「影山さん それ一口飲みたい」
「自分のがあるだろう」
「これはオレンジジュースですよ、私もたまにはコーヒーとか飲んでみたいです」
そう言って彼女は私のコーヒーカップに手を伸ばす、出会った頃より少しだけ大人びた睫毛を何度か邪魔くさそうに瞬きして白いカップに口をつける。
この間買ったという肌に合わない口紅がうっすらとカップにつく、コーヒーの風味を舌の上で転がしたのか 嫌そうな顔から泣き出しそうな顔になっていく◎に口角が上がった。
「影山さん...よくこんなニガいの飲めますね」
「いずれお前も飲めるようになる」
「こんなの飲めなくてもいいもん」
自分で勝手に飲んだくせにガシャンと音を立ててコーヒーカップを皿の上に戻す、はしたなく舌を出して「黒くなってる?」なんてあまりにも子供のような言葉を漏らす◎。
「かき氷のシロップとは違うだろう」
「えっ 影山さんかき氷食べたことあるの?」
「あるに決まっているだろう」
頭が痛くなる程馬鹿な彼女の驚き声、私は彼女が口をつけた反対側に口をつけてコーヒーを飲んだ。薄らと苦味をかんじるそれはいつから飲めるようになったのか、遠い記憶の向こう側を探しても思い出せない。
「今は果物とか乗っけてくれる可愛いかき氷屋さん沢山あるですよ、今度行きましょうね」
「お前が食べたいだけだろう」
「影山さんお祭りで売ってる固くて味気ない氷にシロップかけただけのかき氷しか知らないでしょ、せっかくこんなに若い彼女がいるんだから 若者の文化に触れてくださいよ」
氷だけになったグラスを吸い続ける◎は噛み潰したストローから口を離して楽しそうに笑う。
「ほう、貴様 いつから私の恋人になったつもりだ」
「であった日から」
「初耳だな」
「あれー?おかしいなあ」
わざとらしく首を傾げる彼女。
「同い歳の男と出かける方が楽しいと思うが、お前はいつまで私を追いかけるつもりだ」
「私は影山さんに全部あげるって言ったでしょ」
グラスの底を吸うのは飽きたのか水を飲む、取れかけの口紅が唇の皺にくっきりと入り込んでいるのを見詰めながら溜息を吐く。
「影山さん執拗いですよ、私は離れないですから」
「そのようだな」
「え、まって 初めてじゃないですか?諦めた!?」
「煩い奴だ 静かにしろ」
汚さない様に触れなかった彼女の顎を掴んでこちらを向かせれば、見る見る内にだらしなく緩む唇 それに親指を這わせれば急に彼女は女の瞳で汚されたいと私を揺らす。
「口紅を塗り直したらどうだ」
太陽を見続けた後のような眩さ、ゆっくりと指を離せば見たことない顔をして彼女はまたストローを噛んだ。
20190310