襲い掛かってきたモンスター―ギ・ナタタクとの戦闘はあっさり…というわけにはいかなかった。
さすが幽霊。人間や普通のモンスターとは一味違っていささか攻撃がしにくい。というか物理攻撃が全く効かない。…あれ。おかしいではないか。ゲームではバッサリとクラウドがぶった切っていたはずなのにな。
「なんでやねん!!こんな時だけ設定変わるっておかしいやろ!!!」
シンバは吐き捨てる様にそう言いながらギ・ナタタクの攻撃をかわす。魔法マテリアも使えないましてや弓なんて物理攻撃だから専ら効かないワケで、今のシンバは全く役に立たない―ブーゲンハーゲンと同類となってしまっている。まぁそれが何よりのイライラの原因でもあるが。
そんなシンバを尻目に頑張っているクラウドとレッド。しかし二人も二人で魔法はあまり得意ではない。どちらかというと魔法担当は女性メンバーだった。男は拳で(思いっきり武器だが)戦うのが主である。
…このメンバー編成いささか―いや思いっきり間違ってしまっているではないか。
「…拉致があかないな」
いつも冷静なクラウドもこれにはお手上げ状態。自分もてっきり幽霊にも物理攻撃が効くもんだと思い込んでしまっていた。判断を見誤った。シンバの事でいささか頭がいっぱいだったか。とか言い訳をつくってみる。
「…シンバ!バハムートを呼べ!!」
「えぇ!?」
おうわかった!とかかっこよく返事をしてみたいもんだが、今のシンバにはそれは無茶難題である。ペットは飼い主に似るとはよく聞くが、召喚獣まで飼い主に似るなんて初耳だ。
…そう。そのバハムート、シンバに似てかなり気まぐれな奴なのである。
「出て来ると思ってんの!?無理やろ!この前出てきたばっかしやで!?」
「…お前が言うな。この状況でもう頼りになるのはお前のバハムートだけだ!」
クラウドもレッドも戦闘でこんなにMPを消費した事があっただろうか。それにエーテルも数少ない。もはや死活問題となりつつあった。
「せやな…こんなピンチん時に出てこおへん奴はお仕置きやな!!!」
マテリアに忠告するようにシンバは言った。そしてマテリアを両手で包み、念じるように額に当てると、…なんとマテリアが光り始めた。
「やった…!」
シンバは歓喜の笑みをクラウド達に向けた。まったくいつまで一か八かの賭けを続ければよいのだろうか。まるでギャンブルのようである。しかし今日はツイていた。ラッキー。きっと占い一位に違いない。
「キュアァァァァァアウウウ――!!!」
バハムートは勢いよくその場に現れるとさっそくギ・ナタタクに向かって行ってくれた。その勢いをいつも見せて欲しいもんだ。まったく手間のかかる息子を持ったもんだな。とシンバはバハムートを見つめながらため息を一つ吐いた。
「…まったく。本当にお前そっくりだ」
シンバは怪訝な顔をクラウドに向けた。
「どういう意味!?」
「…気まぐれなトコがソックリだな」
「…ウチ気まぐれちゃう!!」
みんな自分の事をそんな風に思っていたのか。なんだかショック。早いとここの死活問題をなんとかしよう。…シンバは一人心に誓った。
そうしてバハムートの活躍により、ギ・ナタタクをなんとか倒す事が出来た。結局シンバはバハムートによくやったと褒める事しかできず死活問題の解決は延期となってしまった。まあいいか。結果オーライ。アイアムポジティブ。
「ありがとう。助かったよ。…ナナキも何時の間にかずいぶん強くなったようじゃな」
「へへへ…そうかな?」
「やはりお前をつれて来たのは間違いではなかったようじゃ…。さ、お前に見せたいものはすぐそこじゃよ」
そう言ってブーゲンハーゲンが一番に小さな穴の中に入っていく。そこだけ先陣切るのかよ。なんだかいいとこ取りされた気分だと思いつつ、しぶしぶ三人もその後へ続いた。
小さな穴をくぐっていくとそこには絶壁が立ちはだかっており、その天辺には大きな獣の姿があった。獣…といってもそれは既に生き絶えており、動かない。恐らく敵の石化攻撃に殺られたのであろうが、まるで造られた石像―いや、それは何かの象徴のようにも見える。石化して何年も経っている筈なのにその風貌は今でも勇ましく、死してなお敵に立ち向かおうとしていたその勇敢さがその居れ立ちから感じることが出来、その姿は圧巻の一言だった。
