CHAPTER ONE:010

ピロリロリン。ピロリロリン。

モノクマとモノクマーズが去っていった直後、規則正しいフレーズでアラーム音が響いた。微妙にずれた複数のアラーム音は、絶え間なく鳴っている。特に甲高い音の重なりが天海の鼓膜を貫いてくる。その音を止めようと、発生源であるサルエルパンツのポケットに手を突っ込んだ。

無機質な薄っぺらい感触を確かめ、天海は取り出した。黒と白のツートンの、タブレット。天海は未だにアラームが止まないタブレット−−もといモノパッドの画面を見て、手から滑り落としそうになった。

"コロシアイ"、"モノクマ"……。そこに書いてあった言葉の羅列を頭で理解すると、足元がふらつく。それを歯でなんとか食いしばって天海は思い留まった。

「才囚学園の校則か…。要はここでのルールって訳だな」
「誰がなぜ……。こんなことをさせるのかしら
……」
「でもルールはよく練られているよね。ゲームとしては、つまんなくなさそうだよ」
「そういう問題じゃないですよ!」
「あまり声を張り上げないほうがいいヨ。場の空気が乱れてしまうからネ」

天海の見る限り、モノクマが提言したコロシアイについてはそれぞれ様々に受け取っているようだった。割と冷静にルールを把握しようとする者。ゲームとして楽観視する者。未だに受け止めきれていない者。
どちらかというと、大体冷静な人とそうでない人が半々で、楽しそうに笑っているのは王馬ぐらいだけだ。

「ねーねー、この6番目の校則ってどういう意味ー?」

6番目の校則?そんなおかしなことが書いてあったんすか?
天海は顔を上げて、ぐるりと見渡す。皆はアンジーに言われて、モノパッドとアンジーを交互に見ていた。

「シロが勝ち続けた場合、最後の2人になった時点でコロシアイは終了って……。なんで2人なのー?何か意味があるのー?」
「……残り2人になったら、裁判が成り立たないじゃないからかな」

最原の言う通り、残り2人の時点で殺す相手なんてもう生き残ったお互いのどちらかしか限られている。

「なるなるー。終一って頭いいねー。にゃははははー」

でもわざわざ校則に書くほどのことっすか?無意味な殺生にならなくて済むのは確かっすけど……。

「ふざけんな……。何がコロシアイだ、何が校則だ……。ふざけんなっ!」

天海の思考は百田の怒声によってかき消された。反射的に百田を見ると、百田は手にしたモノパッドを床に叩きつけようと大きく手を振り上げている。

「誰がこんなもんに従うっていうんだ!」
「壊したらダメ。校則違反になる」

百田の手を止めたのは名字だった。

「違反したらエグイサルに処分される、って書いてあったね」
「校則なんて知るかっ!オレはこんなふざけた遊びに付き合う気はねー!」
「いや、こいつは遊びじゃねーっす。この状況で逆らうのは無謀っす」

今は何もしなかったエグイサルも、その存在によって「いつでもオマエラなんて殺せるぞ」ということを裏付けている。
更に出口がない以上、今のところここで暮らすしか他にない。日々の暮らしには衣食住が必須なのは当然で、その衣食住を提供しているのはモノクマ達だった。

