「――……」
ゴンドラ内に広がる静寂。そこから見える景色がだんだん低くなっていくのを目の端に映しながら、ただただその空気の中にクラウドは溶けていた。
ふとシンバが身体を離し、涙の跡を拭い出す。
「…大丈夫か?」
「うん…大丈夫」
クラウドに向き直りニッコリ笑って見せる。
しかし、すぐに恥ずかしくなってその視線をずらした。あぁ、こんな密室で何をやっているんだろう、なんて。こんなつもりではなかったのに、これが密室ゴンドラマジックか、とどうでもいいことを考えて気を紛らわす。
そしてようやく、ゴンドラはスタート地点に戻ってきた。
「またのお越しをお待ちしておりますー!」
行き同様の満面の笑みで従業員はそう言って深くお辞儀をしてきた。シンバは泣き顔を見られないように、軽く伏せて会釈した。
「…そろそろ戻るか」
「うん」
あれからどれくらいの時が立ったのかはわからなかったが、辺りにはほとんど人だかりはなかった。結構遅い時間になっていることは間違いなさそうだったが、それでも二人はゆっくりとその帰路を辿っていた。
クラウドの半歩後ろをシンバが歩く。その後頭部を見つめたら先ほどのことが思い出され、自身の頬が赤らむのを感じながら。
…あの後、クラウドは何も聞いてはこなかった。ゴンドラの中は沈黙に包まれ自分が泣く声しかそこには響いておらず、何も言わない分彼は優しく髪を撫でてくれていて。それがまた心地良くて、シンバはなんだかクラウドから離れたくなくなっていて、
「……、」
シンバはそっとクラウドの服の裾を握った。それに気づいたクラウドは一瞬ピクッと反応を示し、その方を見やる。そうする本人は俯いてしまっていて表情は見られなかったが、その行動が可愛いくてクラウドは一つ微笑むとシンバの手を取って自身の手と繋げた。最初は戸惑っていたその小さな手も、求めるようにキュッと握り返してくれて。
「シンバ」
「…ん?」
「無理には聞かない。話したくなったら話してくれればいいから。…俺は、いつまでも待ってる」
「!」
クラウドは真っ直ぐ前を向いたまま。心臓がまたバクバクと鳴り出す。
「うん…ありがとう」
その後頭部に、笑みを返す。
しかし繋がれた手と反対の手の中にあるチョコボのキーホルダーを見つめた瞬間、その表情を暗く落とした。クラウドの好意は嬉しかったが、きっと自分は最後までクラウドに甘えられない。頼れない。真実を、言えない。…そう、思った。
シンバはキュッと、チョコボのキーホルダーを握りしめた。
***
ゴールドソーサーの入り口付近まで二人が戻ってきた時。
「…あれは?」
クラウドの声に反応してその前を見ると、そこには白い物体がピョンピョンと跳ねてどこかへ向かっているのが見えた。あんな奇妙な物体他に見た事がない。…ケット・シーだ。
――ついにきたか
ゴクリと唾を飲み込む。これから起こる事に、耐える覚悟をするように。
するとケット・シーが二人に気づく。その手には、キラリと光るエメラルドグリーンのモノが握られていて、
「…あいつが持っているのはキーストーンじゃないのか?」
「…っぽいな」
ケット・シーはギクリと大げさな反応を見せその姿を通路の奥へと消してしまい、クラウドとシンバが慌ててその後を追うと、
ブロロロロロ――
広い場所に出たかと思ったらそこに響いたのはヘリの音。ヘリといえば神羅。神羅といえばタークス。といつぞやと同じ連想をしたクラウドがその方を見やると、案の定そこには神羅のLOGOマークがデカデカと書かれたヘリコプターが低空飛行をしていた。
そして扉が開かれ、そこにツォンが姿を見せる。
「――ほら!これや!キーストーンや!」
ケット・シーはツォンの姿を見つけるとキーストーンを思いっきり投げ渡す。ツォンはそれを受け取ると、ケット・シーに「ご苦労様です」と言いそのまま飛び去ってしまって、
「、!」
全ては一瞬の出来事だった。
仲間だった筈のケット・シーが敵対する神羅にキーストーンを渡してしまった。彼が何故そんな事をしたのかなんて、きっと答えは一つしかない。仲間内にスパイなどいないと思っていたのに。…それが目の前にいることを把握するのに、そう時間はかからなかった。
「貴様…!!」
「っあかんクラウド…!」
クラウドがケット・シーに食ってかかろうとしたのをシンバは止めた。そのオーラにケット・シーは驚いて身を屈め、二,三歩後ずさる。
「ちょちょ、待ってえや!…逃げも隠れもしませんから」
