ヴィンセントと別れ、数分後。地下廊下の一番奥の部屋の扉を開けると、先ほどの棺桶の部屋とは打って変わってそこには民家にあるような、至って普通の部屋が広がっていた。
だが、置いてあるものは普通ではない。棚の上に並べられたビーカーや何かの模型、そして一段と目立つ大きな機械が二つ。その中にはBTB溶液の中性の色をした水が入っており、コポコポと時々音を立てながら空気を抜いていて、そこはどこかの理系大学の研究室の一室のような雰囲気だった。
「ここは…」
恐る恐るその部屋に入り込み、警戒しながら進んで行く。
「実験室みたいね…」
ユフィはガイコツの模型を夢中で見つめ、エアリスとクラウドはその緑色の水が入った機械を眺めており、シンバは机の上に散らばっている紙を一枚一枚眺めていた。
しかし、眺める振りをしているだけで本当は心ここに在らず。…恐る恐る、チラリと奥の書斎に続く廊下を見やる。
「……、」
けれども、そこにシンバが想像していた景色は広がっていなかった。…そこにあの銀髪の男の姿は、なかったのである。
「…?」
おかしい。何処へ行ったのだろうか。シナリオではすぐそこにセフィロスがいたのに。
平常心を装っていたが、内心気が気ではなかった。まさかまた初セフィロスを逃す事になるのではあるまいな。もしやこのまま自分は一生セフィロスに会えないのではないだろうか。
しばらくその廊下を見つめる。そしてシンバは、その奥の書斎に何かを感じた。
――誰かいる
…シンバに迷いはなかった。恐怖心もなかった。自然と、足がその奥の書斎へと向かっていた。
「――…、」
その廊下の両サイドには本棚が並んでおり、そこには隙間なく本がビッシリと敷き詰められていた。シンバはそれに目を向ける事なく、ただただ前だけを見つめその書斎を目指す。
そしてどんどんハッキリとその書斎の全貌が、見え始めた時。
「っ、!」
…シンバはそこに、背の高い銀髪の黒マントの男を見た。
「っ…――」
その男は自分が想像していた以上の男だった。その居れ立ちといいオーラといい、そこらの人間とは格が違うのが明らかで、その背中から放たれる威圧感。まさに圧倒される、という言葉が相応しい。
「…待っていた――」
そしてそれも突然だった。セフィロスがこちらを見ることなく、そう言い放ったのだ。まさか自分に気づいていると思っていなくて、それが声を発するとも思っていなくて。ビクリと肩を揺らしたが、…でも、落ち着け。大丈夫。きっと自分をクラウドと勘違いしているんだと、――そう、思っていたのに。
「待っていた…――シンバ」
――今、なんと言った
「っ、…!?」
セフィロスの言葉に、思考回路が停止する。
そして、ようやくセフィロスは自分を振り返った。その整った美貌がまっすぐに自分を見つめてくる。その眼差しは何故かあのルーファウスを想像させたが、シンバは今はそれどころではない。…先ほどセフィロスが口にした言葉が、シンバの頭の中で繰り返し再生されて止まない。
セフィロスが自分の名前を呼んだ。確かに呼んだ。聞き間違いなんかではない。そんな名前の人物、今ここに一人しかいない――
「フッ…」
セフィロスが、笑みを浮かべる。
シンバはそれから目が離せないと同時、身体をも動かす事が出来なかった。…まるでメデューサに射抜かれ石化させられてしまった者のように――
「我が、希望――」
――希望?
希望とは、一体何のことだろうか。そして何故、彼は自分の名を知っているのだろうか。
セフィロスが自分に向かって歩いてくる。…嫌だ。来て欲しくない。逃げたい。嫌だ。やだ。ヤダ。
――こないで
声が出ない。身体が動かない。
…セフィロスから、目が離せない――
「…やっと会えたな」
――やっと…?
やっと、って…何――?
コツ、コツ、コツ。それはスローのように見えて、一瞬だった。
目の前まできたセフィロス。自分より大分大きいセフィロスを、見上げる。その大きな体によって部屋の明かりが遮られ、彼の顔に影がかかる。
「…そんなに恐れる事はない。私たちは――」
セフィロスの顔が近づいてくる。シンバの目の前に、輝かしい銀色の髪が映って、
「私たちは…同志だ――」
ハッキリと、シンバの耳元にその言葉は放たれた。
「!?…」
…この男は何を言っているのだろう。この男は、何を言っているのだろう。初対面の自分に、この男は何を言っているのだろう――
動揺。すべての動揺が目に現れ、何処を捉える事なく焦点を定めずに浮遊するばかり。
セフィロスがユックリ身体を起こし、顔にかかっていた影が薄くなる。そうして顎に触れた何か。…セフィロスの、大きな手だ。
クイっといとも簡単に顔を上に向けられ、ようやく我に返り焦点をセフィロスに定めた、
「っ、」
セフィロスの顔がまた近づいて来る。
しかし今度はまっすぐに、逸れることなく――
「――ッセフィロス!!!!」
キィィィン――!!
