「――神羅は、終わりました…」
皆の前に立つケット・シーが、ひっそりとそれを告げた。
モンスターと化した宝条はクラウド達の手によって永遠の眠りにつき、魔晄キャノンの暴走は何とか食い止める事ができていた。
ミッドガルの平穏は何とか保たれたが、それを統制してきた神羅カンパニーは破滅への道を辿る事となってしまった。
「メテオが落ちてくるまであと…」
「7日って、じっちゃんが言ってた」
だが、星の破滅へのカウントダウンは、着々と迫り、止まらない。
けれども、もう自分達の旅も終わりに近づいている。あと自分達がすべき事は、セフィロスを倒しホーリーを解き放つ事だけとなった。残された戦いはあと一つなのだと、誰もが意気込んでいた。
「…なぁ、レッド」
クラウドにとっては、それだけが目的だった。…最初から。この旅を、始めた時から。
「コスモキャニオンの人たちに会いたいか?」
「……うん」
クラウドにそう問われてレッドは少し間を置いたが、正直にそう答える。
「…マリンに会いたいだろ?」
「……そんな事聞くなよ」
ポリポリと頭を掻くバレットも、答えなくてもそう思っているのは明らかで。
「…俺たちは、セフィロスを倒さなくてはならない」
自分達が奴を倒して、ホーリーを解き放たなければこの星は滅びてしまう。自分達が奴を倒せなければ、ホーリーも解き放てない。イコールそれは、死を意味する。自分達は、メテオがこの星に降り注ぐ前に死んでしまうという事になる。
だからクラウドは、もう一度その意味を、何の為に戦っているのかを考えて欲しいと言った。星を救う。星の未来の為。…確かにその通りだ。でも、クラウドにとってはこれは個人的な戦いだった。過去と決別する為の。セフィロスを倒し、過去にケリを付ける為の。
「自分の戦う理由…それを確かめて欲しいんだ。…そうしたら、帰ってきて欲しい」
「……誰も戻ってこないかもしれないぜ?」
その理由が見つからなければ、無駄な足掻きはやめようと誰もが考えるだろう。理由なき戦いは、虚しいだけなのだと。
その点クラウドは、しっかりと自分の戦う理由をわかっている。その個人的な想いが星を救う戦いに繋がっているだけだ。だから、皆にもそれを見つけて欲しいとクラウドは言った。見つからなければ仕方が無いという事も、重々承知の上だった。
「――みんな行っちゃったね…」
そうして、ハイウインドに残ったのは、クラウドとティファ。
「…あぁ、」
ティファには、何処にも行く宛がなかった。故郷のニブルへイムも今となっては偽りの街となってしまっているし、かといってミッドガル―住んでいた七番街は跡形もなく消えてしまっている。…ティファにとっての居場所は、ここだけなのだ。
「…ね、クラウド」
「なんだ?」
「……シンバの事、言わなくてよかったの…?」
星を救う旅に彼女が戻ってくる事。ティファはてっきり、ハイウインドに乗り込んで一番にクラウドがそれを口にすると思っていた。しかし、彼は彼女のかの字も発しなかった。
「……驚かしてやろうと思って、」
少し照れ臭そうにそういうクラウドにティファは一瞬呆気に取られた顔をしたが、その後で小さく吹き出してしまった。変なところでクラウドは遊び心を見せる。きっと、戻ってきた彼らのテンションを上げる最高のサプライズになると考えたのだろうか。
「シンバ、どこにいるのかしら?」
「…すぐに来るさ」
自分達が彼女を探し回って行き違いになるのは避けたい。だから、一箇所に留まって待っている方が利口だとクラウドは思った。
きっと今頃この飛空艇を探し回っているのだろう。あの小さな、バハムートに乗って。
「…――」
第一声に、何を話そう。温かく迎え入れてしまうのも、冷たく突き放して少し懲らしめるのもどちらも悪くない。その時のシンバのリアクションを想像して、クラウドの口元が緩んでいく。
また一緒に旅を続けられる。また彼女の側でその温もりを感じられる。今度はもう離さない。絶対に。…絶対に。
「皆も、戻ってきてくれるといいね」
最後の戦いを前にして、クラウドの心は終始穏やかだった。
***
「――…」
