「…――」
研究員達がいなくなった部屋で一人、まっすぐ天井を見つめる。何も映さないその瞳は生気を失いつつあり、まるで思考回路が途切れてしまったロボットのようにピクリともシンバは動かなかった。
「――…ご機嫌いかがかね?」
そのような状況を見ているにもかかわらずそのような質問を投げかけるとは、この男ある意味天才かもしれない。シンバは返事も、宝条を見る事さえもしなかった。
「いろいろ試してみたんだが、君の能力はいたって一般的だったよ…実に残念だ」
…残念なのはこっちである。こんなに沢山いろいろ痛い思いをさせられて何も無かったなんて、そんなのただのやり損ではないか。
ふざけるな。自然と手に力が籠る。…しかし、思った以上に力が入らない。盛られた薬のせいかもしれない。
「…だが、実に興味深い事が一つ――」
目だけを向けると、宝条は眼鏡を人差し指で抑えるいつものお馴染みのポーズをとっていた。…その視線の先には、一枚の紙。
「君のDNA、血液型…」
ドクリ。嫌な予感がした。
「どれもこの世界には存在しないのだよ…」
そしてそれは的中する。シンバは、大きく目を見開いた。
「どういう事か、説明してもらおうか?」
――嘘
一瞬にして瞳が生気を取り戻した瞬間だった。
いくらここがゲームの世界でも、人は人だ。自分と同じように呼吸をし、動いたり、泣いたり、笑ったりしているのに。自分のDNAが、血液型が、この世界には存在しないなんて、
「…意味がわからない」
シンバは宝条を見たままそう口を開いた。
「聞きたいのはこちらの方だよ。このような形は見た事がない…君は、」
「ウチは、人間や」
「君がそう思っているだけで、違うのかもしれん…」
ゾクリ。と音がしそうなくらい体に戦慄が走るのを感じた。
そして宝条の口角が上がった。…これは何か、危険なサイン。
「…君は何者だ?」
宝条の眼鏡が鏡のように反射し、そこに自分の顔が映る。映る自分は列記とした人の姿をしている。…当然だ、今まで―この何十年人間として生きてきたのだから。
――宇宙人
ふと、シンバの中に浮かんだ、その三文字の言葉。もし宝条の言う事が本当ならば、この世界に存在していなかった自分―いや、そりゃもともと存在はしていなかったが、DNAまで違うと言われてしまったら自分は異人にあたる。いわゆる宇宙人、未知の生物ということになる。考えればそもそもこちらの世界の人間達の方がそれに当たるのだが、なんせ今は立場が違う。…この世界が今は全てであるのだから。
「…っ、」
シンバは口を閉ざした。視線をずらしたシンバを見て、宝条は確信したように笑った。
「…やはり君は、素晴らしいサンプルだったようだ」
そう言っていつもの笑い声を上げながら部屋を出て行く宝条。サッと血の気が引くのを感じた。
――っ、
このままでは、マズイ。きっと今以上に何かをされ、今度こそ本当に人ではなくなってしまうかもしれない。自然と唇を噛みしめる。自分にもっと力があれば、こんなところ簡単に抜け出せるのに。
「……」
…いろいろな思考が頭を駆け巡り、ふっとそれは無意識に、脳内に浮かび上がった。
――マテリア
それを思ったと同時。それは今何処にあるのかと自身に問う。
「っ、制服のポケットや…」
自分の足元の方―部屋の隅にあるロッカーを見つめて後悔を噛み締めるように小さく呟く。…しかし後悔したところでそれは仕方ない事。あの冷たい人形の女性が―否、実験を施される人間がモノを所持することを許される筈がない。
しかし、きっとそれが助けてくれるという確信が沸いていた。"あの時"だって、あのマテリアが助けてくれたから。どうやったかは全く覚えていないけれど、確かに感じた。
…マテリアの、力を――
「…助けて」
ドクン、
――お願い
ドクン―
ドクン――
制服のポケットの中で静かに赤を放っていたマテリアが、中心に渦を巻くようにその赤を集め始め、光はじめる――
シュイイイン――
「…?」
足元が急に明るくなったかと思い目を向けると、ロッカーの扉の隙間、中が激しく光を放ち始めているのが見え、不思議な光景だと思ったのも束の間。次は収縮するようにその光が消えていって、
「??」
…完全に消えたと思った瞬間。
ドゥオオオオオオオオオン――!!!!!
――!!!?!!?