モノクマの掌の上。そう思うと怒りがふつふつと天海に湧いてくるが、ふっと軽く息を吐き出すことで冷静を装う。

「ほっとけ、ほっとけ!救えねーバカが世界から1人減るだけだ!」
「ああ!?誰がバカだっ!」
「君だヨ」
「真宮寺っ、テメー!」

今度はおふざけで済まなかったのか、百田は真宮寺を睨みつける。真宮寺は冷ややかな目で見つめ返し、空気が今にも決壊寸前のダムのように張り詰めた。

「もー!ケンカしてる場合じゃなーい!」

突然の大声に誰もが声の主に注目した。赤松だ。赤松が眉を尖らせながら、真宮寺と百田を見ていた。2人が大人しくなったのが分かると、今度は眉を八の字にして赤松は笑う。

「仲間同士で争っている場合じゃないでしょ。こういう時こそ、みんなで協力しないと。……って、ホントは言葉で言うよりピアノで一曲弾いた方が早いんだけどね」

ほら、と思いついたように赤松は人差し指を立てた。

「ショパンの"軍隊ポロネーズ"だよ。一気に結束力が高まると思うんだよね」
「ポロネーズ?ボロネーゼ?」
「違うよ!軍隊ポロネーズだよ!」

名字がまた聞き間違えたのか、知らない言葉を似た言葉に置き換えたのか(おそらく後者)。名字は素っ頓狂な言葉を発した。

「ボロネーゼはオレも好きだよ。トマトとお肉は食べられないんだけどね」
「トマトとお肉なしでは、ボロネーゼとは言えないのでは……」
「ボロネーゼの味知ってんの?炭酸もまともに飲めなかったロボットのくせにボロネーゼの味知ってんの?」
「馬鹿にしないで下さい!味は分かりませんが、ボロネーゼが何で出来てるかぐらい知ってますよ!」
「そこのふざけた男死はさておき、転子も赤松さんの言う通りだと思います!力は正しい方に向けて使わねばならないと、転子の師匠も仰っていました!」
「だってさ!もう!キー坊、真面目に発言してよね!」
「ふざけてるのは王馬君でしょう!?」

そこから王馬が乗っかって、王馬の嘘にキーボが突っ込んで……。と、話が本筋から逸れていく。

「だ、大体……。みんな慌てすぎじゃ……。ウチのように、どーんと構えてればいいんじゃ……」
「わーっ!凄いブルブルしてるー!」
「こ、これだけのバイブは……。百戦錬磨のオレ様でも手に負えねーぜ!」

誰かが発言すると、また別のところで誰かが発言する。その度に、いくらか空気が呼吸のしやすいものになっていた。

天海は王馬を見ていると、見られた王馬もすぐに気付いたのか、天海を一瞬だけ見た。目がかち合ったと思ったときには、王馬はにししっと笑って、すぐにまたキーボをあしらっていた。

「でも、あの大きい壁のどこを探しても、扉も穴も開いてなかったよ?」
「変ですね。あの壁に扉も穴もないとなると、だったらボクらはどうやって入ってきたのですか?」
「きっと、どこかに抜け穴があるんだよ!それをみんなで探せばいいんだよ!」

意気込むように、赤松は両手に拳を作った。

「ここに閉じ込めた誰かさんは、私達を争わせたいみたいだけど……。ねぇ、そうはいかないってところを見せてやろうよ!」

赤松の声が次第に大きくなっていく。

「私達はみんなで争い合うんじゃなくて、みんなで協力し合うんだよっ!」

協力し合うんだよっ!し合うんだよっ……。赤松の言葉が体育館にこだました。赤松のエコーが聞こえなくなっても誰も反応しない。

「って、なんでシーンってしちゃうの?なんか、間違ったこと言ったかな……?」

数秒経っても誰も何も言わないことに不安を覚えたのか、赤松は恐る恐る聞いた。

「いいえ、そうじゃないわ。貴女があまりに真っ直ぐな正論を言うから、もう他に言う事がなくなっただけよ」
「あぁ、まったくその通りだぜ!そう簡単に諦めてどうするんだって話だ!」

協力し合う。それはきっと正しいことだ。でも天海の中では、胃にズシリと重くのしかかっているような感覚に苛まれる。

この中に裏切り者がいるかもしれないのに、っすか?

そう言葉に出来ないところが余計に天海を苦しめた。

「それでは出口を探しましょうか!」
「あっ、ちょっと待って!」
「んあ?これからって時になんじゃ?」

ゴン太が言いづらそうに、「あのね」と前置きしてから話し始める。

「さっき、校舎裏の建物の中にマンホールを見つけたんだ」
「マンホール?」
「そうそうゴン太がね、マンホールをヒョイっと掴んでくれたんだー。そしたらびっくりだよー!マンホールの下には地下通路みたいなのがあったのだ!」
「上から覗いただけだから確証はないけどネ」

代わる代わるゴン太とアンジーと真宮寺が言い終わったところで、ええ!?と驚いた声が体育館のあちこちで響いた。

「そ、そういう大事なことは早く言ってください!」
「とにかく、すぐに確認に行きましょう。獄原君、案内をお願い」
「うん、分かったよ!みんな、ゴン太に付いて来て!」

