心に触れて

それは一瞬の出来事だった。


遠くから私の事をじっと見つめてた若い男の人、お互い目線を絡ませながら数歩進んだ先で こちらに大きく足を踏み出した。なんだか嫌な感じがして逃げればイイのにそのまま真っ直ぐ駅へと向かおうとその男の人の横を擦れ違った その時...


ギュッと二の腕を凄い力で掴まれた、手の甲を私のパット入りの硬いブラ越しに柔らかさを感じようと押し付けてきた。それは一瞬の出来事で 私と目を合わせようともせずにその男は私とは反対の方へと消えてった、立ち止まりもせず 声もあげずに階段を降りて改札に向かう。

ピッと音を鳴らして改札を抜ける、酷く冷静な自分に驚きながらエスカレーターを早足で降りて ちょうど到着した電車に乗り込む。



「はあ...」



深い深い溜め息、この溜め息をきっと私以外の女達も吐いてきただろう。普段は座らない優先座席にぼふんと座れば、右奥から視線が飛んでくるのに気付いた。

次はなんなんだ ゆっくりと顔を上げて右側を向けば、青いゴーグルに ドレッドヘアの...鬼道君の姿が。お互い視線が絡まった途端立ち上がり 真ん中の方の座席へと移動した。



「鬼道君...久しぶり、それ 星章の制服?凄く似合ってるね!」

「ああ 久しぶりだな、お前こそ その制服中々似合ってるじゃないか」



違う学校に派遣された私達は 凄く久しぶりに会った、鬼道君は出会った時から落ち着いていて大人っぽかったけど 会わないうちに少しだけ大人に近付いたようだ。相変わらず話をすると ドキドキする、やはりこれは恋なのだろうか。

そんな事考えながら うんうんと相槌をうちながら彼の話を聞いていた。



「...それで、浮かない顔だが 大丈夫か?」

「えっ」



そんなに顔に出ていただろうか。



「何かあったのか?」

「...いや、その」

「お前はずっと前から 嫌な事があっても誰にも話さずに溜め込むやつだからな、何かあったなら俺に話してみろ...それとも 俺じゃ頼りないか?」

「いや 頼りないとかじゃなくて、!」

「それなら 話してみろ」



鬼道君はきっと学校で何かあったと思ってるのだろう、ゴーグル越しに見える目が優しげに細められている。私は そんな彼の目に、きっと知らず知らずの内に堪えていたさっきあった忌々しい事を話そうと 口を開いた。



「さっき 知らない男の人に急に触られて...」

「何...?」

「別に大した事無いんだけど、あの...」

「大した事ないだと?」



低い声で鬼道君はそう言うと私の手をぎゅっと握る、あたたかい手のひらから伝わる熱は心臓にまで到達して その熱は涙に変わった。



「...こわか、った」

「〇、送っていく」

「そんなの悪いよ」

「お前を一人にはしておけない」



勘違いしちゃいそうな言葉をさらりと私に言っちゃう鬼道君は できるだけ優しくしようとしてくれてるみたいだけど、握られている手の圧はさっきよりも強い。



「ありがと、」

「...お前にそんな事をした男を許せん」

「きどうく、ん?」


「お前に触れていいのは俺だけだと言いたい」



いつの間にか握られていた手は お互いに指を絡めていた...乾いた喉を潤すために 鞄の中に入ったペットボトルを取り出したいけど、無理みたいだ。彼にずっと見つめられていて 逸らせない。



「〇」

「鬼道君、なに...?」

「もう二度とそんな目に遭わせたくない」

「それって」

「...付き合ってくれ、傍でお前を守れるように」



はっ と浅い息が何度か漏れた。

さっきの出来事を一瞬で忘れてしまいそうなその言葉は私の心臓のドアを叩いて中へと鬼道君を招き入れる、何度も頷いては 指を絡め直した。



「鬼道君 変な事言ってもいいかな」

「どうした?」

「その男に触られた事を忘れたいから、触って...くれないかな」



我ながら気持ちの悪い事を言ってると重々承知だが、あんな 女ならなんでもいい男に触れられた過去なんて消したい 私を好きで大切にしている人に本当に触れられたい。



「...そんな事をしていいのか?」

「だめかな、?」

「ダメなわけないだろう」

「これから...鬼道君の家に行ってもいい...?」



何を言ってしまってるのだろう 自分が恥ずかしい。

だけどそんな私に鬼道君はさっきよりも随分と汗ばんだ手を私に重ねて「いいぞ、」と 少し照れた声色で返事をした。



20180615