44 under the influence of alcohol



ユフィの事件がひと段落し、迷惑をかけたお礼にと(いうものの自身はお金一切だしてない)ウータイ唯一の飲み屋―亀道楽で飲み会が開かれる事となった。

ニブルへイムを抜けてからというものたいした休息をとってなかった事もあり、誰もそれには反対せず寧ろ飲み明かそうぜと学生並みのテンションとなってしまっていた。開催した本人は未成年ではないのかと思ったが、こちらの世界では15歳から酒が飲めるらしい。…なんて都合のいい設定だ。

タークスの連中はあの後すぐに別の街に移動したので丁度よかったとシンバは思う。というよりいなくていい。頭の中で先刻のレノとのやりとりが何度も何度も再生されては恥ずかしくなったり怒りが湧いてきたりと忙しくて仕方がないのだ。


「酒なんて久しぶりだぜ!」


しかし最もシンバを悩ませていたのは、その後の出来事だった。

レノとクラウドの冷戦。クラウドがあれ程までに怒ったところを見た事があっただろうか。ユフィの一件が終わった後もクラウドはまだ怒っているようで、二人はまともな会話をあれから一切していない。気まずさMAXのまま―いや気まずいと感じているのは自分だけかもしれないが、変な勘ぐりが働いてしまってクラウドに近づけずに今に至る。…THE被害妄想である。

しかしクラウドの怒りがごもっともである事もわかっているつもりだ。関わるなと言われてバッチリ関わった自分が悪い。しかしあれは不可抗力ではないのかという言い訳も忘れない。全てはレノのせいだ。自分は被害者である。自分はレノとなんの関係もないのだ。関わろうとも思っていない。自分は無実だ。あんなの不本意だ。レノの事だって好きじゃない。…あれ。またここにたどり着いてしまった。何でそんな言い訳が出てくるんだ。おかしい。おかしいぞ自分――


「はーいではでは!ユフィちゃんの旅への復帰を祝って――」

「なんだよそれ!」

「カンパーイ!」


そんなシンバの気持ちを知る由も無く、飲み会は始まってしまった。
ブンブンと頭を振って今までの思考をゼロに戻す。…もうこうなったらヤケ酒だ。今日は無礼講だ。どうにでもなってしまえ。とシンバは自暴自棄になり始めていた。



*



シド、バレットの親父組はそれはまあ呑むわ呑むわでどんどん酒瓶を空けていった。静かに呑んでくれればいいもののこの親父達酒癖が悪いのかどんどんこちらにまで呑ませてくる。ノリが若いよお二人さん。自分より若いんじゃないのかお二人さん。
しかしそんなシンバもノリでは負けていない。親父達と束になってエアリスやティファに絡んでいく。…いや、自分がオッサンなのかもしれない。

クラウドはというとヴィンセントと隅っこで静かに呑んでいた。なんだこのイケメンツーショット。親父達よりもこっちと呑む方が俄然いいに決まっているが、しかし被害妄想という壁のせいでクラウドに近づく事すら出来ないでいた。

そんなイケメンツーショットを決める当の本人―クラウドは、シンバに避けられている事をヒシヒシと感じ取っていた。何か悪いことしただろうか。明らかにダチャオ像辺りからシンバの様子がおかしい。レノとの間を邪魔された事を怒っているのだろうか。シンバはレノの事が好きなのだろうか。やっぱりそうなのだろうか。…と考えれば考えるほど浮かんでくるのは悪い事ばかりで、


「悩んでいる。…そうだろう?」

「!」


ヴィンセントにそう問われ、自分の心の中を見透かされたような気がしたクラウドは何だか悔しくてとぼけてみせるも、それは無駄な抵抗となってしまった。エアリスならまだしもヴィンセントにまでバレていたなんて。どんなけ顔に出ているんだ自分。


