リップティント

「懐かしい」



韓国の匂い、祖国の匂いを全身に纏った。◎は僕の後ろで キャリーケースを転がしついてくる、キョロキョロと落ち着かない様子で 人や車や音...全てを自分の脳に取り込んでいく。



「照美 ご両親とは何時に会うんだっけ」

「夜まで仕事らしいから19時まで時間があるよ」

「そっか、今日本当にご実家に泊まらせてもらっていいのかな...」

「どうしたんだい?緊張してるじゃないか」



彼女らしくない緊張が可愛い、僕の大好きな人。韓国は人と人との繋がりを大事にする だから、僕は自分の大切な人を両親に会わせたい。両親も僕の大切な人に会いたいと 今日を心待ちにしてくれていた。



「だって、私...照美のご両親に気に入られるか...」

「大丈夫さ 僕の大切な人だってだけで、会う前からもう君の事を好きだよ」

「韓国の人って皆そうなの?」



まあ、大体ね。そう笑えば「お国柄なんだね、緊張してるけど...楽しみ」なんて 僕につられて◎も笑った。

タクシーに乗り込み 僕達は明洞に向かう事に、僕がタクシーの運転手と韓国語で話していると彼女は大袈裟に驚いた顔して「すごーい!」なんて言ってきた。



「何もすごくないよ」

「だって、ずっと日本にいるのに よく忘れないね?」

「いつも両親やチャンスゥ達と電話してるからね」



サラッと綺麗に整った前髪を撫でれば彼女はくすぐったそうに目を細める、あと5時間 食事をして彼女の好きそうな可愛らしいカフェで流行りのものを飲んで そして残った時間で買い物でもしよう。

ウォンで支払うのもいつぶりだろうか、タクシーを降りて 人がごった返す繁華街に足を踏み入れた。


コインロッカーに荷物を預けて、やっと彼女と手を繋げた。ふらふらキョロキョロと初めての場所に慣れない彼女を連れて マダム達が大きな声で「今日も観光客だらけだわ」と悪態をつくスグ横を通り過ぎれば、昔よく両親と行っていた食事処に着いた。

観光客のおかげで 少し潤っているのか改装したらしい綺麗になった店内に入ると、母の友人である小綺麗な女性が奥から出てきた。



「お嬢さん カノジョ?」

「えっ、あっ そうです」



まさか自分が声かけられると思っていなかった◎は何度も何度も頷いて、助けを求めるように僕を見た。その顔がなんとも可愛くてキスしてしまいそうになる、そんな気持ちを抑えて 日本語で書かれたメニューを渡した。










初めて食べる本場の韓国料理、彼女は辛いものが好きだと言っていたから 唐辛子を食べさせたら泣きながらコーン茶をがぶ飲みした。イタズラが過ぎたようで 頬を膨らませて潤んだ目で僕を睨む彼女をどうにか宥めて、近くにある スムージーパフェのお店へ連れて行った。

甘いものを食べるとみるみる内に機嫌が良くなる彼女はカップの底に張り付いた苺と格闘していてもうさっきの僕のイタズラなど忘れてしまったようだ。

ほっと胸をなで下ろして、僕はグレープフルーツがカップの上にドンと派手に乗せられたジュースを飲み干し 窓から外を見た。



「◎、買い物に行こうか そしてタクシーで家に行こう」

「うん コスメ買いたいな」



15粒ある内の最後の1粒がやっと取れたらしい、ホイップと苺にご機嫌をとって貰えたようで良かった。

手を繋いで店の外へ、韓国の有名なコスメショップへは何度も母や親戚のお姉さん達と来た。僕を実験台にして 色々塗られたなと思い出していたら、◎が立ち止まった。



「可愛いお店」

「入ろうか」



薄いピンクを基調としたメルヘンチックなメイクショップに吸い寄せられるように入っていく◎、inkと書かれた口紅が並べられている。



「欲しいものあったかい?」

「もう 左から右まで全部欲しい」

「そうしよう」

「え!?」



僕は左から右まで列べられた リップティントと書かれた化粧品をカゴの中に1本2本3本といれていく、僕の腕を掴んでやめさせようとする◎に「気に入らない色なら お土産だと言って友人に渡せばいいじゃないか」と優しく言えば 「照美って本当に強引...」と頭を抱えながら笑う彼女。

レジに持っていけば 店員が僕に「このティントは唇に密着して取れないので、キスする時いいんですよ」なんて 悪戯っ子のように笑った。



「へぇ、いいこと聞いた」

「なに?なんて言われたの、」


「これから、キスする時君の口紅の色を気にしなくていいって事さ」



13本ものリップティントが入っているショップバックを受け取り彼女の方を向けば ほんのりと赤くなっていた。



「照れてるのかい? ほら、明日はこれを塗ってデートしよう...本当に取れないのか試したいだろ?」

「もう、照美ったら...」



僕の手からショップバックを受け取り、ありがとうと 照れ臭そうに笑う彼女の肩を抱き寄せてタクシーをつかまえた。



20180509〔メイクの日〕