「灰崎君、明日はちゃんと来るんだよね?」
練習終わりウザったらしい雷門中のマネージャー様がわざわざ俺の所まで来て、下から顔を覗き込んできた。
片手に持ってるピンク色したノートには 俺達のことが細かく書かれているらしい、それをいつも鬼道に無表情で渡してやがる。
「うるせーよ 来るって言ってるだろ」
「バックれたら困るから聞いたの、星章にとって貴方みたいな頭一つ飛び抜けたプレイヤーは宝だもの」
「ッハ どうせ、鬼道にそう言えとか言われたんだろ」
「...違うよ」
鬼道の女だと思ってたが、違うのか。
壁にぺったりと体をつけて〇はノートを腕で大事そうに抱えて「はあ」と溜息を吐いた、なんだよ それ。
「私はね 強化委員として、日本の中学サッカーのレベルを向上させるために 派遣されてきた 理由があろうと私達がムカつくのわかるよ急に来て偉そうな顔されるんだもん」
「...はァ?」
「でも、鬼道君凄いでしょ?みんなの潜在能力をここまで 引き出してさ...灰崎君だって 彼のそのリーダーシップに惹かれてるんじゃないの?」
「気持ち悪ィ事言ってんじゃねぇ」
〇は眉一つ変えずに「みんな彼の指導を受けて強くなる、彼自身も それに負けじと強くなる...そんなサッカーをしてる彼が好きだし 負けず嫌いで仲間思いが揃った雷門中が大好きなんだよ 私」だからなんだよって言いたくなるような言葉を吐いた。
言い終わった後 片眉だけを少し下げて〇は見た事がないくらい 優しく笑った、気持ち悪い事を言いやがって。
「なんて、今の灰崎君にこんな事言ってもまだ分からないよね」
「馬鹿にすんじゃねえよ」
「馬鹿にしてるんじゃないよ」
見慣れねぇ優しいツラで 母親みたいに優しい声を転がして〇は「それじゃあ、明日頑張ろうね」なんて言って サッカー棟に消えていった。
俺はそんな背中を見えなくなっても追い続けるようにポツンと廊下で突っ立っていた。
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灰崎君は相変わらずだった、いつになれば懐いてくれるだろうか 毎日餌だけ食べて撫でさせてくれない野良猫のようだな。
星章に来てからは1冊目の 選手ノートを筒状にして、自分の手のひらをぽんぽんと優しく叩きながら 有人が待つロッカールーム前へと向かった。
「◎」
「有人」
難しそうな英語の本から顔をあげて有人は私の方へと近寄ってきた、ズキっと心臓が刺されるような痛みを感じながらも 表情を崩さずに私は彼にノートを手渡した。
久遠監督の事を考えよう...今恋をしているのは有人に対してじゃない。
「ありがとう」
「私の仕事だから」
「...この後は、なにか予定でもあるのか?」
「いや 無いけど、でも」
「困らせるつもりで言ったんじゃない、すまない 忘れてくれ」
私は きっと、ヨリを戻そうと言われたらスグにでも戻してしまうだろう だけど 元カレと友達になるなんて絶対に無理。だって、悲しんだ意味が無くなるから。
有人は自分でも何を言ったか分からないって顔をして、困惑した表情のまま「それじゃあ 明日も頼んだ」と言ってロッカールームに戻っていった。
私は またトキメキ出しそうになる心臓に毒を盛るように、呪いの言葉を彼が消えたロッカーに向かって唱えた。
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トボトボと歩いている〇の姿が、彼女の手にノートはなくて きっと鬼道に渡してきたのだろうとスグに理解できた。
檸檬の果汁を絞った後の爽やかで切ないあの感覚。
彼女は檸檬のようだ。
「〇、帰りか?」
「く、久遠監督...」
絞った後のくったりとした 檸檬の姿を思い出す、彼女の瞳は切なく揺れて 私に恋を伝えている。
「もう、用事もないので...帰ろうかと思っていました」
「そうか...」
「...監督は?」
「私も 帰ろうと思っていた、一緒に帰るか?」
口は災いの元だと 昔、誰かが言っていた。
嬉しそうに緩む〇の顔に、私は口角を上げてしまった。線からはみ出そうとは思っていない だが、彼女の違う表情をもっと見たいと思ってしまう私は ダメな大人だろうか。
「荷物をとってくる 少しだけ待っていてくれ」
「私も お部屋前まで行きます」
コツン、ローファーの踵が鳴らす音は廊下に爽やかに甘く 切なく響いた。
20180608