ダインの弔をした後、三人は皆が待っている民家への帰路を辿っていた。
誰一人として言葉を発する者はおらず、ただ二人の男が歩く足音だけがその場に響く。
「…――」
怪我を負いまだショックから立ち直れていないシンバは、クラウドの背におぶられている。行き場はあんなに暑い暑いと煩く機嫌も悪かったのに、帰り道では泣きじゃくってしょんぼりしているこの女。感情の起伏が激しすぎるだろ。これが世でいうギャップというものか。まったく大変な性格の持ち主だな、と二人は思っていた。
しかし、あんなに泣きじゃくるシンバの姿を見たのも初めてだった。いつもは明るくみなを楽しませているシンバの弱い部分を垣間見た気がした。…そういやモンスターを殺すのも気が引けると言っていたのをクラウドは思い出していた。争いごとが嫌いで心の優しい女なのかもしれない。本当は弱くて、いつも強がってるだけなんだと。
「……、」
…だから、誰かがそれを支えてやらなければならない。無理をしないように、いつも隣で見守ってやらなければ。そう、誰かが――
「――シンバ」
ふいにバレットがその大変な性格の持主の名前を呼んだ。
「…ありがとな」
バレットからそんな言葉が出るなんて思っていなかった二人は、同時にバレットを見る。
「…久しぶりにダインの笑った顔を見たぜ。…それだけで俺は、十分だ」
あの時――
シンバがダインに詰め寄った後、確かにダインは笑っていた。その時ダインは今のバレットと同じようにシンバに向かって礼の言葉を述べたが、…何に対してのありがとうなのかはわかっていない。
「ごめん、バレット。…止められへんくて」
シンバはもう泣いてはいなかったが、その声はいまだ涙声だ。あの場面を思い浮かべるとまたすぐに涙腺が緩んでしまう。
「…お前が謝ることじゃねえよ!」
バレットがぐしゃぐしゃとシンバの頭を撫で、一つ笑みをこぼした。…バレットに、笑顔が戻った。
シンバも、それだけで十分だった。
*
「――どうしたのシンバ!?…それにバレットも!!」
民家で待機していたその他のメンバーは、傷だらけのバレットに泣き顔のシンバという状況を見て何があったんだと驚きを隠せなかった。あんなにイライラして出て行ったシンバが今度は泣ベソをかいているではないか。それにバレットのその痛々しい傷は何なのか。…そして何故クラウドだけが無傷なんだと。
二人はそれぞれ手当を受けながら、バレットが今し方あった事を報告する。シンバはそれを聞いてまた泣きそうになっていた。
「…そんな事が――」
「バレット…大丈夫?」
「あぁ。…もう平気だ」
その場が一瞬静寂に包まれる。バレットが背負っていた過去の重み。ダインの気持ち。神羅との確執がより一層濃くなっていく気がして、シンバは少し複雑な心境だった。
「――…ちょっと、ええですか」
暫くして、その静寂を打ち破ったのはケット・シー。
民家に残っていたメンバーは三人がダインのところに行っている間なにも呑気にくつろいでいたわけではない。どうにかして地上へ這いあがる術がないかと、くまなく近辺で情報収集をしていた。
そこで、コーツという名の男に出会った。その男は、地上への道を知っている者だという。
「…ダインさんはこの辺り一帯を仕切るボスやったんですわ。地上に出るにはそのボスの許可が必要なんです」
「けど、もうダインは…」
「…なんとかなるさ」
一行は、コーツの元へ向かった。
*
「――何か用か?」
「上へ行きてえ」
この場に不釣り合いなビシッと決めたスーツを着た男に、バレットは単刀直入にそう言った。
「だからよ、ボスの許可をとって――」
「ダインは訳あって話が出来なくなったんだ。…その代わり、これを貰ってきた」
バレットはポケットからダインから受け取った形見をコーツの目の前に差し出した。すると、コーツがあからさまに驚いた表情を見せる。
「…上へ行きたいんだが?」
「わ、わかったよ。…ダインを殺ったのか?」
その質問には、誰も口を開かなかった。コーツはそれを無言の肯定とみなす。
「…そうだろうな。そんなもの持ってるんだからよ…」
「それじゃあ、ここから出してもらおう」
「ん?アンタ達何か勘違いしていないか――?」
コーツによると、ここから出るにはゴールドソーサで行われるチョコボレースで優勝するしかないそうだ。これがここのルール。言い換えれば、チョコボレースで一位を取らねば一生ここから出られないという事になる。
