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昨夜のパーティーの最中もアイツが気になって頭から離れなかった、朝食のメロンをフォークに刺して口に運ぶ それだけの事すら億劫だ。



「有人 どうかしたか」

「いえ、なんでもありません」

「そういえば最近◎ちゃんが遊びに来ないな、たまには夕食をどうだ 娘同然の子だ」

「はい また、声をかけておきます」



俺の人生の選択はいつも正しいと思っていた。



「昨日のパーティーにも呼べばよかったな、あの子が好きな俳優が来ていたしな」

「そういえば そうでしたね」

「...どうした有人、喧嘩でもしたのか」



カチャン

下品な音を立ててフォークを落としてしまった、図星かと豪快に笑う父さんに苦笑いして水を飲む。



「有人 あの子はとてもいい子だ、お前が悪くなくても謝るのが一番だぞ」

「...◎が許してくれるか分かりません」

「大丈夫だ、花とアクセサリーでも持って謝りに行けばきっと許してくれる」



父さんがたまに飲みに行くクラブのホステスとは訳が違うんだが...、俺のことを思って言ってくれているのだと分かって 少しだけ元気が出た。



「父さん ありがとうございます」

「ゆくゆくは彼女はこの家で、有人を支える人間になる 今から女の扱いには慣れておかないとな」



そこまで修復出来るか この俺でも分からない、そろそろ時間ですと袴田に助けられ俺は席を立った。


それにしても、アイツの化粧の理由は一体誰だ。













家の外に出れば有人のリムジンが停まっていた。「はあ...?」自分でも恐ろしいほど低い声が出た、そういえば鬼道有人はこういう男だ。



「乗れ」

「嫌」

「選択肢なんてない、乗れ」



ゴーグルを拭きながら有人は私に赤い目を向ける、ひさしぶりに見た彼の瞳のせいであまりにも辛かった失恋を思い出す。



「...はぁ 分かった」



ジロジロとご近所さんに見られるのは勘弁だ、きっと今頃お母さんの耳に届いてる頃だろう。有人と別れたことを知らないお母さんは浮かれて晩御飯の席できっと有人の話をする。

バタンとムカつくので強めにドアを閉めればゆっくりと進み出すリムジン、久しぶりにこんなものに乗って学校へ行く。



「単刀直入に言う 相手は誰だ、俺じゃないことは確かだろ」

「そうだね 有人じゃないことは確かだね」

「水神矢か」

「彼はいい子だけど違う」

「...絶対無いと思うが灰崎か」

「絶対違う、あの子去年まで小学生だったんだよ 無い」



別れた後もこんな干渉してくるなんて、まるで海外ドラマの主人公になった気分だ。



「俺にはもう1人心当たりがいる」

「白鳥くんでもないからね」

「いいや、久遠監督だ」



ドキッと心臓が軋む。
早く違うと言わないといけないのに、私は彼に同じ目に遭って欲しくて何も言わずに瞬きした。



「...図星か」

「知らない」

「◎ 悪いことは言わない、やめろ」

「やめれるなら私だって好きになってない」

「お前のその想いのせいで星章サッカー部が大会に出られなくなったらどうする、俺達は...雷門イレブンがまた集まる日まで自分達の仕事をするんだ ◎」

「だから私と別れたの...?」



有人は握り拳を自分の太腿に置き目を逸らす、そんな馬鹿げた理由で捨てられたなんて 泣きたくなってきた。



「久遠監督の事は諦めろ」

「...嫌だって言ったら、私や久遠監督以外にも迷惑がかかるんでしょう」



眉を垂らして切ない顔をする彼。



「すまなかった あの時きちんと理由を説明するべきだった」

「説明されても納得なんてしないけど」

「納得しないとわかってたさ、だから 言えなかった」

「別れたおかげで何か得たものはあった?」



有人はゆっくりと口を開いて「お前がいない時間は孤独だということだけが分かった」と、今にも消えそうな声で呟いた。










有人はいつも正しい事を言って正しい事だけをする人間だと思ってた、彼がちゃんと私に理由を説明すれば失恋のせいで死にかける事なんてなかったのに。

それに 今から「私達は恋を諦めましょう」なんて久遠監督に言わずに済んだ、胃がキリキリと痛む。私は次の恋に身を捧げて幸せになりたかったけれど、確かにムカつくけれど有人の言葉で目が覚めた。

コンコン

控え目にノックをしたら中から私の大好きな人の声が聞こえた、このドアを開けたら あの秘密のデートも優しい目で見つめられる事もなくなってしまう。だけれど 開けないといけなかった。



「失礼します」

「どうした」

「久遠監督、お話したい事があって...」

「浮かない顔だな」



ハットをゆっくりと机に置いて彼は私の方に近寄ってきた、優しい眼差しに焼けただれそうだ。



「監督、わたし 久遠監督に出会えて好きになれて 本当に楽しくて...でも、」

「続けて」

「私のこの気持ちのせいで、久遠監督や星章イレブンを傷付けてしまうかもしれないって 思って」



外では人々が日常を過ごしているのだろう、楽しげな声が聞こえる そんな声を聞きながら私は今にも吐きそうな程切ない事を彼に言った。



「その通りだな、私も調子に乗りすぎた」

「監督は悪くないです」

「いや 大人である私の責任だ、〇」



ゆっくりと指先と指先が触れた。



「私はお前が好きだ、18歳になっても お前が私の事を好きでいてくれるのならその時お前の事を奪いに行く」

「かんと、く」

「泣くんじゃない 沢山、恋をして大人になるんだ ◎」



名前で呼ばれたと分かった途端に私の爪先から頭のてっぺんに電流が走る、泣くのを堪えても私の目の前には涙が滲む 視界がぼやけた時私の左手の薬指に柔らかくてあたたかいものが当たった。



「...久遠監督」

「お前はイイ女になるだろう、それまでお前を待っている」



私の大好きな顔をして 彼は私の髪をぐしゃっと少しだけ乱暴に撫でる、一度恋をやめるなんて聞いたことがないけれど 私は久遠監督の手の平の熱を感じながら静かに泣いた。




20190316