「おいおい…そんなに怒るなよ、と」
「貴様…!」
レノはクラウドに壁際に押されており、手持ちのロッドで突きつけられたバスターソードをかろうじて止めていた。
相変わらずな笑みを浮かべているレノと、不機嫌MAXな顔をしているクラウド。
故意的にレノが舌舐めずりをすれば、それがまたクラウドの勘に触ったらしく、彼から迸るどす黒いオーラが洞窟内に広がっていく。シンバはそれにビビってしまい、その場にへたり込んでしまった。
「…邪魔はしないと言ったはずだ」
「してねえよ。お前達の邪魔はしてねえ」
「ふざけるな」
「ふざけてねえよ。シンバはこっち側の人間だ。シンバはタークスだからな」
「黙れ!!」
クラウドの怒りのボルテージが上がり続ける。…このままではいけない。ここで暴れられたら今のクラウドはこのダチャオ像ごと破壊してしまいそうな勢いだ。そうしたら自分たちにも被害が及ぶ。もといイリーナとユフィは吊るされてるはずだから専ら危険、コルネオに殺される前にクラウドに殺されてしまう。…それはダメだ。えらいことになってしまう。今はこの二人が争っている場合ではない。なんとか止めなくては。
「っクラウド…!!」
今だ心の落ち着きを取り戻してはいなかったが、必死にその名前を呼び、そして駆け寄る。
「こんな事してる場合じゃ、」
「こんな状況にしたのは誰だ」
ビク、とシンバは肩を震わせた。クラウドの声は、今までに聞いたことがないくらい冷たかった。
クラウドはあからさまに大きくため息を吐くと、バスターソードをしまってシンバの手を強引に引き洞窟の出口に向かって歩き出した。シンバは何も言えず、ただクラウドに従って歩みを進める事しかできなかった。
*
この重々しい空気、何処かで感じた。…あぁ、そうだ。この場所に入った時だ。
気まずさを通り越して最早消えたい。クラウドの一歩―いや二,三歩後ろを歩きながら、不機嫌MAXなその背中を怯えるように見つめる。
一番最悪な状況をクラウドに見られてしまった。終わりだ。もうどんな言い訳もきかなそうだ。クラウドは厭きれている。勘違いしてる。もう、自分の事なんて大嫌いなはず。…いや、もとから好きではなかったかもしれない。自分はいつも迷惑ばかりかける問題児だったから。
今だってそうだ。関わるなと言われた直後に思いっきり関わってしまった。そしてあんな場違いな事になってしまった。今まで自分に向かって何回ため息をついただろう、数え切れない。もしかしたらもう仲間としても必要とされていないかもしれない。寧ろもうタークスに戻れと言われてしまったらどうしよう。…どうしよう。
そして必死に言い訳を考えた。無駄だとわかっていても言い訳を考えた。自分は連れ去られたのだ。そして抵抗も虚しく体の動きを封じられた。自分の力じゃレノに敵わない。それはクラウドもわかっているはず。キ、キスだって不本意だ。不意打ちだ。違う。違うんだクラウド――
「……」
…言い訳を考える中、自分は果たして何に対して言い訳を考えているのかわからなくなってきた。最初はタークスに馴れ合っている事を否定したかった筈。しかし今はどう考えたって自分はレノに気がない事をアピールする言い訳ばかり浮かべている気がする。…違う。趣旨が違う。根本的に趣旨が違う。そんな事クラウドにとってはどっちだっていいのだ。いやそりゃ確かにそれも否定したい事はしたい。だが最も大事なのは自分がタークスとは繋がってない事を証明することである。…あービックリした。そう考えたらどっと気が抜けるのを感じた。
…そうだ。全てはアイツのせいだ。あの変態チャラ赤毛のせいだ。自分は何も悪くない。何であんな事したんだ。人の気も知らないで。最低。もうどっか行ってしまえ。クラウドと気まずい関係になる、それだけは避けたかったのに。なんかすげー腹が立ってきた。あ、イライラする。シンバ、イライラする。
「……」
シンバは決心したようにその背中を見直したが、…しかし、今は何を言ってもクラウドは聞いてくれない気がした。気まずさMAXだが、弁明は後にしてとにかく今はユフィ奪還に専念しよう。シンバは頭をブンブンと振って思考を切り替える事にした。
