新しい仲間―ヴィンセントを迎え、一行はニブル山を超える。
険しそうな雰囲気を醸し出すニブル山を見てシンバは多少げんなりしていた。また登山ですか。趣味は何ですかと聞かれたら登山ですと答えてもいいくらい、山を越え過ぎではないかこの旅は。
ヴィンセント、レッド、ケット・シーというなんとも不思議な組み合わせの中、このパーティー編成を見たバレットが人間と獣に別れたと笑っていた。確かにこっちのメンバーは獣の匂いがプンプンしている。自分はよく小動物っぽいとは言われるがコイツらの類には入れないで欲しいもんだ。そして獣ならここに入るのはクラウドが適任ではないのか。とシンバはいささか機嫌が悪かった。
「ニブル山は険しいですなぁ〜」
「アンタロボットなんやから別に疲れへんやろ。つか歩いてんのアンタやなくてモーグリやし!!」
「あ、バレました?」
「バレましたやあらへんわコイツ!!」
シンバはケット・シーの首根っこを掴んでモーグリから離し、地面に降ろしてやった。
「自分で歩いてみろ!」
「そんな殺生な〜!!」
お助けをーと言わんばかりに手を伸ばしているケット・シーを見て楽しんでいるシンバ。レッドはケット・シーの周りをまわって、ケット・シーが飛び乗ろうとするのをこれまた楽しそうに交わしている。…それをヴィンセントはコイツらピクニックにでも来ている気分なのかと少々飽きれ気味の目で見ていた。
そんなパーティも何時の間にか二つに分裂しており、レッドとケット・シーのぬいぐるみコンビが幾分シンバとヴィンセントの先を歩く。
そして二人きりになったのを見計らったかのように、ヴィンセントが口を開いた。
「…シンバ」
「なに?」
「…何か隠しているんじゃないのか?」
「!!」
…ヴィンセントはエスパーか。シンバはあからさまに驚いた顔をヴィンセントに向けた。
「…皆が話している時のお前の顔色がおかしかったもんでな」
ヴィンセントは皆が給水塔に集まって話し合っている時のシンバの表情にあるものに気づいていた。何かに気づいてはいるけれど、それを悟られないようにしているようなその表情。それはどこか悲しげで、言いたくても言えない何かがあるのではないかとヴィンセントは感じたのである。しかし皆の前でそれを責めるのはいけないと思い、二人きり(いや正確には二人ではないが)になれる機会を見計らっていたのだ。
「…そんな事あらへんよ」
「別に言いたくないのなら言わなくていい。だが…」
「?」
「…それでお前が壊れてしまうのではないかと思ってな」
「っ!」
ヴィンセントはエスパーだ。シンバは確信した。何もかも見透かされている気がして何だか泣きそうになっていた。
そして、ヴィンセントになら本当の事を話してもいいのではないかと感じ始める。このメンバーの中で一番大人で冷静な人物はやっぱりヴィンセントであろう。それに一番気兼ねなく話せるような気がしなくもない。
ヴィンセントには隔たりが何もない。クラウドにはこれからやる事がたくさんあって忙しいし、ティファはなんだかんだクラウドの事でいっぱいいっぱいだと思う。エアリスだって自分の事でいっぱいだろうし、バレットは自分の話を聞いたら暴れ出す、確実に。ユフィやレッドは仲はいいもののアイツらはまだ子供だ、自分の話はいささか重たいだろう。ケット・シーはもちろん除外だ。それが神羅に知れるのだけは避けたい。…となるとやっぱりヴィンセントが無難であるし、なんだかんだで大人な彼はそれなりの対応を見せてくれそうな気もして、
「…なぁ、ヴィンセント、」
「なんだ」
「……、やっぱいいや。今はいい」
しかし。喉まで出かかっていた言葉は、声にはならなかった。
「…そうか。無理はするな」
「うん…ありがと」
「お前が落ち込んでいるとクラウドは気が気でないようだからな」
仲間になって間もないのに、もうそれを分かっているのかヴィンセント。やっぱりクラウドに自分は心配ばかりかけているのだ。それではいけない。クラウドは自分に構っている暇などないのだ。前にもそう思ったのに結局また心配させているなんて学習してないな自分。
「溜め込むのはよく無いぞ、シンバ」
「…せやな」
「俺でよかったら聞いてやる」
「そうする。なんかヴィンセントになら何でも話せそうな気がしてきた」
「…そうか」
ヴィンセントが一つ笑う。
「ヴィンセントは大人やな」
「…バレットの方が大人だろう」
「バレットは単細胞やけどヴィンセントは多細胞って感じ」
「…どういう意味だ」
「いい意味やで?」
シンバはヴィンセントに笑って見せた。
一定の声色で返してくれるヴィンセントはなんだか落ち着く雰囲気を持っている。何を言ってもヴィンセントは優しく包み込んでくれるだろう。やっぱり大人なだな、とシンバは思った。いい兄を持った気分。…お兄ちゃんって呼んでもいいですか。
