46 be conscious of one's own mind



コンコンッ――

ベッドに寝転がり、ボーっとしていた時。小さくノックが鳴った。部屋に入って幾分か経つが、今更誰だろうと予想しながらゆっくり扉に近づく。
最初はユフィが戻って来たのだろうかと思ったが、アイツはノックなんかしないはずだ。ましてやヴィンセントやバレットなんてこない。シドに至ってはロビーで既に寝ていた。そうなるとティファかエアリスか。そういえば今頃どちらかはクラウドとデートに――


「――クラウド…!?」


そこには予想だにしていなかった人物。ドクドクと大きく鼓動が鳴る。今さっきデートに出かけていると思っていた人物が、どうしてこんなところに来る。

一体どういう事だろうと疑問を浮かべてクラウドを見ていると、そんな表情に気づいて何か言おうとした彼はしかし特にこれといって理由がないのか一行に口を開かなかった。…なんだこの沈黙は。そういやウータイのあの出来事からロクにクラウドと話していなかったなと思いつつ、しかしそれを思い出してシンバは何だか恥ずかしくなって、


「…今、いいか?」


しかしその時、ようやくクラウドが口を開いた。


「え?…うん?ええけど?」


言葉にも疑問を浮かべながら、外で話そうかというクラウドの後について行く。…この流れは、イコールそういう事になるのだろうか。何故だ。ティファもエアリスもクラウドを誘わなかったのだろうか。だからといってクラウドが自分を誘う事はおかしくないか。なんだろう。そしてとてもドキドキしてしまう自分がそこにいる。

そうして歩みを進めていくと、ロビーでユフィとレッドに会った。ユフィに振り回されたのであろう、レッドはもうダメといった感じでロビーに伏せている。
ユフィにデートに行くのかと聞かれ恥ずかしくなったシンバは、笑って散歩だと訂正しておいた。



*



夜のゴールドソーサはそれはそれは煌びやかだった。暗い空も、ここの光のせいで明るく見える。昼間に比べれば人の数は減ってはいるが、家族連れよりもカップルの割合が高くなっている。やはり遊園地と言えばデートスポット、みなさんラブラブですねえとシンバは一組一組のカップルを凝視してはいろいろと観察を繰り返していたが、


「…なぁ、クラウド?」


しかし、それを見てはやはり浮かぶはあの疑問。


「なんだ?」

「ティファとかエアリスに誘われへんかったん?」

「…何でだ?」


何でって。理由はあるけれども明確に言う事が出来ない。


「いやぁ〜…みなさんそんなお年頃かなぁ〜って」


…どんな理由だ。我ながら馬鹿馬鹿しい。お年頃って自分もそんなに変わらないじゃないか。


「二人とも寝ているんじゃないか?」


まともな返事をありがとうクラウド。そういやウータイで朝まで飲んでいたらしいから疲れが来たのだろう。デートどころじゃなかったのかもしれないとシンバは思った。


「…じゃあ、何でウチ?」

「…シンバの様子がおかしかったから。…気になってな」


げ。またまたばれてしまっているではないか。またクラウドに気を遣わせてしまった。学習能力ゼロかと、自身の頭をポリポリと掻く。


「ユフィと遊びに行かなかったじゃないか」


…そこか。やっぱりそこか。どうして自分はユフィと同類なのだろうか。結構年の差あると思んですけど。


「…ウチかてゆっくりしたい時あるんやで?」

「いや…なんだか塞ぎ込んでいたように見えたから」


一体どんな顔をしていたんだろう自分はと後悔するも、しかし結果的にばれてしまっていた事には変わりはない。表情にもっと気を遣おう。シンバはパンパンと頬を軽く叩いて気を引き締めておいた。


「なんもないよ!……あ!クレープ!!クレープ食べたい!!」


話を切り替えるようにクレープ屋を見つけ、一目散に走る。とにかくクラウドには元気な自分を見せておかないと。クラウドといる時には笑っていたい。だってせっかくクラウドと一緒にいるんだし。…って違う。なんでそうなる。
しかしクラウドがそんな自分に気づいてくれているのは嬉しかった。今までも実際そうだったのかもしれない。ウータイ以来、クラウドに対する自分の気持ちが変わった気がした。