「…クラウドも大変だな」


他人事か。結局他人事か。どうせなら何か的確なアドバイスをくれ。クラウドは深く溜息をつきグラスの中の酒を飲み干し、そしてその元凶にチラリと目を向ける。
シンバはシドとバレットに挟まれ、余計に小さく見える身体のどこにそんなに入っていくんだと思うほどに飯を食っていた。飯だけでなくそれなりに酒も呑んでいるようであるが、アイツの胃袋は宇宙か。それにとっても楽しそうに笑っている。こっちの気も知らないでそんな笑顔見せないで欲しい。シドとバレットが羨ましい。ていうかやっぱりアイツ可愛い。あぁもうダメだ。どうしてしまったんだ自分。クラウドは額を抑えた。

…すると、どんどん凹んでいくクラウドに気付いたのか、今クラウドが最も隣に来て欲しくない人物がやって来てしまった。


「やだ、クラウドちゃん。どうしたの?」


エアリスだ。腹黒エアリスちゃんが来てしまった。これはもう逃げられない。
それからクラウドは、拷問という名のエアリスの質問攻めにあう事となった――



*



一方。シンバはシドとバレットという親父の間で二人を接客するホステス役となってしまっていた。何で自分がオッサン二人に挟まれねばならんのだ。こういうのはスタイルも良くて美人なティファの役目ではないのか。それにしてもこの両端の二人どんなに呑んでも態度が変わらないのが怖い。この二人こそ胃袋が宇宙である。
言うまでもないがユフィはとっくの昔に潰れてしまっていた。シンバの前に親父狩りにあっていたのだ(意味違)。そしてきっと次の標的は自分。だからこうして挟まれているのだ。ああ怖い。

クラウドがシンバを見た後、タイミング良くか悪くか、シンバもチラリとクラウドに目を向けていた。そこにはエアリスと話すクラウドの姿があり、それを見てシンバはやっぱりクラウドはエアリスが好きなのかとこれまた頓珍漢な勘違いをしてしまっていた。そして凹む自分がそこにいる。…いやいやなんで凹むのだ。ブンブンと頭を振ってその思考から逃れようとした、


「うかない顔ね、シンバ」


その時。バレットを押しのけてシンバの隣へと席を移してきたのは、ティファ。驚きの目を向けたが、悟られない様にその表情を元に戻す。…なんでわかるんだ。ティファはエスパーか。このパーティーにエスパーな人多くないか。


「わかるわよ。シンバすぐ顔に出るもん」


これまたエスパーか。全てを見透かされているような気がしてシンバはなんだか恥ずかしくなった。


「クラウドと何かあったんでしょ?」


これまたいきなり核心をつくなこの女は。


「それ俺も聞こうと思ってたんだよ!」


すると隣のシドが勢いよく身を乗り出して来た。また厄介な人物が話しに加わってしまったなおい。


「ダチャオ像で何かあったの?」

「クラウドに襲われたか?」

「は!?」


シドのとんでもない発言にあからさまに反応してしまった。…あながち間違ってはいないからだ。


「…そうなの?」

「っちゃう!ちゃうちゃう!!クラウドやない!!」

「…クラウドじゃ、ない?」


――やべ!!


バッと両手で自分の口を抑える。なんて馬鹿なんだろう自分。


「…はあ〜〜!あの赤毛の兄ちゃんか!やるなぁ〜アイツ!!」

「レノが!?…あぁ、だからクラウド――」

「っちゃう!!ちゃうちゃう!!ストップストーーップ!!」

「で?シンバはどっちをとるんだ?」

「っ、…え?」


どっちってどっちだ。もう片方の人物がサッパリ浮かんでこない。ヴィンセントか。まさかルードじゃないだろうな。


「シンバはクラウドの事どう思ってるの?」

「…なんでそこでクラウド?」

「クラウド、すごく焦ったような顔をしてシンバの事探しに行ったのよ?」

「…そうなん?」

「あぁ。…あぁ!なるほどな。やっとそれの意味がわかったぜ」


待て待て。二人で勝手に話を進めるでない。シンバはまた昼間の出来事を思い出すハメになり、いささか嫌な表情を露わにしていた。


「何があったの?」

「……クラウド、怒っとる」

「何を?」

「ウチとレノの事、勘違いしてんねん」

「…そりゃぁするんじゃねえか?」

「でもやで?ウチは全然っなーんとも思ってへんのやで?でもなんかタイミングが悪いっていうかなんていうか、」

「う〜ん?」

「それにレノあいついらん事ばっか言うやろ!?余計クラウド勘違いしてしまうねん。…困ってんねん」


シンバは自分がタークスと繋がっているとクラウドが勘違いしている事を話しているつもりだが、この時ティファとシドはシンバがレノの事を好きだとクラウドが勘違いしているという風に解釈している。話が噛み合いすぎて、内容に些か―いや大分誤差がある事に誰も気づいていない。


