「――…あ、」
あの後。
怒りを持ったダイヤウェポンと陸上で戦闘し、なんとか勝利を収めたクラウド達。しかしそれによってミッドガル内には神羅兵が群がっている事が一目瞭然で正面から侵入する事が困難だと思ったクラウドとティファ、ヴィンセントの三人は、地下の螺旋トンネルを通って宝条のいる魔晄キャノンを目指していた。
「あ、――」
そしてそこで出会ったのは黒ずくめな、思いもよらない人物達。それを視界に入れた途端、クラウドの心に複雑な何かが渦巻いていく。
「タークス…」
それは彼女に出会えるという喜びよりも、もうここに戻ってこないという現実を突きつけられる窮愁が強くなっている筈だった。
…けれどもその心は、彼女を視界に入れる事を望んでいた。強く、強く。
「…よぉ、クラウド」
…しかしそこには赤、金、肌色の三色しか揃っていなかった。少しの期待心は静かに消え、クラウドは気づかれないように嘆息をついた。
「…何しにきたんだよ」
聞かなくてもレノにはわかっていた気がした。海底魔晄炉で出会った事も、その前に彼らがコレルやコンドルフォードに行っていたのも。…全てはヒュージマテリアの為ではなく。
――…
…彼女を、探していたからではないのかって。
「お前らには、」
「ここにお前の探しモンはねぇよ」
「?なんだと…?」
「シンバは、ここにはいねぇっつってんだ」
彼らが自分達の前に現れる理由がそれしかないと思ったから、レノは聞かれる前に自らそれを口にした。彼女の居場所がわからず多少イライラしていたレノにとって、クラウド達が現れた事はそのイライラを余計に募らせる原因となった。だから、先手をとってしまった。自分達だってそれを探して苦労しているんだと、相手にわからせてやりたかったからかもしれない。
「会社も…もうボロボロだ」
ウェポンが放った砲弾によって破壊された神羅ビル。大勢の社員―幹部達の安否確認もままならず、ましてやそのトップである社長との連絡も取れてはいないらしい。いわば壊滅状態となった神羅カンパニーはその機能を失いつつあるのだと、レノは独り言のように呟いていた。
「…シンバの行方もわからないままだ」
「「っ!?」」
ただここにいないだけなんだとレノの言葉から思い込んでしまっていたクラウドに、ルードのその言葉は絶望という暗い影をもたらした。タークスに戻っていようが、長い間旅を共にしてきた仲間の安否がわからない事はティファやヴィンセントにとっても衝撃的だった。
「…そんな」
張り詰めていた空気が淀んだモノに変わっていく中。
「っ…違います」
小さく、しかし力強く。そう一言言い放ったのは、イリーナ。
「?何が違うんだよイリーナ」
彼らと出くわしてすぐ、イリーナはその人の姿を探していた。
けれどもそこに思っていた彼女の姿は無かった。…そりゃそうか。自分達の元を去ってすぐに、その本拠地である神羅に乗り込もうなんざ考えないだろう。
けれどもレノやルードがそれを口にした時の彼らの反応は、イリーナの意表を突いていた。てっきりもう合流しているもんだと思っていたのに、彼らもその事実をまだ把握していなかったのだ。
…だとしたら、彼女が向かった先は、
「シンバさんは、」
その事実を知っているのは、自分だけ。イリーナは覚悟を決めるようにキュッと拳を握りしめた。
「シンバさんは、星を救いに行ったんです!」
「……は?」
「「?」」
「私てっきり…シンバさんはそっちに戻ったんだと思ってて…!」
「っ、待てよイリーナ。何の話だよ!?」
イリーナの話によれば、仕事後でバッタリ出くわしたシンバにいきなりロ◯オとジュリ◯ット的な話をされたらしい。ロミ◯とジ◯リエット的な話がいまいち―いや大分わからないが、自分の意見を聞いたシンバは何かを決意したように「星を救いに行く」と言ったそうだ。
――シンバ…
クラウドの中で渦巻いていた何かが、スッと影を無くす。心が軽くなった気がした。それはまるで、重さの量れない天秤にかけられていた呪縛から逃れられたように。
「…なんで止めなかった」
「っ、だって――」
けれどもタークスは、淀んだ空気にのめり込まれてしまっていた。…それはクラウドの目に、自分達がハイウインド内で繰り広げたいつかの光景のように写る。
「…悪いが、俺達は先を急ぐ」
本当はいろいろ言ってやりたかった。今まで溜め込んできた思いを、違った意味で敵であった赤毛の彼―レノに。…けれども、クラウドは何も言わずにその場を去った。
「…――」
今のレノが、その時の自分の影と重なった気がしたから。
*
「――…クラウド」
少し足早に当初の目的である魔晄キャノンを目指すクラウドの背にかかったのは、ヴィンセントの声だった。
「…信じるのか」
ピタ、とクラウドはその足を止めた。…愚問だと思った。自分がその足を早めている時点でそうだと確定している事になるのを、ヴィンセントだって気づいているだろうに。
「シンバは、」
「…いっつもいっつも、」
「「?」」