「せっかくやしグル〜っとしよか!そういやこの前ケット・シーに捕まってしもてどっこも回れへんかったからなぁ〜」

「…そうだな」


もとい、クラウドはそのつもりだった。シンバに元気を取り戻して欲しかったから誘ったのだが、…実際誘うまでに至った過程にあの二人の姑が絡んでいるという事は死んでも言えない。


「……」


隣でクレープをこれでもかと口に頬張るシンバに目を向ける。おいしそうにそれを食べ、幸せそうな顔をしている。…まったく可愛い奴め。クラウドは自然と頬が緩むのを感じた。
はたから見れば自分たちはどういう風に見えるのだろう。他のカップルのように恋人同士に見えるだろうか。そう考えてまた顔がニヤケていくのを感じたクラウドは、気を引き締め直すように一つ咳払いをした。



*



それから二人はワンダースクエアにやってきた。そこは今の時代となんら変わらないゲームセンターの雰囲気を醸し出していて、シンバは珍しものを見るかのように辺りをキョロキョロと見回す。


「わーすごー!…あ!UFOキャッチャーや!」


それを見つけた瞬間また駆け出していく。お前は小学生かとクラウドは心の中で突っ込んだが、そんなシンバも可愛く見えてしまう己は重傷だと自分にもツッコミを入れるのを忘れない。

そのUFOキャッチャーにはチョコボとモーグリそれぞれの小さなぬいぐるみのキーホルダーがギッシリ積み上げられていた。こういう類が大好きなシンバは目をキラキラと輝かせてそれを見る。というよりこの世界のモノは自分にとってかなりレアである。これは是非とも手に入れたいものだ。


「クラウド!これ欲しい!」


満面の笑みでクラウドに懇願する。くそ。そんな笑顔で見られたら断れないじゃないか。クラウドはシンバのお願いにはめっぽう弱かった。それにとびきりの笑顔を向けられたらたまったもんじゃない。俺はこうやってヒモになっていくのか。…って違う。

シンバが元気よくクラウドに手を差し出す。クラウドは咄嗟にその手を握りそうになったが、シンバはそんな目的で手を出していない。ギルが欲しいのだ。それはまるで小学生が親にお小遣いをねだるように。…やっぱりシンバは小学生だったと再確認しながら、クラウドはポケットから幾らかのギルを差し出した。

真剣な顔をしてチョコボのキーホルダーをとろうとしているシンバ。チョコボを掴んだら嬉しそうにし、それが落ちてしまうとこれでもかというくらいガッカリしている。モーグリには興味がないらしく、狙うのはチョコボばかり。どうしてもチョコボが欲しいのだろう。なんだか自分を必要とされている気がしてクラウドは嬉しくなった。ってそれじゃあ自分がチョコボだと認めているようなもんじゃないか。…まあいいか。今日はいいや。とご機嫌なクラウドはもうそんな事気にしなくなってしまっていた。


「――やば!クラウド!あと一回しかない!」


つうか今の短時間でどんなけ使ったんだ。恐ろしい女だなまったく。
クラウドはまたポケットに手を伸ばしたが、ふとその手を止めた。これ以上の無駄遣いは後々ティファに怒られるかもしれない。なぜなら旅の所持金はクラウドとティファの二人で管理しているからだ。シンバとデートだからといって多少使う事は許されてはいたが、これ以上はヤバイ気がする。怒られる。確実に。絶対に。そしてやっぱりシンバには弱いだのヒモだのとエアリスの嫌味攻撃が飛んでくるのが目に見えていた。…それだけは避けたい。


「…残念だがそれがラストだな」

「まじ!?やば!!真剣にやらねば!!」


今まで真剣じゃなかったのかよ。クラウドがいささか呆れた顔をシンバに向けると、彼女はふとその手を止めて、


「…クラウドとって!」

「は?」

「クラウドの仲間意識に反応してくれるかもしれへんやん!?」


どんな理由だ。相手は縫いぐるみだぞ。って違う。観点そこじゃない。クラウドは少し躊躇ったが、シンバが懇願してくる姿を見てしぶしぶそれを承諾した。


「…取れなくても恨むなよ?」

「それはわからん!」


クラウドと場所を交代したシンバはウキウキしすぎで体を揺らし始めている。なんとかして取ってやりたいが、クラウドはこのてのモノはやった事がない。しかしここは男の見せ所である。是非ともGETしてシンバに喜んで頂きたい。クラウドは今年一番真剣になっていた。


