PROLOGUE:009

「……」
「……」

名字が唇をへの字にそっぽ向いたままだった。周りはやけに騒がしいのに、赤松と最原、そして天海と名字だけは気味の悪い時間が流れていく。

どう声をかけていいのか。

恐らくこの場にいる4人が共通して思っていることだ。踏ん切りがつかないまま、顔色を伺ったりするこしか出来ない。

「み、みんな!聞いて!」

結局、ゴン太が体育館へ飛び込んで来たことでこの場の問題は切り上げられた。
ゴン太は全力で走って来たのか肩で息をしている。それで勢い余って思い切りよく開けたようで、扉が若干へこんでいた。

「どうしたんですかゴン太さん?そんなに息を切らして不審者でも出ましたか!?転子が成敗しますよ!」
「そうじゃないよ!えっとね……」

獄原が口を開こうとした矢先に、アンジーがひょっこりゴン太の背後に現れる。

「おーゴン太早かったねー。サラマンダーより早かったよー。おかげで追いつくのが大変だったよ!」
「そのネタはダメぇ!みんなのトラウマだから!」
「バカかと思ってたけど、まさかこんな大発見をするとはネ。偶然とは恐ろしいヨ……」
「だからバカじゃねえって言ってるだろうが!」

白銀には思い当たる節があるのか顔を真っ青にさせている。そんな最中で、百田と真宮寺が何やら言い合いながら、体育館の中に入ってくる。

まだそのやり取りしてたんすか……。百田君にバカって言ったら、怒るに決まってるのに。もしかして真宮寺君って割とねちっこいんすかね?
そんなことを思っていると名字が「全員だ」 と呟く。

「えっ?」
「17人いる」

名字が指摘した通り、ゴン太達が来たことによって全員揃ったようだ。

「それで獄原君には何を見つけたの?」

真宮寺と百田はまだ口喧嘩をして、アンジーと白銀は何やら別の話題で盛り上がってゴン太の喋る暇がない。見兼ねた東条がゴン太に話しやすいように尋ねた。

「あのね」

ゴン太がようやく話そうと口を開いて、ギィィと歪な音が部屋に響いた−−。

「やっほー!おはっくまー!」
「きゃああああああ!」

ドスン!ドスン!重量のある何かが床を軋ませる。砂煙の奥から現れたのは巨大なロボットだった。配線は剥き出し、関節部や骨組みのパーツはトップコートをかけているだけで、顔らしき部分にしか塗装されていない。無骨なスタイルに左腕には銃器。その様からロボットはロボットでもハリウッド映画に出てくるような戦闘用ロボットだ。そんなロボット達が天海達を取り囲む。

「みんな、ゴン太の後ろに下がって!」
「な、なんですか!?このバケモノはっ!?」
「殺すのはブスからにしろ!オレ様は最後だ!」
「夢野ちゃん、早く逃げて!」
「なぜ、今の流れでウチが心配されるんじゃ?」
「それは王馬にとって夢野がい」
「はい、名字さんストップ」

混乱の最中に爆弾を投下しそうな名字を取り押さえた。なんとか最悪の状況を回避出来たようで天海は深く息を吸って、吐いた。

「まぁ、ちょっと落ち着くっす。そんなに慌てなくても多分平気っすよ」

全員に聞こえるような声量で発声したことで、皆が天海に釘付けになる。中には「何を言ってるんだ、コイツ」というような視線もあったので、天海は自分が正しいということを証明するために機械に近付いた。

先程の声からしてこのロボットの中身はモノクマーズなのだろう。それなら起きる前に天海達を殺すことだって出来たはずだ。それなのに、わざわざこんな回りくどいことをする意味は。

「で、俺らに何させるつもりなんすか?暴力をチラつかせるって事は『酷い目に遭いたくなかったら』って脅して、俺らに何か強いるつもりなんすよね?」

天海の予想通り、モノクマーズは何もしてこなかった。しかも「なかなか勘が鋭いやないか」と黄色いロボット−−に乗ったモノスケが否定しなかったのだから、天海の発言も正しいのだろう。