「…その戦士はここでギ族と戦った。ギ族が一歩たりともコスモキャニオンに入り込めないようにな。…見るがいいナナキ。お前の父、セトの姿を――」
…そう。その大きな獣の正体こそ、ナナキの父親だった。
「…あれが…あれが、セト…?」
レッドは信じられないといった顔で自分の父親―セトの姿を見つめる。
「セトはあそこで戦い続けた。この谷を守り続けた。ギ族の毒の槍で体を石にされようと、ギ族が全て逃げ出したあとでも…戦士セトはここを守り続けたんじゃ。…今も、こうして守り続けている」
「今も…――」
「…すまんがお二人よ。勝手を言ってすまないが二人きりにしてくれんかの…?」
呆然とセトの姿を見やっていたクラウドは、ブーゲンハーゲンに目を向けて黙って頷いた。そしてシンバに目を向けるも、彼女は未だにセトの姿を見つめていて、
「……っ、」
覚えている。この場面で自分は感動して泣いてしまった事――
それは今も同じだった。セトの姿に圧倒されたシンバの目尻から、一粒の涙がこぼれ落ちていた。
「…シンバ」
クラウドの声にハッとしたシンバは、流れた涙をぬぐい取るとわかったと言うように笑って見せる。
そうして二人はそっと、その場を後にした。
*
トボトボと帰路を辿るシンバとクラウド。その場にはただ静寂が広がっていた。
黙りこくっているシンバを怪訝に思いクラウドがその方を見やると、彼女がまた泣きそうな顔をしているのに気づく。
シンバは涙腺が弱いなと思う。感動したり悲しかったり嬉しかったりしてもこの女は泣いている気がする。感情が涙に出やすいんだろう。…しかし泣かれるとなんだかいたたまれなくなってしまう自分がそこにいた。何が悲しい。俺に教えてくれ。そしてそんな不安そうな顔はしないで欲しい――
「――…どうした?」
いきなりクラウドが口を開いたもんだからビックリしてその方へ顔を向けたが、しかしすぐに視線を足元へ落とす。
「……昼間の事なんやけどさ。…星は…ウチを拒絶しとるんやろか――?」
聞こえた、初めて聞いた星の悲鳴。それは明らかに自分を軽蔑していて、そしてそこで思い知らされた。やはり自分は異質な存在なのだと。あんまり考えないようにしていたのだが、どうしても頭の中に浮かんでしまって離れなくて。する事がないと絶対に考え込んでしまうからこの洞窟に来たかったというのも、一つの理由だった。
「星は、ウチを受け入れてくれへんのかな…?」
泣きそうな声でそう言うシンバ。彼女はまた不安がっている。あの時と、同じように。
そうしてクラウドは何を思ったか、咄嗟にシンバの手を握っていた。シンバは泣きそうになっていた顔を驚きの顔に変えてクラウドを見やるも、クラウドは相変わらず前を向いてテクテクと歩いていく。いささか歩くスピードも上がり、一歩前を歩くクラウドの表情は自分からは見えそうにない。
「…そんなハズ、ないだろ」
「?」
「心配するな。この世界に来てどれだけ経つと思ってるんだ。今更拒絶される理由なんかない」
「うん…」
「だから…泣くな。…シンバは笑っているほうがいい」
「…!」
表情を読み取られないようにと、クラウドは常に一歩前を歩いていく。
彼は、自分を慰めてくれているのだと思った。それにクラウドはいつも自分の事を心配してくれている。いつも気にかけていてくれる。どうしてそんなに気づいてくれるのだろう。自分が諸に顔に出してしまっているからだろうか。…あぁ、自分は迷惑ばかりかけているのかもしれない。いけない。それではダメだ。自分の事よりも、クラウドにはもっと大事な事があるのに。
「…うん。ごめん。ありがとう、クラウド」
シンバは見えないと分かっていても、クラウドに笑顔でそう言った。しかし、クラウドにそれはしっかりと伝わっていた。今、コイツは笑っている。それでいい。それでいいんだ。
クラウドは、小さく安堵の息を漏らした。
***
焚火の前に戻って来たクラウドとシンバは、今あった全ての事を皆に話した。
「――レッドとはここでお別れかあ〜…何だか淋しいな」
ユフィがポツリと呟く。なんだかシンバも本当にそんな気がしてきた。あ、やばい。また泣きそうだ。
「仕方ねえさ。…結構頼りになる奴だったんだけどな」