「お!」


クレーンが一匹のチョコボをこれでもかというくらいに掴む。チョコボは頭を捉えられ、不安定ながらも持ち上げられた。揺れながらもチョコボはクレーンから落ちる事なく、ゴールへと向かっていく。クラウドとシンバはドキドキしながらそれを見ていた。頑張れチョコボ。俺の名誉の為に頑張れ。チョコボの意地を見せてやれ。とクラウドはチョコボに念じていた。


「おおお〜〜〜!!」


そしてチョコボはゴールに落ちて行った。クラウドは安堵のため息を漏らした。なんだかすごく神経使ったぞ戦闘よりも神経使ったぞ(オイ)。


「ありがとうクラウド!めっちゃ嬉しい〜〜!!」


チョコボ片手にクラウドの腕をバシバシ叩くシンバ。い、痛い。
しかしチョコボのキーホルダーをまじまじと見つめ嬉しそうに微笑むシンバを見たらそんな事どうでもよくなった。…やっぱりクラウドはMなのかもしれない。



そうして二人は、ワンダースクエアを後にした。

小さくスキップをしながら指にチョコボのキーホルダーをはめてそれをブンブンと振り回すシンバ。…なんだか扱い酷くないか。しかし、見ていてとても楽しそうなのでクラウドはあえてつっこまなかった。それがシンバなりの喜びの表し方なのかもしれない。

いろんな表現をしてくれるシンバといると飽きないな、と思う。そんなとこも好きなのかもしれないとクラウドは思って、しかし恥ずかしくなってシンバから視線をずらした。
そんなもの一つでここまで喜んでくれるならいくらでもとってやりたい気分だ。やっぱり俺はシンバに弱いのか。とエアリスが思いそうな事を自分で思って、なんだか悔しくなって一つため息を彼が吐きだしたのをシンバは気付いていない。


「――そこのお二人さ〜ん!」


ふと呼び止められてその声の方を二人が同時に振り返ると、ゴールドソーサーの従業員であろう人がブンブンと大きく手を振ってきた。


「今らなゴンドラ無料ですよ〜!どうですか〜?」


その従業員は無料で儲からないのにも関わらず営業スマイルを向けてくる。素晴らしいサービス精神である。


「タダやって!タダより安いもんはないで!乗ろうクラウド!!」


シンバはいささか強引にクラウドの腕をひっぱった。そんな二人を見て従業員はあの男はヒモだなと内心思っていることを知る由もない。


「では快適な空の旅を〜!」


従業員は満面の笑みでそう言ってゴンドラの扉を閉める。なんか意味違わないか。と二人は思ったがあえて何も言わずにゴンドラに向かい合わせになって座った。

座って即、密室にクラウドと二人きりという事に気づく。…これは恥ずかしいではないか。気づくの遅いぞ自分。タダという言葉に翻弄されてしまった。どうしよう。シンバは気を紛らわす為に窓の外の景色に目を向けた。
一方クラウドもシンバとまったく同じ事を感じていた。ゴンドラに二人きり。ゴンドラにシンバと二人きり――。クラウドはブンブンと頭を振って思考を切り替えた。考えてはいけない。あくまで平常心を保たなければ。クラウドの葛藤が始まった。


「すごーい…めっちゃ綺麗」


幾分か上まで登ってきたゴンドラから見るゴールドソーサーは、これまた素晴らしく煌びやかでシンバを魅了した。夜景などを見て感動とかしたことはないが、素直に綺麗という言葉が口から出ていて、


「……、」


…ふと、シンバの頭の中にある場面が過ぎる。それは、エアリスとクラウドがゴンドラ内で交わす、
誰も知らない二人の秘密。


「…シンバ?」


すっかり黙り込んでしまったシンバを怪訝に思い、クラウドが名を呼ぶ。


「ん〜?」


怠けた声を返すシンバ。


「…また、何か考え込んでないか?」


シンバはクラウドを見やる事なく、景色に目を向けたまま口を開く。


「……クラウドはさ、自分の未来知りたいって思う?」

「…未来?」

「うん。これから自分がどうなって、どういう人生を歩むのか…みたいな」


いきなり何を聞いてくるのだろうかと思ったが、クラウドは少し考えてみた。自分の未来を見据えた事なんかないかもしれない。この星を救えるのかとか、セフィロスを倒す事が出来るかとかそんな事を考えた事はあったが、自分自身がどうなるかなんてこれっぽっちも思った事はない気がした。