「じゃあ、ミーが言っちまうぜ!いいか!キサマラにやって貰いたいのは−−」
「コロシアイ、ダヨ」

殺し合い。聞き間違いで無ければ、今まで無言を貫いていたモノダムはそう言ったのだ。

「ムキー!ミーが言おうと思ったのに怒ったぞー!モノダムなんか叩き潰してやる!」
「コラー!仲間割れなんしてるとオイラが叩き潰すからね!」
「もう、これだから男の子は……。こうなったら、アタイが4匹まとめてぶっ潰しちゃうわ!」
「4匹ってワイもターゲットやん!?」

一触即発。それぞれが銃を向ける素振りを見せて、さらに場は混乱した。

「マ、マジかよ!?こんな所でおっ始めるつもりか!?」
「大丈夫だよー。神さまが見守ってるからー」
「この状況でまだ見守ってるだけ!?」
「とにかく危険です!このままではボクらも巻き添えに−−」
「おやめなさい……」
「えっ?」

優しく語りかける得体のしれない声に、天海は身の毛がよだつ。

「可愛い我が子達よ……。醜い争いはやめるのです」
「あー!その声は!」
「お父ちゃん!お父ちゃんだよね!?」
「ラブリーなお父ちゃんはどこ!?」

その時だった。突然、体育館の照明が落ちたかと思うと、舞台にスポットライトが当たる。
体育館の舞台に置かれた教壇から何かが飛び出して舞い降りる。しかし地に足が着いた瞬間、ぽろりと呆気なく羽が取れて地に落ちてしまった。

「ボクこそは、この新世界の神であり……。そして、才囚学園の学園長!そう、モノクマだよ!」

モノクマーズと似たデザインの縦に半分で区切られた白黒のヌイグルミ。大きさはモノクマーズの父親らしく、モノクマーズに比べて大きかった。
モノクマの登場に誰もが言葉を失った。この中で喜んで声をあげているのなんて、モノクマーズしかいない。モノクマーズはロボットから飛び降りてモノクマに駆け寄って行く。

「わーい、お父ちゃんだー」
「……」
「神登場ってやつだなッ」
「やあ、可愛い我が子達よ!今までのグダグダとした緊張感のない流れも、本編以上にプロローグが長過ぎてもオマエラが可愛いから許せちゃうよね」
「……お父やん、もしかして怒っとるん? 」
「怒ってないに決まってるだろー!」
「ぐわわー!」
「お父ちゃん、怒ってるんだね!?」
「お父ちゃんやめてー!」

一昔のアニメのようにどこからか取り出したのか分からないちゃぶ台をひっくり返していた。ひっくり返した拍子にころころとモノクマーズ達が転がっていく。

「なんか……。また新しいヌイグルミが出て来たけど……」
「あれが夜長の神様?」
「違うよー。アンジーの神さまもうちょっとスマートだよ」
「誰がメタボだ!コラー!!」
「言ってないですよ!?というか気にしてたんですか!?」
「それより、さっきのコロシアイって何?」

春川がコロシアイのことを指摘するとモノクマは「あーそれねー……」と急に勢い落とした。

「いやあ、ちょっとマンネリ気味かもしれないから改めて言うのも少し恥ずかしいんだけどさ」

恋する乙女が校舎裏で好きな人に告白する。そんな甘酸っぱいような恥ずかしさを醸しながら、

「コロシアイをして貰いたいんだよね。"超高校級"の才能を持つオマエラ同士でさ」

モノクマは態度は裏腹の悪意に満ちた告白をする。

「殺し合い……?私達で……?」
「冗談はやめてください!」
「冗談じゃあないよ!学園の周囲には巨大な檻!高機動人型殺人兵器エグイサル!ここまで言えば分かるよね?」