「…シンバはさ、どうしたいの?」

「どうって?」

「クラウドとの事」

「そら誤解解きたいわさ!」

「ちゃんと言えばいいじゃねえか」

「あんな不機嫌MAXやのに弁明できたと思います?」

「…そうね。絶対クラウド話聞かないわね」

「やろ?もう最初っからやねん!!ウチはタークスに未練なんかないっちゅーに!!」

「タークスじゃなくて、レノだろ?」

「…何でレノ?」

「だって、レノでしょ?」

「何が?」

「お前さっき自分で言ったじゃねえか!クラウドが自分とレノの事勘違いしてるって!」


それじゃまた自分がレノの事を好きだとクラウドに勘違いされているのが嫌だという昼間と飲み会前の思考と同じ話になっているではないか。結局またここに帰ってくるのか。っていうかどうやって帰ってきたんだ。ちょっと待て。おかしい。話がどっからかおかしい。


「え、待った。待った待った。……今何の話?」

「シンバとレノが出来ちゃってるってクラウドが勘違いしてて、シンバはクラウドにそう思って欲しくないって話」

「…何でそうなったん!?」

「いや知るかよ」

「違うの?」

「っちゃう!!全然ちゃう!!」

「じゃあ何の話なんだよ?!」

「ウチとタークスが繋がってるってクラウドが勘違いしてるって話!!」

「「はぁ!?」」


二人の声が店に響き渡った。そこにいた全員が三人に視線を送り、一瞬シンと部屋が静まり返る。注目を浴びたシンバは笑って皆に気にしないでと笑顔を向けておいたが、


「なにそれ!?そんな事で悩んでたの!?」

「そんな事って…結構大事やろ!!今後の旅に関わる重大な事やろ!?」

「っ違う違う!そういう意味じゃなくて!!…シンバ、本気でそう思ってるの?って話!」

「…どゆこと?!」

「つうかよ。お前さっきの話じゃ俺達が勘違いしてもおかしくねえぞ」

「え?」

「…確かにね。だって現にそう捉えちゃってたし」

「どこらへんが?」

「レノの事なんとも思ってないってクラウドにわかって欲しいって事は、そういう事でしょ?」

「…、そうなる?」

「なるなる。シンバはクラウドの事が好きなのね」

「…嘘や!」

「嘘じゃないわよ。私てっきりそうだって思ってたわよ?」

「…何で!?」

「シンバ、いっつもクラウドの後ついていくじゃない?」


…確かに。そうかもしれない。何かとクラウドと一緒にいる率が高かった気がする。
けどそれはあれだ。イベント事に関わりたかったから自然とリーダー―クラウドと一緒になってしまうだけの事だ。違う。そういうんじゃない。


「クラウドといるとすごく楽しそうだったし」


…確かに。そうかもしれない。クラウドとパーティを組むとなるとすごく嬉しかった気がする。クラウドが自分に絡んでくれてもすごく嬉しかった気もする。隣にクラウドがいるだけで、テンション高かった気がする。
けどそれはあれだ。自分のボケにクラウドがつっこんでくれるからだ。芸人はボケとツッコミがいて成り立つのだ。うん、違う。そういうんじゃない。


「クラウドにすごく頼ってたしね」


…確かに。そうかもしれない。コレルの橋を渡る時も、コレルプリズンでも、コスモキャニオンでも、ウータイでも、クラウドを頼りにしていた。一番にクラウドに頼っていた。
けどそれはあれだ。クラウドが自分を何だかんだで守ってくれたからだ。違う違う。そういうんじゃない。


