星章学園へ来てから何度目の朝が私を照らしただろうか、まだ着慣れないブレザーに袖を通す あの小さなリボンが恋しい。
いっそこのネクタイで首でも絞めようか。
「...何馬鹿な事考えてるのか」
歯磨き粉の味がだんだんと消えていく口内にチョコレートを1粒投げ入れて舌で器用に転がした、右足だけ浮腫んでるのかローファーがきつくて 痛い。
今日も最悪。
「おはようございます 〇さん」
綺麗な藍色が朝の風に揺れた。
昨日私の恥ずかしいところを見せてしまった彼に、どんな顔して挨拶すればいいんだ。
「...水神矢君、おはよう」
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫 ごめんね昨日あんなところを見せてしまって」
水神矢君は「驚きましたよ」なんて眉を垂らして笑う、彼はいつでもしんどそうな顔だから こうやって優しく笑えるのだと安心した。
周りにいる女生徒達の視線が水神矢君に注がれる、なんだかこの感じ 久しぶりだな。有人と居た時もこうやって女の子達の視線を浴びていた...彼は私なんかよりも もっと素敵な女の子を見つけたんだろうか。
また 目頭が熱くなるのを感じて、私は小指で目を擦った。
「...〇さん?」
「大丈夫... なんか最近涙腺緩くて...、気にしないで」
「気にしますよ、」
私の手首をすっぽりと掴んでしまう 大きな手のひらの熱を感じた、そして 少し足早に校舎とは違う方向に連れていかれる。水神矢君は私の腕を引いて サッカー棟に、手のひらの熱がどうにもこうにも 温かくて...私はまた枯れたはずの涙を流した。
「〇さん、俺は貴女と出会ってからまだ日は浅いですし頼りないですが...愚痴くらいなら聞けますよ」
言葉を選び選びで私を気遣ってくれる水神矢君。
「誰にも言わない、?」
私の中の誰かが口を開いたようだ、だらだらと 有人への愚痴が溢れ出る口を塞ぎたいのに 止まらない。
いつの間にか掴んでしまっていた水神矢君のブレザーの裾は、私が話し終わる頃には皺になっていて それに気付いた私は小さくごめんねと言って離した。
「あ、あの...水神矢君」
「少しはスッキリしましたか?」
「...うん」
「こういう時なんて言うのが正解なのかは分からないですけど、忘れますから 」
ポンポンと私の方が歳上だというのに、彼は優しく頭を撫でてくれた。恥ずかしさに俯けば「俺先に行きますね、話してくれてありがとうございます 〇さん」そう言って 春と夏の間の匂いがする風と共に彼は行ってしまった。
「水神矢君...」
冷たい人間だと思っていた彼は 随分と優しい人間だったようだ、いつもはキャプテンとしての圧を出すためなのかな。
次恋をするなら 彼のような優しい人としよう...まだまだ先になりそうだけども。
▼
練習が終わり時間も立つというのに また1人でグラウンドを見つめる◎、風がスカートを揺らす。その横顔は 昨日よりも少しだけ、明るい表情だった。
「◎」
「有人 お疲れ様」
「明後日は新生雷門との試合だ 灰崎が出る」
「そう、分かった 当日は有人の代わりに私が試合に同行する」
「...ああ 頼んだ」
口に出さずとも 俺が伝えようとする事を瞬時に察する事が出来るのは、◎だけだ。冷めた目でじっとグラウンドをまだ見ている ◎、なんと声をかけてこの場から離れればイイのか分からずに彼女の後ろ姿を見ていた。
"また明日"
そう言おうと口を開いた、その時...
「鬼道さん、〇さん...お疲れ様です」
「...水神矢か お疲れ」
「水神矢君 今日は少し力入りすぎてたね、帰ったらしっかりとストレッチして寝るんだよ」
いつもなら 表情を変えないくせに、水神矢に優しく微笑む◎...俺の横で嬉しそうにポリポリと頭をかく水神矢。俺たちの間を通り「それでは、また明日 よろしくお願いします」と礼儀正しく頭を下げて水神矢は校門の方へと歩いていった。
「...いつの間に仲良くなったんだ」
「あの子 優しいんだ」
「そうか、」
「次に恋するなら きっと彼みたいな人だと思う」
それじゃあね
そう言って、俺とは目を合わさずに ◎は去っていった。もう暑いというのに 心臓から冷えていく身体、どうしようもないところに来てしまったのだろうか。
「俺は 弱いな」
20180516