「――…ごめん。みんな」
あの後暫くして、シンバはバツが悪そうな顔をしながら壁画の間に戻ってきていたが、誰もそれを責める事はなかった。自身が気兼ねしない様に明るく振舞ってくれたのが痛いほど分かって、シンバもそれ以上何も言わなかった。
「…それでね、シンバ――」
シンバが戻ってくるまでに、クラウド達は黒マテリアを見つけ出していた。
…否。この神殿自体が黒マテリアの正体だったのだ。壁画の間に設置された模型を解いていき小さくしていくと、神殿も比例して小さくなっていく仕組みになっているという。そして最終的に神殿は黒マテリアと化すのだそうだ。しかしそれはその場所でしか行えない事で、その模型を解けばその人自体も神殿に押しつぶされ黒マテリアの一部と化してしまうように出来ていた。危険な魔法を簡単に持ち出させない為の古代の知恵だろう。
持ち出せないのならそのままにしておくのが一番だが、セフィロスはあのたくさんの分身や黒マント達を使ってでも持ち出そうとするだろう。セフィロスに黒マテリアがわたるのは絶対に阻止しなければならないが、こちらとてどうする事も出来ずにいるのが現状だった。
それからクラウド達は"PHS"でその事実をバレット達に報告していた。一応バレット達も神殿に向かってきているらしく、とりあえずその場で待機をしている。
「…でも、本当にどうしよう?」
「誰かを犠牲にするわけにはいかないしな――」
出口の見えない問いにみんなが悩み果てていた時。クラウドの"PHS"がその場に鳴り響いた。
『もしもし〜』
その声は、粘っこい独特な話し方。
「…ケット・シー?」
『話、聞かせてもらいましたよ!ボクの事、忘れんといて欲しいなぁ〜』
「…どういう意味だ」
『この作りモンの身体星の未来の為に使わせてもらいましょ!』
ケット・シーのそれにクラウドは一瞬驚いたようだが、神羅にも渡せるかと冷たく言い放つ。クラウドはまだケット・シーを許していない。その事がその声色から容易に感じられた。
『でもなぁ…クラウドさん。どないしようもないんとちゃうか?』
ケット・シーのその言葉にクラウドは躊躇の顔を見せる。確かに、それが現実。けれども、でも、リーダーである自分がそれを簡単に許すことも出来なくて、
『まぁ、信じてみいな』
ケット・シーはクラウドの言葉を待たずにそう言った。どこか強気な―けれどもいつも通りのその声色。クラウドは少し間を開けてから、「わかった」とそう一言だけケット・シーに告げた。
『よっしゃ!ほんなら任せてもらいましょか!みなさんは早う脱出してください!出口のトコで待ってます!!』
そして、クラウドは電話を切った。
「ケット・シー?…何て?」
「…ケット・シーが、模型を操作する」
「…!」
その場が一瞬静寂に包まれた。裏切り者の彼がその体を張って黒マテリアを取り出そうとしている。クラウド達への罪滅ぼしか、はたまた神羅の為かは誰にもわからなかった。
「…とにかく、外へ出よう」
一行は、壁画の間を後にした。
*
「――お待ちどうさん!ケット・シーです〜!…後のことは任せてもらいましょ!ほんな皆さんお元気で!!」
最後までケット・シーはいつもの調子だった。確かにそれの裏切り行為は酷いものだったが、自分たちの手助けをする為に自らを犠牲にしようとしている。罪滅ぼし。まさにその言葉が相応しいが、しかし、
「ほら、クラウド…何か言ってあげなきゃ」
エアリスがクラウドにふった。
「……苦手なんだ」
クラウドは苦虫を噛み潰したような顔をしている。何て声をかけたらいいのか、分からないのだ。
「…シンバはん?」
この子とは、ここでお別れ。何も言わずには終われない。痺れが切れたシンバはその方へ向かい、何も言わずに目の前の猫を抱き上げ、これでもかというくらいギュウと抱きしめた。その行動に、皆が驚きの表情を見せる。
「いいいい痛い痛い痛い!!シンバはん痛いがな〜!」
ケット・シーの悲鳴がその場に響いた。全員がシンバのその行動を嫌がらせだと判断していたが、
「…ありがとうな」
「!」
シンバは皆に聞こえないように小さく、猫の耳元でそう言った。猫は一瞬驚いていたが、 変わらず痛い痛いと鳴き続けた。
その声は、聞こえなかったと言うように。誰もそれに、気づかないように。
「行って来いスパイ!!」
クタクタになった猫をロボットの上に戻す。
「…シンバはんは最後まで強烈ですなぁ〜」
ケット・シーは笑っていた。シンバも、ニコッと笑って見せる。それは彼の事を全て知っているからこそ出来る、表情だった。
「ほんまに、ほんまに…行ってきます!!」
「頑張って!ケット・シー!!」
エアリスがそう声をかける。シンバが最後に見たケット・シーのその背中には、あの時の寂しさが消えている気がした。
「――頑張って!やって。…なんや、嬉しいな〜」
ピョンピョンと跳ねながら駆け足で黒マテリアの模型の元へと向かう。