金属音が、その書斎に響き渡った。
*
「――あれ?…シンバは?」
それに気づいたのは、ユフィだった。
その怪しい部屋の全てに関心を抱きすっかり夢中になっていたためか、シンバがいなくなっていた事に誰も気がつかなかった。
「奥に行っちゃったのかな?」
…まったくあの女は。セフィロスがいるかもしれないのに単独で行動するなんて危機感が薄すぎる。好奇心の塊だな本当に。クラウドは呆れたようにため息を吐くと、エアリスとユフィを連れて奥の書斎へと足を進めた。
「…――」
だが、足を進めるにつれクラウドはその奥から漂って来る何とも言えない雰囲気をヒシヒシと感じとっていた。…何かある。セフィロスがいるのかもしれない。そうすれば、今あいつはセフィロスと――
…そう思ったと同時。クラウドの目に飛び込んできたのは、セフィロスと対峙するシンバの姿。
「――…クラウド。だったな」
「貴様…!!」
その姿を捉えた瞬間、クラウドは瞬時にバスターソードを構えセフィロスに斬りかかっていた。
そのスピードについて行けず何事かと慌ててその後を追ったユフィとエアリスの二人が目にしたのは、セフィロスと剣を交え対峙するクラウドの姿と、…書斎の端っこでただ呆然と立ち尽くすシンバの姿。
「シンバ!?」
エアリスが声をかけたと同時。その人は足元から崩れ去るように気を失った。
「シンバ!!」
ユフィが瞬時にそれを支える。シンバの顔を二人が覗き込むと、些か顔が青白い。セフィロスに何かされた事は間違いなさそうで、ユフィはこれでもかというくらいその銀髪を睨んだ。
「っシンバに何した!?」
「…何もしてはいないさ。"同志"を傷つける事などするものか」
「同志、だと…?!」
「シンバの事を知っているの…!?」
セフィロスはクラウドを押しやり、間合いをとる。
「貴様らは知らなくて良い事だ。…それよりお前は"リユニオン"には参加しないのか?」
「俺は"リユニオン"なんて知らない…!」
「ジェノバは"リユニオン"するのだ…ジェノバは"リユニオン"して空から来た厄災となる」
「…ジェノバが空から来た厄災?古代種じゃなかったのか…!?」
「…お前には参加資格はなさそうだ。…私はニブル山を越えて北へ行く。もしお前が自覚するならば…私を追ってくるがよい」
「セフィロス…何を――」
セフィロスはニヤリと一つ笑うと、黒マントを広げ飛び去ってしまった。
「っ待て!!」
クラウドが瞬時に後を追おうとするも、すでにそこにはセフィロスの姿はなくて、
「くそっ…!」
苦虫を噛み潰したようにクラウドはその顔を歪めたが、すぐに先ほどの光景を思い出し、シンバの元へと駆け寄った。
「シンバ!」
「大丈夫。気を失っているだけみたい」
ユフィの腕の中でグッタリしているシンバ。
先ほどセフィロスと彼女が対峙していたのをクラウドはハッキリと見た。そしてセフィロスがユックリその顔に近づいて行くのを見た瞬間、自分の中で何かが切れたのを感じた。…気付けば自分は剣を抜き、セフィロスに襲いかかっていた。
シンバが奪われる。咄嗟にそう思ったら行動していた。自分でもビックリするくらいに、怒りが湧いたのを覚えてる――
「…とにかくここを出よう」
話はそれからだ。そう言ってクラウドは、シンバをおぶった。
*
地下通路を歩き、先ほどの棺桶の部屋の前を通る。
「……」
ユフィは歩きながらその部屋をずっと見ていた。あの人はまだあそこで眠っているのだろうか。よくあんな狭い場所で寝れるな。あの人は幽霊とお友達なのかな。などとどうでもいい事を考えていた、
…その時。
「――待て!」
「ぎゃあ!!」
今さっき想像していた人の声が後ろから聞こえた事に驚いてユフィはエアリスに抱きついていた。何で外に出ているんだ。というより何時の間に出たんだ。もしかして壁をすり抜けて出て来たのだろうか。この人本当は幽霊なんじゃないだろうか。と。
「……お前達について行けば宝条に会えるのか?」
「…さあな。でもヤツもセフィロスを追っているとなればいづれは――」
「……よし、わかった。お前達について行く事にしよう」
「随分急な心変わりね?」
「元タークスと言う事で何かと力になれると思うが…」
「…わかった。いいだろう」
そうしてヴィンセントが仲間に加わった。
「――…その子は、何かあったのか…?」
先ほど自分の部屋(棺桶の部屋)でギャーギャー騒いでいた第一印象明るい少女が、今やグッタリと気を失ってクラウドの背におぶられている。この短時間で一体何があったのかと、ヴィンセントは怪訝に思ったのだ。
「…セフィロスが――」
「セフィロスがいたのか…!?」
「…あぁ。しかし、」
クラウドはそこで黙ってしまった。自分が知っているのはセフィロスと対峙していた時のシンバの姿だけ。その後直ぐに彼女は意識を失ってしまった。…その間に何があったのかは、シンバ以外知り得ない事だからだ。
「どうした…?」
「…シンバの目が覚めるまで待とう」
クラウドの顔が曇るのをヴィンセントは見逃さなかった。
ヴィンセントは、今だ目を覚まさない少女をずっと見つめる事しか出来なかった。