「…しょうがねえな」
「誰が行く――?」
「――はい!ウチ行きたい!!」
先ほどまでしょんぼりしていたシンバが元気よく左手を高々と上げている。…切り替えが早いなこの女は。と誰もがそう思っていた。
シンバはシンバでただチョコボに乗りたいという理由で立候補しただけなのだが。
「…大丈夫かよ?」
「うん、ウチチョコボ好きやし」
それは関係ないだろ。と誰もがそう思ったが、あえて突っ込むものは誰もいない。
「…話はまとまったか?じゃあ後はマネージャーか――」
「話、聞かせてもらったわよ」
「「!!」」
いつのまにそこに立っていたのやら、シンバ達の背後に立っていたのは服装は可愛らしいフリフリのドレスだが、顔はどっからどう見ても男な人が。
「あたしがマネージャーやるわ」
喋り方は女なのか。いわゆるオネエキャラなのか。ゴールドソーサにはディオといい変人ばっかりだなヲイ。
「こいつはエスト。見た目は変だろ?」
あからさまにコーツはそう言ったが、そんなもの見れば誰だって変だと思うに違いないだろう。
「しかしチョコボレースのマネジメントで右に出るやつはいねえ」
「よろしくね。…ええと、名前は?」
「シンバです!」
「じゃあシンバ、行きましょうか!」
シンバはその変人と共にその部屋を後にした。
***
チョコボレース場に着くまでにエストにここにいる事情を話すと、エストはディオに告げておくと約束をしてくれた。なんて物分かりのいい男…いや女性だろう。頭の固いディオとはまるで違う。そう思えばより一層あの海パン野郎がムカつくが、今後を考えればまだあの人とは会わなければならないのでそこはグッとこらえておくことにする。
「――新入りかい?」
レーサーの控え室に着くと、そこには数人の騎手が出番を待っているところだった。
その中の一人が自分に気づき、近づいてくる。…あ、新入りイジリですか。怖い怖い。シンバは少しエストの背後に隠れた。
「こんにちはジョー。紹介するわ、シンバよ」
「…こんにちは」
シンバはひょっこりとエストの背後から出て会釈をした。
「彼はジョー。現役チョコボレーサーのトップを行く人よ」
「以後お見知りおきを、 シンバ君。…しかしエストが直についているという事は――」
「そ!期待の新人ってとこかしら?…なんてったって下に来てたった一日でここにいるんだから!」
「「なに!?」」
そこにいる全員がエストの声に反応し、シンバに視線が集中した。一気に注目の的となったシンバは恥ずかしくなったが、なんだかすごい人物だと崇拝されているようで心の中ではニヤニヤ。
皆は下でいったい何があったのかと知りたそうにしていたが、ここで過去の話はタブー。シンバはこの瞬間伝説の人物となったのであった。
「じゃあ私はチョコボの手配をしてくるわ。しばらくここで――」
「なぁなぁ、チョコボって自分で選べへんの?」
「え?」
「どうせ乗るんやったら自分が気に入った子がええなあ〜思ただけ!」
「別に選んでもいいけど…アナタ、一度もレース出た事無いんでしょ?」
「うん!チョコボに乗ったんも10分くらいしかない」
「…アナタ本当にここから出る気ある?」
そう問われても仕方ない。なんせこの女自分が乗りたいだけでここにいるのだから。
「最初だけ!最初の一回はウチに選ばして!…な?」
この通り!と頭の上で拝むように両手を重ねるシンバ。頼み方がなんだか古臭いが、エストは一つため息を吐くと、しょうがないといってシンバをチョコボ場に連れて行ってくれた。
「――わぁ〜〜!!可愛いい!!」
たくさんのチョコボがいるその場所はシンバにとってまさに天国。そうしてはしゃぎ出した彼女を見て、エストはコイツ絶対チョコボに乗りたいからここに上がって来たんだと確信した。
「どの子がええかなー?」
「あの子なんかいいわよ。スピードもあるし体力だってかなりある」
「えーなんか可愛くないなあ。それに性格キツそう」
…可愛さで選ぶなよ。エストは深くため息をついた。
「ウチと一緒にレース出たい人ー!」
はーいと言わんばかりにシンバが手をあげると、それに反応するかのようにチョコボ達が鳴き出す。…なんだこの光景。チョコボと会話出来るのかこの女は。エストはそれを引き気味な顔で見つめていた。
