目線を絡めるだけで頭の中でラブソングが流れる。街にいる人が急に踊りだしたり 街中が花まみれでもないのに、ロマコメの主人公になった気分だ。
この感覚久しぶりだな、空を見上げれば可愛らしい鳴き声の小鳥たちが飛んでいる。夢中で恋をしている時は世界がこんなにも綺麗に見えるんだ。
「◎」
「有人」
過去が歩いてきた。
心の中でそう毒吐けるくらいには少しだけ立ち直ってきたみたい、私の前で立ち止まった彼は3年生になって少し背が伸びたみたいだ。
「今から帰るのか」
「うん」
「乗っていくか?」
できるだけ優しく話し掛けているのだろう、もてあそばれている様な気持ちになってきたので首を横に何度も振れば 切なそうに眉を垂らして彼は「また明日」と私の肩に触れた。
本当に有人は何を考えているのだろうか。
触れられた所から熱が広がるその感覚にまだ私は彼の呪いからは逃げられていないのだと溜息を吐く。
「〇」
後ろを振り向けば胸の痛みが薄まった、久遠監督はいつものネイビーにムスクの香りを纏わせて私にだけ見せる微笑みを向ける。
「監督!」
「帰りか?」
「あそこに寄ってから帰ろうかなって思ってます」
なんだか お互い両想いなのに堂々と繋げない手がもどかしくてグーパーグーパーと忙しなく手を動かしてしまう。
彼は静かに私の横を通る、帰ってしまうのかな...肩を落とせば「先に行って待ってる」と優しい低音がお腹に響いた。
どくん 心臓ってこんなに音がでかかったかな、聞こえるわけないのに監督に聞こえてたら恥ずかしいから私は手のひらでぐっと胸を抑えた。
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彼女はいつも取り憑かれたように同じものを飲む、美味しくないという顔をして汗をかいたグラスを指で拭く。
彼女より長い人生の中で忘れられない女も勿論いる、忘れられない恋をした事だってあるが 今はそんな事どうでもいいくらい目の前の小さな愛を見つめていたい。
そんなことを言えば気持ち悪がられるだろうか。
「監督」
「どうした」
「見すぎですよ...」
「こんな時じゃないとゆっくりと見れないからな」
珍しく頼んだアイスコーヒーにコーヒーフレッシュをいれてストローでゆっくりと混ぜた、古いものだったのか 白い塊が何個か浮いているが気にせずに吸えば 少しだけマシになった酸味と渋みが喉を刺激する。
ゆっくりと彼女に目線を投げかければ嬉しさと恥ずかしさを同居させたような微笑みを指先で隠す、隠しても見えるその唇があまりにも綺麗で つられて笑ってしまった。
「なんか、本当に 久遠監督って私のことすきなんだ」
独り言のように呟く〇の言葉がじんわりと色付いていく、開きはじめた桜のようで 弾けだしたポップコーンのようだ。
目を細めて笑えば彼女は「また その顔見たかったんです」と にやけてしまうのを我慢するように口角をわざと下げた、愛らしいその唇を奪えるのはまだまだ先か。
▼
土日を挟んで待ち望んでいた月曜日。
綺麗に整えた眉、パールのアイシャドウに真っ直ぐ上を向いた睫毛、三色のラメが綺麗なリップグロス。全て控えめにしたけれど校則に引っかかってしまうだろうか...。
そんなことを考えながら前髪を整えてマネージャー専用の部室から出れば、風で髪を靡かせながら水神矢君が窓の外を見ていた。
「あれ?水神矢君まだ着替えてないの?」
「お疲れ様です あれ...?〇さん、何だか今日...違いますね」
「久しぶりにお化粧しちゃった、本当に軽くだけど」
「...本当ですね、キラキラしてる」
ずいっと近付いてきた顔、私なんかよりも綺麗な瞳がきらきらと見つめてきた。
「顔近いよ」
「あっ、すみません」
「ふふ 早く着替えておいで」
気まずそうな顔して慌ただしく走っていく水神矢君の後ろ姿は相変わらず可愛らしくて目を細めた、私もそろそろグラウンドに向かおうかな キュッとスニーカーを鳴らせば後ろからローファーの音が。
「◎」
「有人もまだ着替えてないの」
「俺は今から父さんの仕事のパーティーに出ないといけないから帰る」
「そう 練習メニューは...」
言い終わる前に有人は私の顎を掴む。
「なんで化粧をしている」
今日1日そういえば有人に会ってなかった、私が化粧をしている理由は彼が一番分かっている。
「なんでもないよ」
「お前まさか」
「関係ないでしょ」
眉間に皺を寄せ自分で別れておいて嫉妬しているような顔を見せる有人の手を振りほどいて「私、そろそろ行くから」と吐き捨てるようにして逃げた。
20190316