37 varying the truth




待っていた―



――待って、いた…?



やっと会えた―



――やっと、会えた…?



お前は、私の―



――同志…



*



「――っ!?」


重いまぶたを開け、同時に勢いよく飛び起きる。魘されていたのか息はいささか乱れており、身体が汗ばんでいるのも感じたシンバは肩で息をしながら片手で額を抑え、乱れた呼吸と意識を整えようとした。


「――シンバっ!!」

「!」


かかった声に驚いてその方を見やると、そこには仲間達の姿があって、


「大丈夫!?」

「気分は悪くない?」


シンバはすぐにその問いに答える事ができなかった。

気分は悪くない。身体もどこも痛い事はない。汗をかいたが、別に暑かったとかそんなんじゃない。熱だってない。呼吸が乱れていたが、苦しかったわけでもない。持病で喘息を持っているが、それが発症したわけでもない。
しかし「大丈夫」という一言はシンバの口から出る事はなかった。いつものように明るい自分を見せてみんなを安心させたいのに、それが出来なかった。

シンバは目頭が熱くなるのを感じた。あ、やっぱり大丈夫じゃなかった。自分は全然大丈夫じゃないんだ――


「…シンバ?」


頬を伝う熱いものに気づいた瞬間、もうそれを止めることが出来なかった。


「…シンバ。もう大丈夫だよ」


エアリスが優しくシンバを抱きしめる。エアリスに身を任せて、泣きじゃくることしかできなかった。


「…怖かったね。ごめんね、一人にしちゃって」


シンバはブンブンと首を横に振る。


「っ――」


クラウドは泣きじゃくるシンバを後悔の眼差しで見つめていた。あの時ちゃんと自分がシンバの事を見ていれば、こんなことにはならなかった。彼女をこんなに泣かせることも、つらくて怖い思いをさせることもなかったのに。

自身の拳をキュッと握りしめる。…シンバの泣き顔を見たくないと思ったのはいつからだっただろう。その為には、自分がシンバを守らなくてはいけない。自分が常にそばにいて、その笑顔を守らなければならないのだ。

…あぁ、そうか。そうだ。やっとわかった。やっと、気づいた。

俺は、シンバの事が――


「――…何処へ行く」


扉のすぐ横で壁にもたれ掛かっていたヴィンセントは、クラウドに目を向ける事なくそう言った。黙って出て行こうとしたクラウドを怪訝に思ったからだ。


「…あの書斎を調べてくる」


全てはあそこから始まった。5年前も、先程も。
そこには足を踏み入れた事があるだけで、そこになにがあるのかクラウドは知らない。

セフィロス、約束の地、ジェノバ――

そこには、何か手掛かりがあるはずだ。シンバは今あんな状態だし、到底セフィロスと何があったかは聞かないほうがいいであろう。
彼女の事は心配だが、自分がすべき事は今シンバの隣にいることではないとクラウドはそう思った。それに今はこんなにも仲間達が見守ってくれているのだ。何も心配することなどない。


「…付き合おう」


ヴィンセントはシンバに向けていた目をようやくクラウドに向け、そうして二人はその場を後にした。



*



「――…シンバ、大丈夫かな?」

「結構滅入ってたわね。…本当に何があったのかしら?」

「…今は、そっとしといてあげましょう。そのうち話してくれるわ」


ティファの言葉を最後に、皆は宿屋を―シンバがいるであろう部屋を振り返っていた。



あの後――

いささか落ち着いて来たシンバは、一人になりたいと皆に告げた。勝手なことを言っているのはわかってる。心配して集まって来てくれているのにこんな事言って追い出すのは心苦しいが、しかしどうしても一人になりたかった。"それ"を知るのは自分だけだ。自分一人で整理しなければいけない。時間が、欲しかった。

けれど、皆はそれを快く承諾してくれた。本当にいい仲間を持ったと、シンバはみなの優しさに触れまた泣いてしまった。それをユフィが茶化し、その部屋の空気はようやく和んでいた。


「……」


そうして一人、また沈んだ部屋の空気に溶け込む。ゆっくりと、一つ一つの場面を思い起こす。

セフィロスは待っていたと言った。最初はクラウドの事だと思ったが、その後でセフィロスは自分の名を呼んだ。…ハッキリと「シンバ」と言った。
何故セフィロスは自分の名前を知っているのだろう。誰からか聞いたのか。…いや、誰もいないはずだ。だとしたらどうして知っているのか。

セフィロスと接触できたのは今までに一回だけ―ジュノンの運搬船の中だけだ。しかし、その時シンバはその場にいなかった。だとしたら何処だろう。


――神羅ビル


シンバとエアリスが捕まった後の神羅ビルにセフィロスは現れた。姿こそ自分では見てはいないものの、大きな刀―あれはセフィロスのモノで間違いはない。それにパルマーが姿を確認している。となると、セフィロスが自分を知ったのは、


