PROLOGUE:006

「なんでこのコンテナの向こうに行こうしとてたの?」
「それはねー。地図にこの先が書いてあるからだよー」
「地図?」

名字の問いにゴン太がすぐ様答えた。

「あのね、その先にまだ調べてない建物があるんだけど……。コンテナが塞いじゃって行けないからどうしようかって」
「それでオレが考えたのがトーテムポール作戦だ!」

デデン!という効果音がつきそうな勢いで百田が自慢げに話す。

「ゴン太の上にオレが乗る!オレの上に夜長が乗る!夜長がコンテナの上でロープを垂らす!どうだ!完璧な作戦だろう!」
「バカなの?」
「バカじゃねーよ!バカって言うほうがバカだろうが!」

完全にバカが言うセリフっす、それ……。
そんなこと天海は口にはしなかったが、そんな感想を抱いたのは天海だけではない。真宮寺は明らかに呆れた目で百田達を見ている。あの名字でもわずかに眉間にシワを寄せていた。

「トーテムポール作戦は無駄だヨ。ロープには何かくくりつける場所や重石とかないと。それと仮に夜長さんが百田君を引っ張りあげることが出来ても、体重の重い獄原君を引っ張りあげることは出来ないからネ」
「だったら、夜長だけでも……」
「そもそも夜長さんが百田君を引っ張りあげられるのかどうかも怪しいところだヨ」

真宮寺に尽く論破されて、百田は打ちひしがれた。

「ちっくしょお……。いい作戦だと思ったのによぉ……」
「だ、大丈夫だよ!がんばってゴン太自力で登るよ!」
「あんまり無茶しないほうがいいよー?ケガしちゃ危ないからねー」
「でもコンテナの向こう気になるよね? 」

うーん。と悩む三人を見て、天海はムズムズとした気持ちが膨れ上がる。

「なんでハシゴ使わないんすかね?」

とうとう言ってしまった。
えっ?は?んー?と三者三様の驚いたようにリアクションをしながら、天海を見てくる。

「ハシゴあったっすよ?倉庫に」

確か名字と一緒に行ったときにあったはずだ。天井近くまで伸びたあのハシゴなら積み上げられたコンテナに届くかもしれない。

「それだ!」
「にゃはははー!天海、神ってるねー!」
「そうだと決まったらゴン太取りに行ってくるよ!」
「アンジーも行くよー!」
「この際だから全員で行こうぜ!」

思い立ったが吉日。そんなことわざ通りにゴン太を先頭にして百田達は走って行った。
真宮寺も「あの3人放っておいたら何するか分からないヨ……」とぼやきながら後を追う。それを見て天海も皆を追いかけたが、ふと足を止めて振り返った。

「名字さん」

名字が来ない。顎の下に拳を置いて何やら考え込んでいる様子だ。駆け寄ってきた天海に「どうしたんすか?」と声を掛けられて、ようやく名字は置いていかれたことに気付いたようだ。

「あっ……。ごめんなさい」
「大丈夫っすよ。何か考えことしていたみたいっすけど」
「考え事じゃなくて、猛省を……」
「猛省っすか?」

ふいっと名字は顔を横向けて、天海から露骨に目を逸らした。

「天海には関係ない。個人的なことで、少し」

少しなのに猛省。天海は矛盾しているっすよ。と突きつけようかと思ったがやめた。天海には関係ない。そう言われてしまえば、言葉にするのになんだか抵抗があった。

「どうするんすか?百田君達行っちゃったっすよ」
「今から追いかけても間に合う?」
「うーん。倉庫に向かってるはずっすから、倉庫へ行けば合流出来るっすね」
「分かった」

名字はそれだけ言うと歩き出した。

走らないことに疑問を覚えつつ、頭の片隅で名字さんは多分何にも考えていないんだろうなあと思いながら、名字の後を天海も歩く。

再び校舎の中に戻って、天海は上を見上げた。出て行く時には気付かなかったが、どうやらここは吹き抜けになっているらしい。あいにく二階の様子はブルーシートで覆われて分からないが。

でも二階に吹き抜けなんてあったっすかね?
天海の記憶の限りでは階段といくつかの空き教室ぐらいしかなかったように思うのだが……。

「うわー!スイマセン!どいてくださーい!」
「おっと」

咄嗟に避けた天海の横を何かが通り過ぎた。それは結構な速度で飛び込んできたのに、天海に当たらないように自分で無理やり急ブレーキをかけたようだった。その結果、不安定になった体を制御し切れずに、派手な物音を立てながら床へ転んでいた。

