自分の歳の半分ほどの小娘相手に「誰のものにもならないで」なんて言われたら迷惑だろうか、紫の短髪を夏の風に揺らして久遠監督は眩しそうに目を細めた。
夏休み期間中も星章学園の練習は勿論ある、いつもより汗をかく皆へタオルとドリンクを手渡して一言一言「頑張って」と声をかければ 灰崎君だけぶっきらぼうに「ふん」と鼻を鳴らした。
「ふぅ...暑いですね、監督は水分とらなくて大丈夫なんですか?」
少し骨ばっている男らしい頬に汗を1粒流す久遠監督はゆっくり首を回し私の方を見た、熱帯夜の大雨みたいに蒸し蒸しと粘り気のある目線に私は一瞬息が止まる。
「...そうだな、何か買いに行くか」
「私も一緒に行っていいですか?」
「買ってきてやろうか?」
「選びたいので一緒に行きます」
自販機に一緒に行ける事になった私 こんな事でもデートのような嬉しさがある、平静を装って休憩中の彼等を横目で見ればぐったりと疲れ切った身体を木陰で休ませていた。
みんなの休憩中を利用してごめんねと心で謝り 私は背の高い久遠監督の後ろをついていく。
「...なぜ真後ろを歩く」
「あっ、いや 久遠監督のおかげで日陰になってて少し涼しいから」
「...そうか なら仕方ないな、日に当たりすぎると体に良くない 転ばないようにしろ」
後ろ姿に見惚れていたなんて口が裂けても言えない、汗で少し張り付いたシャツの先には鍛え抜かれた背筋があるのだろうか そんな事を考えていたら 自販機に到着した。
「何飲もうかな」
小銭入れをポケットから取り出している間に久遠監督は1,000円札を自販機にいれて「どれにするんだ?」と首をかしげた。
「自分の分は自分で出しますよ!」
「気にするな」
「お言葉に甘えて...ありがとうございます」
お茶にするかジュースにするか悩んだ私は 二つのボタンを同時に押してみた、ゴトンと鈍い音を立てて落ちてきたのは 鮮やかな色のラベルが眩しいジュース。
パタンと開けて それを取ればひんやりとしていて気持ちが良かった。
「お茶とそれで悩んでいたのか?」
「どっちを飲むか決められない時とかこうやって二つボタンを押して 自販機に決めてもらうようにしてるんです、監督は?コーヒーで」
私が言葉を言い終わる前に 私が先程押したお茶のボタンに久遠監督の長細い綺麗な指先が触れた、ガタン また鈍い音を立て落ちてきたペットボトルには綺麗な緑が涼しげに揺れてる。
「珍しい コーヒーじゃないんですね」
「一口飲むか?」
「え ?」
キャップを外して私の口元まで持ってこられたペットボトルの小さな丸、私が飲んだ後にこの後久遠監督が飲んだら間接キスになる...そんなの なんだか気が引けて断ろうと思ったけど どうせ叶うことが無い恋なんだから 今くらい素直になってしまおうとペットボトルをやんわりと掴んで自分の口に運んだ。
久遠監督の指にさりげなく自分の指を置いて 熱い指先と鋭いお茶の冷たさにインフルエンザになった時を思い出す、じっと 見られているのに気がついて私はペットボトルから口を離した。
「一気にこんなに飲むなんて 余程喉が渇いていたんだな」
「ご、めんなさい 冷たくて美味しかったので」
「かまわない」
私の指から離れていく久遠監督の熱、3分の2も飲んでしまったお茶をいつもみたいな瞳でサラッと撫でるように見つめると久遠監督は先程まで私が口をつけていた場所に少し薄目の唇を重ねた。
まるで キスシーンを見てるみたいな気持ちに私はまたドキドキが止まらなくなってしまう、悟られないように 飲み終わるのを待てば久遠監督は「...間接キスになってしまったな」なんて片眉をあげて薄らと笑う。
そんな彼の初めての表情に ジュースの缶を落としてしまい、少し砂に汚れたそれを拾うフリをして地面に向かい情けない笑みを零した。
20180811