***
…一方。忘れ去られていたユフィとイリーナはダチャオ像の顔の両目にそれぞれ貼り付けられていた。
なんて悪趣味。これが神聖なる像であったならば絶対バチが当たるだろう。
「は〜な〜せ〜よ〜!!」
「ほひ〜!いいの〜〜!新たな趣味になりそうじゃの〜!どっちのおなごにしようかな〜!?ほひ〜!」
「あ、あんた!!私はタークスよ!?こんな事して済むと思ってんの!?」
「この子かな〜!?」
「あ〜ッ!!こんなことなら縄抜けの修行マジにやっとくんだった〜!!」
「それともこの子かな〜?」
相変わらず一人ハイテンションなコルネオと、必死で逃げようと試みる二人の温度差はひどいモノで、
「ほひ〜!!決めた決〜めた!!今夜の相手は…」
コルネオがいつかと同じように、獲物の前を行ったり来たり小刻みに走り出し、
「この元気そうなおなごだ!!!」
…そうしてターゲットになったのは、ユフィ。
「ゲゲッ!!ざけんなジジイ〜!!マテリアも持ってないくせによ!!」
そこか。若干、いや大分論点がずれているぞユフィ。
「ほひ〜!!その拒む仕草がういの〜、ウブいの〜――!!」
「――そこまでだ!!」
お楽しみの最中悪いんだが、という断りもなく、コルネオの声を掻き消した第三者の声。その声に反応してそこにいた全員がその方へ顔を向ける。
「ゲッ!クラウド…」
あからさまに嫌そうな顔をしたのは紛れもなくユフィ。今や彼女にとってクラウドは救世主とは言い難い部類に入る。このまま連れ去られても助かっても、どちらにしろ状況は最悪だなとユフィは悟った。
「ほひひ、久しぶりだな…」
「忘れたとは言わせないぞ」
「このど変態が」
「――…こりない人ね。こんなマネして」
そこへ、追いついたティファとシドも加勢する。もはやコルネオは四面楚歌。
「だまらっしゃ〜い!!あれから俺がどんなに苦労したかお前らにはわかるまい……そう、話せば長くなるけど――」
「黙れハゲ」
「早く二人を降ろせ」
「「……??」」
ティファとシドはクラウドとシンバのただならぬ雰囲気を感じ取っていた。この二人なんだか様子がおかしい。何故かどちらもイライラしている気がする。なんだなんだ。ケンカでもしたのだろうか。あの短期間に一体何があったのだろうか。
しかし今はそんな事聞いている暇はないので、二人はその疑問を心にしまっておく事にした。
「ほひ…お前らはいつも本気だな。…俺もふざけてる場合じゃねえな」
コルネオの第二人格が姿を現した。これはきっとまた何かあるに違いない。
「あの時は俺の可愛いアプスをよくも殺ってくれたな…これ以上俺の嫁探しの邪魔をさせんためにも俺の新しいペットと遊んでもらうぜ!!」
「アンタに嫁なんか一生こおへんわ!!」
「ラプス!カムヒア!!」「こい!バハムート!!」
二人の声がかぶった。シンバはここでバハムートを呼ぶ事を心に決めていた。くるかどうかはわからなかったが(ヲイ)、誰かさんのせいでマテリアがない為ここでの戦いは苦戦する事が目に見えていたからだ。それなら最初から呼んで片付けてもらったほうが早い。それにクラウド達の手を煩わせる事もない。…というより、クラウドへの弁明のつもりだった。
そして今日はついていた。というより出て来なかったらどんだけ今日の運勢悪いんだって話だ。それにあんなにかっこよく呼んでおいてこなかったら自分かっこ悪すぎる。もう好い加減ドキドキさせるのはやめて欲しい。
「キュアアアアア――!!!」
バハムートはシンバのイライラを現すかのようにラプスを滅多刺しにしていた。それを見るコルネオの顔が引きつっている。
ティファとクラウドは久しぶりに見たという感じでバハムートを見ており、シドはアイツすげーペット引き連れてるなといささか驚いていた。
「――アンタのペットなんかウチのペットに及ばへんわ」
もはやペット扱い。あっけなくラプスをあの世へ送ったバハムートは、シンバの隣に舞い降りてきた。
「ちょ、…ちょっと待った!!!」
「黙れ」
