56 the reason of presence



「――…エアリスを、眠らせてあげよう」


暫く静寂に包まれていたその場で、小さくクラウドが音を発した。その言葉に皆は静かに頷いたが、一向にエアリスにしがみ付き離れない人物が一人。…ユフィだ。
そんなユフィをヴィンセントは無理やり引き剥がす。ユフィは嫌だと言うように抵抗するも、すぐにヴィンセントの胸にしがみ付きまた泣きじゃくっていた。



それぞれがエアリスに別れを告げ、その思いを乗せてクラウドはゆっくりと泉に足を踏み入れた。


「……」


ふと、エアリスの顔を見やる。変わらず穏やかに笑っているように見えるエアリスの表情は、一生忘れられそうにない。
そして、名残惜しむように、そっとエアリスから手を離す。支えを無くした彼女の身体はユックリと泉の中へと吸い込まれていく。

その心内に、謝罪の言葉など浮かんでこなかった。あるのはただ、自身の罪の意識。
…クラウドはエアリスが見えなくなるまで、ずっと泉の中を見つめ続けた。



*



悲しみと絶望に浸るその雰囲気が晴れる事は無く、皆の旅への勢いを消失させてしまっていた。誰かが言ったわけでもなく、泉の傍にあった小さな建物にこもり、各々心に整理をつけようと物思いに更ける。
口を開く者は誰としておらず、ただ静寂だけが流れていった。


「……」


クラウドはいたたまれなくなり、その場から去っていた。

エアリスのことは勿論だが、セフィロスが放った言葉がやけに心に渦巻いて消えない。


—―己は、人形。セフィロスの人形。操り人形。


そう言われて、完全に否定できない節がある事にクラウドは気付いていた。古代種の神殿でも、ここでも、自分はセフィロスの思い通りに動いていたから。


「……」


心穏やかでなくて、じっとしていられなくて。クラウドはまた、その場所へと歩みを進めていた。



*



辺りはすっかり暗闇に色を染め始めていた。
くっきりと月の姿を映し出していた水面が揺れ、それがぐにゃりと歪み形を変える。…泉の中を彷徨うように歩くその人が起こす小さな波の衝動が、月の姿をぼかす。


「……」


シンバはどこを目指す事なくその泉の中を進んでいた。奥へ行こうとすればするほど深みにはまり、それはシンバの服を、身体を、冷たく覆っていく。
ふと足元を見みるとそこにはもう足場はなく、淡いグリーンとブルーが織り成す色が広がっているのみ。シンバはそこで歩みを止めた。

…その場所は、クラウドがエアリスを弔った場所。



「――…?」


祭壇へと向かっていたクラウドの目に映った、泉の中にいるシンバの姿。しかし彼女は泉の中に視線を落としたままピクリとも動かない。怪訝に思ったクラウドは、少し焦りを感じ始め足早にそこへと向かった。


「シンバ…?」


その呼びかけにゆっくりとクラウドの方へ振り返る。その顔はもう涙に濡れてはいなかったが、シンバはまた視線を戻しその顔を天へ仰ぎ、そして一つ深呼吸をした。

気づけばクラウドも泉の中を進んでいた。シンバのすぐそばまで来たクラウドは、その場所が先ほど自分がエアリスを弔った場所だと気づいてその表情を暗く落とす。


「…大丈夫?」


その声にハッとしたクラウドは顔をシンバに向けたが、その表情に心が強く動かされるのを感じた。あの時のエアリスのように、彼女が微笑んでいたから。…きっと自分を心配して明るく振舞おうとしているのだと思った。本当は笑うのも、辛いはずなのに。


「…シンバ、俺は――」

「クラウドのせいやないよ」

「…!」


自分の心を見透かしたようにシンバは言う。
そばにいたティファも自分を責めようとしなかった。他の、仲間も。…それが逆にクラウドを苦しめているということ、きっと誰も気づいていないのだろう。

両手を泉に浮かす。水の中でいやに白く映えるそれに思うは、過去の罪。
エアリスを殺そうとした。自分はこの手で、エアリスを殺そうとしていた。それが自分の意志ではなかったとしても、そうした行動に出た事は事実だ。
それに、エアリスを救えなかった。一番近くにいたのは自分だったのに。何も出来なかった。自分は目の前でエアリスを見殺しにしてしまった。


