33 resentment against his father



「――…シンバ、大丈夫?」

「!」


クラウドが振り返ったそこには心配そうな表情をしたティファが立っていた。慌ててクラウドはシンバの手を離し、何もしてませんといった風に咳払いを一つする。

スヤスヤと眠りについているシンバの顔を見たティファは安心した様に一つ笑みをこぼし、クラウドに向き直った。


「ブーゲンハーゲンが話があるって。ここはケット・シーに任せましょう」

「――事情は聞きました。ボクがシンバはんの事しっかり守りますんでクラウドさんも安心して行ってきて下さい」


まぁケット・シーならシンバにやましい事などしないであろう。仮にもこいつはロボットである。
クラウドはティファと共にその部屋を後にした。



*



そうしてブーゲンハーゲンの所に戻ったクラウド達(何故かバレットもいる)は、ブーゲンハーゲン自慢のプラネタリウムの中に入って詳しく星の話を聞いた。

人は死んだらその身体は星に帰る。これは誰もが知っている事だろう。しかし人は何も身体だけで出来ているわけではない。意識、心、精神も人を作る一つの大切なモノである。その精神も、同じように星に帰るとブーゲンハーゲンは言う。人間だけでなく、この星―宇宙に生きる全てのモノが星に帰るのだと。
そしてそれは星を駆け巡り、やがて混ざり合う。…それが"ライフストリーム"。すなわち、ライフストリームとは星を巡る精神的なエネルギーの道なのだ。


「これを見よ」


ブーゲンハーゲンは一つの星をクラウド達の目の前にかざし、ライフストリームの流れをシミュレーターで見せてくれた。


「精神エネルギーのおかげで、木や鳥や人間は…、いや、生き物だけでない。星が星であるためには精神エネルギーが必要なんじゃ」

「…その精神エネルギーがなくなったらどうなる?」


ブーゲンハーゲンのその一言で、シュミレーター上のライフストリームが消えた。やがて星は朽ち果て黒く変色し、最終的には崩れ去ってしまった。


「…これが星命学の基本じゃな」

「精神エネルギーが失われると星が滅びる…」

「ホーホーホウ。精神エネルギーは自然の流れの中でこそ、その役割を果たすのじゃ。むりやり吸い取られ加工された精神エネルギーは本来の役割を果たさん」

「…魔晄エネルギーの事を言っているのか?」


魔晄炉によって過度に凝縮される精神エネルギー。魔晄エネルギーなどと名付けられ使い捨てられているのは、全て星の命なのである。人はそれを忘れている―というより、それを知らない。魔晄エネルギーは人々の生活を裕福にしているのではない。ただ星の命を削っているだけなのだ。


「――うおおおお!!やっぱり神羅は許せねえ!!」


バレットの怒声は、プラネタリウムによく響いた。
…星の危機――。クラウド達はここにきてより一層それを思い知らされた気がした。



*



一方。シンバを任されたケット・シーは、ぐっすり眠っている彼女をずっと見つめていた。

…否。見つめているのはそれを操作している本人―リーブ。先ほどの話でシンバが他世界からきた事を初めて知ったリーブは、何故社長と宝条がこんなにもこの女に固執しているのかがやっとわかった気がした。それにタークスもやたらと彼女を気にしている。タークスがその事実を知っているのかは定かではないが、今やエアリス同様―神羅のキーパーソンとなっている事には間違いないその女。初めてあった時に感じた「この女は何かある」と思った感覚は強ち間違ってはなかった。
しかしリーブには、それだけでは腑に落ちない事があった。根本的にそれとは違う―もっと他に重大な事がこの女にはあるような気がして、


