55 murder will out



「――、」


ユックリと、大きな刀がエアリスの身体から引き抜かれていく。エアリスは支えを失ったかのように、その場に崩れ落ちた。…まるで壊れてしまった人形のように――


「…エア、リス――」


クラウドはかろうじてその身体を抱きとめた。今更言う事を聞くようになった身体を、酷く恨みながら。


「…嘘だろ」


腕の中のエアリスの胸から流れるその赤い涙が彼女のトレードマークだった色をより濃く染め上げていく。
エアリスはピクリとも動かない。…その手はもう自分の背中を押してくれない。その口からはもう嫌味も励ましも聞こえない。その瞳はもう自分を映してはくれない。

クラウドは、目頭が熱くなるのを感じた。


「――…気にすることはない。まもなくこの娘も星を巡るエネルギーとなる」


セフィロスは政宗に付着したその赤をまじまじと見つめている。少し角度を変えれば光によって輝かしい赤を放つそれは、嫌というほど美しい。


「私の寄り道は終わった。望み通りとはいかなかったが…仕方ない。やはり思い通りにはいかないものだな。…なぁ?シンバ――」

「!!」


シンバにも、その言葉はハッキリと聞こえていた。

セフィロスは自分がエアリスを止めることを望んでいた。それを止めれば、彼女はマテリアに願いを込めれないから。そうしてエアリスが祈りを捧げる前に、殺すつもりだったのだ。そうすれば祈りは、一生マテリアには届かない。唯一の古代種の生き残りであるエアリスがそれをしなければ、意味がないから。
メテオが地上に降り注がれる確率がグンと上がる。

…シナリオが、変わる――

エアリスは何もかも、それさえも見抜いていたのだ。だから最後にエアリスは笑った。これでよかったのだと言うように。マテリアに祈りが届かなければこの星は破滅に向かっていたかもしれない。自分は最悪のシナリオへと導こうとしていたのかもしれない。セフィロスの、望み通りに。

…でも、それでも――


「…っ」


シンバは地面につけていた手をギュッと握り締めた。砂地に自分の爪痕が描かれ、そこに頬を伝って落ちた涙が跡を残す。


「…悔しいのか?」


セフィロスの冷たい声が降ってくる中、ぎりり、と唇を噛み締める。悔しいなんて一言で終わらせられない。けれどもシンバは、自分がしようとしていた事がセフィロスの望んでいた事に重なってしまっていた事実に相当なショックを受けていた。
そしてそれをエアリスが止めた。自ら、止めてくれた。助けたかった人に、助けられてしまった。

悔しさが全て唇を噛む力に込められる。その痛みが、唇から赤いモノとなって流れ出ていく。


「なぜ悔しがる?」


セフィロスは政宗のその赤をユックリと舐め上げながら言った。


「…お前は何もわかっていない――」

「――黙れ」


それを遮ったのは、クラウド。


「お前に何がわかる。…エアリスはもう喋らない…笑わない…泣かない…怒らない…」


クラウドは自身の手が嫌というほど震えているのを感じていた。その手に嫌という程伝わる、エアリスの身体の熱が冷めて行く感覚も。


「俺たちは、どうしたらいい?…この痛みはどうしたらいい?……指先がチリチリする。口の中はカラカラだ。目の奥が熱いんだ…!!」


怒りに満ちた目をその元凶に向ける。しかしセフィロスは、そんな彼を嘲笑うかのように言った。


「…何を言っているのだ?お前に感情があるとでもいうのか?」

「当たり前だ!俺が何だというんだ!!」

「悲しむフリはやめろ。怒りに震える演技も必要ない。…何故ならクラウド、お前は――」


…セフィロスの言葉に、一瞬時が止まる。


"お前は、人形だ"


セフィロスは確かに、クラウドに向かってそう言い放った。


「――俺が、人形…?」

「そうだ。…なぁ?シンバ――」

「「!?」」

「全てを知りながらそれを隠し続けている。…お前達にとって、彼女は裏切り者なのだ」


シンバの心が、ドクンと脈を打つ。


「…どういう――」

「全て話していれば、何かは変わっていたかもしれないのにな」


――!