「それに顔に思いっきり書いてあるわよ?」


…確かに。そうかもしれない。って違う。ちょっと待て。いつそんなの書いたんだ。シンバは自身の頬を覆った。


「…おめえはわかりやすいな」

「…ちゃう。ちゃうちゃうちゃうーーー!!」


シンバは全力で否定した。
何度もクラウドにはキュンキュンした。それは事実だ。ツンデレ加減に何度もやられた。それも事実だ。コスモキャニオンでクラウドにそばにいて欲しいと思った。でもあれは、心細かったからだ。確かにレノとの事は勘違いして欲しくはない。それは、変な隔たりを作って欲しくないからだ。好きじゃない。おそらく好きじゃない。多分好きじゃない。好きじゃ、ない――

…否。好きになってはいけない。そうだ。クラウドは好きになってはいけない対象だ。うんうん。そうそう。だから、好きじゃない。THE自己解決。


「……ティファは?」


何を思ってそう聞いたのかはわからない。自分ばかりが迫られているのが悔しかったのか。クラウドの事を好きになってはいけない原因がティファだからか。その気持ちを確かめておきたかったからなのか。


「私?私がクラウドの事好きって?…なんで?」

「え!?好きちゃうの!?好きやろ!?」


いやむしろ好きだと言ってくれないと全国のみんさんがガッカリするよ!とは言えないものの、ティファの口からその言葉が出るのを待っていたが。


「…最初はね、そうだと思ってた」

「最初?」

「うん…でもね、なんか違うのよね」

「なんだそりゃ?」

「なんそれ!?えー!?」


シンバはどっと気が抜けるのを感じた。そして、なんだか一気に酔った気がした。


「何でなん!?何でなん!?」

「シンバとクラウドが一緒にいるのを見て、普通好きなら嫉妬するでしょ?」

「まぁ、普通はそうだろうな」

「でも、なんとも思わないの。…むしろ微笑ましくて、見守っていたいっていうか…」


…お母さん。ティファはお母さんですか。シンバは頭を抱えた。


「なんやほれ〜!!」

「何?安心した?」

「…安心?何でウチが?」


そう言う割に心の中のモヤが一つスッキリしていることに気づく。確かに安心したのかもしれない。ガッカリ3割、安心7割かもしれない。ってことは自分はやっぱりクラウドの事が好きなのか。そうなのか。いや、わからない。酔っているからわからない。…って事にしておく。


「私に遠慮してたの?」

「いや、そうやないです。…っつうかウチクラウドの事好きじゃねーし!!」

「もう意地貼らないの」


ほら飲め。とティファは酒を目の前に差し出す。…ティファも親父狩りの仲間だったのか。はめられた。シンバは勧められるままに酒を飲み干した。


「素直じゃないわね、シンバもクラウドも」

「…何でそこでクラウドが出てくんの?」


話の内容にクラウド率が高すぎないか。今クラウドたくさんクシャミしていないだろうか。シンバは心配になってクラウドに目を向けた。

そんな中、シドとティファは些かシンバに呆れ返っていた。こんなにクラウドの話題をシンバに振っているのに当の本人はこれっぽっちもわかっていない。自分の気持ちにも、クラウドの気持ちにも全然気づいていない。クラウドなんて周りから見てもものすごく分かりやすい行動を起こしすぎてるというのに。仲間になって間もないシドでさえそれに気づいているというのに。それをこの女はタークスと繋がっていると勘違いしていると勘違いする始末。…この天然鈍感娘が。


「まったく二人して鈍いなんてどうかしてるぜ!!」


ちょっと待て。どういう事だ。それはブラ◯ヨのネタだぞシド。…って違う。もはやシンバの頭は酒の飲み過ぎで思考が上手く回転しなかった。今が一番の回転時だっていうのに。


「私が言うのもなんだから言わないけど。ちゃんと本人から聞くのね」


なんだかティファが怒っているように見えるのは気のせいだろうか。もう頭がグルグルしていて、シンバはもう何がなんだかわからなくなってきていた。


「――シンバ!」


そうしてキョトンとしていると、エアリスに名前を呼ばれた。振り返るとエアリスが自分を手招きしており、その横でクラウドがユフィをおんぶしている。…一体どういう状況なんだ。