「すぐ終わるから聞いてくれ。俺たちみたいな悪党がこうやってプライドを捨ててまで命乞いするのはどんな時だと思う?…1、死を覚悟した時。2、勝利を確信している時。3、なにがなんだかわからない時」
出ました、クイズ・コルネオ。全員が真剣に考え出している。皆クイズ大好きか。
「3や!3!!」
「ほひ〜!おっし〜!!」
コルネオはポケットから何やらスイッチのようなものを取り出し、そして躊躇なくそのボタンを押した。すると吊るされていたユフィとイリーナの視界が逆転。二人は逆さまの宙ぶらりんにされてしまったのである。
「キャアー!!」
「あ、頭に血が登る〜!!!」
シンバは何故か自身の頭を抑えていた。見ているこっちまで血が登ってきそうだった。
「こっちのスイッチを押すとこのまま下に真っ逆さま!潰れたトマトの出来上がり〜!!」
「悪趣味!!」
「卑怯者!!」
口ではいくらでも罵倒出来るが、どうする事もできなかった。それは爆弾を抱えた犯人と対峙する警察官な気分。
「ほっひっひっひ!!最後に笑うのは俺だったな――!!」
「――いや…俺たちだ、と」
「「!!」」
その声に全員が振り返る。そこには、シンバとクラウドのイライラの元凶が立っていた。
「た、タークス!!」
「お前が俺たちの秘密を漏らした時から決まってたんだ…お前は俺たちの手で葬り去られるってな」
コルネオの顔がまた引きつった。
「え、ええ〜い!!こうなったら道連れ…――ぐぁ!?」
コルネオが高々とスイッチを掲げた瞬間、コルネオの手に何かが当たりその手元からスイッチが落ちた。と同時にその衝撃でコルネオは怯み、足を滑らせ崖から落ちそうになっていて。
…一瞬なにが起こったかわからなかったが、何かが飛んできた方を見やれば…幾分遠いところにルードの姿が。
「いいタイミングだぜ、ルード!」
ルードは返事をする代わりにサングラスをクイッと上げる。…ルードが投げたのは、小石だった。なんという命中率。シンバは尊敬の眼差しをルードに向けた。
「さーてコルネオさんよ。すぐ終わるから聞いてくれ、と」
レノがコルネオの元へ足を進める。
「俺たちがヤツらと組んでまで貴様を追い詰めるのは何故だと思う?…1、死を覚悟した時。2、勝利を確信している時。3、なにがなんだかわからない時」
「2…2番ですか?」
「…どれも不正解、と」
レノは、崖とコルネオの唯一の繋ぎ目であるその手を踏みつけた。そしてジリジリとコルネオを追い込んでいく。
「や、やめ…!!」
そして次の瞬間、コルネオの悲痛な声が聞こえた。シンバは見ていられなくなってティファの後ろに隠れ耳を塞いだ。いくらコルネオの事が大嫌いでも、コルネオがトラウマであっても、人が死んでいくのは見たくなかったから。
「…正解は、と」
「…仕事だからだ」
何時の間にかシンバ達の後ろにはルード。今度は瞬間移動ですか。
「あ、ありがとうございます先輩…!まさか、助けに来てくれるなんて…」
「イリーナ…甘えるなよ、と。お前もタークスの一員なんだぜ?」
レノはイリーナを見やり、そして笑って見せる。イリーナはその顔に安堵し、いささか目を潤ませていた。それはそれは先輩後輩のいいワンシーンとなった。
「シンバ、お前どえらいペット飼ってんじゃねえか!」
「あははは…それほどでも」
「でも助かったわ。マテリアも無かったからね。ねえクラウド?」
何でクラウドにふるんだ。シンバはティファに焦った顔を向け、すぐにその人へと視線をずらす。
「あぁ…そうだな」
クラウドはそうとしか言わなかった。…あぁ、怖い。まだ怒っているようだ。シンバはまた、頭を抱える事となった。
「――…どうでもいいけどお〜ろ〜し〜て〜!!!!」
…忘れてた。
「もう懲りたか?」
「懲りた!!懲りた懲りた!!」
「ユフィ…ウチはお前を一生許さん!!」
「ッ何で!?シンバ!?」
「反省の意味をこめてもうちょっとあのままでもいいんじゃない?」
ティファが恐ろしい事を言う。それを聞いたユフィの真っ赤な顔が青ざめていく。
「…そうだな」
クラウドがそれにのった。
「待って!!許して!!もうしないから!!なんでも言う事聞くから〜〜〜〜!!」
それからユフィは、コルネオよりもキツイ拷問を食らう事になった。