ゴン太を先頭にして、一目散にみんな、体育館から駆け出して行った。赤松も追いかけていこうとしたところで、天海は赤松に声を掛けた。

「……赤松さん、凄いっすね」
「えっ?何が?」

赤松は走ろうと前に出した右足を元に戻した後、訳が分からないといった顔で天海を見ていた。

「キミの発言からムードがガラリと変わったっす。すっかり、みんなの中心人物っすね」
「中心人物って……。大げさだよ。私はただ、思ったことを言っただけだし」
「意識しないでやってるって事すか?じゃあ、なおさら素質があるんすね」

このコロシアイを勝ち抜く素質が。

そう付け加えると目の前の赤松はもちろん、視界の端にいる最原も目を丸くしていた。だが自分自身が言ったことを、天海は撤回しなかった。

「けど、これを仕組んだヤツ目線で考えると、さっきの赤松さんの発言はかなり厄介っすよ。『争い合うんじゃなくて協力し合う』ってのは、きっと最も望まれてない展開なんで」

モノクマとしては己の欲望のままに、争い合うところを見ていたいと天海は考えている。それを邪魔する赤松はどう見えるんだろうか。きっと、禄なことにならない。

「だからこそ、敵は全力で潰してくるっす。赤松さんは真っ直ぐな人だから、そうなった時がちょっと心配っす」

言うだけ言って、天海は赤松達に背を向けた。

赤松に対してコロシアイを勝ち抜く素質があると言ったのは、天海の本心だった。集団生活を余儀なくされ、疑心暗鬼に囚われそうな中で、赤松楓は自らの発言でひっくり返したのだ。発言力があって、人望が厚い。この要素は赤松が生き抜くのに強い味方となるだろう。良くも悪くも。

「あれ、名字さん?」

天海が体育館の扉を開けると、廊下の先に名字が佇んでいた。声を掛けられて、名字は天海へと目を動かす。

「皆と先に行ってたと思ってたんすけど……」
「天海と赤松と最原が来ないから待ってた。お邪魔だった?」
「別にそんなことないっすよ。後、赤松さんと最原君は後から来るっす」

天海が歩き始めると、名字も天海に着いてくる。最初は妹に似ていると思ったが、こうして着いてくる様子を見ていると犬とか、アヒルの子も連想させる。

いや、どっちかっていうと犬っすよね……。
さっきも天海が来るのを廊下で待っていたのだ。犬と例えるのがやっぱり正しいのだろう。

待ってもらえるだけ懐かれたんすかね。とそんなことを悟られないように、天海は微かに笑った。

「でも名字さん、待っててよかったんすか?皆からはぐれたら、道が迷っちゃいそうっすけど」
「迷う?何故?」

名字は分からない、というように首をかしげた。

「見つけたのが獄原達だったから、出口はあのコンテナの向こうにあるはず。だから迷うことはない。それに……」

名字が天海に駆け寄ってきた。

「モノパッドに地図が書いてある」

そして片手に持っていたモノパッドを天海に見せつける。画面にはご丁寧に才囚学園の地図について書いてあった。 目的地を表すピンは校舎の裏手側に刺さっている。

「あー……。そうだったっすね」
「多分夜長達はアラームがなる前にこれを見たと思う。だからコンテナの向こうに建物があるって知っていた。うん、筋は通っている。これで謎が一つ解決した」
「……もしかしてアンジーさんに聞きたかったことって、それっすか?」
「うん。……あれ?」

名字は外に出て、首を捻った。天海にはその動作の意味が分からなかったが、外の様子を見てすぐに理解した。きれいに積み上げられていたコンテナの山は跡形もなくなっているのだ。

「前に来た時にはコンテナいっぱいあったはず」

誰が除去したのか?百田達が?いや、それはないっす。なら……。
一人問答をしながら、天海は答えに辿り着いて、顔から笑みを消した。

「ねぇ、天海。これって行かない方がいい気がする」

同じ答えに辿り着いたのか、名字が天海に問いかけた。天海もそうしたいのは山々だが、そういう訳にもいかない。

「皆もう向かってるはずっすよ。念のために伝えておかないといけないっす」
「分かった」

そこから天海も名字も、お互い何も言わずにあぜ道の先へと走った。

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