「なぁ、ヴィンセントって名前長いから言い方変えてもエエ?」
「…別に構わないが。俺だとわかるやつにしてくれよ」
「ヴィンでいいやん。ヴィン!ヴィンヴィン!!」
「…何度も呼ぶな。うっとおしい」
「うっとお…!?ひどいなぁ〜――」
「――…シンバーー!!遅いよ〜!!」
前を歩いていたレッドがシンバを呼ぶ。シンバはそれに返事をするように大きく手を振ると、それらの元へ駆け出していった。
「ヴィンも行くぜよ!」
笑顔で振り返り、そう言う彼女。ヴィンセントはその笑顔を見て、クラウドがシンバを心配する気持ちが多少わかったような気がした。
***
ニブル山を越えて、一行が辿り着いたのはロケット村。
その小さな村よりも大きくそびえ立っている立派なロケットは、まるでピ◯の斜塔のように傾いていた。どんな芸術作品だ、ロケットは傾いてもロケットである。しかし傾いているせいでその立派さが少し軽減されているような気もした。
村に入り、シンバはクラウドとユフィと行動していた。はたからみればはしゃぐ二人を無言で見守るクラウドはやはり父親に見える。…同年代で父親ってどうなんだろう。
村を一通り周り、一番奥の民家に足を踏み入れる。今更だがゲームではなんの躊躇なく人の家に勝手に入っていたなと思う。間違いなく不法侵入ではないか。ゲームは本当に何でもアリだなとつくづく感じさせられた。…しかし現実となった今もそれは変わらないのだが。最初は躊躇っていたシンバも、今では一番に不法侵入を試みる隊員となってしまっていた。
その家の裏庭には映画でよく見るような小さな飛行機型の乗り物が置いてあった。タイニー・ブロンコである。側面には大きく神羅のロゴマークが入っていて少しダサいが、クラウドがそれを見て「いいな」と小さく呟いていたのは聞かなかったことにしておこう。
「クラウド!これ盗もうよ!神羅の物盗むのは大好きなんだ!」
ユフィがとんでもない発言をしやがった。不法侵入をした挙句こんどは窃盗か。恐ろしい女だまったく。
「――…あの、何か?」
「「!?」」
タイニー・ブロンコに見とれていた三人に突如後ろからかかった声。驚き一斉に振り返ると、そこには白衣を着て眼鏡をかけたいかにも賢そうな雰囲気を醸し出している女の人が立っていた。
「何でもないよ!見せてもらってただーけ!」
…さっき盗もうと豪語していた奴はどこのどいつだ。
「…もしそれが使いたいなら艇長に聞いてください。艦長はきっとロケットのところにいると思います」
女の人は優しい声でそう言う。話し方が柔らかい人だなとシンバは思った。外の雰囲気が醸し出す何でも出来そうな理系な女な感じとそのおっとりした声は、ものすごいギャップ感満載だが。
「私、シエラといいます。あなたたちは?」
「俺はクラウドだ」
「アタシ、ユフィ!」
「ウチはシンバ!」
クラウドと打って変わって元気な二人の少女を見て、シエラはクラウドはこの二人の保護者なのかと思ったがあえて言わなかった。
「…神羅の人たちじゃないんですね。私、宇宙開発再開の知らせがきたのかと思って」
「宇宙開発?」
「新社長のルーファウスさんがここへいらっしゃるそうなんです。艇長は朝からそわそわしていますわ」
「ルーファウスが!?」
「げ、ルーファウス…」
明らかにクラウドの顔が怪訝な顔に変わっていく。シンバはその名前を聞いていつも通りの反応を示していた。
そうして一行はルーファウスの悪口を言いながらロケットにいる艇長に会いに行った。そこには、金髪でくわえ煙草をしながらロケット内を見回している男が立っていて、
「お前達、誰だ?」
話し方がヤンキーだ。初対面の人にいきなりそんな挑戦的な話し方をするなんてバレット以来初めてである。…親父ってこんなもんなのだろうか。
「艇長がここにいるって聞いてきたんだ」
「艇長だと?艇長とは俺様の事だ!…親から貰った名前はシド。みんなは艇長って呼ぶけどな」
イカス。かっこいいダンディな親父。シンバは憧れの眼差しでシドを見ていた。こんなお父さん欲しかった。…お父さんって呼んでもいいですか。
「で、何の用でぃ――?」
この流れを把握していたシンバはまずはシドのご機嫌取りとしてこのロケットについて問うた。案の定シドは、ご機嫌でロケットについて熱く語ってくれた。
神羅は元々兵器開発会社で、ロケットエンジンの開発に成功し宇宙への夢を膨らませていた。予算をどんどんつぎ込んで試作に試作を重ね、今あるこのロケット―神羅26号はやっとの思いで完成した作品だった。そして、そんなロケットの腕の立つパイロットとして、シドが選ばれたのだ。
全ては上手くいっていた。誰もがそう、思っていた。
…しかし、
「――ところがノロマのシエラのせいで打ち上げはおじゃん!それがケチのつきはじめよ」
神羅は宇宙開発計画を捨てた。魔晄という新しいエネルギーが開発されたからだ。それに魔晄エネルギーは金になる。お金大好きプレシデントがそれにのらないはずがなかった。
