「野坂さんはズルいよね」
彼女は俺の部屋でそんな事を呟いた。
本から顔を上げ彼女を見れば 彼女は「西蔭君の顔、怒ってる」と笑った。
「...俺達に野坂さんの批判は許されない」
「批判じゃないよ」
「じゃあなんだ」
「野坂さんは親でも殺されたのかなってくらい 感情が嫌いじゃない」
「...感情は必要ではないからな」
1歩2歩 彼女は俺に歩み寄り 俺の髪に触れた。
「でも、さっき 私が野坂さんの事を言ったら西蔭君はあからさまに怒った顔をしたでしょ」
「してない」
「したの」
シャワーを浴びたあとのセットしていない髪からぽたぽたと水滴が落ちる、ベッドに無造作に置いているタオルを手に取り俺の毛先をぎゅっとしぼる。
ひんやりとした空気を彼女の柔らかい声が溶かしていく。
「西蔭君は最後まで野坂さんを追いかけるんでしょ」
「ああ 野坂さんが居なければ今の俺はいなかったんだ」
「...私は明日ここを抜ける」
眉間に皺が寄る、彼女は今なんと言ったんだ?タオルを床にポトンと落として 彼女は俺の湿っている髪を優しく撫でた。
「一度持った感情は 忘れられないでしょ」
「...なにを」
「私が西蔭君を好きになった事、死に急ごうとする野坂さんに対して可哀想だって思う事も 私にとっては大事な感情なの」
「やめろ」
「人として当たり前の感情に蓋をすることは出来てもね、捨てる事は出来ない 私は血の通った人間として生きたい」
「...やめろ!」
「西蔭君の事をこんなに好きになれた自分を 捨てろって言うの?無理だよ、」
気が付けば彼女に掴みかかっていた、王帝のジャージがはらりと落ちて キャミソール姿になった彼女の姿。
「西蔭君が 今声を荒らげたのは、どんな感情?」
「...野坂さんに迷惑をかけるな」
「野坂さんには迷惑をかけないように抜けるよ」
「ダメだ」
「なんで 嘘つくの、私が居なくなるのが嫌なら...一緒にこんなとこやめようよ」
「...俺がいなくなれば 野坂さんは独りだ」
そっか 俺の髪から手を離した彼女は扉の方に向かった、出ていくのを止めたくて 彼女の後ろを追いかければ「やめてよ 出ていけなくなる」と眉を垂らす。
「行くな」
「止めてもダメだよ」
「お前がいないと、」
俺はどうすればいいんだ、なんて女々しい言葉を吐こうとする自分に誰かがブレーキをかける。ぎゅっと口を固く閉じれば彼女は 寂しそうに笑って こう言った。
「いつか 野坂さんや西蔭君、サッカー部の皆が 自分の為に生きれるようになる事を願ってる」
「...行かないでくれ」
「西蔭君とくだらないテレビを見て笑える日が来るといいな、」
パタンと閉められた扉に手を伸ばすが彼女はもう居ない、扉に耳を当てて廊下を走る彼女の足音を聞いた。タオルドライした髪の毛がまた湿る、それは アイツの涙か 俺の涙か それともココで命を削っている子供達の涙か。
分からないフリを続けた。
20180706