「考えてた事は、ないな…」

「知りたいと思う?」

「それは…わからない」


この先どうなるかわかるのもいいかもしれない。星の未来、セフィロスとの行末、シンバとの今後――。
けれどそれが自分の気に食わない結果だったら、それを知った途端自分はどうするのだろう。落ち込むのか。ショックを受けるのか。その未来を変えようと必死に努力するだろうか。


「ほなさ、…自分がもう既にその未来を知ってたとしたら?」

「…どういう事だ?」

「自分だけやない。みんなの未来も、自分には見えてんねん……自分がそんな状況やったら、みんなに言う?」


シンバはまったくクラウドの方を見ようとはしなかった。その表情を読み取られるのが怖かったからかもしれない。


「…じゃあ逆に聞くが、シンバはどうだ?」

「へ?」


シンバは驚いてクラウドに顔を向けてしまった。


「例えば俺がシンバの未来を知っていたとして、それをシンバにベラベラと喋ったとしよう。…どう思う?」


シンバはまた、窓の外へと目を向けた。そんな事は考えたことなかったかもしれない。言われた方の気持ちなんか、自分は気にしていなかった。迂闊だった。


「…嫌、かなぁ――」


それが嬉しい事にしろ悲しい事にしろ、知ってから行動しても何もおもしろくない気がする。でもそれは、個人的なあれだ。自分が知っているのはそんな単純な事じゃない。これは星に関わる事だ。
けれども、自分がそれを言ったからといって何も変わらない気がした。結果的に星は救われる。自分がみんなの未来を提示しなくてもいい。何故なら、自分は元々――


「…――」


あの時。ニブルへイムでも、同じ事を思った。
考えたくなかった事が、またシンバの中に浮かんできて、


「…シンバ?」


シンバの表情に影がかかる。


「…もう、わからへん」


小さく、そう放たれた言葉。その声は少し震えていた。


「…どうした?」

「もう、どうしたらいいか――」


そこで言葉は止まった。次に聞こえてきたのは、シンバが鼻をすする音。それを聞いてクラウドは悟った。…彼女は今、泣いているのだと。


「ウチさ、…もう…どうしたらいい?」


不安げな声でそう言い涙を拭うシンバ。それでも止めどなく流れるそれは、変わらずシンバの頬を伝う。
クラウドはそんな彼女を見ていられなかった。気づけばクラウドは、シンバの隣の席へ移動して、


「っ…!?」


ふと感じた背中への温もり。首に回るは逞しい腕。シンバは窓越しに映る後ろの景色に目を見開いた。
…シンバは、後ろからクラウドに抱きしめられていた。


「…不安があるなら、俺に言え。一人で抱えこむな。全部俺に言え。俺が…俺が全部受け止めてやるから」


目から、涙が溢れ出す。


「俺はお前の泣き顔なんて見たくないんだ…シンバにはずっと笑ってて欲しい。俺は…シンバの笑顔が大好きだから――」

「…!」


ドクン、と一つ胸が高鳴る。自分の中で、何かが音を立てて崩れていった気がした。


「!」


体を反転させクラウドの肩に顔を埋め、彼の広い背に腕を回す。一瞬驚いた様子のクラウドも、ギュウと音がなりそうなくらいキツくシンバを抱きしめ直す。

シンバはそっと目を閉じた。クラウドに抱きしめられると、すごく安心する自分がいた。クラウドに迷惑かけたくない。けれどクラウドに頼りたい。クラウドにそばにいて欲しい。…そう思うのは、そう思ってきたのは、

クラウドが好きだから。

やっと気づいた。今までずっと気づかない振りをしてきた。いけない事だと自分に言い聞かせて、全てを心の奥にしまい込んでいた。
でも、もう隠せない。こんなにも自分はクラウドを必要としていたなんて。


「…ありがとう」


そう言葉を紡ぐと、シンバもまたクラウドを抱きしめる腕に力を込めた。

クラウドの背中で、チョコボのキーホルダーが静かに揺れていた――



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