「…シンバはん。アンタ一体何者なんや――?」


その問いは、本人に届く事なく部屋の静寂の中に消えていった。





***





コスモキャニオンが夕暮れに包まれる頃――
焚火の前に集った皆は、それぞれが胸に何かを秘め、目の前でユラユラと揺れる赤を見つめていた。

バレットはアバランチの仲間だった者の事を。エアリスは長老から教えてもらった"古代種"の事を。ティファは5年前のあの出来事を――
ユフィはそんなメンバーの暗い顔を見てソワソワしていた。何をそんなに皆悩んでいるのだろう。大人っていろいろあるんだな。大人って大変だな。それにしても退屈だ。早く他の土地に行ってマテリアを探したい。と結構他人事だった。


「――お待たせしました〜」


そこへ遅れてケット・シーとシンバが合流した。
皆心配そうにシンバを見やったが、シンバは何事もなかったかのようにケロっとしていた。いつもの彼女に戻ったのならそれでいいかと皆安堵の表情を浮かべる。

シンバは何を思うことなくレッドとクラウドの間に割って入った。よかったねと擦り寄ってくるレッドをこれでもかというくらい抱きしめ、クシャクシャにしてやる。


「…平気なのか?」


レッドと戯れていた顔をクラウドに向けたシンバは、先ほどの事を思い出して少し恥ずかしくなって直ぐに目線を彼からずらした。…何てわかりやすいんだ自分。


「大丈夫!…ごめんな。迷惑かけた」

「いいんだ。…よかった」


もう一度クラウドに顔を向けるとバッチリ目が合ってしまった。ドキン。とお互いに胸の高鳴りに気づき、ぎこちなく視線をずらす。機からみれば付き合いたてのカップルかと突っ込んでやりたいくらいだ。
…そんな二人の様子をあの人が見逃すわけもなく。エアリスがバッチリその様子を心のカメラに収めたのを二人は知る由も無い。


「――にしてもここはいいところやなぁ〜。ウチもこういうトコで暮らしてみたい!」


静かで、自然豊かで、どこか神秘的で。シンバは天を仰いだ。もう既に空には星が顔を出し始めている。


「気に入ってもらえて嬉しいな!……ずっと昔、オイラが本当に子どもの頃なんだけど。あの日も、やっぱりみんなでこの火を囲んで…――」


そこまで言って黙るレッド。怪訝に思い、レッドの顔を覗き込む。


「どしたん?」

「オイラの両親の事だからさ。母さんの事はいいんだ。母さんを思い出すとオイラの胸は誇らしい気持ちでいっぱいになる。…でも、父親の事を思い出すと…オイラの胸は怒りでいっぱいになるんだ――」

「――やはり父親が許せないか」

「「!?」」


その場にいた全員が驚いた。どこから湧いて出てきたのか、ブーゲンハーゲンがそこには立って―否、浮いていた。浮いてるもんだから足音も聞こえない。ドラ◯もんみたいに歩く時に変な効果音でもしてくれればいいのだが。


「当たり前だよ!あいつは…母さんを見殺しにしたんだ。ギ族が攻めてきた時にあいつは一人で逃げ出した。母さんと谷の人たちを放り出してさ!!」


レッドが声を張り上げる。そんなレッドの態度を初めて見た皆は驚いて彼を凝視した。よほど父親に恨みを持っているのだろう。
ブーゲンハーゲンそんなレッドを悲しげな目で見ていた。…サングラスでその表情はよく見えないのだけれど。


「…来るが良い、ナナキ。お前に見せたいものがある」

「…なに?」

「ちょっとばかり危険な場所じゃ。他に二人ほど一緒に来てくれんか?」

「…行く!!ウチが行く!!」


シンバはいつかと同じように右手を高々と上げたのだが、


「ダメだ、シンバ。お前は休んでろ」


その勢いをクラウドが制す。クラウドはシンバの為を思って言ったのだが、シンバはあからさまに不機嫌な顔をクラウドに向けた。


「嫌や!絶対行くもん!!いいって言うまでウチここ動かへんからな!!」


…それもおかしくないか。いや大分おかしい。クラウドはシンバの勢いに負けてしぶしぶそれを承諾した。もちろんあとの一人は言わずもがな彼で決定。クラウドはシンバの保護者みたいとユフィが突っ込んだが、なんだよ保護者かよとクラウドがいささかガッカリしていたのは言うまでも無い。



