2017/10/10 Tue
メタポジティブ




しんどいことがあるたびに髪を切ってストレス発散するのだけれど、もう次にしんどいことがあったらスキンヘッドにするしかない長さになってしまった。



辞めたいと愚痴る同期の話が多くなってきたので、ここで話すために名前をつけようと思う。佐藤でいいや。

佐藤は、「自分はいろいろな物事から逃げてきた人間だ」と言う。

偏差値の高い大学に合格したのに親から「もっと上に行ける」と言われて浪人生になって、でもどうしてもっと上に行かなきゃならないのか納得がいかなくなって、フリーターしながら未成年の女を飛行機で追い掛けて同棲したりしていた。
そのあと、将来を心配した親に頼み込まれて、かつて受かった大学に再び一発合格して、その大学で学生をしていた。学生時代は先輩と同級生と佐藤との三人で、痴情の縺れを起こしたりなどした。
いま仕事を辞めたいのは、かつての恩師に縋られているから。恩師のためにできることがあるんじゃないか、でもそれはこの会社では時間的にも難しいことだから、仕事を辞めたいと考えている。

「いろいろな物事から逃げてきた」と言った佐藤は、私を「ポジティブな人間だ」と言う。

私がポジティブな人間に見えるなら、それはきっと学生時代に沢山バイトをして生きてきたからだし、あれがなかったらきっとそんなにポジティブに考えたりしていない。

残業したって「まあ暗いうちに寝て朝日が登ってから起きるんだから肉体的にはあの頃より楽だ」と思うし、お金がごりごり溜まっていく通帳を眺めて「あのときほどしんどくないのに、あのときよりも何倍もお金貰えるなんて幸福だなぁ」と思う。
ポジティブさなんて筋トレと同じ、というのが持論で、つらいことがあればあるほど心は強くなれると信じている。仕事をしない先輩と組んでしまって、ひとり遅くまで残業して、先輩がさっさと帰ってしまっても、「まあ先輩は風俗のひとつもやっていないから仕方ないな」と謎の優越心でもって納得してやり過ごしてきた。

ある日佐藤が焦った様子で「いま上司に辞めたいと言うチャンスだ」「いま言わなきゃ会社に迷惑がかかる」と言ったので、私はことばを返した。
「別に会社に迷惑がかかるからと急ぐ必要はない、辞める会社相手に迷惑がかかったってどうだっていいじゃないか、自分の人生の主人公は自分なんだから、自分のいいように振舞って何が悪いんだ?」
佐藤は納得して、その日に上司に掛け合うのをやめた。そして明くる日私に言った。
「ナナオさんのことばを信じます」
は?自分が辞める算段を他人に任せるつもりなのかこいつは?

過去の経験が私を形作っている。佐藤だってそれは同じだ。私のことばがポジティブに聞こえるのは過去の経緯が違うからなのに、どうして他人にそれを相談する必要があるのだろう。
私は「仕事やめちゃえば」とは言わない。「金貰えて幸福じゃん」としか言えない。でも根がポジティブだからそう考えているわけではない。過去の経験に、そのように言わされているだけだ。

なので、そう言った。人前で全裸で縛られたり床に這いつくばったり背中に溶けた蝋燭を垂らされたりするような仕事をしていた。いまはそういうことがないから楽だ。別にポジティブじゃない。あれよりマシだと思ってるだけだし、あのときのことがなかったら、私も辞めたいと考えているかもしれない。だから君に共感したり、君の立場で考えたりすることは難しい。私と話したって、別にあなたにとっての最適解が得られるわけではない。

佐藤は絶句していた。一度告白してふられた相手が、マゾヒスティックな人妻が集う風俗店で働いてました、なんて、そりゃあ絶句するだろうな。「ナナオさんどっちかいうとサディスティックだから、そういうの、される方じゃなくてする方だと思ってた…」とか失礼なフォローをしてきた。うける。

初めて顔見知りにそんなことを言ってみたけど、心がだいぶ楽だ。「プレゼンは緊張したんですが(全裸じゃないし縛られてもないので)なんとかなりました!」と言うとき、括弧の中を隠さなくていいし。私の心はだいぶ楽になったが、彼は休日にふと私の仕事のことを想像して泣いたらしい。うける。

思い返せば元カノの杉野も、自分で選択することをせずに私に決めさせるのが好きだったな。血族でもない他人の人生なんて、選んでも責任はとれないのにな。早めに伝えられてよかった。私の選択なんて、ポジティブじゃなきゃ耐えられないことばかりなのに、耐えられなくなったら私のせいにするんだろう。そんなの二度とごめんだ。杉野と付き合っていた時期と、風俗嬢をしていた時期はかぶっている。付き合うことなく包み隠さずすべて言えていたら、私の心も少しは楽になっていただろうか。





以下コメレスです。

紅玉さん

あたたかいコメントありがとうございます〜
私自身、風俗の仕事は美しいとも何とも思っていなくて、できればあんな衛生的にアウトなことは二度とやりたくないので、攻撃的なコメントを送ってきた方の「汚い」ということばにはとても共感しています。
ただ、あの仕事をしたからこそ学んだものも沢山あるので、「風俗やってたからなんなの?」というコメントが一番激おこでした。風俗やってたからいま生きてるんだよ私は!という気持ちです。
どんなコメントが来ようとも私は残念ながら順調に生きているので、これからも順調に生きていこうと思います。

過去の記事も読んでいただいてありがとうございます。
花のシールのお手紙の話は、なんというか、未だにそんなふうに考えている人も多いんだなぁともやつきながら、紅玉さんのようにほんわかと受け止めてくださる方もいて、皆がそう思えばいいのになぁと遠い目をしてしまいます。
陰口を叩いていた人たちも、人生の何処かで「男らしくない」とか「女らしくない」とか言われてしまったせいかもしれないので、そういうしんどいことを言われる経験をした人が少しずつ数を減らしていって、淘汰されていけばいいなと思っています。

こちらこそ長文ですみません。寒くなってきましたので、暖かくしてお過ごしください


 


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