「…何を、」

「この女も助かったかもしれない。…違うか?シンバ――」


セフィロスが、笑った。

自分の心臓の音がやけに煩く響く。身体中の細胞がゾクリと震え上がった。まるで、何かに怯えるように。

今すぐにこの場から消えてしまいたい衝動に駆られシンバは頭を抱えた。…最悪だ。まるで自分の悪態が暴露されてしまった者のように、シンバはその表情に焦りを浮かべていた。

セフィロスの言葉を掻き消すように頭をブンブンと振る動作を繰り返すも、それは張り付いて離れない。セフィロスの言葉の意味が、嫌というほど頭の中を支配していく。


「裏切り者。…いつまでそうしているつもりだ?」


――違う


「まだ分からないのか?…お前は星を救う為に来たのではない」


――違う…!!


「この星にお前は存在しなかった。…わかるだろう?もう自分でも気づいているんじゃないのか?」


――っ…!!!


心の奥底に閉じ込めておいたモノが、セフィロスの言葉によってじわじわと溢れ出す。

一番知りたくなかった事実。
考えたくもなかった事実。

…自分の存在を、否定する事実――


「ハッキリと言ってやろうか?お前は――」

「っやめろ!!!!」


もう何も考えられなかった。終わりだと思った。シンバはがむしゃらに武器をとってセフィロスに牙を向いた。


「「シンバ!!」」


2人の制止の声は虚しく響くだけで、届かない。
セフィロスは一つ笑みを浮かべると、怒りに身を任せ自分に向かってくるシンバへ自ら足を運んだ。


「っ!!!」


いきなり目の前に現れたセフィロスに一瞬驚いたシンバだが、ひるむ事なくその武器を構える。しかしそれがわかっていたかのように、その腕はセフィロスにあっけなく捉えられてしまった。


「っうぁ…!!」


酷い衝撃が背中に走った。腕をとられそのまま力任せにシンバは地面に叩きつけられて、そして顔のすぐ横に政宗が突きつけられる。
見える赤。大切だった人の赤が、ポタリと一雫落ちる。…まるで、涙を流したかのように。


「っ、」


その赤を隠すかの如く銀髪が目の前を覆う。その隙間から見えるセフィロスの目が、シンバの脳内に焼き付いた。


「…何をそんなに足掻くのだ?」


目に走るは動揺。セフィロスはそれを見逃さなかった。


「次は期待しているぞ。…同志よ――」


目の前が、真っ白になった。



*



「――…?」


…何が起こっているのか、バレット達にはわからなかった。

全力で走って辿り着いた場所に、見える光景。
セフィロスにねじ伏せられたシンバ。呆然と立ち尽くすティファ。祭壇の上のクラウド。そしてその腕の中で倒れているエアリス。

バレット達に気づいたセフィロスはシンバから離れすぐにその姿を消してしまった。
そしてティファがハッとしたようにシンバに駆け寄って行き、バレット達も急いでそこへ駆け寄る。


「……っ、」


シンバはセフィロスが去った後、両手でその顔をすぐさま覆い隠した。
もう何も見たくなかった。次に自分に向けられるティファの顔も、クラウドの顔も、何も知らずに駆け寄ってくるバレット達の姿も。
もう何も聞きたくなかった。次に自分にかけられるティファの言葉も、クラウドの言葉も、きっと自分を心配しているであろうバレット達の言葉も。

シンバは泣き続けた。それはもう、悔し涙などではなかった。自分の過ちに対する後悔。自分の過ちに対する憤り。…そして、自分の存在そのものに。


「――シンバ」


間近で聞こえたティファの声にどうしてか反応できない。その名の後に、何を言うのか。聞きたくない、聞きたくない。シンバはじっと動かない。
けれどもティファは、何も言わずにシンバの身体を無理やり抱き起こしてきた。その行動に驚いて顔を覆っていた両手を咄嗟に地面についてしまう。晴れた視界に彼女の顔が映ったが、悲しみ溢れたその顔にシンバはまた、心が締め付けられるのを感じた。