猫はブンブンと手を振り一生懸命ジェスチャーする。
「確かにボクはスパイしてました。神羅の回しもんです」
「ふざけるな!」
シンバは先ほど掴んだクラウドの腕を今だ離さずにいた。クラウドがケット・シーに殴りかかるのを防ぐ為だ。
「しゃあないんです。済んでしもた事はどないしようもあらへん……なぁ〜んも無かった事にしませんか?」
「図々しいぞケット・シー!スパイだとわかってて一緒にいられるわけないだろ!」
「…ほな、どないするんですか?ボクを壊すんですか?…そんなんしても無駄ですよ。この身体もともとオモチャやから」
ケット・シーは淡々とした口調で話す。それはまるで自分は何も悪い事はしていないという口ぶりだった。それが、余計にクラウドの勘に触った。
「本体はミッドガルの神羅本社におるんですわ。そっから、この猫のおもちゃ操っとるわけなんです」
「神羅の人間か。誰だ」
「おっと。名前は教えられへん」
「…話にならないな」
「な?そやろ?話なんてどうでもええからこのまま旅…続けませんか?」
「ふざけるな!!」
一瞬ケット・シーは言葉に詰まったが、すぐにその口を開いた。しかしその表情と声色は先ほどとは打って変わったものだった。
「確かにボクは神羅の社員や。…それでも、完全にみんさんの敵っちゅうわけでもないんですよ」
シンバは目の前の猫を見つめる事しか出来なかった。何も言う事が出来ず、どうする事も出来ず、この場に鉢合わせてしまっている事をただただ悔やむばかりで。
「ど〜も気になるんや。みなさんのその、生き方ちゅうか?誰か給料はろてくれるわけやないし誰も褒めてくれへん。…そやのに命かけて旅しとる。そんなん見とるとなぁ…自分の人生考えてしまうんや。なんやこのまま終わってしもたらアカンのとちゃうかってな」
「…正体はあかさない。スパイはやめない。そんなヤツと一緒に旅なんて出来ないからな。…冗談はやめてくれ」
クラウドの冷たい声が響いた。シンバに腕を取られている為ケット・シーに手を出す事は無かったが、その腕に力が込められているのをシンバはずっと感じていた。
「…まぁ、そうやろなぁ。話し合いにもならんわな」
ケット・シーは最初の声色に戻っていた。そうしてどこからかトランシーバーのようなものを取り出す。
「ま、こうなんのとちゃうかと思て準備だけはしといたんですわ。…これ、聞いてもらいましょか」
そうしてケット・シーがそのボタンを押すと、そこから聞こえてきたのは聞き覚えのある可愛らしい声。
「――父ちゃん!ティファ!!」
「っ、マリン…!?」
「あっ!クラウドの声だ!クラウド!あのね――!」
マリンの声はそこで途切れてしまった。ケット・シーは些かバツが悪そうにそれをしまう。
「…というわけなんです。みなさんはボクの言うとおりにするしかあらへんのですわ」
「…最低だ」
「そりゃ、ボクかてこんな事やりたない。人質とかヒレツなやり方は――」
言いながら、何かに気づいたようにケット・シーがシンバに目を向ける。
「…シンバはんは、何も言わへんのですね」
「「!!」」
シンバはそれに過敏に反応を示した。クラウドも、ケット・シーにそう言われてそこで初めてシンバに目を向けた。
ケット・シーは気づいていた。シンバがこうなってから今まで一度も自分を罵倒してこない事を。いつものシンバならこんなことしている自分にクラウド以上に食ってかかてもおかしくはないのに、彼女はただ黙って自分を見つめているだけ。時折見せるその悲しげな表情は、まるで自分が批難されているのを見ていられないような感じもして。
どうしてシンバがそんな顔を自分に向けるのか、ケット・シーにはわからない。
「…それは――」
「…まぁ、話し合いの余地はないですな。今まで通り、仲ようしてください」
ケット・シーはシンバの言葉を待たずに、そう言ってホテルへと戻ってしまった。
「……」
そっと、クラウドの腕を離す。
クラウドもシンバが何も言わない事を不思議に思っていたが、きっとショックを受けているからだろうと勝手に予想していた。いきなりのケット・シーの裏切り。マリンの事だってそうだ。それに彼女はもっぱら平和主義なわけだから、自分達が言いあっていたのについていけなかったのかもしれないと。
「…仕方ない。言うとおりにしよう」
クラウドはシンバの頭をポンポンと撫でた。大丈夫。心配しなくていいと言うように。
それにシンバは、上手く笑えなかった。