「いたた……。スミマセン!大丈夫ですか!?」
「キミこそ大丈夫っすか?」

青い瞳が天海とかち合う。しかし天海が瞳だと思っていたのはレンズだ。よくよく見ると黒の学生服も随分とメタリックなボディで、肌もミルク色の髪と同じぐらい白く、生きた人間のものとはかけ離れていた。

「なぜ、こんなところにロボットが?あのヌイグルミの仲間?」
「違いますよ!彼らと一緒にしないでください!ボクはキーボ。超高校級のロボなんです!」

物音を聞きつけて戻ってきた名字にロボット……ではなくキーボが声を荒らげる。

「ロボットって高校生になれるんすか?」
「その発言はロボット差別ですよ!ロボットだからって高校に通えないわけじゃないんです」

別に差別したつもりじゃないんすけど……。
しかしこうなってはキーボは聞く耳を持たない。

「ボクを作ってくれたのは、ロボット工学の第一人者である飯田橋博士なのですが……。博士がボクに積んでくれた学習型AIは人間の脳と同じような成長するAIでした。だからボクはまだまだ学ぶことが多いんです。高校に通うのも当然なんですよ」
「ふうん」

興味が無いのか、名字はキーボと飯田橋博士との心温まるエピソードをバッサリと切り捨てた。さすがにロボットでも名字の態度に傷ついたというように表情が曇る。慌てて天海が話題を変えるように、キーボへ話しかけた。

「大丈夫なんすか?キーボ君、なんか慌ててたみたいっすけど」
「そういえばボクは今、追われてるんです!」

そんな重大なことをなぜ今まで忘れていたのか。あわあわと慌てふためくキーボに向かって、落ち着かせるように天海は出来るだけ優しく問いかけた。

「追われてる?黒の組織っすか?」
「どちらかというと白い悪魔……」
「誰が白い悪魔だって?」
「ギャー!!」

第三者の声にキーボは飛び跳ねた。

「彼です!彼が白い悪魔なんです!!」

キーボが指さす先には1人の少年がいた。随分と小柄な少年だった。全身黒でコーディネートされたキーボとは対照的に、真っ白な服。首元では黒と白のブロックチェック模様のストールが緩く巻かれていた。
ここまでなら可愛らしい少年という印象で留まっていたのだが、少年は半月状に唇を歪めてキーボに近付く。

「あのさぁ、そんなに悪魔、悪魔って連呼しないでくれる?オレが超高校級の悪魔みたいじゃん」
「間違いじゃないでしょ!?」
「どこが?間違いだらけだよ。そのメモリには十分前に喋ったことも覚えられないぐらいの容量しかないの?」
「そんなことありませんよ!ボクは録音機能を持っていますからね!三日分ぐらいなら精密に覚えられます。どうです?すごいでしょう!」
「そこの2人とははじめましてだよね?オレは王馬小吉って言うんだけど、ここにいるってことは超高校級の才能を持ってるんだよね?ねぇねぇ、何の才能持ってるの?教えて教えて!」
「無視しないでください!!」

渾身のキーボの自慢を華麗にスルーして、畳み掛けるように天海と名字に質問を飛ばしてきた。今日で何度目になるか分からない自己紹介を名字はまた事務的に行い始める。

「名字名前、超高校級の観察者」
「観察者?へー!はじめて見た!じゃあ、オレの才能を当てて見てよ!」

突然の王馬のリクエストに予想外だったのか、名字は目を二、三度瞬かせた。

「私は探偵じゃないんだけど」
「えー?減るもんじゃないしいいでしょ?それとも名字ちゃんはオレの才能を見抜くほどの目がないとか?なーんかガッカリだなー」
「考えるからちょっと待って」

