51 each of one's own free will



『――クラウド、わかる?』


クラウドの目の前。広がる景色は、新緑のように青々とした木々たち。見かけたこともなければ、行った記憶もない。


――ああ、わかるよ


聞こえてきたその声の持ち主は、クラウドの目の前に広がる木々の間からひょっこりと顔を覗かせ、いつものようにクラウドに笑いかけていた。


――ここは…どこだ?


『この森は"古代種の都"へ続く―"眠りの森"と呼ばれているところ』


エアリスはようやく全身を現し、少しクラウドに近づいて、しかしそのままクラウドに背を向けた。


『セフィロスの事、私に任せて。…クラウドは自分の事だけ考えて。……自分が壊れてしまわないように、ね?』


エアリスが天を仰ぐ。その表情は見えない。


『セフィロスがメテオを使うのは時間の問題。だから、それを防ぐの』


――…どうやって?


『それはセトラの生き残りの私にしか出来ない。その秘密がこの先にあるの…ううん、あるはず。そう、感じるの。…何かに導かれている感じがするの』


エアリスが振り返る。その表情は、いつもとなんら変わりない、太陽のような笑顔。


『じゃ、私行くね!…全部終わったらまた、ね――?』


――エアリス…?


エアリスは、クラウドに背を向けて森の奥へと消えてしまった。クラウドはそれを追おうとしたが、その身体は全く動いてはくれなかった。
…クラウドがその状況に焦りを感じ始めた時。

第三者の声が、その森に響いた。


『――おやおや…私たちの邪魔をする気のようだ。…困った娘だと思わないか?』


どこからともなく現れた、あの銀髪の男。
セフィロスはクラウドを振り返ると、いつもと同じ不敵な笑を浮かべた――



*



「――…」


薄っすらとその目を開ければ、そこに見えたのは木の天井。そして気づく。先ほどの光景は、全部夢だったのだと。
やけにリアリティ溢れる夢だったと思いつつ、クラウドはその身体をユックリと起こした。


「――クラウド!」

「、!」


その声に目を向けるとそこには安心したように笑うティファと、安堵の溜息を漏らすバレットの姿。しかし二人が安心を見せたのは一瞬で、すぐにその表情を暗く落とす。


「…うなされてたみたいだな。調子はどうだ?」


バレットの問いかけにクラウドは大丈夫だと答えようとしたが、気を失う前の事を思い出して口を閉ざした。あの時の自分は、大丈夫ではなかった。それを思うと今の自分が大丈夫なのかという確信は消えてしまって、


「…ま、あんまり悩まねえこった」


全てを理解したのかバレットが明るくそう言う。


「…あのね、クラウド。…エアリスがいなくなっちゃったの」


なんだって。それは声にならなかった。

とにかく落ち着いて話せる場所へと、あの後―タイニー・ブロンコに乗り、一番近いであろう町―ゴンガガへと戻ってきていた。そこまではよかったのだが、クラウドを休ませている間にその事件は起こった。一緒に村に入ったのは全員が目撃していたが、いつの間にか彼女はその姿を忽然と消したのである。

エアリスが、いなくなった。それを聞いてクラウドは先ほどの夢を思い出す。…あれは夢ではなかったのだ。


「…古代種の都――」


口を開いて、第一声。ティファとバレットはお互いを見る。


「エアリスはそこに向かっている。…メテオを防ぐ手段があるらしいんだ」

「なんだって一人で行っちまうんだよ!?…おい、俺たちも行くぞ!」

「メテオを防ぐ事が出来るのは、古代種…エアリスだけだ」

「それなら尚更よ。エアリスにもしもの事があったらどうするの?セフィロスが気づいたら大変よ…!?」

「セフィロスは…もう知っている」


クラウドの声は、嫌に落ち着いていた。それに二人は表情を怪訝に変える。


「おいお前!…なんだってチンタラしているんだ?!」

「行きましょ、クラウド」

「…嫌だ」


クラウドは膝を曲げ、頭を抱えた。まるで何かに怯えるように。


「俺、またおかしくなるかもしれない。…セフィロスがそばに来ると、俺はまた…!」


クラウドはハッキリとその時の事を覚えていた。セフィロスに黒マテリアを渡してはいけない。そう自分が一番豪語していたのに、あの時自らの意志でセフィロスに黒マテリアを渡していた。何の躊躇もなかった。それが当たり前だと思った自分があの時いたのだ。自分でも信じられなくて、それでもそれが現実で。自分でも知らない自分が、己の中にいる――