「…俺は、俺はどうしたらいい?」


唇を噛み締めるクラウド。


「…俺は、このまま旅を続けていいのか?」

「…、」

「俺は、自分が怖いんだ」


心の不安は、もう隠せなかった。自分の知らない闇の部分がセフィロスによって操られている。そうしてとんでもない過ちを繰り返している。これ以上旅を続ければ自分はまたセフィロスによって操られ、過ちを重ねるだろう。絶対に。確実に。
長い旅、それでもここまで誰も失わずに順調に進んできていたのに。自分のせいで、仲間の命を一つ失ってしまった。そんな自分がこのまま旅を続けていいはずがない。

仲間一人守れない自分が、星を救う資格なんて、ない。


「……やめちゃおうかな、旅」


今まで黙っていたシンバのその言葉に不意を突かれたのか、クラウドは驚きの顔を彼女に向けた。視線の先のシンバは泉の上に寝転がって浮力に身を任せ、ユラリと泉の中を漂っている。

シンバは天へと向けていたその目を、そっと閉じた。…真っ暗な夜空に満天の星空の光は、自分には眩しすぎるような気がして。


「ウチはこの旅に関わったらアカンかった。…ううん。この世界におったらアカン」

「…、」

「クラウドは大丈夫。旅を続ける理由、ちゃんとクラウドは持ってるから」

「、理由…?」

「セフィロスを倒して、この世界を救う。…それが、クラウドが旅を続ける理由」

「でも俺は、」

「大丈夫やってば。クラウドは大丈夫。いつか必ずその呪縛から解放される日がくる。…クラウドの居場所は、ちゃんとここにある」


起き上がりクラウドへ向き直ったシンバは心配しなくても大丈夫と言うようにニッコリ笑ってみせる。
しかしすぐにその視線を下へ落とし表情に陰りを見せ、それを隠すようにクラウドに背を向け歩き出した。


「…けど、ウチは違う」


シンバはもう一度夜空を見上げる。


「最初はな、全部変えたいと思った。自分の知ってる嫌なこと全て。起こって欲しくない事。何もかも変えて、自分の良いようにしてしまおうって」


でも、結局何も変えられなかった。…否、変えてはいけなかったのだ。変えたらセフィロスの思い通りになる。それがハッキリとわかってしまった。そしてセフィロスが最後に言おうとした言葉も、シンバにはわかっていた。

自分がいなくてもこの星は救われる。自分が何もしなくてもこの星は救われる。それが現実で、真実。他世界から来た自分が何か事を起こせば、シナリオが変わる。自分は、厄災の方だった。セフィロスと同じ、メテオと同じ。この星にとって、自分は厄災なのだ。
それに、気づいてしまった。本当は気づきたくなかった。知りたくなかった。しかしセフィロスに会って、彼が自分の存在をほのめかした時からシンバの中で何かが変わってしまった。

夢にまで見た世界に突然やって来て、会いたかった人たちに次々に会えて幸せだった。
…かもしれない。

それなりにこの世界を楽しんで来た。
…かもしれない。

クラウド達と一緒に世界を救うと覚悟も決めた。
…つもりだった。

でも、何もかもが怖くなった。真実を話そうかと何度も思った。けれど話して、自分の知らないシナリオに変わるのが怖くて出来なかった。
…それでも、エアリスは、エアリスだけは救いたかった。それでシナリオが狂ったって構わないと思っていた。矛盾しているのはわかっている。でも、目の前で殺されると知っていて何もしないわけにはいかなかった。

…しかし、


「エアリスを殺したんは…ウチも同然」

「…それは、違う」

「違う事ない。…知ってたのに、わかってたのに救えへんかった。全部話してたら、なにもかも、話してたら――」


クラウド達に真実を話していれば、皆でエアリスを救えたかもしれない。一人で色々悩んで抱え込んだ挙句、結局最悪のシナリオを辿ってしまった。助けたかった筈なのに、自分は結局何もしなかった。出来なかったのだ。

