名前ちんに対して何も変わることないんだよ

それを教えたくて、そばにいたくて、紫原は氷室に嘘をついてまで彼女を追いかけた


「ココアは嫌い?」
「………大好き」


何か抵抗しようと開きかけた口をもう一度結んで、間を空けて、出てきたのは可愛らしい言葉だった。
彼女に渡す前にプルタブを開けてやる

ありがと、とつぶやいた彼女がココアを口に含んでホッと一息ついたことに安堵した
ずいぶん低い位置にある頭を撫でて、彼女によく合う柔らかい色のコートのフードをかぶせる


「わわっ」
「ね、戻ろ。名前ちん」


ダイジョーブだから
そう言って手を差し出せばおずおずと重ねられる雪のような指。
名前の細くて平たいてのひらを握りながら、無理やりまた喧騒の中へと紛れていく

導かれるように、降り積もるすべてが消化されようとしている、この慌ただしい現実の中で、何もかもをキレイに見せてくれる存在は君だけ




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