「あぁ、そうだよ!お前のせいでセフィロスは黒マテリアを手に入れたんだ。責任をとれ!」

「…責任?」

「お前はよ、いろんな問題を抱えているんだろうさ。自分の事よくわかんねえだもんな。…でもよ、クラウド。俺たちが乗っちまったこの列車はよ、途中下車はナシだぜ」

「クラウド…ここまで来たのよ?セフィロスと決着を付けるんでしょ?」


ティファの言葉を、クラウドはフルフルと首を横に振って拒絶した。


「いやだ。…俺は怖いんだ。このままじゃ、俺は俺でなくなってしまうかもしれない。怖いんだ…」


バレットとティファはまた、顔を見合わせた。こんなのクラウドらしくない。いつものクラウドじゃない。彼は一体、どうしてしまったのだろうか。


「…あのな、考えてみろよ。自分の事全部わかってるやつなんて世の中に何人いると思ってんだ?…誰だってわけがわかんねえからあぁだこぅだって悩むんだろ?」


クラウドはバレットを見ようとはしなかった。


「それでも、みんな何とか生きてる。逃げ出したりしないでよぅ。…そういうもんじゃねえのか?」


バレットはそれだけ言うと、ティファに出て行こうと顎で合図する。


「クラウド、来てくれるよね?…私、信じてるから」


ティファはそう言葉を残すと、バレットに続いてその部屋を出た。


「……」


二人が出て行ったのを無言で見送ったクラウドは、視線を下へ落とした。…自分が今どうすべきなのか、何もわからなかった。
こんなに悩んだのは初めてかもしれない。自分の中にある知らない闇が、顔を見せ始めている。自分の事で悩むことがこんなにも辛い事なんて思いもしなかった。

…今の自分と同じように、シンバは悩み続けてきたのだろうか。こんな姿を彼女が見たら何て言うだろうか。バレット以上に彼女は自分を叱責するのだろうか。そう考えて、クラウドはなんだかシンバに会いたくなった。彼女のいつもの笑顔を見れば、自分の不安も和らぐ気がして。

しかし、自分は一体何を恐れているのだろう。セフィロスにあんな事をしてしまう事か。そうさせている裏の自分の正体を知ることか。…真実を知るのが怖いのは、何故か。


「…、」


考えても答えを出す事は出来ず、クラウドはとりあえず宿屋を出た。宿屋の入り口にいた店員が、自分がここに運ばれてからあの二人がずっとそばにいてくれた事を教えてくれた。「いい友人を持ったね」というその言葉が、クラウドの心に染み込んでいった。

宿屋を出ると、すぐそこにその二人の姿はあった。どうやらずっと自分を待ち続けてくれていたようだ。先ほどの主人の言葉といい、今といい、クラウドはどこか自分の心が軽くなるのを感じていた。


「クラウド…」

「よう、どうだ?……ちょっと聞きたいんだけどよ、お前はどっちなんだ?自分の事もっと知りたいのか?それとも知るのが怖いのか?」


バレットの問いかけに答える事が出来なくて、黙る。


「まぁどっちにしてもここにいたって悩んで頭かかえるしかねえぞ?…もしセフィロスと会ってまたお前がおかしくなっちまったらそん時はそん時だぜ!俺がぶん殴って正気に戻してやるからよ!」

「…でも、」

「ま、なるようにしかならねえぜ。ウジウジ悩むな」

「…そう、だな。……そう、だよな?」


バレットがクラウドの背を叩いた。気合を入れるように。大丈夫だと、教えるように。


「さぁ、エアリスを探しましょ?」

「……あぁ、」


クラウドがいつものクラウドを取り戻しつつあった。それがわかって二人は、最初と同じように安堵の表情を浮かべた。


「……」


一つ大きく、深呼吸をする。一つ大きく、一歩を踏み出す。そして脳裏に浮かべる、愛しき人の笑顔。
シンバには自分のいじけた姿を見られたくない。そう思った。彼女の前では堂々とした自分を見せていたい。彼女がいつでも自分を頼れるように、強い自分のままでいなくてはいけない。そう思ったら、自然と不安が薄らいでいった気がした。
自分が落ち込んでいる姿を見て同じように悲しい顔をするシンバは見たくなかった。きっと今の自分を見たら、彼女は笑ってくれる。その笑顔を見て、自分は安心出来る――