裏切り者だというセフィロスの言葉は当然だと思った。エアリスがセフィロスに殺されると知っていて、その事実を隠してきたのだから。皆を騙していたといっても過言ではない。

今までだってそうだ。一人全てを把握し、皆がその通りに動いて行くのを心の中で楽しんで来た。遊び半分で、何の覚悟だって本当はなかったのかもしれない。同じ場面にいても一人だけ違う事を感じ、皆に合わせてきた。状況の把握の仕方も、感じ方も、皆とは、違って。
…悔しいけれど、セフィロスの言っている事が全て正しい。自分はこの星を救うつもりなんてなかったのだろう。ただ、彼らと一緒にいたかっただけ。そんな理由で、エアリスを死なせてしまった。最低だ。

自分は、最低な人間なのだ。


「…旅をやめるんは、クラウドやない。ウチや」

「…シンバ、」

「ウチは、この旅に必要ない。…最初っから、ウチは必要なかった」

「そんな事、ない…!!」


いつまでもゲーム感覚だった。画面の外側にいるように接してきた。だから平気だった。なにもかも隠して、何もかもを、知らないフリをして。


「…ウチは、元の世界に戻った方がいいんや…」


この世界に自分のいる理由なんて、最初から無かったのだ。自分はずっと一人ぼっちで、孤独だったのだ。この世界に来た時から、ずっと。…そしてこれからも、ずっと。


「この世界に、ウチの居場所なんかない…」


唇が震えているのがわかった。視界がぼやける。頬が濡れていく。
自分のすすり泣く声だけが響いて、もう、何も聞こえなくて、


「――シンバ」


だから、わからなかった。クラウドが自分の近くまで来ている事。クラウドの声が間近に聞こえた次の瞬間、肩に重みを感じたかと思ったら強引に振り向かされ、

シンバの目の前に金色の景色が広がった。


「!」


同時に感じた、唇への熱。
…シンバは、目を見開いた。


「っ、」


クラウドに、口付けられていたから。


「っ、…!」


吃驚して反射的に身体を離そうとしたが、クラウドの腕が背中と首に回りそれを阻止される。触れるだけのキスから、啄むようなキスが降り注がれていく。クラウドの唇から感じる熱が身体中を駆け巡って、もう何も考えられなくなっていた。


「っ――」


シンバはそっと目を閉じた。思いに答えるように、彼の服をキュッと掴んだ。それが合図となってクラウドはシンバを抱きしめる腕に力を込め、その距離を縮める。


角度を変えて、互いの唇を重ね合った。


何度も何度も繰り返すうちにクラウドはそれをより一層深いモノへと変えていった。
シンバが涙を流す暇さえないように。シンバが何も考えられなくなるように――


「……シンバ、」


暫くして、名残惜しそうにその唇を離したクラウドは、代わりにその額に自分の額を重ねる。


「…シンバの居場所は、ここにある」


クラウドはまた、腕に力を込めた。シンバがどこへもいかないように。一人だと感じないように。ここが居場所だと、教えるように。


「…だから、そんな事言うな。俺にはお前が必要なんだ」

「…!!」


シンバはギュッと目を瞑った。目尻からまた、一筋の涙が頬を伝って流れていく。


「…それだけじゃ、ダメか?」


シンバがいる。それだけで十分だ。シンバが何者でも、何を知っていようと、関係ない。クラウドにとって今の彼女が、シンバだ。こんなにシンプルで、簡単な理由他にない。


"クラウドを、支えてあげてね"


途端、シンバの頭を過るエアリスの言葉。…エアリスには逆らっちゃいけない。いつからそう思ってきただろう。結局いつもエアリスの言いなりだった。今回もそうだ。エアリスには敵わない。
守らなかった約束の代わりに、それだけは貫き通せる気がした。クラウドのそばでずっと彼を支えていく。彼の為に、自分は存在する。…セフィロスの為じゃない。自分は、セフィロスの為にこの世界にきたのではない。


「シンバ」


クラウドの大きな手に頬を包まれ、指でそっと涙の跡を拭われる。優しく温かな温もりに、シンバは静かに目を閉じた。
その顔にもう悲しみはなくて。クラウドは一つ笑みを浮かべ、その唇に吸い寄せられる様に顔を近づけた。


