40 least said, soonest mended



一行は他のメンバーと合流し、ロケット村から西へ進んだ大陸に上陸した。

タイニー・ブロンコで待機する班と辺りを散策する班に別れる事になったのだが、辺りを散策する班に一番に立候補するであろうと思われたシンバが手を高々と上げる事はなく、代わりにもう一人のお転婆娘―ユフィが高々と手を挙げている事にみなは驚いていた。口々に雨でも降るんじゃないか、いや槍が降ってくるぞとヒソヒソと話出す始末。


「…どうしたのシンバ?具合でも悪いの?」

「…何でそうなんの?」

「お前冒険大好きじゃねえか。てっきり行きたいと騒ぎ出すもんだと思ってたぜ」

「何その小学生は夏休みに虫取りに行く事が常識みたいな感じ!…ウチかてたまにはじっとしてたい事もあるんですー!!」


いやどんな感じだよそれ。まぁ具合が悪くないならいいかとみなはあまりそれを気には留めず、そうしてクラウド・ユフィ・シド・ティファの4人が散策班となった。シンバは心底ホッとし、去って行く4人を元気に見送った。


「――いや〜たまにはこういうのもいいですな〜〜!」


シンバはタイニー・ブロンコの上で背伸びをしながら空を仰いだ。これで自分は平和なひと時をしばらく過ごす事が出来る。本当にたまにはこうやってストーリー上のイベントに関わらずにゆっくりするのもいいかもしれないと思っていた。


「珍しいのね。何かあったの?」


エアリスがシンバの横に腰掛けながらそう言う。


「もー!ホンマに何もあらへんってば!何でウチはそんな位置どりなん!?」

「その感じがそう思わせるんだろう」

「ヴィンたんひどいなぁ〜」

「…ヴィンたん?」


それに激しく反応したのはエアリス。ヴィンセントではなく、略してヴィンでもなく、ヴィンたん。この二人何時の間にそんなあだ名で呼び合う(いやシンバが勝手に呼んでいるだけだが)仲になったのだろうか。ヴィンセントは何年もの間あの薄暗い地下でしかも棺桶の中で眠っていた男だ。どっからどう見ても怪しさMAXである。シンバは打ち解けるのが早い―いや早すぎるだろとエアリスは思う。逆にそれが彼女のいいところかもしれないが、これじゃ"あの人"がなんだか可哀想である。

一方そう言われた本人は「たん」って何だと思っていた。最初はヴィンと呼ぶと豪語していたのに今では「たん」がついてしまっている。なんだ「たん」って。「さん」とか敬称の一種なのだろうか。そう思ったら悪い気はしなかったので、ヴィンセントはあえて何もつっこまずにいた。


