恋の罪
彼女と親しくなるにつれて、世界の色が元に戻ったように感じた。
まだ父である影山東吾が背番号10番を背負い世界で活躍してたあの頃。母が元気だったあの頃。そうだ、彼女と一緒にいると失われ二度と戻らないあの頃を思い出すのだ。
幼かった頃は毎日がキラキラとしていた。自分が存在していることが誇らしかったくらいだ。それを台無しにしたサッカー、そして円堂大介に復讐すると決めたというのに……。私は弱い。あの男にこんな事がバレたら、私は消されるだろうか?
「影山君、美味しくなかった?」
考え事に気を取られ過ぎていたようだ。
ここ数日、コンビニの惣菜パンばかりの私の身体を気遣い、弁当を作ってきてくれる彼女の顔を恐る恐る見れば、眉間に寄せた皺と膨れっ面が私を見ていた。
「すまない、考え事をしていた」
「怖い顔してたからなんだろうって思ったよ、不味かったかな? って不安になったじゃない」
「味は悪くない」
「よかった、お母さんに教えて貰ったのに不味く作ってたら怒られちゃうとこだったよ」
甘いだし巻き卵が舌の上で転がる。
咀嚼するのがもったいなく感じるが、昼休憩が終わるまで後十分程しか無い為、それを噛み砕いた。
「影山君ちゃんと食べてね、それ以上痩せたら備流田君にタックルされたら骨折れちゃうよ」
「次は避けるから大丈夫だ」
「本当かな」
そう言うと、ほんの少しだけ、彼女は私の方に身体を寄せる。
「影山君」
「なんだ」
「これからも影山君に、お弁当作ってきてもいいかな」
「お前がしんどくないなら」
「じゃあさ……もし、これからも一緒に居たいって言ったら?」
「……お前が、しんどくないのなら、好きにしろ」
幼少期の頃、家族で行った花火大会を思い出す様に沢山の色が弾けていく。大きな音を立て、脳や心臓を刺激する恋の花火。私達は、沈黙の中に浮かぶ激しい音を立て花開く火花の中心で、じっと見つめ合った。
+*
準決勝も間近になったある日の事。
彼女を家まで送り届けた後、携帯がけたたましく鳴り響いた。嫌な予感は的中する。その着信はあの男からだった。
「……はい、影山です」
「やあ、影山君。元気だったかい? さっきの子と最近よく一緒にいるようだね、悪い事は言わない彼女の為に別れた方がいい」
「何の話でしょうか」
私の問いに、ガルシルドはいつも通りの不愉快な声でこう答えた。
「君はなんの為に生きているんだ? 恋愛をするためか? 青春を謳歌する為か? 違うだろう。影山君、アレは君を弱くする。君の本当の使命は彼女と幸せになる事なんかじゃないはずだ、よく考えなさい」
「私は復讐したい。父の仇を取るためにも、だが、彼女も失えば私には本当に何もかもなくなってしまうんです」
「復讐を成し遂げた先で幸せを探せばいいじゃないか、それの何が不満だ? 女なんて代わりを見つければいいだけの事、恋は人を弱くするんだよ影山君。ロマンスなんて弱虫のする事だ」
「……私はもうこれ以上失いたくないだけだ」
この男には逆らってはいけないと分かっているのに、拒否してしまった。それは則ち、死を意味する。
「そうか残念だよ影山君、これはお願いではなく命令だというのに……ハァ、君にはボスが誰かを分からせる必要があるようだね」
金と悪意に肥えた男は醜く笑うと、一方的に電話を切った。向こう側では腸を煮えくり返したガルシルドが、私への仕置を考えているに違いない。それでも、私は彼女を手放したくなかった。彼女がいなくなれば、私には何も無いから。
復讐への炎が全て消えればここまで心臓は痛まなかったのだろうか? 父の顔を思い浮かべてみたが、なぜか今日は笑顔を浮かべる父の姿が脳裏に浮かんだ。
20180620
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