一斉にコスモキャニオンを振り返る。さようなら、レッド。今までありがとう。楽しかったよ。可愛かったよ。モフモフだったよ。
それぞれが心の中でお別れを告げ、コスモキャニオンを後にした。
「……」
…あれ。本当にこないのだろうか。本当ならここでレッドが駆け寄ってくるはずなのに。とシンバは何度も何度もコスモキャニオンを振り返っていた。
そんなシンバをクラウドは名残惜しんでいるのだと思い、何だか切なげな気持ちになっていた。あの時のチョコボ―クラちゃんの時と同じだ。本当にコイツは動物が大好きだな。まったく可愛い奴め。
「バイバイ、レッド…」
ようやく諦めたのか、別れの言葉を口にしてしぶしぶクラウドと階段を降りていった、
「――待って〜!!オイラも行く〜!!」
その時。コスモキャニオンを出るギリギリの所で待ちわびていた声が後ろから聞こえて来て、
「っレッド!!…おそーい!!」
シンバは満面の笑みで振り返ると元来た道を逆走し、そしてレッドをこれでもかというくらい抱きしめクシャクシャにしてやった。いささかレッドは苦しそうだが、それはとても微笑ましい風景だった。
その光景を見ていたクラウドは、自然と自身の顔が綻んでいるのを感じた。最高の笑顔を見せる彼女。あぁどうかこれからもその笑顔が絶え間なく続いてくれますようにと、
「クラウドよ。ナナキをよろしく頼む」
「!?」
願って途端、いきなり聞こえて来たブーゲンハーゲンの声にクラウドは思いっきり驚かされ、現実へと引き戻される。またどっから飛んで来たんだこのエスパーじいさんは。まったく心臓に悪い。
クラウドは驚いた心を沈めてからブーゲンハーゲンに一つ返事をすると、コスモキャニオンを後にした。
***
一行は再びバギーに乗り込み、次の街を目指す。
バギー再び。悪夢再び。ユフィとシンバはさっそくバギーに魘されていた。誰がこんなに揺れる車を作ったんだ。まったくあの時の感動を返してくれ。ディオのあほめ。何でアイツは海パンなんだ。…とシンバは何故かディオに八つ当たりしていた。
そうして一行がたどり着いたのは、ニブルへイムという町。クラウドとティファの故郷であるが、そこは5年前―セフィロスによって消失してしまった、悲しい過去がある。
だから、跡形もないだろうと、そこには何もないと、誰もが思っていたのだが。
「…燃えちゃったはず。…だよね?」
そこにはしっかりと"街"が佇んでいた。
「ウソだろ…?」
その事実を知るティファとクラウドの二人は目の前の光景に驚きが隠せなかった。自分達が過ごした街そのものが、今目の前にある。夢ではない。それは全て当時のままで、まるで何事もなかったかのようになっていたのだ。
「…俺はウソなんか言っていない。俺は覚えている…あの炎の熱さを…!」
そう言うクラウドの顔が曇って行く。当時の事を思い出しているのだろう。
…忌まわしい記憶、セフィロス――
「……」
シンバはゴクリと唾を飲み込んだ。自分の記憶が正しければ、ここにはすでにセフィロスがいる。なんだかんだで自分は初セフィロスになる。
緊張感に包まれるのをヒシヒシと感じながら、ここでは一層気を引き締めないといけないなと、気合を入れ直した。
街にはしっかり人の姿があったが、当時を知る二人がこの街が無くなった事を問いただすも、住人達は聞く耳を持たなかった。寧ろ二人の方がおかしい事を言っていると怪訝な顔を向けてくるのである。
「――う…あぁあ…リユ…ニオン…行きたい…」
…そんな住人とは別に、そこには黒いマントを羽織った人物が蠢いていた。それらには全てイレズミが掘られており、一人一人ナンバリングが与えられているようだった。
実際見るそれらは何だか薄気味悪く、シンバは極力近づかないようにしていた。それに近づくと、何だか胸騒ぎがするのを感じたのだ。何か悪い予感がする。なんだろう、心がすごくざわついてる――
「うああああぁあ…セフィロスが…呼んでいる…」
「セ…フィ…ロスさま…近くに…いる…」
どの黒いマントの輩も、口を揃えてセフィロスと"リユニオン"という言葉を発するのみ。
「"リユニオン"…なんの事だ…?」
「セフィロス、近くにいるのかしら…!?」
皆の顔に、緊張感と焦りが見え始めていた。