「…ティ、ファ、」


目から溢れて止まない涙。それを隠す様に抱きついてきた彼女をしかしシンバは抱きしめ返す事が出来なかった。なにも言えず、その代わりにと溢れ出るもので目の前も見えなくなっていく。


「……」


クラウドはエアリスを抱え、祭壇から降りていった。

目の前で。エアリスは殺された。自分は、すぐそこにいた。一番近くに、すぐそこにいた。なのに、何も出来なかった。気づくのが遅かったからとかではない。わかっていた。分かっていた筈だった。セフィロスがエアリスを殺そうとしている事。…なのに、身体が動かなかった。そんな事何の言い訳にならない事だってわかってる。全ては自分のせい。自分のせいだ。

俺は、エアリスを見殺しにしてしまったのだ。



「――っ、」


駆けつけたバレット達は泣きじゃくるティファとシンバ、そしてクラウドと抱えられ運ばれるエアリスを交互に見やる。


「おい!どうした!?一体何が――!?」


クラウドの腕の中のその人はピクリとも動かない。そして華やかな色を見せつけるそのピンクが、色濃く染まっている事に気づく。


「…嘘だろ――?」


そして全員が、言葉を失った。


「エアリス?…っエアリス!!」


クラウドの腕の中のエアリスは、まるで眠っているかのように穏やかな顔をしていた。

エアリスは眠っているだけだ。眠くなったから、ちょっと休憩しているだけだ。そう思って駆け寄ったユフィは起こそうとその身体を揺らしたが、けれども彼女はピクリとも動かないし、その身体は些か冷たい。…信じたくなかった。エアリスは自分をからかっている。いつもみたいに自分をおちょくっているのだと思う事しか出来なくて、ユフィは同じ動作を何度も何度も繰り返していた。その事実を認めないように。その現実から、逃れるように。


「っ、」


シンバはそんなユフィの様子を見ていられなかった。いたたまれなくなったシンバは、逃げるようにその場を去ろうと立ち上がる。


「…シンバ?」


ヴィンセントが自分を呼ぶ声が聞こえたが、振り返る事なく手のひらを彼に向けて返事をした。…こなくていい。一人にしてくれと言うように。ヴィンセントはそれを悟ったのか、シンバを追う事はしなかった。



クラウドは、事の全てを話した。
ティファはそれを聞きまた涙を流し、ユフィは泣きじゃくり、レッドは涙の代わりに首をうなだれ、シドは涙を煙に変えて口から吐き出す。バレットは怒りに変えて壁を殴り、ヴィンセントは静かにその怒りを現し、ケット・シーはその表情こそ変わらなかったが静かにそれを噛み締めているようだった。

ティファもクラウドも、セフィロスがシンバに向けた言葉については他言しなかった。ティファに至ってはエアリスの死の方が大きく心を占めており、セフィロスの言葉をあまり覚えていないということもあったのだろうが。


「……――」


ユフィの泣き声とティファのすすり泣く声だけが、その場に響いていた。



*



「――…っ、」


シンバは皆から少し離れた場所まで移動し、また大きく悲しみを吐き出していた。壁にもたれかかり、ズルズルと力が抜けて行くようにその場に座り込む。

走馬灯のように、頭の中で回想される今までの事。
明るくて、花が大好きなエアリス。人の恋愛に首を突っ込みたがるエアリス。腹黒くて、どSなエアリス。優しくて、気遣いの上手いエアリス。笑った顔も、怒った顔も、悲しんだ顔も、全部見てきた。全てを一緒に感じ、考え、乗り越えて来た。


「…っ!!」


涙は止まる事を知るどころか、止めどなく溢れ出てくる。身体中の水分を全て出し切っても出しきれない悲しみがシンバを覆い、それに押しつぶされそうになる。
…いや、寧ろ押しつぶされてしまえばいい。

潰してくれ。
壊してくれ。

自分の存在なんて、消えてしまえ。


「うっ…うぅっ…!!」


シンバは力なく握った手で、地面を叩き続けた。



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