04 she's inmost might



「馬鹿な…ありえない…!!」


ツォン、ルード、レノの三人は身を乗りだして一つのモニターを凝視していた。


「何故ドラゴンが――!?」


そこに映っていたのはゴブリンなどの小さなモンスターでもなくウルフなどの獣でもない、巨大なドラゴン。ゲームでいうなれば中盤に出てくるような大型モンスターで、まさか今それがここに出てくるなんて誰もが予想だにしていなかった。


「主任!?どうなってるんすか!?」

「BTMは使用する前に必ず点検を行っている。決して壊れてなどいない…全て正常だったはずだ!」


昔からそれは何百もの―それこそタークスやソルジャーだって使ってきた高性能な代物だ。今までそれが異常をきたしたなど聞いたことが無かった。だから、それがおかしなデータを作り出すとは専ら考えられない。
…だとすれば、考えられる線は、ただ一つ。


「……っじゃあ、」

「これが、今のシンバの実力――!?」



 *



「…………」


…声が出ないとはまさにこういう事か。自分の今の実力はさして数時間前に闘ったウルフ程度だと確信していたシンバは、目の前に現れた何とも場違いなモンスターを見てしばし思考が停止していた。


「…うそ、嘘やろ?…これはおまけで…別に攻撃してこぉへんアレやろ?……草食竜的な?」

『どう見ても肉食だろ!!シンバ!逃げろ!!』

「っレノ!?」


突然聞こえて来たレノの声にその場を振り返りその声の持ち主の姿を探すも、そこに見知った赤毛の人物はいない。


「れ――」

「ギュアァァァァゥゥゥゥ!!!」


もう一度確認しようとその人物の名前を口にしようとしたが、それはドラゴンの咆哮によってかき消されてしまった。


「いいいい…耳元で叫ぶなし!鼓膜破れるっちゅーねん!!」


まさにドラゴン。いつもゲーム内で聞いている咆哮よりも俄然リアル(当たり前)。すかさず耳を塞いでその場に縮こまったシンバは恐る恐るその恐怖の対象に目を向けたが…その相手は自分の方を見ていない。…もしかしてまだ自分の姿に気づいていないのだろうか。なんて運がいいのだ自分。シンバはすかさずその場から逃げ出した。


「冗談にもほどがあるわ!どうなってんねん!?レノ何処におるんやーーー!!!」


ドラゴンに気づかれない様に小声で―しかし怒鳴る様に未だ姿を見せない仲間へ助けを求める。


『シンバ落ち着け!俺たちはそこへ入ることは出来ねえんだ!』

「はぁ!?ふざけんな!!」

『こっちからはどうする事も出来ねえんだよ!いいか!死ぬ気で逃げろ!』

「無責任!!!馬鹿!!!ウチまだ死にたくないーー!!」

『シンバ、私だ』

「っツォンさん!ウチをはめたなこの野郎ーひどいじゃないっすか!!大仏様はもっと優しいはずや!!ツォンさんはMやとばっかり――」

『馬鹿な事をいっている場合か!?いいかシンバ、よく聞け!この『BTM』は今の今まで誤作動を起こした事はない。実際お前が身につける前にも確認済みだ!』

「だからなんすか!!」


既にシンバは泣きそうだった。無理もない。自分よりも何倍も大きな龍が目の前に現れたのだから。


『…という事はだ。そのドラゴンはお前の能力に見合って選ばれたという事になる。我々にも信じがたいのだがな…』

「んなアホな!?…このか弱いウチがこのドラゴンと対等!?ツォンさん何言ってんすか!?」


思わずシンバは怒鳴ってしまった。…のだが。


――っしまった!