これみよがしな王馬の挑発に名字は乗ってしまった。名字にも才能に対するプライドがあるらしい。目を見開かせたまま、じっと王馬を見つめる姿は本気そのものだ。

「悪童?」
「残念!無念!また来週ー!ってことで全然違うよ!正解は超高校級の総統でしたー」

総統。あまり馴染みのない言葉に天海は顔をしかめた。総統とだけ聞いてもイマイチどんな活躍をする才能かよく分からない。

「なんかのグループリーダーなんすか?」

唯一分かるのは集団に対して発揮するということだろうか。しかし何の集団かも天海には検討はつかない。そんな大規模なグループなんて聞き覚えがないからだ。

「そんなしょぼい言い方はやめてくれない?オレの組織は悪の秘密結社なんだからさ。そこらへんのゴロツキとは違ってトップシークレットだから知らなくて当然だよ」

そこまで言われてしまうと天海にも返す言葉がなかった。王馬の言葉にも妙な説得力があって なんとなく腑に落ちてしまったのもあった。

「名字ちゃん。何か言いたげだね?今のオレは気分が良いからなんでも答えてあげるよ?」

きゅっと引き締めた口を緩ませて、名字は言った。

「悪童と悪の秘密結社の総統は、おしいと思う」
「そこかよ!?どうでもいいじゃん!?」
「どうでもよくない」
「でも確かにおしいですね」
「どっこもおしくねーよ!!バーカ!!」
「ええっ!?」

乱入してきたキーボへ王馬は吐き捨てるように罵倒した。さらに飛び出した勢いに乗って、王馬の罵倒は加速する。

「ロボのクセに違いも分かんないのかよ。広辞苑でも頭にぶっ刺して出直してきたら?」
「なんなんですか!ちょっと!ボクにだけ当たり厳しくないですか!?」
「そう思うのはキー坊の勝手でしょ?やーね、最近のロボは。いつも人のせいにしてばっかり!」
「人のせいにするのは王馬君の方じゃないですか!?」

漫才みたいなやり取りをハイスピードかつハイテンションかつ目の前で繰り広げられて、天海はクラクラしつつ苦笑いをした。
そんな風に遠目で2人を見ていたらギョロリと王馬の目が天海のほうに向く。

「あ、そういや名前と才能を聞いてなかったや」
「だから!無視しないでください!!」

……この流れで聞くんすか?キーボは涙目、名字は何故かムキになり、王馬だけが楽しんでいる。なかなかカオスな状況下だ。仕方なしに天海は自己紹介を始める。

「天海蘭太郎っすよ。才能はまったく思い出せないんすよね」
「えぇー。なんで思い出せないのさー。ウソついてんじゃないの?」

間髪入れずに王馬の指摘が、ドキリと天海に突き刺さる。嘘をついた覚えはないのに、思わず一度天海自身を疑ってしまった。

「嘘じゃないっすよ」
「またまたぁ。その割には余裕そうな表情してるじゃん」
「これでもいっぱいいっぱいなんすよ。今もなんにも思い出せないっすから」
「そこまで言うなら信じてあげよっかなー?」
「……」

口では楽しげに言っているが、王馬の目は笑っていなかった。夜の色をした目に天海は吸い込まれそうになる。そこにどんな感情があるかは分からない。軽蔑、好奇心、疑念……。なんとでも取れるような気がした。ただ分かることは、天海に対して王馬はあまりいい感情を抱いていない。絶対に。

ぐらり、と天海の視界が傾く。何事かと、バランスを崩した原因を辿れば、

「王馬、キーボ。私達、他に行くところがあるから」

名字にたどり着いた。天海の腕を掴んだままで、口早にそう言い切る。そして王馬の返事を聞かずに歩き出した。

「えっ、名字さん。ちょっと−−」

天海も名字に引きずられる形で廊下の奥へと歩き出す。抵抗するように天海は名字に声をかけたが、名字の足は地下へと続く階段に向かって行った。


「あーあ、つまんないな」

遠くなっていく二人の背中を見送って、王馬は足を蹴りあげた。キーボに向かって。

「ちょっと!?なんで蹴ったんですか!?」
「ハァ?オレが足を伸ばしたらキー坊が勝手に転んだんでしょ」
「王馬君のせいですよ!?」
「うるさいなぁ」

どっこいしょ、と言わんばかりに床に倒れたキーボのお腹に王馬が座る。その下でキーボが「ぐえっ」と間抜けな声をあげた後、手足をバタバタとさせる。しかし悲しいことにキーボの腕力は老人並みでしかない。そのためキーボの抵抗は、ホコリが舞ってうざ……。と王馬に思わせる程度でしかない。

「ところでさ、ロボットって炭酸飲めるの?」

シャカシャカ。どこから取り出したのか、王馬はリズミカルにペットボトルを振り回す。キーボは顔を真っ青にした。

「助けてください!名字さん!天海君!」
「やだなー。もう2人に聞こえるわけないのに助けを求めるなんて、ほんっとにキー坊はバカだよね!」

王馬は手に持っていたペットボトルの蓋を素早く外して、暴れるキーボの口に突っ込んだ。

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