足を止め振り返ったクラウドの横を、漆黒の長い髪が追い越して行く。
「シンバはいっつも、私たちの先を行っちゃうんだから」
少しムッとした声だったが、振り返ったティファの顔には笑みがあった。
星を救いに行く。そう彼女が決心した事。きっとそれは、自分達の元に戻ってくる事なんだとクラウドもティファも確信していた。イリーナの曖昧な言葉でも、何の確証も無くても、その言葉だけが真意だと思った。
「あぁ、…そうだな」
フッと息を抜くようなクラウドの安堵の声を聞いたのは、彼のその穏やかな表情を目にしたのは、いつ振りだろう。シンバがいなくなった事を知って以来、クラウドからそれらが消えたのをティファはしっかりと感じ取っていた。
「…ユフィと同じくらい、説教してやるんだから」
それくらい彼が彼女を大切にしているという事は言われなくてもわかっていたが、…けれども少しそれを妬ましく思っている自分がいた。それは幼馴染としてか、はたまた一人の女としてかなんて。
「……」
それは、ティファにはわからなかった。
*
螺旋トンネルを抜け八番街の地下を進んでいき、クラウド達はようやく魔晄キャノンが設置された場所へと到着していた。
…そのメインコントロール室には、見慣れた白衣姿の男。
「宝条!そこまでだ!」
宝条はかかった怒声に驚く事なく、ユックリと振り返る。
「あぁ…失敗作か」
「名前くらい覚えろ!俺はクラウドだ!」
「お前を見ると私は…私は自分のセンスのなさを痛感させられる」
「なんでもいいからこんな事はやめろ!!」
「……こんな事?おお、これか?」
宝条は満足気な顔を向けた後で、お得意の笑い声をあげた。
「セフィロスはエネルギーを必要としているようだからな。私が少しばかり力を貸してやるのだ…」
「「!?」」
その言葉に、誰もが驚きを隠せなかった。自分たちが知る限りセフィロスと宝条は何の関係もなかった。宝条が彼を追っているのは、ただただ彼の力に興味があるだけなんだとばかり思っていた。だから星を滅ぼそうとしているセフィロスに、宝条が加担する理由がまったくわからない。
「何故そんな事を、」
「…息子が力を必要としている」
それだけだ。宝条はそう言ってまた、コントロールパネルに目を落とした。
「…息子?」
「セフィロスがあんたの息子…!?」
宝条は、自分の子を身籠った女をガスト博士のジェノバ・プロジェクトに提供していた。その子―セフィロスが母親の体内にいる頃に、彼はジェノバ細胞を注入したのである。
…それは愛情でもなんでもない。ただの、科学者としての彼自身の欲望だった。
「貴様…!!」
その女性こそ、ヴィンセントが敬愛していた、――ルクレツィアだった。その事実に、ヴィンセントの怒りのボルテージが上がって行く。
「…私は間違っていた。眠るべきだったのは…貴様だ、宝条!!」
ヴィンセントが宝条の元へ歩み寄ろうとすると、宝条はまた変わらない笑い声をあげ始めた。
「「…?!」」
しかしそれは、先ほどのモノよりも甲高く奇声がかった声。何かがおかしいと、クラウド達が身構えたその時。
「私は科学者としての欲望に負けた…。この間もな、負けてしまった…」
そういう宝条の姿が、みるみると。
「自分の身体にジェノバ細胞を…」
モンスターへと、変わっていった――
***
――…
薄っすらと、シンバはようやくその瞳を開けた。
目の前に広がっていたのは、雲一つない空。…あぁ、生きていた、なんて遅すぎる感情に、それでも心が騒ぎ出す事はなかった。
「……」
慣れすぎたのかもしれない。気を失って目覚める事に。この世界にきてから幾度となく体験してきたそれも、この世界に来なければ。…この世界に来なければ、そんな非日常と出会う事もなかったのだろうけれど。
「……はぁ、」
体を起こす気に暫くなれなくて、シンバはそのままの形でずっと空を眺めていた。
ここが何処だとか、今はそんな事どうでもよかった。それよりも、自分の考えを粉々に打ち砕かれた事の方がシンバの心には重大だった。
「……やってくれたなァ」
…都合が良すぎたのだ。世界は自分を中心にして回っていると、思いすぎたのかもしれない。
ウェポンに突き落とされて、目が覚めた気がした。そんなにすんなり自分の思い通りにはならないんだと。自分が今まで彼らに向けてきた棘は、そう簡単に抜けないんだと。それなりの代償を、自分は受けなくてはいけないんだと。
「……、」
けれども見上げている空のように、自身の心もスッキリと晴れ渡っているような気もした。…反省します。だなんて、楽観的に考えたら叱られるだろうか。彼らに怒られるならそれも本望。いや、寧ろ怒られた方がスッキリするだろう。
「……」
自嘲気味な笑みを浮かべ、シンバはまたその目を閉じた。
楽観的に考えたら、すぐにまた彼らに追いつけると思い混んでしまっていた。
…だから、何も気づかなかった。
目が覚めたらそこにいるという感覚に慣れすぎて。
――この世界にいることに、慣れすぎて。