「――お〜〜〜〜い!!!」


その時。現れたのは、血相変えて走ってくるユフィの姿。


「…どうしたの?エアリスがいたの?!」


かなり走ってきたのだろう。ユフィは膝に手を置いて乱れた呼吸を整えようとしていたが、呼吸が整う前にその口を開いていた。


「…エアリスを探してたら、今度はシンバまでいなくんっちゃったんだ…!」

「!?」

「なんですって――?!」





***





「――…クラウド、大丈夫かなぁ」


そうポツリと呟いた人物がいるのは漆黒の龍―バハムートの背の上。バハムートはユックリと羽ばたきながら、海の上を渡っていく。



それはまだ、クラウドがあの夢を見る前の事――

バレットとティファにクラウドを任せ、シンバはエアリスと共に行動していた。この後エアリスが姿を消すのは分かっていたから、彼女を見張っておかねばならないと思ったからだ。
しかしその日の夜、古代種の神殿で歩き回って疲れてしまったせいか、うっかり眠ってしまったが最後。まだ近くにいるかもしれない為他のメンバーにすぐさま呼びかけ、そして最中、皆に気づかれないようゴンガガを抜け出した。エアリスの行先は一つしかないこと、分かっていたから。
皆に黙って出てきたのは悪いとは思っていたが、一刻も早くエアリスを追い、セフィロスの手から彼女を守らなければならない。これは真実を知る自分にしか出来ない事だ。この時の為に旅を続けてきたと言っても過言ではない。最愛の仲間を、みすみす目の前で殺されてたまるものかと。

そうしてシンバは先回りして、エアリスを待つつもりでいた。そして、一人で都に行くのを阻止する計画だった。みんながいる前で祈りを捧げてくれたらいい。何も一人で行く事なんてない、皆にセフィロスを警戒するよう促しておけばいいだけの事。セフィロスが上から舞い降りてくる事は知っている。それさえ防げば、あとは皆が絶対に守ってくれるから。


「バハムン、とばして!先回りしてエアリス驚かしたんねん!」


シンバはどこか自信に満ち溢れていた。何もかもが上手くいく。そう、確信していた。

シンバの一声に反応して、バハムートはその勢いを加速させた。





***





「――まったくあの子ったら、こんな時にどこほっつき歩いてるのかしら!」


ティファの怒号がゴンガガに響いた。

クラウドが目覚めたという事で一旦全員が宿屋前に集合。エアリスの居場所―夢の中でエアリスに語られた事をクラウドが皆に説明し、有力な手がかりが見つかったというのに、今度はあの女が姿を消してしまう始末。その"古代種の都"の場所も掴めていないというのに、余計な手間が増えてしまったではないか。まったく面倒な事を引き起こすのが得意な奴だ。と皆が呆れ途方にくれていた、…のだが。


「ちょっと、いいか」


しばらくして、何か考え込んでいたヴィンセントが口を開いた。


「…もしかしたら、シンバはもうすでにエアリスを追っているのかもしれない」

「!?」


それに激しく反応したのはクラウド。…刹那脳裏に浮かぶは、古代種の神殿の壁画の間での会話。

シンバは何かを知っている。何かを隠している。

…それがセフィロスの事だけでなく、エアリスが何をしようとしているのかも知っていたとしたら。


「……、可能性は、あるな」


きっと彼女の事だ。今回も一人で抱えこんで行動に出たに違いないとクラウドは思って、そして、先ほどの自分を悔やんでいた。自分があんなに長時間もウジウジ悩んでいなかったら、こんな事にはならなかったかもしれない。またシンバを一人で行動させる事なんか、なかったのかもしれない。


「…急ごう。"古代種の都"へ――」


一行は、ゴンガガを後にした。



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