「――決めた!この子にするわ!」
シンバが決めた子はエスト曰く結構な問題児で、スピードやパワーはあるものの扱いにくいと評判の子らしい。…なるほど。可愛いやつほどわがままってやつである。
「よろしくねークラッチ!」
すでに名前も決まっているようだ。ミスリルマイン手前で捕まえたチョコボにはクラちゃん。今回の子にはクラッチ。…どれにもクラウドをかけたいらしい。
「本当にこの子でいいのね?…登録してくるから待ってて」
そう言ってエストはクラッチをつれて行ってしまった。
控え室で待つシンバは男ばかりのその場所で少々―いや大分浮いていたが、伝説となった人物に興味津々の彼らは気兼ねなく接してくれ、そうしてチョコボの乗り方やレースの必勝法などを教えてもらっていた。
しばらくするとレーススタートのアナウンスが流れ、それと同時に奥からエストが姿を現す。
「お待たせ。次のレースにシンバも登録しておいたわ。頑張ってね!」
「はい!頑張ります!!」
そうしてシンバは、相棒クラッチとレースに挑んだ――
*
結果はシンバの圧勝だった。問題児クラッチは問題を起こす事なく初っ端から全速力で走ってくれた。お礼に高級野菜でも買ってやりたいくらいである。
「おめでとう!アナタ凄いわね…なめてたわ!これで自由の身よ!」
「クラッチ元気でねー!」
「そうそう、これ園長からの手紙。勝ったら渡すようにって」
「?あの海パンから?」
シンバはエストから一枚の紙切れを受け取った。そこにはダインの件と、そのお詫びにプレゼントを用意したと書かれていた。多忙の為手紙ですまないと書いてあったが、あの人はいったい何に多忙なのか疑問である。最後に『ディオちゃんより』と書かれていた件については、あえてシンバは突っ込まずにいた。
その下にはまだ文面が続いており、追伸としてセフィロスに会った事と彼がゴンガガ方面へ向かったとご丁寧に教えてくれていた。そっちの方が重要ではないのかと思ったが、…それも心にとどめておく事にする。
「ゴンガガ、か…」
シンバは手紙を適当にポケットに押し込むと、出口に向かって歩き出した。
***
チョコボレース場を出ると、そこには先ほど乗っていたチョコボと同じ頭をした青年が立っていた。
「クラウド!」
手をブンブンと振ってクラウドに駆け寄る。すっかり元気になっているシンバを見て、クラウドは安堵のため息をついた。
「…チョコボは満喫できたか?」
ギク。クラウドは全てお見通しだったようだ。…さすがチョコボ。
「うん!楽しかったぁ。クラッチ頑張って走ってくれたし!」
「クラッチ…?」
「あ、チョコボの名前!ブッチギリで優勝やったんやで!」
嬉しそうにチョコボについて語るシンバを見てクラウドもなんだか嬉しくなった。シンバに笑顔が戻った。やっぱりコイツは笑っている方がいい。シンバが笑顔になれるなら、なんだって許してしまいそうだ――
「…シンバ、」
「なに?」
「いや…。元気になってよかった」
チョコボチョコボとうるさい事に厭きられるんだと思っていたのに、クラウドが全く予想だにしない事を言うもんだからシンバは何だか恥ずかしくなってしまった。
「あ!そういやコレ、ディオちゃんから手紙やって」
そうして話を逸らそうと、先ほど適当にしまい込んでクシャクシャになってしまった手紙をクラウドに渡す。
「セフィロス…――」
それを読み、クラウドがそう一言呟く。
セフィロスとクラウドの過去を知るシンバは、今一度二人の間の固執がどんなにすごいものかを確認させられた気がした。画面では読み取れなかった表情も今はリアルに見て取れる。より一層事の深刻さが伺えて、そうして少しずつ高鳴る己の緊張感。
「…行こう、クラウド」
避ける事の出来ない運命を自分も目の当たりにする事への恐怖はなかった。それはきっとまだ自分が、セフィロスをこの目で見た事がないからだったのかもしれない。
そうして二人が外に出ると、そこには大きな赤い車が止まっていた。これがディオからのプレゼント。砂漠の上も浅瀬も難無く走れるハイテク車だ。想像していたよりもイカつい。なんだかかっこいいじゃないか。
「すげー!ディオちゃんすげー!!」
バギーを侮っていた。ついでにディオも侮っていた。
一行はそれに乗り込み、暑苦しかった砂漠とようやくおさらばした。
さらば夢の国。目指すはゴンガガ。都会から田舎へ――