殺されたくなかったらやれ、ってことっすか。
死ぬのを良しとするなら、やらない。それでも構わないのだろう。しかしここには顔色を悪くした生徒ばかりだ。そんな選択肢を取ることなんて不可能である。

「おい、待て。殺し合いといっても武器はどうするんだ。それぞれ武器でも与えられるのか?」
「こんなときになんてこと聞いてやがるんだ!?」
「こんなときだからこそ、情報を引き出さないといけないんだろうが。殺し合いだかバトル・ロワイアルだか知らねーが何も分からねーまま対処のしようもねー」
「バトル・ロワイアルゥ?ちょっと聞き捨てなりませんねぇ!」

モノクマの愛らしい顔から湯気がポコポコと湧いた。見せつけるように構えた手から爪、というよりは爪状の刃物が飛び出す。

「猿でも出来そうな低俗かつ野蛮な殺戮と一緒にしないでくれるかな!まぁ、そういうところがボクとしては好きなんだけど、コロシアイは違うんだよ!コロシアイは"学級裁判"を行う高度かつ知的でエンターテインメント性にあふれてるんだからさ!」

下品な笑みを浮かべてモノクマはでっぷりと太った腹を抱えた。

「はーい!ここからはオイラ達が学級裁判について説明するよ!」
「一分で分かるモノクマーズ式コロシアイ早口解説!」
「その1!外の世界に出たかったらこの中から1人!誰か殺すんだよ!」
「その2!殺人が起きたら一定時間後、殺人を犯したクロを見つけ出す学級裁判を行って議論してもらう!その後、"投票タイム"でクロを多数決で決めるんだぜ!」
「その3!多数決で導き出された答えが正しかったら、クロだけが"おしおき"されて、残った他のメンバーと共同生活を送るんや」
「ただし、もし答えが間違ってたら……うう」
「罪を逃れたクロだけが生き残って、それ以外の生徒であるシロは全員"おしおき"されてしまうんだよ」

要はバレないように殺して、学級裁判を乗り切って無罪を勝ち取る。学級裁判なんて言っているが、実際の裁判と大差はないのかもしれない。

しかしそれは殺人犯にとっての視点の話であって、裁判員や弁護士の視点ではまた変わってくるのだが……。今はそんなに関係の無い話だ。

「おしおき?」

ただ皆が呆然とする中、名字の呟きがやけに響いた。

「おしおきっていうのはすっぱりキッパリズバリ!処刑だね!もちろん"命懸けの罰"だよ!だってこれはコロシアイだからね!」

ガハハハ、と大笑いするモノクマーズ。それを見て「可愛い我が子たちよ!最高だよ!もう食べちゃいたいよ!」と息をハァハァとさせている。

「きしょいのぅ……」
「まぁ、かったるい説明タイムはこれでおしまい!ワックワクでドッキドキな"コロシアイ新学期"を始めましょうかー!」

赤い右目が鈍く光って点滅し始めた。黒黒としたつぶらな左目も生気は無く、どちらも狂気でしかない。

「今回も殺し方は問いませーん!撲殺が好き?刺殺が確実?絞殺はコスパがいい?毒殺が楽チン?射殺でも殴殺でも焼殺でも溺殺でも轢殺でと爆殺でも斬殺感電殺落殺呪殺圧迫殺出血殺笑殺でもお好きな殺し方で、お好きな相手をお好きに殺してくださーい!」

新学期なんてふざけた名前までつけてまるでゲームみたいっすね。

舞台だけで飽き足らず、白黒はっきりつけるルールまで用意されている。モノクマの言う通り、高度かつ知的な悪趣味なゲーム。

彼は知らない。
彼女もまだ知らない。
彼等はどこから来たのか。
彼女等は何者か。
少年少女はどこへ行くのか。

絶望と悪意に満ちた舞台に立たされた17人の物語。嘘のような本当の話。本人達の意思とは裏腹に、ページは進んでいく。



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