CHAPTER ONE:011

1歩、2歩。穴の壁に取りつけられた、頼りない足場を踏み外さないようすに天海は降りていた。

あぜ道の先にあったボイラー室で、ぽっかりと蓋のないマンホールがあった。(蓋は草むらの中に何故かあった。)マンホールの壁にはハシゴが掛けられていたが、ハシゴの先は真っ暗闇だった。それでも天海はハシゴを伝って降りていく。

しばらくすると、ガヤガヤと明るい声がこだまし始めた。天海が底に到着した頃には、誰が何を喋っているかまで鮮明に聞き取ることが出来た。

「んあー。天海ではないか……。遅かったのう」
「遅すぎますよ!皆さん、待ちくたびれてます!」

天海がハシゴから地面へと無事降り立ったのを見つけてか、夢野と茶柱が駆け寄ってくる。

「んあ……。走りすぎて疲れたわい……」
「夢野さん!しっかり!疲れたからって地面に座らないで下さい!いざとなったら転子がおんぶしますから!」
「ウチは子供ではないぞ」

今にも床に倒れこもうとしている夢野を、必死で茶柱が腕を掴んで支えていた。
地面はドラム缶から零れた謎の液体や埃で汚れており、お世辞にも綺麗とは言い難い。

「遅れたのは申し訳ないっす。出口についてなんすけど」
「出口ならあったぜ」

星に言われて、天海は出口を確かめる。
鬱屈としていて明かりがなく、横方向へと広がるトンネルのような出口だった。時折、水の流れる音が奥から聞こえる。天海にはこのトンネルが昔ドキュメントであった地下下水道にも見え始めた。

さらに出口にはオマケが付いていた。木の板を釘で簡単に打ち付けたような、手作り感満載の看板が穴の横に立っていた。その看板には大きく『出口』と書かれている。

「これって、罠なんじゃないっすか?」

そう思っていたのは天海だけではないようで、何人か「やっぱり?」と不安そうな顔をしていた。

「でも他にそれらしい道なんてないヨ」

そこは真宮寺の言う通りだ。天海がなんと返事しようか悩んでいると入間が地味に発言する。

「罠っぽいけど。モノクマ達もまだ気付いてないみたいだし、行ってみる価値はあるだろ?それに穴に突撃するなんて、悔しい……!でも感じちゃう!」
「……モノクマ達には気付かれてると思うっすよ」
「ハァ!?」

天海の意見に入間だけでなくこの場にいる全員が驚いたようだった。いくつもの視線が天海に突き刺さる。

「さっきまで通れなかった道が通れるようになってたっす。多分モノクマ達の仕業っすよ、あれ」

あのコンテナの山を除去したのは誰か?コンテナを軽々と退かすことなんて、ゴン太ぐらいにしか出来そうな人間はいないだろう。
しかしゴン太もぽかんと口を大きく開いたまま天海を見ていることから、彼が犯人ではないことは明確だ。

そもそもコンテナを運ぶ手段は一般的に機械だ。そう考えると、天海の中では「エグイサル(もしくは別の機械)でモノクマ達が除去した」という答えが腑に落ちるのだ。

そうなるとまた別の疑問が出てくる。モノクマ達は何故わざわざこんなことをしたのか?
一見、天海達を出口に導くような行為にも思えるが、モノクマ達の好意ではないことははっきりと分かる。こんな簡単にモノクマ達が脱出を許すわけが無い。

何が目的なんすかね……。

「それでも、とりあえず行ってみない?」

まさしく鶴の一声だった。天海が振り返ると、ハシゴの近くに赤松達がいた。今しがた下りてきたのか、心なし呼吸がほんの少し荒い。

「そりゃあちょっとは危ないかもしれないけど、これだけ超高校級が揃ってるんだし……。みんなで協力し合えば、絶対になんとかなるはずだって!」

そう、ここにいるのは一般人ではない。この場には頼もしい17人の超高校級がいるのだ。
百田がそうだ!と大きく声を張り上げて、白い歯を見せる。

「オレの言いてー事そのまんまだせ!赤松とオレは気が合うみてーだな!ハグでもするか!?」
「ううん、嫌だ」
「どさくさに紛れて当ててもらおうとしましたね?これだから男死は……!」