「かね、カネ、金だあ?オレ様の夢をソロバン勘定だけでぼうにふるない!!」
シドは隣の壁をぶち叩いた。それにビビったシンバとユフィが竦む。ものに八つ当たりはよくないです。まったくこれだから親父は短気でいかん。
「見ろい…このサビだらけのロボットを。こいつでオレ様は宇宙へ飛び出す最初の男になるはずだった。…今じゃ毎日ちょこっとずつ傾いてらぁ!」
イラついているのか悲しんでいるのかわからないが、煙草の煙をふうと吐き出すシド。
「今回の若社長が来るって話しだけがオレ様に残された最後の望みさ…」
「本当にルーファウスがくるのか?」
「おう!きっとよ、宇宙開発が再開されるって話しに違いねえ!」
「そうかなぁ〜?」
ユフィが喋り出そうとするのをシンバは止めた。もちろんシンバだってそう思っているが、ここで否定すればシドのお怒りが炸裂するのは目に見えている。こういうのは黙って聞いとくのが筋ってもんだ。
「やっぱり若い社長に限るぜ!夢があっていいやね!」
嬉しそうに語るシドを見てクラウドもルーファウスについて言う気が引けたようだ。ルーファウスの事は放っておく事にして、クラウドは本題をシドに持ちかけた。
「タイニー・ブロンコを貸してくれないか?」
「なに馬鹿な事言ってやがるんだ!あれは大切なもんだから貸せねえよ!」
…怒られた。これ以上何を言ってもこの頑固オヤジは説得出来そうにないので、しぶしぶクラウド達はロケットを後にした。
*
「――あ…みなさん。艇長、何か言ってましたか?」
そうしてシエラの元へ戻ってきたクラウド一行。クラウドはシエラの問いに否定し、ユフィはあのオヤジ頑固だねと口走り、シンバはシドさんナイスガイですねと言おうとしてやめた。
…そこへ噂をすればなんとやらで、ナイスガイな頑固オヤジも帰ってきた。
「――ケッ!シエラよう、どうしてオメエはそんなにどんくせえんだよ!客が来たら茶ぐらいだせよな、このウスノロ!!」
「ご、ごめんなさい!」
「…俺たちのことは気にしないでくれ」
「うるせえ!ウダウダ言うな!客はイスに座って大人しくしてろ!……おいシエラ!オレ様はタイニー・ブロンコを整備しに裏庭に行って来るからな!客に茶ぁ出しとけよ!わかったな!」
シドは怒鳴るだけ怒鳴り散らして裏庭に行ってしまった。なんという亭主関白ぶり。昭和初期か。
「なんかヤな感じ〜!」
「悪かったな、俺たちのせいで」
「とんでもない。いつものことです」
「いつもあんな事言われて黙ってんの!?」
「…私がドジだからしょうがないんです。私があの人の夢を潰してしまったから…」
「何があったんだ――?」
『――おら!そんなカメみたいにちんたら仕事してんじゃねえよ!お月さんがくたびれてそっぽ向いちまうぜ!』
『す、すみません――』
それは、神羅26号打ち上げの日――
真面目なシエラは、不備があってはいけないといつまでも酸素ボンベをチェックしていた。シドはそんなシエラの真面目さをかっていたが、そんな酸素ボンベいくらチェックしたって壊れはしないといささか呆れ返っていた。それにシエラは手際が悪い―というよりマイペースなもんだから、これではせっかくの発射予定が狂ってしまうと思っての事だ。
そしていよいよ打ち上げのカウントダウンが始まった時。…聞こえてきたのは、警報サイレンだった。
『な、なんだ!?…何が起こった!?』
管制官からの緊急通信でまだ船内のエンジン部にメカニックが残っている事が判明した。どこの馬鹿野郎だとシドが騒ぐと、そのエンジン部から聞こえてきた声はシエラだった。
酸素ボンベのテストで満足のいく結果が得られなかったシエラはどうしてもそれが心配だったのだ。自分が納得いくまでやり遂げたいその性分は、シドの頑固さに匹敵する。
シエラは自分に構わず打ち上げろとケロっと言って見せたが、シドは自分を人殺しにさせる気かと当たり前だが発射に躊躇を見せる。しかし、そんな中管制官はエンジン点火のカウントダウンを始めてしまっていて、
『エンジン点火!!』
宇宙へ行くのが小さい頃からの夢だった。月が、宇宙が、自分を待っている――
『ンガーーーーーー!!!』
管制官の声とそれは同時だった。シドは緊急停止スイッチを押していた。ロケットは一瞬打ち上がる傾向を見せたが、すぐその場に降りてその衝撃でいささか傾いて地上に停止した。
シドは自分を助けるためにエンジンの緊急スイッチを押し、そしてそれ以降ロケット発射の再開が謳われることはなくなってしまった。…全ては自分のせいである。シエラは悲しげにそう語った。
「――私のせいであの人の夢が逃げていった…。だから、いいんです。艇長がどう思おうと、私はあの人に償わなくてはなりません」
何ともいたたまれない話に、一瞬静寂が辺りを包んだ。