「クラウドと一緒にユフィを送ってって欲しいの!」

「は!?何でウチが!?」

「クラウドが酔ったユフィちゃんを襲わないように見張ってて欲しいの!」


それなら自分が行けや。…なんて死んでも言えない。クラウドにいたっては誰がこんなやつ襲うかと小さく呟いている。なんだかユフィが哀れだ。


「行くのよ、シンバ」


エアリスの声にものすごい威圧感を感じたシンバは、すんなり従う事に決めた。
しかし気まずい。昼間の出来事プラス先ほどティファに言われた自分の気持ちが気がかりだ。…そうか。これは罠だ。仕組まれた罠だ。シンバはエアリスとティファを交互に見やった。案の定二人とも満面の笑みである。やられた。はめられた。

シンバはまた、一気に酔いが回った気がした。



*



仕方なくユフィを背負ったクラウドと亀道楽を後にする。

ユフィの家までは少し距離がある。昼間と打って変わって静寂な街の中を、シンバとクラウドも静かに、お互い黙ったままトボトボと歩いていた。
…あぁ、何でこんな事になってしまったのだろう。気まずすぎてシンバはなんだか泣きそうになっていた。


「…大丈夫か?」


しかしその静寂を打ち破ったのは、クラウド。


「へ?」

「大分飲んでいただろう?」

「あぁ、うん。オッさん二人に付き合わされてたからね」

「アイツらはよく飲むからな」

「はは、酒豪やんなぁ〜」


お互い探り探りだったが、たわいもない話を繰り返しているうちにシンバはクラウドに感じていた気まずさなど忘れてしまっていた。そしてクラウドも、いつも通り接してくれるようになったシンバに安心を覚えていた。



ユフィをなんとか家まで送り届けた二人は、帰り道もゆっくりとした足取りで帰る。

シンバはかなり酔いが回ってきたらしくフラフラとおぼつかない足取りになっていた。そんな危なっかしいシンバを見兼ねて、クラウドがそっとその手を握る。それに驚いたシンバはクラウドに目を向けたが、彼はまっすぐ前を見たまま自分を見ようとはしない。…なんか前もこんな事あったなと思ってすぐ、シンバは頬が熱くなるのを感じた。


「……」


一歩前を歩くクラウドの後ろ姿を見つめる。瞬間、ティファの言葉が頭の中で走馬灯のように流れていく。…聞くなら今しかない。そう思った。というかもう思考回路がおかしくなっていた。当たって砕けろ。酔った勢いにまかせろ。シンバは意を決して口を開いた。


「クラウド」

「…なんだ」

「クラウドはさ、」

「?」

「…ウチの事、疑っとるの?」

「……は?」


クラウドがピタリと足を止めシンバを振り返った。シンバと目があったのは一瞬で、すぐにそれは逸らされてしまったが。


「…だって、クラウド」


そこまで言ってシンバは言葉を止めた。言葉よりも先に涙が溢れてしまったからだ。
突然泣き出したシンバに驚いたクラウドは慌ててしまっていた。何があったのだろうか。自分が泣かせてしまったのだろうか。何でだ。一体何をしたというのだ。


「…シンバ、座ろうか」


とりあえず落ち着け。クラウドは川岸にシンバを座らせ自身もその横に腰掛けた。
一向に泣き止まないシンバ。クラウドはポンポンとその頭を撫でてやる。

しばらくして落ち着いてきたシンバは、先ほどの続きを話し始めた。


「クラウド、なんか…怒っとるもん」


怒ってる。俺が。何を。…いや、確かに怒っていたかもしれない。心当たりは何個かあった。それにはいくつか―いや全てレノが関わっていたはずだ。


「ウチがタークスとまだ繋がってるって…未練あるんやと思ってるんやろ?」

「…は?」


なんでそうなる。なにを言い出すんだこの女は。そんな事はこれっぽっちも思った事はない。なんでそうなる。え、なんでそうなる。どこをどうとればそんな考えにたどり着くのか逆にこっちが聞きたいくらいだった。