モノクマ達に気付かれているかもしれないと言った時よりも、みんな顔を明るくさせて、気持ちを出口に向かうことへ固まっていた。

やっぱり赤松さんは中心人物っすね。……彼女が敵じゃないといいんすけど。
そう思いながらも赤松の言葉に後押しされて、天海も「分かったっすよ」と了承した。


ここで強く止めていたほうが、よかったかもしれない。
未来の天海は後悔することを知っているが、現在の天海は知る由もない。







一度目はみんな通路の爆弾(といっても閃光弾の劣化版のようなものなので対して実害はない。)に当たって気絶した。(そして何故か入口へと全員戻されていた。気絶すると入口に戻る仕組みらしい。)それを見ていたモノクマ達がひょっこりと現れて、赤松達を嘲笑った。

この道に挑むことが絶望だとしても、モノクマに負けたくない。コロシアイなんてしない。みんなとここから出るんだ!そして外に出たら友達になろうと語りかけた赤松によって、一致団結して挑んだ二回目。

無残に失敗した二回目の反省を生かして、作戦を立てて挑んだ三回目は途中で落ちてきた檻に閉じ込められて、入口に問答無用で戻された。

四回目と五回目は立て続けに進んだ距離を伸ばしていったけれど、出口へとたどり着かなかった。
六回目の途中で誰かが「この道はどこまで続いてるんだろう……」と言った。名字が思う限りは今の倍以上の距離はあるような気がした。そのことを口にすると、みんなの勢いが急激に落ち始めた。

「今度こそ!行けるよ!ちょっとずつだけど進んできてるから、まだ諦めちゃダメだよ……!」

心がポッキリと折れそうなのに、ここまで挑んでこれたのは赤松の激励があったからで。赤松の言葉のおかげでなんとかみんな立っているようだった。

「いい加減にしてよ」

王馬の呟き程度の微かな声は離れている名字の耳にも届いた。脱出に記念すべき10回目のトライへ向かおうとしていた矢先のことだった。

「無理だと分かってる状況で諦めちゃダメって言われてもしんどいだけなんだよ。諦めることも許されなくて、しかも正論だから反論すら出来ない。そんなの、ほとんど拷問じゃん。赤松ちゃんは『諦めない』って言葉で仲間を追い詰めてるんだよ!」

堰を切ったような王馬の叫びは赤松の顔をしかめさせた。それと同時に赤松から血の気を引かせていく。

「僕はもう壊れそうだヨ……。この苦難に朽ちてしまいそうだ……」
「状況から冷静に判断する限り、諦めるしか……。ないと思います」
「うん……。三井君でもゲームセットだと思う」
「最初から無理だって分かってたけど」
「ケッ、とんだ茶番だったな。オレ様の時間と体力の無駄だったぜ」
「ウチを頼られても困るぞ。元気が出る魔法はMP不足で使えんのじゃ」
「でも誰も大怪我しなくてよかったー。神様のお陰だねー」

王馬が切り込んでから、なし崩しに何人か苦痛に満ちた声を漏らし始めた。

王馬の言うことも正しい。最初は意気込んだメンバーも大半は生気が抜けたように死に体になっているということがさらに王馬の正しさを物語っていた。

「ちょっと待ってよ!みんな、諦めたらダメだよ!」
「テメーら、ここから出られなくてもいいのかよ!?」
「別に無理しなくても、違う方法で出ればいいだけじゃない?」
「コロシアイのことっすか?」

天海が信じられないという風に王馬を見た。

「あぁ、キミはそういう解釈するんだね」
「……」

王馬の指摘に天海は睨みつけるように王馬を見返していた。ただ、天海の顔色は暗かった。ここに明かりがないからという理由だけでは無さそうだ。

「や、やめなって……。ケンカしてる場合じゃないよ……」
「まったくやれやれだぜ……。さっきまで協力だの、仲間だの言っていた割にはあっという間にバラバラじゃねーか」