向かう際、最後のシンバの行動と言葉をケット・シーは思い出していた。
まさかシンバにあんな事言われるなんて思ってもいなかった。そういえば一番最初に自分の裏切り行為を目の当たりにした時も彼女は自分を批難する事がなかったなと今さら思い起こす。皆が自分を蔑んだ目で見る中で、彼女だけが自分に哀れな目を向けていた。けれど結局、ケット・シーはその理由は聞けなかった。
…否。聞いてはいけない気がした。そこでシンバと馴れ合ってしまえば彼女まで批難されると思ったからだ。シンバだけは自分の本当の気持ちをわかっていてくれる気がして、そして、それだけでケット・シーには十分だった。
そうしてケット・シーは、ようやく模型のところにたどり着いた。
「これやな!…古代種さん達こんなシカケよう作りはったなぁ〜!」
少しそれに触れてみると神殿そのものが動いた気がして、少しゾクリと、背中が震える。
「…ボクも、この星を守るんや。なんや照れるな〜……シンバはんは、新しいケット・シーとも仲良ぅしてくれるんやろな」
ケット・シーは一つの微笑むと、もう一度その模型に手を伸ばした。
*
「――…見て!!」
辺りに地響きが響き始め、古代種の神殿が黒い光に包まれていくのを4人は目の当たりにしていた。本当に神殿そのものが黒マテリアだったのだと、その光景に圧倒される。ケット・シーは上手くやってくれたようだが、しかしそれを思えば、少し複雑な心境。クラウドはケット・シーに最後に何も言えなかった事を少し悔やんでいた。
「…行くぞ」
そうして地震は少しずつ収まり、揺れが止まったのを確認してから神殿があった場所へと駆け寄ると、そこにはポッカリと巨大な穴が開いていた。
…その中心に、黒く怪しく光るモノ。
「…あれが、黒マテリア――」
「ウチも行く!」
黒マテリアの元へとエアリス、クラウド、シンバが向かった。
ここでセフィロスに黒マテリアさえ渡らなければいい。それさえ防げれば皆がメテオに恐れる事なんてないし、星だって無事だ。こんな一石二鳥な事はない。セフィロスが何と言おうと自分は星を救う仲間の一員だ。
シンバはそう言い聞かせながら、その穴の下へと降りていった。
「――これが、黒マテリア…」
クラウドの手の平の中で怪しく光る黒マテリアを、まじまじと見つめる。他のマテリアと違って、やはりどこか禍々しい。それは色のせいだけではないだろう。この小さなマテリアが引き起こす災厄。考えただけでもぞっとする。
「なんか、見てるだけで怖いな…」
「これを持っている限りセフィロスはメテオを使えないわけだ。……ん?俺たちは使えるのか?」
「ダメ、今は使えない。とても大きな精神の力が必要だわ」
「たくさんの精神エネルギーってことか?」
「そうね。…一人の人間が持っているような精神エネルギーじゃダメ。どこか特別な場所…星のエネルギーが豊富で――」
「約束の地だな。しかし…」
「セフィロスは違うわ。古代種じゃない」
「…約束の地は見つけられないはず――」
『――だが、私は見つけたのだ』
「「!?」」
どこからともなくセフィロスはまた現れた。クラウド達が黒マテリアを手に入れるのを、どうやら彼は待ち構えていたようだ。
「私は古代種以上の存在なのだ。ライフストリームの旅人となり古代の知識と知恵を手に入れた。古代種滅びし後の時代の知識と知恵をも手に入れた。…そしてまもなく未来を創り出す 」
「そんな事させない!未来はあなただけのものじゃないわ!!」
「クックックック…どうかな?」
セフィロスが不敵な笑みを浮かべる。
「さぁ、目を覚ませ――!!」
セフィロスが、手をかざす。するとクラウドが急に苦しみ出した。何事かとエアリスとシンバがそれに駆け寄ろうとしたが、セフィロスが何かを二人に向かって唱えて瞬間、二人は身体を動かすことが出来なくなってしまった。
――ストップか…!!
迂闊だった。これではクラウドが黒マテリアをセフィロスに渡してしまう。なんとかしなくては、
「っ…!」
シンバはそっと目を閉じ、自身の希望に望みをかけた。
「――っ!?」
そして次の瞬間。セフィロスとクラウドの間を何かが通り抜けた。クラウドの姿はその場からなくなり、呆然と立ち尽くすセフィロスの姿だけが取り残される。そうしてそれは、ゆっくりとシンバ達のそばに舞い降りてきた。…それは、シンバの相棒―バハムートだった。シンバは、心の中でバハムートに呼び掛けていたのだ。
バハムートは咥えていたクラウドを離すとシンバのストップを解いた。その一瞬の行動にセフィロスは驚きの顔を向けていたが、すぐにその表情をいつもの顔に戻す。
「クックックック…。シンバ、そんな事をしてどうするつもりだ?」
「…アンタに黒マテリアは渡さへん」
セフィロスの威圧感に若干押され気味になりつつも、シンバはそれに負けじと立ち向かっていた。自分はセフィロスの同志でもない。希望でもない。…そう、証明するように。
「ほう。それは残念だ。…だが、」
ドンっ――!!