「…レノとおったら、クラウドすごい怒っとるもん」

「それは…」


だから妬いているからだっつの。しかしクラウドは言えなかった。
先ほどエアリスから拷問を受けていた時も何度もGOサインを出されていたが、自分では確信がない。言っていいものか。というか言えない。そんな勇気自分にはないのが一番の理由である。


「ちゃうねん。ウチ、レノの事なんか好きちゃうねん」

「っ…?」


あれ。何を言い出しているんだ自分。違う。そんな事言うつもりじゃなかった。違う。そうじゃない。クラウドに勘違いして欲しくないのは、


「ちゃうねん。ウチが言いたいのはこんな事ちゃう…はずやねん。なんでやろ?なんでかな?」


いや聞くな。一人自問自答し始めてしまったシンバ。クラウドは何を言えばよいか分からなくてそのまま黙っていた。


「勘違いして欲しくなかったん。…うん。ウチはタークスに戻りたいって思った事ないねん。レノと一緒におりたいんやなくって、」


クラウドと一緒にいたい。…そう言いそうになってシンバは口を閉ざした。違う。クラウド一人じゃない。クラウド達だ。違う。違う違う。違う――

しかし、クラウドにはそれで十分で。その言葉が、クラウドの背中を押した。


「ウチは、ウチ……クラウ――!?」


シンバが言葉に詰まっていると、グイっとその腕を引かれた。ビックリしてその方を見ようとしたら目に飛び込んで来たのは金色で。
気づけば自分は、クラウドに抱きしめられていた。


「…シンバ。お前は本当に馬鹿だ」


何を言い出すかと思えばそんな事。今更そんな分かり切った事(自覚あるのか)言わなくてもいいじゃないか。シンバは少しムッとしたが、この状況が全ての気持ちを無にしてしまう。
嫌じゃなかった。むしろ嬉しかった。自分は今ドキドキしている。今までに感じてきたように、クラウドにドキドキしている――

実際クラウドもこの状況に自分で驚いていた。咄嗟にシンバの腕を引いてしまった。もごついているシンバが可愛くて勢いで抱きしめてしまった。変な勘違いを起こしているシンバが馬鹿可愛い。それにレノに気が無い事がわかって安心したのかもしれない。
…もう、言うしかない。当たって砕けろ。酔いに任せろ。とクラウドもシンバとまったく同じ事を考えていた。


「シンバ、覚えてるか――?」


そうしてクラウドはシンバと会った時の事を話だした。思い出のように語られていくそれに、懐かしさを心に浸す。
クラウドの一定の声色と抱きしめられているその温もりが心地よくなってきたシンバは、耳元で囁く様な声にうっとりしつつそっと目を閉じた。


「お前がレノやルーファウスに関わってると、何だか心が落ち着かなかった。すごいイライラしてた」

「うん」

「どうしてそんな気持ちになるのか、最初はわからなかったんだ」

「うん…」

「でも、」


クラウドはシンバを抱きしめる腕に力を込めた。


「今は、わかる。…俺は、俺はお前の事が」


好きなのかもしれない――

…おい。かもしれないって何だ。途中で恥ずかしくなって助動詞を入れてしまった。不覚。
けれどクラウドに後悔はなかった。シンバが好きだ。それが真実。レノにも、ルーファウスにも、セフィロスにも、誰にも渡さない。渡したくない――


「……」


クラウドはシンバの返事を待った。彼女の反応がすごく気になったが、しかし一向に彼女は何も言わないしピクリとも動かない。
次第にクラウドの心に焦りが出始める。やっぱり言わなければよかったか。というより何で何も反応してくれないんだコイツは。こんなに俺が頑張っているのに。

しびれを切らし腕の中にいるシンバの顔を覗き込んだが、…その瞬間。クラウドはガクリと音がしそうなくらい肩を落とした。


「…寝てる――」


規則正しく上下する胸。幸せそうなその寝顔。クラウドは思い切り自身の頭を掻いた。自分の決意がぶち壊されたようでなんだかいたたまれなくなって、


「勘弁してくれ…」


俺も泣いていいか。っていうか泣かせてくれ。


クラウドの嘆きは、ウータイの静かな夜に溶けていった。



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