星の言葉は今の状況を的確に捉えていた。

「ごめん……。私のせいだね。本当にごめん……」

それは赤松の胸に意図しれず、突き刺さって。今にも消えそうな声が名字の耳元にしっかり届いた。

「バカヤロー!なんで謝ってんだよ!テメーのせいじゃねーだろ!」
「そう?私は赤松のせいだと思うけど?」
「あぁ!?なんでだよっ!?」
「春川さんも、百田さんも喧嘩はやめて下さい!こんなことをしてる場合じゃないんですよ!」

茶柱が一喝したことにより、百田は何か言いたそうなのを堪えてぐっと何かを飲み込んでいたようだった。

「提案なのだけれどいいかしら?」

誰も声を発しないことを確認してから東条は発言を続けた。

「今のみんなは疲弊しているわ。こんな状態で挑んだところで大怪我する可能性がある以上、今日はもう休んだほうがいいと思うの」

東条の言うことに異論はない。もう既に諦めたメンバーは東条の意見に賛成だった。諦めちゃいけないと言っていたメンバーも、大怪我をすると言われてしまえば何も言うことが出来なかった。

「ここには食料が十分にある厨房と、全員分の個室がある寄宿舎があるわ。食事は私が作り、休息はあそこで取る。これでどうかしら?」
「うげー!あんな所に泊まるのかよ!?」

東条の提案内容に入間が抗議の声を荒らげた。すぐに星が「そうか?」と、呆れ気味に入間の意見へ反対意見を述べる。

「そんなに悪い部屋じゃねーだろう。俺がいた監獄よりはよっぽどマシだぜ」
「でもこんな不気味な学校に泊まるとか、ちょっと震えるよ」
「まぁ、仕方ないからガマンしよう!で、明日の予定はどうする?」
「朝8時に食堂で集合してから決めるというのはどうじゃ?」

今度は驚いたことに夢野が提案してきた。唇に指を当てながらぼんやりとした口調で話を続ける。

「飯を食わねばなんとやら、と言うんじゃが……。8時にならんと食堂は開かんようじゃ」
「えー?どうしてー?」
「校則に書いておる」

才囚学園校則第7ページ。『夜10時から朝8時までの"夜時間"は、食堂と体育館が封鎖されます』。夢野はこのことを言っているのだろう。
夢野の発言にアンジーは「なるほどー。校則なんだねー」とモノパッドを見て納得していた。

「それならそうしましょう!明日の朝8時に、朝ごはんを食べてから予定を立てる!これで決まりですね!」
「で?もう部屋に行っていいの?」
「そうね……。食事を希望する人は食堂にまで着いてきてちょうだい」

東条が先導する形でハシゴを上っていき、一人、また一人とこの地下空間からいなくなっていった。

「赤松」

取り残された赤松に向かって名字は声を掛けた。暗がりの中から声を掛けてきた名字に驚いた赤松と、その場にいた最原と百田は大きく仰け反った。

「なんだ名字かよ。ビビらせんなって……。一瞬マジモンかと思ったじゃねーか」

名字だと分かると百田は肩の力を抜いて、最原はあからさまにため息をつく。それに対して赤松には「何かな?」と聞き返して来るものの、表情が硬い。

「あまり思い詰めないように」
「えっ?」
「言いたいことは勝手に言わせておけばいい。自分で選んだ行動は自己責任。他人のせいではない。だから赤松が責任を感じる必要はない」
「……」
「私からすれば、赤松は間違ったことをしてはいない」

出口を目指してみんなと一緒に向かったのも、そのために励ましたのも間違いではない。もし、誰かのせいにしてもいいのなら、それはこんな状況なんだろう。
しかし他人のせいではない。と赤松に言った手前、名字はその言葉を飲み込んだ。

「それだけ」

言いたいことを言い終えると、赤松や最原を無視して名字はハシゴに足を掛けて上り始めた。

「ありがとう」

下から聞こえてきた赤松の声に、名字は首だけ動かした。ハシゴの上から赤松を見下ろすと、赤松は真っ直ぐに名字を見つめていた。

「礼はいらない。私は正しいと思うことを伝えただけ」

私の正しさが赤松の助けになるかどうかは分からないけど。
名字は首を元に戻して、それだけ呟くと地上へと戻っていった。

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