ピタ、と音が鳴るほどに立ち止まり、ギギギ、といわんばかりに首を恐る恐るドラゴンがいるであろう方へ向ける。振り返った先で背を向けているはずのドラゴンは、ばっちりシンバをロックオン。…自分の馬鹿野郎。シンバは自身を思いっきり殴ってやりたくなった。


「ギュアアアァァァァァーー!!!」

『ばれたか。…シンバ、うまく逃げろ!回避は得意なんだろう?』

「冷静に言うな!…っ、くそ!コイツ、HPはどんくらい!?」

『…HPとは何だ?』


RPGだけではなくバトルのあるゲームなら必ず表示されるHP。相手の体力がどの位かわかるゲーマーにとっては有難い数値である。…しかしここは画面の前ではない。あれは画面上に表示されるだけであって実際に戦っている人物―こっちの人はHPなどと言わない。むしろ相手の体力がどの位あるのかわかって戦っていないのも事実。…なんてややこしいんだ。


「あぁーんと!体力!!体力はどの位あんの!?」

『そこまでは分からない、危険度でいうとレベル3だ。…一般兵では太刀打ち出来ないレベルだな』

「…ボスレベル!?」

『…ボスって何だ?』

「あぁもういい!わかった!!とりあえず無理って事が分かったよ!!」


ツォンとの無駄なやりとりを終えたところでシンバはドラゴンに向き直った。ご丁寧に待っていてくれたのか、ドラゴンもそこで戦闘態勢に入ったように構えをとる。
…しかし待たせすぎてしまっていたようだ。準備万端、待っていましたといわんばかりにドラゴンは大きく口を開いた。


『シンバ!ブレスが来るぞ!!』

「!!」


ゴォォォォォォォォ__!!!


「ぎゃあああああーーー!!!!」


まさに火炎放射。リアル火炎放射。危ねえよ。熱いだろ。燃えてしまうではないか。そんな火炎放射リザー◯ン以来見たことないぞ。と余計な事も考えつつ、シンバは必死で逃げ惑う。


「あっっつ!!信じられへん!!!」


ブレスを回避したのもつかの間、飛んできたのはドラゴンの右フック。


ドオン――!!!


「っ!!」


ドラゴンの右手は地面にのめり込むほどの威力を見せ、辺り一面に入る亀裂。間一髪で避けたシンバはその跡を見て絶句する。…無理だ。これは無理だ。あの時のウルフの方がよっぽど可愛いではないか。
恐怖。その言葉だけが、シンバの心を支配していく。


『シンバ!おいシンバ!!』


レノ達の声も、もはやシンバには届かなかった。



ドオン――!!


ドオゥン――!!!


ドラゴンの攻撃は止む事を知らない。運動不足だったのか、これでもかというくらい動き回るドラゴン。目の前の敵を殺すまで攻撃し続けるだろう。これがTHE肉食の本能か。…運動不足はお互い様だが、シンバはそれをかわすことしか出来なかった。



 *



「――はぁ…っ。はぁっ…!!」


シンバがドラゴンの攻撃をかわし続けて、約10分が経過していた。
ドラゴンのふとした隙をついてなんとか岩陰に身をひそめる事が出来たシンバだが、既にフラフラの状態だった。


「アカン…やっぱウチ体力ない…!」

『シンバ!あと10分だ!持ちこたえろ!!』

「まだ10分もあんの…?もう1時間くらいこうしてる気がするんはウチだけ…!?」


遠くでドラゴンの唸り声が聞こえる。自分を探しているのは間違いないなさそうで、何処へ行ったのかとイライラしている事だろう。…見つかるのも時間の問題だ。

しかしこのままではいけない。逃げながらもシンバは頭の隅っこで考えていた。何故自分ばかりが逃げなくてはいけないのかと。さすがに腹が立つ。自分ばかりが体力を減らされているとか納得がいかない。
何かしら手はあるはずだと。アイツはデカイだけで、能力は自分と同じらしいんだと。何とかなるんだとそう言い聞かせていた、その時。