「…クラウドが今の聞いたら凹むわね〜〜」

「ん?何て?」

「ねえシンバ、クラウドにもあだ名つけてあげれば?」

「何でクラウド?」

「いいから、つけなさいよ」

「えぇ!?いきなり言われてもな〜。…チョコボしか思いつかへんなぁ」


それじゃまるっきしあだ名だ。クラウド、哀れだな。エアリスはシンバに苦笑いを見せた。


「…どこ行くのヴィンたん?」

「…散歩だ」

「ウチも行くーー!!」


シンバは楽しそうにヴィンセントの後を追って行ってしまった。


「待ってヴィンたん!!」


…ヴィンたん。備炭に聞こえるのは自分だけだろうかと、バレットは楽しそうなシンバの背中を見つめながらエアリスの隣に並ぶ。


「…えらくなついてんな」

「ね。…大変な事になってきたわねぇ〜」

「大変な事?」

「火花が散るわよ」


エアリスは悪意を込めてそう言ったが、その後で楽しそうに笑っていた。それを見たバレットがエアリスは腹黒いといささか恐怖を感じ始めていた、

…その時。


プルルルルルルル――


バレットが持っていたPHSが鳴った。その場にいたエアリス、レッド、ケット・シーがそれに視線を集める。


「…?クラウドだ」

「…何かあったのかな?」


一瞬緊張感に包まれるその場。恐る恐るそれに出たバレットの次の声は、その緊張感を一気に打ち消すものとなった。


「――なんだってぇ!?」

「「!?」」



*



たわいもない話をしながらタイニー・ブロンコから幾分も離れていない場所辺りをゆっくり歩き回っているシンバとヴィンセント。


「――おーい!大変だーー!!」


そこへ、何処からともなく聞こえてきたのは、レッドの声。血相変えて走ってくるその様に、一体何事かと二人は怪訝な顔を向けた。


「…何かあったん?」

「ユフィがマテリア持って逃亡したんだー!!」


――やっぱりか


「でね、クラウドから連絡があって、シンバに来て欲しいんだって!」

「…は!?」

「どうしてシンバなんだ?」


まったくだ。せっかうウータイに行かずに済むとたいそう喜んでいたのに。


「一番ユフィと仲がいいから、シンバの言う事なら聞くんじゃないかと思ってだって!シンバが一番説得力あるだろうからね」


――あのバカ野郎…!!


こんなところで自分達の友情を試されるなんて思ってもよらない。そして試したくもない。結局ウータイに行くハメになってしまったではないか。あぁ、恨むぞユフィ。馬鹿ユフィ。覚えてろよユフィ――

シンバはブツブツ文句を垂れながら、クラウド達の元へ向かった。





***





「――あの子!最初からこれが狙いだったのよ!!」

「も〜〜アイツ許さん!どシバいたるわ!!」


クラウド一行と合流したシンバは、怒りを露わにしているティファと一緒にかなり怒っていた。二人の怒りの対象はユフィだが、その内容にはいささかズレがある事は誰も知らない。最初は友が非難されるのが可哀想だとか思っていたが、もう今となっては存分に怒られてしまえ、つうか自分が締めてやるとシンバは心に誓っていた。



そうしてウータイに辿り着いた一行。あぁ、来ちゃったよ。とシンバはすごく不満げだったが、みなはその表情をユフィへの怒りだと勘違いしてしまっているのが好都合。
そして入った途端にそこには怒りの元凶―ユフィの姿が。


「あっ!?」

「待ちなさいユフィ!!!」


ユフィの姿を捉えた瞬間ティファは走り出していた。それはそれはお魚咥えたドラ猫を追いかけるサ◯エさんのように。それを慌ててクラウドが追い、残ったシドとシンバはいささか呆れた顔でそれを見守っていたが、


「…ユフィの馬鹿はアイツらに任せといて、呑みに行くかシンバ!」

「っは!?何言うてんねん!?」


三人の姿が見えなくなった途端のとんでもないシドの発言。楽しそうに笑って己の肩に腕を回し些か―いやかなり強引に引きずる形で歩き出す親父。…コイツ最初から呑みに行くのが狙いだったのか。だから西へ、ウータイに行くことに賛成だったんだな。コイツも確信犯か。こんなにも近くにもう一人敵がいたなんて思いもよらない。
そして今や、シンバにとってはユフィよりシドの方がタチが悪かった。


「待て待て待てーーい!!一人で行けばええやん!!」


シドが向かっているのはあの場所しかない。このウータイに呑処なんか一つしかない。そして自分は最もその場所へ行きたくない。シンバはシドの腕を引き剥がそうと必死だった。


「お前ならのってくれるんじゃねえかと思ってよ!お前も一緒ならクラウドも怒らねえだろ?」


シドがニヤリと笑う。コイツ自分を共犯者に仕立て上げるつもりだ。なんて恐ろしい奴だ。そして自分がいればクラウドが怒らないなんてどこの情報だ。そんなのわからない。クラウドに怒られるのだけは嫌だ。なんか凹む。そしてとりあえず苦しいから離してくれ。
しかし、大の大人のしかも男のシドの腕力にシンバが敵うはずもなく、結局その場所へ踏み込むこととなってしまった。


バンッ


勢いよく亀道楽の扉が開かれた。そこにいたお客と従業員の顔が一斉にこちらを見やる。そしてその部屋の真ん中の席には、赤に金につるっぱげな頭をした人達―今最も会いたくない人達の姿が案の定。


