悪戯な転校生
俺はあまり友達がいない。サッカー部以外で人と話す事も無い。女の子となんて……もっと、ない。俺は今日もいつも通り無言で生きる。少ない酸素で生きていける事だけがメリットだ。最近は目金に好きな人が出来たらしい。羨ましい程の眩しい笑顔の女の子だそうだ、いつも部室で楽しそうに話をしている。
あの目金にさえも好きな人がいる、いいなあ、なんて……俺は人を羨んでばかりだ。本当に嫌になる。
「転校生を紹介する」
いつの間にか始まったホームルーム。
前を向くと、にこにこと可愛くて素敵な笑顔の女の子が担任の横に立っていた。俺の銀髪の向こうにいる彼女に見惚れていると「影野、色々教えてやってくれ」と担任が笑う。なんと転校生の席は俺の隣らしい。ドキっと心臓を跳ねさせ返事をすると、転校生が短いスカートと綺麗な髪を揺らして俺の隣に立った。
「影野君……だよね? 宜しくね」
「よ、よろしく……」
緊張のあまり語尾が弱まる、それに彼女は凄く清潔な匂いがした。ドッ……と、緊張で汗がふき出る……。変な奴だと思われてるに違いない。「私、窓際の席って憧れてたんだ〜前の学校ではね、ずっと真ん中の席だったから」なんて、こんな俺にもフランクに話しかけてくれる転校生……。
少しだけ開いている窓から入ってきた風が、悪戯に彼女の前髪を揺らし、綺麗に整った眉毛を見せてくれた。風に揺らされた髪が額を撫でたのだろう。くすぐったそうに笑うと彼女は、俺を見て「影野君、放課後お喋りしようね」なんて当たり前のように俺に笑顔を向けてくれた。なんて……可愛い子なんだろう……。
こんな俺に話しかけて、笑いかけてくれる女子なんてマネージャー以外初めてで、心臓のドキドキが全然止まらない。逃げ出したいのを堪えて俺は、こくりと頷いた。
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放課後まで、長くて長くて俺はくたびれていた。
転校生である彼女の席の周りにはずっと人集りができてて、息苦しく、休み時間の度に廊下に出ていた。昼が過ぎると廊下はまるで、俺のように湿気ていて、薄暗かったから、落ち着いたんだと思う。チラリと彼女に目線を送ると、少し困った顔で俺を見つめる。そして、にこっと笑いかけてきた。
彼女は本当に、青い空をバックに人に囲まれるがピッタリな人間だな。俺とは全然違う。
全ての授業を終え、放課後になった。
部室に行く前に日直の仕事を終わらせなければ。そう思い、日誌にペンを走らせると「影野君、やっと2人きりになれた」といつの間にやら戻ってきた彼女が俺の方に椅子を寄せた。
「……え」
「ふふ……どうしたの、幽霊でも見た顔して」
「帰ったんじゃ……」
「お話、全然出来なかったから戻ってきたんだ」
「そんな、なんで」
「ねえねえ、何で目を隠してるの?」
「いや……その、ちかい……」
「え〜? どうしたの?」
俺の質問には答えずに、無邪気に俺に質問を投げる彼女。グイグイと顔が近付いてきて恥ずかしい。そんな俺の態度に「もしかして話すの迷惑かな……?」と、少し悲しそうな顔を見せる彼女。
「ち、ちがう……ごめん、俺、人と喋るの苦手なんだ……」
「そうだったんだ、ごめんね私ったらグイグイいっちゃって……」
「いや、そんな」
寧ろ、嬉しい。
そう心にじんわりと桃色を広げると、彼女は可愛らしい小さな手をぎゅっと握って「じゃあ、今日から沢山お話しようよ!」と笑った。その言葉は、すごく嬉しい。だけど、そんなの俺には少し勿体ない……。
「君みたいな人はもっと、ち、違う人と話した方が……楽しいんじゃないかな、俺なんかより」
「えー私影野君とお話したいのに」
ぎゅっと可愛く握っていた拳を緩め、すっと俺に伸びてきた綺麗な白い手。その手が、俺の長い髪に触れた。一瞬、何が起きたか分からずに、ぽかんと口を開いていると……。
「綺麗な目、思った通りだった」
そう言ってにこっと笑う彼女。
クラスメイトにも、ましてやチームメイトにすら見せた事の無い目。……それを、こんな可愛い子に見られてしまった。恥ずかしさに死んでしまいそうになる。クラクラと座っているのに眩暈がする感覚に、椅子から落ちそうになると、閉まっていたドアがガラガラ! と勢いよく開かれた。
「お〜い影野〜……って、え?!」
「は、は、はんだ」
「あー……悪い邪魔した」
「……あーあ、ごめんね影野君……私達キスしてるって思われちゃったかも」
”でもいいよね”と言葉を続け、ふふと小悪魔な笑みを浮かべる彼女。
ギギギッ! バタンッ! と、不快感を与える音をあげ、椅子を倒し、俺は荷物も持たずにごめん! と、だけ言い残し 走って部室に走った。どうしたらいいのか分からなくて、ひたすらに走る。走って走って……部室に到着。震える指で、部室のドアを開くと、半田達のニヤケ面が俺に向かって刺さった。
「お〜、影野も隅に置けねぇなぁ」
と、豪快に笑う染岡に言い返す間も無く、俺はドアの近くに立っていた円堂に倒れかかる。
「うわっ! どーしたんだよ、影野ぉ!」
「きっ、緊張……した……」
俺みたいなヒョロヒョロした男の一人簡単にキャッチしてしまう円堂は、呆れた顔で「おい大丈夫かよ〜」と眉を垂らす。円堂に抱きかかえられ、天井をぼうっと見つめた。明日は水曜日。明日も……彼女に会うのか……。またこんなに心臓を早く動かさないといけないなんて、きっと俺は彼女のせいで死んでしまう。
20211116 編集