重なる二つの影が、水面で静かに揺れていた――



*



水面が静かに月明かりを照らす。穏やかに揺れる月は、先ほどよりも明るく映し出されていた。

泉からあがったシンバとクラウドはエアリスがいた祭壇に腰を下ろし、その水面に映る月を見下ろしている。


「…俺、続けるよ」


ふいに口を開いたクラウドに、目を向ける。


「…旅、続けようと思う」

「…うん、」


もう一度泉の中に視線を戻すと、ふと、その月が揺らめいたように見えた。…エアリスが安心してる。シンバはそう思った。


「シンバも…きてくれるよな?」


その顔をまた彼に向け、そしてニッコリ笑って一つ頷く。


「ありがとう」


クラウドがお礼を述べるのを、初めて聞いた気がした。


「シンバ、俺…待ってるなんて言ったけど、もういいんだ」

「え…?」

「シンバがどこの誰であっても、何を知っていても、関係ない。… シンバはシンバだ。そうだろ?」

「…でも、」

「バレット達に言ったところで何も変わらないさ。アイツらはシンバを責めたりしない」


言ったって、今更。それに今全てをバラしたところで何も変わらない。彼らはだからなんだとあっけなく言い放ってくれるかもしれない。というより彼らは自分たちの未来なんて知りたがらない。そう思った。


「苦しくなったら、いつでも俺がいるから」


地に付けていた手にクラウドの手が重なる。シンバはその方へ視線を落とした。クラウドの大きな手がスッポリと小さな自身の手を覆っていて、答えるように、キュッとその手を握り返した。

そしてクラウドとの隙間を埋めるようにその体を寄せ、その逞しい肩に頭をコテンと預ける。クラウドは一瞬驚いた顔を向けたが、照れ臭そうに視線を前へと戻した。


「ありがとう」


そう一言言って、シンバはそっと目を閉じた。
クラウドと一緒なら、もう何も怖くない。何にも怯える必要なんてない。そして、もう何も望まない。これ以上変えたい未来なんて、ない。…否、変えない。自分はただ行く末を見守るだけでいい。アシスト役だ。子供の行動を見守る母親の様に、後ろから彼らを眺めるだけ。セフィロスの思い通りにはならない。させない。だから、何もしない。それでいい。それでいいのだ。

そしてこの星を救う。皆と一緒に、エアリスの思いを乗せて。


「…――」


クラウドがまた、シンバの手を強く握り返した。





***





「…みんな、聞いてくれ――」


皆の元へ戻って後。クラウドは胸の内をぶちまけた。

己は今まで自分の意志でここまでやってきたと思っていた。セフィロスを憎み、セフィロスをこの手で倒す事を目的としてやってきた。しかしそんなセフィロスに操られ敵対する相手に黒マテリアを渡し、この手でエアリスを殺そうとした。そういう自分が自身の中にいる事実に恐怖を覚えた事もクラウドは述べた。
このままではもっととんでもない事をしでかすかもしれない。自分を信じる事が出来ない。そんな状態で旅を続けていいものかと思った。だから旅をやめようと思った事も、クラウドは赤裸々に話した。


「でも…俺は行く」


5年前故郷を焼き払い、たった今エアリスを殺し、そしてこの星を破壊しようとしているセフィロスを許してはいけない。見逃してはいけない。この決着は、自分が落とし前をつけなければならないのだと。


「皆も、来てくれるよな?…俺がおかしな真似をしないように見張っていて欲しいんだ」


いつまでもくよくよしていてはいけない。エアリスは一人で頑張っていた。一人で立ち向かっていた。一人で、戦っていた。そんなエアリスの行動を無駄にするような事はしてはいけない。命をかけてまでエアリスがしようとしていた事を、自分達が引き継ぐのだ。
そして星を救う。それがエアリスの為。エアリスの、敵討ちの為。


「…まだ、チャンスはある。セフィロスがメテオを使う前に黒マテリアを取り返すんだ」


皆が静かに頷いた。

まだ、終わってない。
まだ、始まってない。
戦いは、これからなのだと。


「行こう」


一行は、忘らるる都を後にした。



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