非日常を求めて

 思春期とはそういうものだと言われても、毎日同じ悩みごとに時間を食われていく。入り口があれば出口があるものだ、と、何かで読んだ。だけど、そんなもの私の頭の中には存在していない。見せかけだけのスタートラインと、ゴールラインがあるだけ。 将来の事を考えるとついつい考え込みすぎて、二時間前くらいに食べた優しい味の雑炊が胃から出てきそうになるし。私は、三十四席ある中の一席の命に過ぎないんだって考えると気が滅入るし。教室から教室へと何年も何年も移り住んだって、所謂映えている人生を送れるわけもないし。そこまで考えた後。ただただ平凡に生きて、平凡な結婚をして、平凡に歳を重ねるんだろう……と思考のゴールラインに足を踏み込む。まぁ、次の日また目を開けるとスタートラインに立たされるのだけれど。

[chapter:ありふれた私の非日常]

 一限目が終わる。
 チャイムが鳴り終わらぬ間に、ばたばたと慌ただしくトイレに行く女生徒達。あの子たちはきっと、成人になってもああやってアヒルの親子のように連なってトイレに行くんだろうな。どこかバカにしたような目で彼女たちが出ていったドアを見つめた後、教科書の掠れた所を指でなぞった。チラリと窓際の席を見ると、帝国学園から来たという鬼道有人が分厚い本を読んでいた。聞くところによると、一年生の女の子と名前違いの兄妹で、彼の家はお金持ちらしい。帝国学園ではキャプテンをやっていたらしく、素顔は格好いいとか。全て、女子トイレでの会話を盗み聞きしただけだけど。それにしても、もう二年生も終わりか。三年生になった時、何かドラマチックなことがあるといいな。少しでいい、刺激的な生活を送りたい。そう思いお年玉を全額叩いて買った錆牡丹色の口紅は、一度試し塗りしただけで机の奥の方でプリントと一緒に挟まっている。口紅を買ってから二ヶ月後、誰に見せる訳でもないのに太ももに付けるためのガーターリングを買った。口紅は先生に怒られるかもしれないという気持ちが大きく毎日つける勇気は起きないけれど、これは、スカートの中に隠すことができる。
 だけど、これを見せる相手もいなければ、見せれる勇気もなくて。
 学校という場所は、窮屈でつまらないな。
 いや、つまらないのは勇気のない私かもしれない。

[newpage]

 新学期を告げるのは、桜と新入生の姿。
 特別仲のいい先輩は居なかったので、卒業式も欠伸を三十回噛み殺してたら終わっていた。三年生になり、安心したことが一つだけある。受験勉強に没頭してしまえば、他の事は考えずに済むこと。それだけ。一年生の時も二年生の時も毎日付けてきた太もものガーターリングは、レースがごわごわになってきていて、時折チクチクと肌を刺激する。それでも、私は付けずにはいられない。
 ポケットに入っている口紅も、持たずにはいれらない。
 まだ自分のつまらない人生に、何かが起きるのではないかと、期待が止まらない。
 これらの、非日常が私の人生には必要なのだ。

 +*

 校門辺りが騒がしい。
 私の視線の先にはサッカー部の取り巻きたちが居た。

「豪炎寺君!お疲れ様でした……!」
「鬼道君 かっこよかったです」
「風丸君すごかったよ〜」

 なんて黄色い声が、今朝の甘ったるいココアを思い出させた。彼女達はサッカー部の男の子達をぐるりと取り囲み、困ったように笑う男の子達は足速にそこから動こうとしていた。そういえば……。日本代表選手に選ばれてた子達だ。海外でサッカーの試合に出たらしい。
 詳しくないけど少しだけテレビで見たし、先生達が鼻高々に自慢していたなぁ。大勢が思う非日常が、日常な人たちだ。私は、自分が急に惨めになってきて。彼等を見るのはやめ、足早に校舎へと向かった。三年何組になるのかな。廊下に貼り出された数枚の紙から、自分の名前を探しだす。
 私の後頭部に「えークラス離れちゃった……」「休み時間絶対会いにいくから」と、自分たちの世界に入り込んでいるカップルの声が刺さる。早く名前を見つけようと思い、二組の張り紙に視線を向けると名前があった。

「3―2か」

 廊下には沢山の生徒が新しい教室に向かって動き始めていた。草食動物の群れのようだ。私は同級生たちの間を縫い、二組の教室に足を踏み入れた。今日から私の日常になるその空間には、先程のサッカー部の男の子がいた。二年生の頃も同じクラスだった、鬼道有人。ドアで挟まれそうになった私を一度助けてくれたことがある。

「ごめんごめん、幽霊くらいオーラがなくて気付かなかった」
「お前〜言い過ぎな?」

 悪びれもせずにケラケラと笑っている男子生徒二人に向かって「お前たち、なんでそんなに子供なんだ?」と眉間に皺を寄せて本気でドン引きしていた。助けてもらったお礼に対して「当たり前のことをしただけだ」と言って、軽やかにさっていた彼が私の隣の席に……。
 青いゴーグル。
 束ねられたドレッド。
 小難しそうな本を読んでいる彼の邪魔をしないように、出来るだけ音を立てないように椅子を引く。座る前に、鞄をかけようと少しだけ体を丸めた時……。私と鬼道君間のスペースを、凄い勢いでおちゃらけて走っていく男子生徒。膝上五cmくらい、控えめに折ったスカートが捲れた。捲れたついでに、お母さんが糊でパキパキにしてしまっているからか、スカートがそのまま形状記憶されたかのように折れてしまった。所謂ラッキースケベ的な展開。
 太ももがむき出しになっていることに気が付かず、走り去っていった彼等をちらりと見てから、お互いに視線を合わせると……。鬼道君は、視線を下にずらした。
 すぐさま顔を背けた彼に、私も同じように自分の足を見た。

「あっ……」
「すまない」

 彼は眉間に皺を寄せ、困ったように本を開く。
 動揺していたらしい。
 鬼道君の指から本が滑り落ち、ガンッと机に落ちる。

「あの、私……」

 ゆっくりと、由来まで話して自分の名前を鬼道君に伝えた。なんで私、こんなタイミングで自己紹介してるんだろう。気まず過ぎてどうしようもなかったのか。それとも、秘密を見られたからか。
 鬼道君は私の突然の自己紹介に、鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔になった。

「俺は、鬼道有人だ。よろしく」
「鬼道くん。二年生の頃も、一緒だったよね、よろしく」
「おい」
「何?」
「直したほうがいいんじゃないのか……?」

 大人びていて、クールな印象の鬼道君は恥ずかしそうに咳払いをして机に落ちた本を手に取ると、ページを開いた。栞が落ちてしまったのか、はたまた、私以上に動揺してしまっているのか少しだけ焦った様子で先ほどまで読んでいたページを探している。
 私は頬に熱が集まってくるのを感じながら、スカートを直して、椅子に座る。
 身体中が熱い。
 椅子がひんやりとしていて気持ちがいい……。
 いつも以上に、ゴワゴワのレースが太ももを刺激するけど。なぜだか今日は、不快じゃなかった。チラリと彼を見ると、彼の耳は少しだけ赤くて……。私も、耳が熱い。突然、世界が色付いたような感覚。彼の横顔と、小難しい本のタイトルを交互に見ていたら「見過ぎだ」と笑われてしまった。

 このガーターリングは、明日から付けないでいいかもしれない。

20180323
→加筆修正20260906