*



三人はブーゲンハーゲンに連れられて、コスモキャニオンの中―地下に入って行った。

そうしてたどり着いたのは大きな扉の前。ブーゲンハーゲンが隠しスイッチを押すと、その扉は埃を撒き散らしながらゆっくりと開いた。かなりの年月の間開けられなかったのだろう。まさに封印の扉だな、とシンバは思った。

てっきりブーゲンハーゲンが先陣切って進んでくれるのかと思ったら、年老りだからと言って呑気に浮きながらついてくる。…無責任じゃないか。アンタ浮いてるんだからすぐ逃げられるだろうに。とシンバは心の中でブツブツつ文句を垂れる。
また、そこは思っていたよりも薄気味悪い場所だった。何だかお化けが出そう。…って出るんだった。忘れていた。ここは亡霊の塊であることを。


「…シンバ。だからくるなと言ったんだ」


クラウドは呆れたように自身の腕をこれでもかと掴んでくる隣の女を見やってそう言った。まったくこの女は見境がない。勢いで物事に突っ込んで結局怖いだのなんだのとまったく世話の焼ける、破天荒な女。…そんな女に振り回されている自分。俺ってMなのかもしれない。って違う。なんでそうなる。


「ウチお化け屋敷は全然平気なんやけどなぁ〜、やっぱホンマもんはアカンな!怖いわ!!…無理!目瞑って歩きたい!クラウドおんぶ!!」

「するか!」

「ひどい〜!!ケチんぼーー!!」


やーやーとクラウドと言い合うシンバを見て、なんだかんだいってシンバはこの状況を楽しんでいるのではないかとレッドは思ったがあえて突っ込まずにいた。
…レッドはなんだかんだでこの二人の組み合わせが大好きなのであるが、言ったら怒られそうなので黙っておく事にする。


「ここにいるのはみなギ族の亡霊じゃ。…ある戦士に倒された、な」

「ある戦士…?」

「しかし…死してなおギ族の憎悪の精神は消えず、ライフストリームに帰ることすら拒んでおるのじゃ」

「そら大変や。陰陽師に退治してもらわなアカンな」

「陰陽師…って何?」

「んーと…まぁお祓いする人みたいなもんかな?」


適当か。


「見ての通り、この洞窟はコスモキャニオンの裏へと続いておる。ギ族はワシらより体も大きくなにより残忍じゃ。ここから攻め入られたら一溜まりもなかったじゃろう」


レッドは何も返さない。


「その戦士はこの洞窟を一人で走り抜けた。次から次へと襲いかかってくるギ族と戦いながら…」

「じっちゃん。…その戦士って――?」

「ホーホーホウ。…あと少し、じゃな」


クラウドも既にその戦士が誰か気づいているようだが、…しかし、これはレッドの問題。レッドがそれを自分で認めるまでは、自分達は口出しをしてはいけないと、二人は敢えて黙り込んでいた。



そうしてどんどん奥に進んでいくと、目の前に飛び込んで来たのは大きな岩壁。その下に人が入れるほどの小さな穴が空いていた。
…ここでラストかと、そうシンバが思った瞬間。その岩肌の表面が人の形相のように歪んでいった。まるで怨念が、その岩肌に乗り移った様に――

気味が悪くなったシンバは、クラウドの背後に回る。


「なんということじゃ…!」

「じっちゃん、コイツは…!?」

「死してなお、ギ族の亡霊が…淀んだ大気の様に…これはいかん!!」


ブーゲンハーゲンが声を荒げたと同時。
巨大なギ族の怨念が、クラウド達に襲いかかって来た。



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