――まさか


…それは、夢の中の出来事――

レノの容態を見舞ったその後で病室に戻り、何時の間にか眠ってしまった。…その時、誰かが自分を呼んでいたことを思い出した。誰かはわからない。どんな声だったかも覚えてはいない。けれど、誰かに呼ばれた気がしていた。…あれは気のせいなどではなかったのだ。それが、セフィロスだったとしたら、


私たちは、同志だ――


「っ…!!」


頭を抱えてふさぎ込む。何かに怯えるように身体を縮め、なるべく小さくなるように手を―足を自身に密着させた。

同志。セフィロスの同志。自分は、セフィロスの仲間。
そしてセフィロスの、希望――


「――ちがう」


シンバはその言葉をかき消すように、両手で覆った自身の頭をグチャグチャにかき乱す。…違う。自分はセフィロスの仲間なんかじゃない。クラウド達の仲間だ。自分はこの星を壊したいんじゃない。…守るのだ。

この星を、救うのだ。

…けれど、どうしてセフィロスはそんな事を言ったのだろう。何か根拠があってそう言ったのか、はたまた自分を錯乱させる為に言ったのか。しかし、自分を錯乱させて何の意味があるというのだろう。自分を通してクラウド達を混乱させたかったのだろうか。同志とは、希望とはどう意味なのだろうか。


「…………」


いくら考えてもその答えには辿り着けない。考えれば考えるほど、抜け出せなくなる底なし沼にはまった気分だった。

そして、シンバは迷っていた。この事実を皆に話すべきか、否か。何もなかったと言えば何もなかった。それも事実だ。確かに何もされていない。ただそれを言われただけ。それがどこまで重要な事なのかはわからない。
ただ、それを皆が知っていないと、とんでもない事になるような事実だとは到底思えなかった。…なぜなら、自分は元々――


「…――」


シンバはそこで考える事をやめた。…大きく深呼吸をし、落ち着きを取り戻す。窓の外に目を向ければ、そこは部屋の中よりも明るく、その空は雲ひとつない真っ青な色をしている。

ベッドから立ち上がり、布団をキレイに戻してからその部屋を後にした。


――何もなかった


あの時、セフィロスとは何もなかった。それが、事実。
何も言われていないし、何も聞いていない。自分はセフィロスと、何の関係もない。


…そう、心に刻みながら。



*



「――…シンバ!」


給水塔の前でシンバの事を待っていた皆の中で、ユフィが一番にそれに気づいた。
頭を掻きながらバツが悪そうにこちらに向かって歩いてくるシンバの姿。その表情―顔色はいつもの彼女に戻っていて、


「…ごめんな。みんな」

「いいのよ。それよりもう大丈夫なの?」

「うん…大分落ち着いた」


ゆっくりと視線を全員に向ける。皆安堵の顔を浮かべ笑いかけていてくれたが、…それを見て、少し沈むの自身の心。


「…で。あんなんしといてなんなんやけど…」

「どうしたの?」

「…セフィロスとは、何もなかったんよ」

「本当に?何もされてないの?」

「っ、されてへんされてへん!ウチ、セフィロスに会うの初めてやろ?すごい圧倒されてしもて…怖かったっていうか、…うん。怖かった。セフィロスのオーラにやられてしもた。…弱いな、ウチ――」

「っそんな事ない!セフィロスを恐れているのはシンバだけじゃないもの。…私だって、最初に会った時は怖かった」

「アタシも!!アタシ、ヴィンセントでも怖いと思ったよ!?」

「…お前それは意味が違うだろ」


バレットが横からつっこむ。それを見てシンバは笑った。

忌まわしき記憶は、ここに置いて行こう。自分はもうこんな事でくじけたりしない。…もう、大丈夫だ。皆が支えてくれる。皆が自分を守ってくれる。だから自分も皆を守らなくてはいけない。この物語の主人公は自分ではない。あくまで自分は脇役だ。脇役が目立っていてどうするのだ。


「――あ!クラウド達戻ってきたよ!」


そしてそこへ、神羅屋敷から戻ってきたクラウドとヴィンセントが合流した。そういえば仲間になっていたのかとシンバはヴィンセントに軽く挨拶をし、そしてその隣のクラウドに目を向ける。


「…大丈夫なのか?」

「うん!もう平気。…心配かけてすみませんでした」

「いや…いいんだ」


クラウドはそれ以上何も聞いてはこなかった。きっと自分に気を使っているのだろうとシンバは思う。


「…大丈夫。セフィロスには、何もされてへんから」

「っ…」

「…ちょっと、ビビりすぎただけ!」


シンバは笑ってそういった。
いつものシンバがそこにはいる。クラウドには、それで十分だった。


「――…それで?何かわかったのか?」

「ジェノバや古代種の事は多少な。…しかし何故セフィロスが北に向かうのかはわからなかった」

「北に何があるのかな――?」


シンバは皆の会話を聞いているようで、聞こえないフリをしていた。…否、聞かないように自身の心を閉ざしていた。


そんなシンバに気づいていたのは、ヴィンセントだけだった。



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