しばらく見つめていた青に、少しずつ白い塊が混ざり始めた頃。
シンバはようやくその重い腰を上げていた。こんなところで油を売っている暇などなかったと、ようやく気づいたのだった。
クラウド達はもうミッドガルにいた。だとすれば北の大空洞にセフィロスを倒しに向かうのも時間の問題である。自分がどれほどの間意識を失っていたのかはわからないけれど、でも、きっと大丈夫だと。すぐに追いつけると、シンバは湧き出る自信に身を委ねすぎていた。
「…?」
起き上がって目に飛び込んでくるは鬱蒼と生い茂った木々の緑と、今は使われていないような荒れた耕地、昔ながらの藁屋根の家だった。どこかの村のようで、しかしこんな廃れた村がこの世界に存在していたかと、ようやくシンバは自分の置かれている状況に懸念を抱いた。
「……」
けれども、正直そんな事はどうでもよかった。東の果てでも、西の果てでも、自分にはバハムートがいてくれるから。彼に乗れば、どこへだってひとっ飛びなのだと、
「……あれ?」
しかし、ポケットにも、自分の周りにも、それはどこにもない。どこにあっても眩しい赤を放つそれは、一向に自分の目には飛び込んできてはくれない。
「……っうそ、」
その状況に、全身を焦燥感が襲った。ウェポンにやられた時にはぐれたのだろうか。今までどこから落ちようがどんなに気を失おうが、それはいつもちゃんと自分の手元にあった。それを失くすなんて事、誰かに奪われる事なんて、今まで全く無かったのに。
「…っ嘘やん!!」
勘弁してくれというように、シンバは頭を抱えながらもう一度大きく周りを振りかぶってそれを探した。
「っ誰じゃ?」
「っ!?」
その時だった。
突然かかった声に振り返れば、そこにはこの風景によく似合う格好をした老人が一人立っていた。貴方こそ誰ですかと問う前に、その老人は自分の格好をまじまじと眺めだす。
「……」
ああきっと、神羅の人間だのタークスの人間だのと騒ぐのだと、そう思っていた。最後の戦いに備えて着替えてくるべきだったか、なんて。
…余計な事を考える暇が、ここで終わる事も、知らずに。
「こんな村にそんなスーツで…何のようじゃ?」
「…え?」
「あれか!またこの土地を買収してレジャーランドでも建てようと企てておるのじゃな!?」
「……は!?」
いつのまに神羅はそんな事を計画していたのだろうか。セフィロスが世界を蝕もうとしている時に。
メテオが星を滅ぼそうと、
――…!?
メテオが、星を。
厄災が、星を。
…空に浮かぶ、赤い塊が。
「――っ!?」
シンバはもう一度空を見上げた。木々の間から見えるそれは、真っ青に。時折見え隠れするその白も、透き通るような色を見せている。…そこには、あの忌まわしき赤色なんて、
――っ、
どこにも、見えなかった。
「っオジサン!メテオどおなったん!?」
「ん?メルボ?」
「メテオ!!空に浮かんでたデッカい赤い塊!!!」
「……空に?」
「隕石や!!隕石!!」
「…はて。ワシはそんなモン、知らんぞい」
「……え?」
ふざけているのかとも思ったが、老人の顔はいたって真剣だった。怪訝な顔を向けるシンバに、老人も負けじと怪訝な顔を向けてくる。
「…何を寝ぼけた事を言っておる?」
空はいたって快晴で、赤色なんて夕方にしか見ない。そしてここの夕日は格別だといらない情報をも老人は語る。
「…ちょっと待って、」
まさかもう既にメテオは消滅してしまったのだろうか。その騒ぎに目を覚まさないなんて、自分は余程の衝撃をウェポンに与えられたのだろうか。というよりいち早く目を覚ました時点でそれに気づくべきだった。今まで見てきた赤い空が、怒りを鎮めたように青く染まっている事に。
「……もうこの星は、救われたんか…」
「…何が救われたんじゃ?」
いろいろ思う事はあったのだが、さっきから少々噛み合わない老人との会話がどうもひっかかっていた。…呆けているのだろうかと正直思った。世界を揺るがす出来事を、この星に住む住人が知らない筈なんてないのだから。
「この星」
「地球が?」
「そうそう。地球が、」
――地球?