「…シンバ!!」


レノが楽しそうに自分の名前を呼んだ。…あぁ、最悪。帰りたい。逃げたい。誰かRとLボタンを同時押ししてくれ。


「なんだ?シンバ、知り合いか?」


シドがようやくシンバを離す。そういえばシドには何の説明もしていない。あ、何だかそれも最悪だ。もう何なんだ今日。今日の自分の運勢最悪に違いない。


「…ちょっといろいろ有りまして」


ちょっとやそっとじゃまとめられないほどのストーリーがそこにはあるが、今はそんな事話している余裕なんてない。


「シンバさん!お久しぶりです!」


イリーナがキラキラした目で自分を見てくる。またコイツも厄介だな。というかみんな厄介。今やシドも敵の部類に含まれる。誰一人として自分の味方がいないではないか。なんてこった。早くクラウド助けにこないだろうか。


「シンバの知り合いなら話が早えな!おう兄ちゃん達よ!一緒に呑もうじゃねえか!」


これまたなんて事を言うんだシド。シンバはガックリ肩を落とした。


「あのねシドちゃん、仮にもコイツらは敵の部類に入りましてですね――」

「誰だか知らねえがいいぞ、と。それにシンバ、俺たちは今休暇中なんだ。今はプライベート…そういうのナシにしようぜ?」


どの口がそんな事を言うのだ。誰のせいで自分がこんなヤキモキした気持ちになっていると思っているんだ。そんなに割り切って相手出来るほど自分は器用ではない。それにこんなところティファとクラウドが見たらそれこそユフィ同様めったメタにされる事間違いなしだ。


「シド!アカン!!帰ろう!これはクラウドに殺される!!ウチはまだ死にたくない!」

「な〜にビビってんだよ!大丈夫だって!お前には甘ちゃんなんだからよアイツは」


それを聞いたレノがピクリと反応を示す。


「確かにクラウドはツンデレやけども!これはマズイわ!!…ルードも何とか言えよ!」

「…何で俺にふるんだ?」

「アンタがこん中で一番マトモやろうが!!」

「聞き捨てならねえなぁ?一番マトモなのは俺様だぞ、と!」

「お前は黙ってろ!!」

「何言ってやがるオレ様が一番マトモだ!」

「アンタもう喋るな!!!」


なんだか疲れる。オレ様俺様が二人もいると疲れる。そうしてシンバが頭を抱えて悩み出した、

…その時。


「っ、クラウド…!!」


そこへようやく救世主が現れた。…いや、今の状況で救世主と言っていいものかどうかは紙一重。


「貴様ら…!!」


それがレノ達に向けられた言葉なのかはたまた自分達に向けられた言葉なのか、シンバには判断できなかった。クラウドのオーラが明らかに怒りに満ちていくのをヒシヒシと感じる。…あ、終わりだ。殺される。シンバは怖くなってシドの後ろに隠れてしまった。


「シンバにシド!こんなところで油売ってなにしてるの!?」


今度はティファのお怒りが飛んで来た。ごめんなさい。許してください。シンバはもはや泣きそうだった。


「油なんか売ってねえって!ここにユフィの馬鹿が潜り込んでるんじゃねえかと思ってよぉ!」


とかいつつ酒を口に運ぶシド。まったくもって説得力がない。シンバはシドの頭をひっぱたいた。


「…よお、クラウド」

「…ここで何をしている」

「何って…見ての通り。休暇を楽しんでいるところだぞ、と」

「休暇…?」

「そうだ。だからお前達とは争うつもりはねえ」

「……シンバ、こっちへ来い」


はいご主人様。ワンワンと言わんばかりにシンバはクラウドの元へ速攻駆け寄った。


「…何でだよ」


レノがポツリと呟いたのをシンバは聞き逃さなかった。…ズキン、と心が重くなる。


「シドも行くわよ!」


ティファのお叱りを受けたシドは、やれやれといった表情で席を立つ。


「…邪魔したな」

「いいってことよ。…まぁシンバを置いて行ってくれたら言うことはないんだけどな、と」


ピタリとクラウドが足を止めた。ああもう、いつもアイツは一言多い。あんなことがあったのに何でこんなにテンション高いのだろうか。ちょっとは空気を読んでもらいたいものだ。まさか酔っているのではあるまいな。シンバはまた頭を抱え出した。


「…なんだなんだぁ!?シンバ、お前はモテモテだなぁおい!」


…シドの方がKYだった。今やこの親父が一番手に負えないかもしれない。シドにバシッと背中を叩かれたシンバはその勢いで前によろめいた。背中がジンジンする。そして心もジンジンする。

クラウドは大きく溜息をつくと、無言で亀道楽を出て行ってしまった。



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