「――ただいま〜!ナナキ、帰りました〜!!」
「おおナナキ!無事だったか!!さぁブーゲンハーゲン様にご挨拶を!」
ここはコスモキャニオン。ゴンガガから南西に下った谷にそびえ立つ街…というか村というかなんというか。変わった風貌の建物―おそらく岩肌をそのまま削り、そのまま住処として使用してきたのだろう。その外観、佇まいは、独特の世界観を醸し出していた。
「「……ナナキ??」」
そこへ入った途端に駆け出して行くレッドXlll。レッドが最早子供である事は皆わかりきっていたが、本名がナナキである事はシンバ以外は知らない事実。レッドがそう言ってその街の中に入って行った事に誰もが首をかしげるのはあながち間違っていない。
「ようこそコスモキャニオンへ!この地の事はご存知ですか?」
「…いや、知らないな」
「では語らせて頂きましょう!ここには世界中から"星命学"を求める人が集まってきています。しかし、今は定員いっぱいなので中には入れてあげられません」
「――その人達にはたくさんお世話になったんだ。入れてあげて!」
確かゲームではほんのちょこっとしか世話になっていないと言っていた気がするが、シンバと出会った事でシナリオが変わってしまったらしい。まぁそこで少しと言われてしまったら何だか悲しい気もしたから、それはそれで良かったのかもしれない。
「そうですか!ナナキがお世話になりました。ではどうぞお入りください」
「…ナナキというのは?」
「ナナキはナナキ。彼の名前です」
みんながレッドレッド言うもんだから、てっきり本名もレッドなんだと誰もが思い込んでしまっていたようだ。レッドもレッドで本名を名乗らなかったのは、故郷が恋しくなってしまうからだったのかもしれないとシンバは思った。
「――ここがオイラの故郷なんだ。オイラの一族はこのキレイな谷と星を理解する人々を守って暮らしてきたんだ」
レッドに街中を案内してもらいながら、クラウド達はどんどん上へ登って行った。
実際見るコスモキャニオンはとても歴史を感じるものだった。すごい。原始的。シンバは興味津々で辺りをキョロキョロと見回しながら歩く。
「でも、勇敢な戦士だった母さんは死んじゃったんだ。腑抜けの父親は逃げ出してさ、一族はオイラだけになってしまったんだ」
「腑抜けの父?」
「うん。父親は腑抜け野郎なんだ。…だからここを守るのは残ったオイラの使命なんだ。オイラの旅は、ここで終わり!」
レッドは明るくそう言ったが、どこか切なげだった。きっと父親の事を思うと心がモヤモヤしてしまうのだろう。
「――お〜い!ナナキ!帰ったのか!」
「今いくよ!じっちゃん!!」
突如かかった声。それに皆が誰かと不思議がる中で、レッドは嬉しそうに駆け出して行ってしまった。
「…少しここで一服するか」
「そうね。ここにはいろいろあるみたいだし!」
「休も休も休も!よしっ、けってーい!!」
シンバは久しぶりにユフィの明るい声を聞いたきがした。バギーに揺られるのはしばらくゴメンだ。気分も下がりっぱなしで鬱になりそうである。ユフィは速攻宿屋へ―いやマテリア屋へ行ってしまった。体調よりマテリアか。まぁいつものユフィにもどったみたいでよかったとシンバは思った。
エアリスは"星命学"と聞いてここの人ならいろいろ知ってるんじゃないかと聞き込み調査を開始していた。バレットとも星に興味があるようで、生き生きしながら街を散策している。ケット・シーは何故か調理場にいた。食べ物大好きか。っつうかお前は機械だろ。
そうしてクラウドとシンバとティファが、レッドの後を追ってブーゲンハーゲンというなんとも奇妙な名前の持ち主に会いに行く事になった。どんな人なのだろう。じっちゃんと呼ばれているくらいだからお年寄りなのは確実である。いろいろ想像を膨らませながら、三人はブーゲンハーゲンの研究所へと向かった。
*
「――みんな!この人がブーゲンのじっちゃん。何でも知ってるすごいじっちゃんさ!」
そうして紹介されたじっちゃんとやら。それを見たクラウド・ティファもとい、シンバまで驚いてしまっていた。
浮いている。本当に浮いている。お前はドラ◯もんか。いやそれ以上に浮いているではないか。そいして派手なジャケットにサングラスに白い髭はロックンロールなあの人を想像させた。そしてブーゲンって区切って読むのかと。そうなるとブーゲンとハーゲンがいるのか。どんなお笑いコンビだ。って違う。
「ホーホーホウ!ナナキが大分世話になったようじゃの。ナナキはまだまだ子供だからのう」
「やめてくれよじっちゃん。オイラはもう48歳だよ」
「48歳!?」
メンバーの中で一番歳上ではないか。…だからってこの犬に敬語を使うのはなんだか引ける。自分の事オイラとかいっちゃってる歳上はなんだか嫌だ。
「ホーホーホウ。ナナキの一族は長命じゃ。48歳と言っても人間の年で考えればまだ15,6歳くらいのものじゃ」
「…でも、オイラは早く大人になりたいんだ。じっちゃん達を早く守れるようになりたかったんだよ」
「ホーホホウ。いかんなナナキ。背伸びしてはいかん。背伸びするといつかは身を滅ぼす」
魔晄炉が悪い見本だ。ブーゲンハーゲンは少し強い口調でそう言った。上ばかり見ていて自分の身の程を忘れている。この星が死ぬ時になってやっと自分が何も知らない事に気付く事になるのだと。
「…星が、死ぬ?」
それは地球にも同じ事がいえる。いつか星が死ぬと考えながら生きている人はそういないであろう。今の地球は環境問題が大きな課題となっているが、それと同じでこっちは魔晄炉が大きな問題なのである。
何だか自分の星を見ている気がして、シンバはブーゲンハーゲンの話を真剣に聞いていた。
「ホーホーホウ。明日か100年後か……それほど遠くないだろうな」
「どうしてそんな事がわかるんだ?」
「…星の悲鳴が聞こえるのじゃ――」
シン。と一瞬部屋が静まり返った。
…そしてそれは、クラウド達の耳にもハッキリと聞こえてきた。
「…何の、音?」
「…!!」
瞬間、シンバに寒気が走った。
星がざわついてる。星が何かを自分に訴えかけているような感覚。ハッキリとはわからないが、何かに怯えている気がした。…何かに、
「っ…――」
自分に、怯えている――?