「…?」


ポケットの膨らみに手が触れる。咄嗟にシンバはそれを手にとった。


「…っ、」


真っ赤なそれは、生きているように光を放っていて、



「ーーーー」



どこからか、声が、聞こえた。



『――シンバ…?』


モニター越しでも、それは時間が止まっているかのように静かだった。固まったまま動かない彼女。…まさか諦めたのではあるまいな。と三人が思った時。


「覚悟しろドラゴン!デカイからって調子乗ってたらアカン!!!」


いきなり立ち上がったかと思ったら隠れていた岩によじ登って、そしてビシッと効果音が出そうなくらいにドラゴンを指差すシンバが映った。その姿はさっきとは打って変わってまさに勇敢という言葉が相応しい。


「ギャャゥゥゥゥ!!」


ご指名を受けたドラゴンが返事をするかのように雄叫びをあげる。態度の変わったシンバに三人は何が起こったのかと状況把握が上手く出来ず、ただただ画面を見つめる事しか出来なかった。

そうして右手に持ったモノを胸の前で再度強く握りしめた、その時。


「!」


ドラゴンが、翼を広げ大きく羽ばたいた。


『…くるぞ!』



ドオン――!!!


間一髪で避けたドラゴンの突進は、先ほどシンバが立っていた岩を粉々に打ち砕いていた。
それに吃驚仰天することもなく、攻撃をかわすために飛んだと同時、弓を構え矢を放つ。放ったそれは、的確にドラゴンの背中に突き刺さった。


「ギャアアアォォォォ!!!!!」


突然の痛みに悲鳴を上げるドラゴン。今の攻撃で大分ドラゴンの怒りのボルテージがあがったようで、咆哮をあげ連続ブレスを放ってきた。しかしシンバはそれを軽々とかわしながらドラゴンに接近して行く。…今までの弱虫シンバはどこへやら。人が変わったかのに勇敢にドラゴンに立ち向かっていくシンバがそこにはいて、


「っ!」


ブレスを吐き続けている隙だらけのドラゴンにある程度まで接近したシンバは、ペロッと舌をだし笑みを浮かべた。
…まるで、勝利を確信したかのように。


「チェックメイト!」

「ッギャアアアアオォォォォ!!!!!!!」


ロックオンして放たれた矢はドラゴンの急所をついたようだった。殺られたドラゴンは高々と悲鳴をあげながらその場に倒れていく。


「いいいうるさい煩い!!まじ勘弁!!!」


スタコラサッサといわんばかりの足取りで危害が及ばない範囲まで逃げ、ドラゴンを振り返る。


「…やったかいな?」

『…その勇気最初から見せて欲しかったと言いたかったところだが…いい動きだったぞ』

『ナイスだぜシンバー!さすが俺が見込んだ女だぞ、と!』

『まだ気を抜くな。…それくらいじゃ奴は死なない』

「…ですよね…」


だいぶ冷静になったシンバはようやく聞こえてきた声に反応をみせ始めたのだが。…そんな穏やかな時間もつかの間だった。


『……怒りがピークに達したようだぞ』


ツォンにそういわれドラゴンに目を向けると、その重い体をユックリと起こしている最中だった。それはそれはもう、唸り声をあげながら、その目はしっかりシンバを捉えている。…どうやら、本気で怒らせてしまったようだ。


「グァァァァァァ!!!!!」

「…声変わったよ!!まじ怒っとる!!」


ドスの効いた声を上げたドラゴンは直後ブレスを放ってきた。それは今までのブレスとは格段に違うスピードと威力でシンバに襲いかかる。…速くないか。熱くないか。なんか、おかしくないか。


「ごめんなさいごめんなさい!!ごめんなさいいい!!!」


怒り時はスピードも攻撃力もあがる。いや、それはモン◯ンだ。…ここモン◯ンネタ多くないか、って今はそんな事どうでもいい。一人ツッコミを入れながらシンバはそれを間一髪で避けたが、