「…ちきゅう?」
聞き間違いかと思って、確かめるようにその固有名詞を口にする。
この世界の人は、自分が住んでいるこの星を地球なんて言わない。"地球"という言葉は、この世界で生まれた言葉ではない。…その言葉が生まれたのは、紛れもなく、
「……ここが、地球――?!」
見上げた空の青は、全て。
白い雲に、覆われていた。
***
「――そろそろ時間だ…」
夜風に当たりながら、クラウドとティファは飛空艇の外で仲間の帰りを待っていた。
今までの旅の事、昔の思い出を語り合いながら過ごす、最期のひととき。こうして二人っきりで過ごすのはかなり久しぶりな気がして、ティファにとってそれはどこか特別な時間のように思えた。
「でも、まだ…っ!」
そうして過ぎる時間の中。夜のうちにも、今になっても、誰一人として帰ってはこなかった。心のどこかで皆必ず帰ってくるのだと思い込んでいたティファは、その事実を受け入れられなくて、
「…仕方ないさ」
クラウドはそう言って笑って見せたが、その顔にはどこか寂寥感が漂っていた。クラウドだって本当は皆が帰ってくるのだと思っていたのだろう。…否、クラウドにそんな表情をさせているのは本当は、それが一番の原因ではない事。ティファには、わかっていた。
「――二人きりだと、広すぎるね」
バレットの地声がよく響き渡り、シドの煙草の煙が充満する操縦室。レッドの毛がそこら中に散らばって、ケット・シーの怪電波が飛び交う船内。ヴィンセントがお気に入りの隅っこの角も、ユフィの特等席の屋外も。シンと静まり返ったハイウインドには、それでも彼らの残像が今でも鮮明に残っていた。
「やっぱり、ちょっとだけ…寂しいな」
確認の為に一通り船内を二人で見て回ったが、やはり誰も乗ってはいなかった。…クラウドが待ちわびている、人物だって。
「……、そうだな」
自分であれだけ言っておいて、クラウドはどこか自信を失いつつあった。
今まで自分は、皆の力を借りてここまでこれたのだと思っている。今の自分があるのは皆のお陰であって、自分自身の力だけではない。だから、本当は皆と一緒に最後まで戦いたいという想いがあった。…けれども皆がそれを決めたのなら、諦めるしか他ない。自分にそれを咎める権利はないのだから。
そう思ってクラウドが覚悟を決めるように一つ息を吐き出した、その時。
「っ!?」
「っ、動きだした…?」
大きなエンジン音とともに船内が揺れた。驚いた顔を見合わせ二人が急いで操縦室に戻ると、そこには。
「っバレット!シド!」
親父二人組が、ちゃっかり居座っていて。
「レッド!!」
その後ろに隠れるように、レッドの姿もあった。
「どうして声かけてくれなかったの!?」
「…サプライズってやつよ!」
「っなにそれ!全然面白くないわ!」
その後でヴィンセントもケット・シーも、一番帰ってこないと思っていたユフィも戻ってきてくれていた。殺風景だった船内がたちまち昔の景観を取り戻していく事に、ティファの顔には自然と笑みが零れていた。
「…みんな、ありがとう」
「お前の為に戻ってきたわけじゃねえよ」
自分達の大切なモノを守る為に。そして、ここにはいないけれど自分達にチャンスを残してくれた、彼女―エアリスの為に。
「このままってわけにゃ、いかねぇよな」
最後に微笑んだエアリスの想いを。星に届いた筈の、しかし悪夢に邪魔されて動けずにいる彼女の願いを。自分達が解き放たないで誰が放つのだと。
「あぁ…!」
意思の篭った皆の瞳の色は、今まで見た事がないくらい凛としていて。…あぁ、やっぱりコイツらなしでは最後の戦いは乗り越えられないと、クラウドは心の底からそう思った。
…しかし。
「……その前に、聞いてくれ」
先ほどシドが言った、サプライズ。本当は自分もそれを企てていた事をクラウドは打ち明けた。
…もう一人帰ってくるメンバーが、この船にはいるのだと。
「シンバが!?」
「本当っ!?」
それを聞いて皆は歓声を上げてくれた。やっぱり俺様の言う通りだったというシド。早く会いたいとはしゃぐレッド。あぁ、やっぱり皆もそれを待ちわびていたんだとクラウドはすごく嬉しくなったのだが、
「で?アイツはどこにいるんだよ?」
けれども、肝心の人は一行に現れる気配を見せなかった。皆の前にてっきり彼女がここに一番乗りするものだと思っていたにもかかわらず、だ。
「…ね、クラウド。…もしかしたら、イリーナが言ってたように――」
シンバは星を救いに行くと言っていた。イリーナのそれが間違っていないのなら、彼女は単独で北の大空洞に向かったのかもしれないとティファは言った。…やはり一人で突っ走る習性は治っていないらしい。アイツらしいなと戯ける傍、セフィロスが相手となるとそうも言っていられなくて。
「そうだな。…俺たちも行こう。シンバが待ってる」
「おう!つっこむぜぃ!!」
シドが嬉しそうに操縦席のレバーを握る。
クラウド達の最後の戦いが、始まった。