体が熱を帯びていき、やけに心臓の音が頭の中に響いた。胸が、モヤモヤする。どんどん気分が悪くなる。…星が怒っている。星の悲鳴は、自分に集中している。
そしてシンバは悟る。それは助けを求める悲鳴ではなく、自分を避けるような悲鳴であることを。
――聞きたくない。
…やめて。
入ってこないで――
「――…シンバ?大丈夫か?」
シンバの顔色が悪い。クラウドは瞬時にそれに気づいていた。星の声が聞こえてからあからさまにシンバの様子がおかしくなった。星が何かに怯えるのと同じように、シンバも何かに怯えている。そんな気がした。
「シンバ?気分が悪いの?」
ティファが心配そうにシンバの体を支える。そして耐えきれなくなったシンバはガタガタと震え出し、泣き出してしまった。
「…シンバ!?大丈夫!?」
慌ててクラウドもシンバに寄り添った。ティファに縋りつくように涙を流すシンバ。
…その様子を見たブーゲンハーゲンが、口を開いた。
「…その子は、この星のモノではないな」
「「!?」」
どうしてそんな事がわかるのだろう。ティファとクラウドは同時にブーゲンハーゲンを見た。この人はエスパーか。そういや格好もエスパーだな。
「星が異質な存在を見つけて騒いでおったのじゃ。星は今確かめておるのじゃ…その者が星にとって安全なのか、危険なのかをな」
「そんな…シンバはそんな子じゃないわ!」
「わかっておる。…しかしそれが星の役目じゃ。堪忍してやってくれんかのう」
シンバにとってこの場所は少し刺激がありすぎるのかもしれない。ブーゲンハーゲンに言われ、クラウドはシンバをおぶって宿屋で休ませる事にした。
*
ブーゲンハーゲンの計らいで宿屋のベットを特別にタダで使わせてもらえる事になり、クラウドはシンバをゆっくりとベッドに降ろした。
そうして横になる彼女の顔を、覗き込む。
「大丈夫か?」
「うん…」
小さく、しかししっかりとシンバはクラウドの声に反応していた。先ほどよりは落ち着いているものの、シンバは未だ涙を流す。
「…疲れてるんだ。今はしっかり休め」
クラウドは安心させるように、シンバの頭をポンポンと撫でてやった。
シンバはそんなクラウドをずっと見つめている。
「うん…ありがと。ごめん」
優しく微笑むと、ゆっくりと立ち上がるクラウド。
…なんだろう。何だかすごく心地よくて、すごく落ち着く自分がそこにいた。側にいて欲しいと素直にそう思った。一人になりたくない。離れたくない。…今は、クラウドと離れたくない――
「…じゃあ、俺はブーゲンハーゲンの話を――!?」
クラウドは目を見開いた。
シンバの手が自身に伸びてきたかと思ったら、目の前にある自身の足の服をキュッとつかんできたのである。
「…シンバ?」
「……いかんとって」
「!?」
「ここに、おって…」
自身の心臓が飛び跳ねるのを感じた。まっすぐな濡れた瞳でそう懇願してきたシンバを、クラウドは直視出来なかった。
クラウドが視線を逸らしたのを見て、シンバも自分何を言ってるんだろうと正気になってクラウドから視線を落とす。…あ、恥ずかしい。とてつもなく恥ずかしい。女の子みたいな事を言ってしまった。さぞかしクラウドは引いているに違いないと。
そうして離そうとした手を、ふいに取られる。それは彼の両手に優しく包まれ、そうしてクラウドはまたシンバの前にしゃがんでいた。温かいその手に、シンバは先ほどとは違う胸の高鳴りを覚えた。
「…わかった。シンバが落ち着くまで側にいてやるから」
そう言ってクラウドはまたシンバの頭をあやす様に撫でる。キュン。と身体が火照るのを感じた。…あぁ、まただ。またもやツンデレクラウド君にキュンキュンしてしまった。
「…ありがとう」
ぎこちなくだがニッコリ笑ったシンバは、握られているクラウドの手に視線を落とした。クラウドの大きな手が自分の小さな手を握ってくれている。なんだか顔が緩んでしまいそうになるのをシンバは必死で抑えていた。
一方クラウドも自身の顔が緩むのを抑えるのに必死になっていた。何度かその手をとった事があったが、今ほどまでに触れた事はない。シンバの手は小さくて、華奢で―でも女の子らしく柔らかくて。…何だかすごく守ってやりたい。何かに怯えているなら、何かに不安を感じているなら、俺が、俺が包み込んでやりたい――
「…――」
シンバはそっと目を閉じた。ポンポンと規則正しく頭を撫でるクラウドの手が心地よくて、もう不安や恐怖は消え去っていた。
そしてシンバは、ゆっくり深い眠りに落ちていった。