「ちょっとタンマ!!時間ちょうだ――」


振り返ればそこには既にドラゴンの姿があって。


『シンバ!!!』


レノが自分を呼んだ声が聞こえた瞬間。

――シンバの視界は、消えた。


「――うぁ…っ!!」


記憶が飛ぶ。あぁ、こういうことを言うんだなと、この時初めて経験した。気づけば自分は先ほどいた地点から程遠い場所に倒れていて、その次にきたのは痛み。頭に添えた手に感じられた、ヌルッとした感触。それが何かを確かめようと手を視界に入る所まで持っていけばそこに映ったのは鮮明な赤…血、だった。


ドスンドスンドスン――


…ドラゴンが近づいてくる音が聞こえる。


『シンバ!シンバ!!』


…レノ達が必死で自分を呼んでいるのも聞こえる。


「…――」


…ごめんなさい。調子に乗ったのは自分でした。
シンバはそっと目を閉じた。自分の悪い所を今更振り返っても仕方がないが、それが仇となってしまっている事をヒシヒシと痛感する事となってしまった。


「…っ、」


すぐそばにドラゴンの気配を感じるも、シンバは動く事が出来なかった。動かない目の前の敵を見兼ねて、ドラゴンが鼻先でそれを動かす。


「って…!!」


楽しそうな顔でこちらを覗き込んでやがる。…形成逆転。人をおもちゃみたいに転がして完全に遊んでいるようだ。なんて奴。


「グルルルァ…」


そして、大きく開かれていくお口。その中が、忽ち赤を帯びていく。…奴は自分を丸焼きにするつもりだ。そしておいしくいただくつもりなのだろう。あぁ、これがいわゆる食物連鎖の下克上。…などと考えていたその時。



「ーーー 」



また声が、聞こえた。
…否。頭の中にそれは勝手に入ってきて。


同じ時して、ドラゴンの口からブレスが放たれ、


『シンバーーーーーー!!!!!』


ドゥオオオォォォゥゥン――!!!


すさまじい爆音と、モニター画面いっぱいに広がる爆煙。今までこんな光景を見たことがあっただろうか。
それはなかなか晴れる事なく、静寂だけがただ過ぎていく。


「シンバ…」


ドオゥン――


「「!」」


そこへ、何かが倒れる音が響いた。画面が多少揺れ、砂煙混じりの爆炎が穴を開けるように吹き上げる。


「いたぞ!!!」


ある一点を指差したツォンの右手。全員がそこを集中して見つめる。晴れていく煙の中にあるのは、――座り込んでいるシンバだ。肩で必死に息をして、弓をしっかりとその手に握っている姿がしっかりとそこにある。

…倒れたのは、ドラゴンだった。


「生きてた…よかった、シンバ…!!」

「ドラゴンを、倒したのか――!?」



 *



『――シンバ!!大丈夫か!?』


聞こえてくる皆の声に、あぁ、自分は生きているんだなとやっと実感することができた。


「…なんとか、」


途切れ途切れだがしっかりと返事をし、シンバは目の前に倒れているドラゴンに目を向ける。


『何が起こった!?お前どうやってドラゴンを――!?』


闘っている最中、ずっとずっと握りしめていた右手。肩で息をしながら右手を軽く持ち上げ、そしてユックリと手を広げる。…そこには、変わらず光を放ち続けているあの赤いモノのがあって、


「っ…――」


…しかしそこで、シンバは意識を失った。


『っシンバ!?』


ビーーー――


「「!」」


モニター画面が暗くなり[MISSION CLEAR]の赤い文字が浮かび上がっていく。それと同時にガラスの部屋の中にシンバの姿が見え始めたが、そこにいたのは意識を失ったままのシンバだった。


「っシンバ!!」


一番に駆け寄ったのはレノだった。抱き起こし、その顔を覗き込む。所々泥だらけだ。
ただ気を失っているだけのようで、しかし今は目を覚ましそうにはない。死闘を繰り広げたにもかかわらず、その表情はどこか穏やかにも見えた。


「…よく頑張ったな――」


ポンポンと褒めるように、レノはその頭を撫でてやった。



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