「っ!!?」
一瞬の、出来事。セフィロスの姿が消えたかと思ったら自身の背中に衝撃を感じ、目の前にはセフィロスの姿。…気づけば自分はセフィロスに壁に押しやられ、政宗を首元に突きつけられていた。
そうして主人が捉えられた事に気づいたバハムートがセフィロスに向かって攻撃の牙を向けようとしたが、セフィロスはお見通しだというようにバハムートにストップをかける。ここで大きな魔法は使わない。…騒音が響けば他の仲間がやって来てしまうからだ。
「っ…!」
神羅屋敷の出来事がシンバの頭の中にフラッシュバックした。あの時と同じ光景が目の前に広がっていく。恐怖と緊張、焦燥感が一気にシンバを襲って、
「シンバ。お前は素晴らしい力を持っている」
セフィロスはシンバの耳元―いや、耳の奥にその声を響かせるようにそこへ顔を近づける。輝かしい銀髪がシンバの顔に触れた。同時に耳に熱い息がかかり、耳にセフィロスの唇が触れる。そしてその柔らかい感触に、シンバは一瞬身体を強張らせた。
「だが…お前が変える未来はここではない」
ねっとりとした声が、シンバの耳に張り付いた。
「っ…」
そうとだけ言ってセフィロスはシンバから身体を離した。その身体は支えを無くした人形のように、その場に落ちていく。
「――さぁクラウド…いい子だ」
セフィロスの呼び掛けにクラウドがもう一度ゆっくりと、歩み寄っていく。いけないと思いながらも、シンバはもうその身体を動かすことが出来なくなっていた。
――クラウド…!!
訴えるようにクラウドを見る。お願い、お願い。止まってクラウド。
だが、一瞬見えたクラウドの顔、表情、その目。それを目の当たりにした途端、ゾクリと身体が震えるのを感じた。
…それはまるで、壊れた人形のようだった。
「――クラウドッ!!」
ちょうどその時ストップの効果が切れたエアリスの悲痛な叫びが辺りに響くも、…咄嗟のその声も遅く。
クラウドは、セフィロスに黒マテリアを渡してしまっていた。
「…ご苦労」
セフィロスは黒マテリアを愛しいものを見つめるように眺め、そしてシンバに不敵な笑みを一つ見せ、その姿を消してしまった。
「クラウド!!」
その姿が消え、まるで呪縛から解き放たれたかのようにクラウドはその場に倒れこんだ。エアリスが慌ててそこへと駆け寄って行ったが、シンバはまだその場所から動くことが出来なかった。
変えられなかった事実と、セフィロスがまたもや口にした言葉が頭の中を駆け巡っていく。
セフィロスが自分を同志だと言い張る理由。セフィロスは自分が他世界から来たことも、自分がこの世界について知っていることも、全てわかっている。全て知っている。自分がこの世界のシナリオを変える事を、セフィロスは望んでいるのだ。だからあの時「変えるべき未来はここではない」と言った。黒マテリアが無ければ、自分は世界を破滅させることが出来ないから。
…だったら、セフィロスが望む変えるべき未来とは一体どこの事なのだろう。もちろんシンバはセフィロスの望み通りに動く気なんてない。だが、もし。…もしも、自分が望んでやったことがセフィロスの望んだ事と重なってしまったら、
「――シンバ、大丈夫?」
その声にハッとしたシンバは、エアリスの方を見やった。その腕の中でグッタリと横たわるクラウドは、今だ意識を失ったままで。
「うん…平気」
シンバはゆっくりと重い腰を持ち上げた。
自分のした事がセフィロスの望むことに繋がるわけがない。根本的にセフィロスとしようとしている事が違うのだから、同じになる事なんかあるわけがない。シンバはそう言い聞かせた。セフィロスの目的がハッキリした今、シンバは少し心が晴れた気がした。
そこへ、なかなか戻ってこないシンバ達を心配してか、ヴィンセントがやってきた。その後ろからは、ここで一躍ヒーローとなったケット・シーも姿を現して。…否。コイツは前のケット・シーとは違う二号機である。手を回すのだけは早いもんだ。シンバは変わらずその猫をまた丹念に調べ始めていた。
*
一行は、他のメンバーと合流して今あった事実を述べた。
ケット・シーの活躍により黒マテリアを入手する事は出来たが、セフィロスが現れ黒マテリアを奪われてしまった事。しかしそれは、クラウドが進んでしてしまったという事。その事実に、誰もが驚愕した顔を今だ目覚めないクラウドに向ける。一番セフィロスに敵対していた彼がセフィロスに従ったという事実は、誰もが信じがたいものだった。
しかし、今はどうにも動くことが出来そうになかった。リーダー―クラウドもこんな状態であるし、エアリスもシンバも精神的に疲れてしまっていて。
一行は休める場所を探し、タイニー・ブロンコに乗った。
…何かが変わり始めているのを、誰もが感じ始めていた。