激しい光と共に爆発音と爆風がシンバを襲った。実験器具や棚は忽ち倒れ、窓ガラスも激しく割れていく。ベットにつながれたまま下の土台と共に床に投げ出されたシンバは、身の危険を感じ可能な限り体を小さくして縮こまった。
「!?!?」
…それは、ほんの一瞬の出来事。
爆風が収まったところで恐る恐るロッカーを見やる。しかしあんなに激しい光と爆発音を出していたにもかかわらずロッカーには傷一つついていない。キコキコと古い音を立てて扉は開閉を繰り返しており、中は空っぽになっている。
…本当に自分、今年は大殺界のようだ。自分の人生を後悔し始めたところで今にも泣き出しそうな顔をしながら、シンバは辺りを見回した。
「……」
一変した部屋の中は何かが暴れまわった後のようになっており、爆発の凄まじさを物語っていた。扉の軋む音も止んで、一瞬、静寂が辺りを包む。
――しかし、
「キュオオオオォォ…」
聞こえてくるはずのない声がその静寂を打ち破った。どこをどうとって聞いてもそれはモンスターの声。シンバはビックリして必死に辺りを見回した。…が、その姿は見つけられない。
「――何だ!?何があっ…!!」
血相変えて入ってきた研究員達はその一変した部屋を見て絶句していた。何があったんだ、この女一体何をしたんだと言わんばかりに研究員達の顔が引きつっていく。…いや、自分は何もしていないと弁明しようとした時。
「なっ!あれは…!?」
一人の研究員がシンバの背後の天井を指差していた。だんだんとその顔に浮かび上がるは驚きと恐怖。
「…バハムート!?」
「バハムート!?」
シンバは研究員の言葉を鸚鵡返しすると限界まで体をひねって後ろを振り返った。かなりしんどい体制になったが、…目に飛び込んできたものを見てそんな事どうでもよくなった。
「…うそ、」
そこにいたのはバハムートらしきもの。…なのだが。
「……ばはむーと?」
バハムートといえばその強さとかっこ良さが売りのようなもので、そこに惹かれバハムートしか使わなくなったのはシンバだけではないだろう。確かに目の前にいるそれは形からしてバハムートと呼ぶにふさわしい…のだが、問題なのはその大きさだった。その威厳の大きさにともなう体格の大きさが力強さを感じさせるもの。というより召喚獣は人間よりはるかに大きいものだと勝手に思っていたのだが、そう思っていた自分が間違いなのかと思うほどに、そのバハムートはかなり小さいのである。
「キュオオ…」
確かに、声もなんだか可愛い。
「――何があった?……ほう、」
後からやってきた宝条はこの状況に顔色一つ変えず、寧ろバハムートを見つけて喜んでいるようだった。
「バハムートの子供…か。一体どこから――」
宝条がバハムートの真下にいるシンバを見つける。それから、何か考えるようにバハムートとシンバを交互に見やって、
「なるほど。実に面白い」
…いや、何がおもしろいんだ何が。この状況の何がおもしろいんだ。まったくもってこの男は理解不能である。
「…捕らえろ」
そう一言言い残し、何事もなかったかのように宝条はどこかへ行ってしまった。…何て無責任な上司なんだろう。その上司の嵐の様な行動についていけてない研究員達は、少し遅れて表情を強張らせた。
…なるほど。結局はみな宝条に頭が上がらないだけで、本当は普通の人間なのかもしれない。第一この状況に平然としているのも宝条だけだ。やっぱり彼はある意味天才だ。
そうして研究員達がそれぞれ戦闘体制を取ろうとしたと同時。バハムートが大きく息を吸い込んだ。みるみるうちにその口内は赤く染まっていって、
ゴォォォォ――!!!
バハムートの口から放たれたそれは瞬く間にフロア一面を火の海にしてき、研究員達の叫び声や悲鳴がそれに比例するように辺りに広がっていく。
一人の研究員が果敢にもバハムートに銃口を向けたが、頭を仰け反る様な動きをしたその間にバハムートはまた大きく息を吸い込んだ。
――くる
シンバは出来るだけ小さく身を屈め、次に来るであろう衝撃に備えた。凄まじい光と共にバハムートの口から光線が放たれた瞬間。
ドォォオオオォォォォオオン――!!!!
凄まじい爆発音と爆風が起こり、その爆風でシンバはまた吹っ飛ばされ、
「キュアアアアアア――!!!!」
バハムートの雄叫びが、フロア一体に響き渡った。
*
「――ったぁ…」
顔をしかめながら、反射的に勢いよく体を起こす。…あ、そういえばベッドと繋がれていたままだと気づいた時には遅いと思ったものの、それとは裏腹にすんなりと体は起き上がってくれた。
手首に嵌められていた錠は未だ付いているものの、錠とベッドとを繋いでいた鎖が切れている。きっとさっきの衝撃で切れたのだろう。シンバは整わない呼吸を必死で抑えようと自身の身体を見つめながら、軽くパニック状態でも正気を保っていた。
「…――」
少しずつ状況を把握するために、身の回りから確認していく。
すると自身のすぐ近くに落ちていた細長い棒が目に入る…レノにもらったロッドだ。シンバはとっさにそれを掴んだ。
辺りを見回すと未だ床は燃え上がっており、自身の身体も焼かれるのかと思うほど、かなり熱い。その状況を作り上げた本人―バハムートを探すも、その姿はどこにもない。
しかし探す中でシンバは、火の海の中で違う赤を放つ丸いものを見つけた。おぼつかない足取りでそれに引き寄せられるように近づく。
「…っ」
それは紛れもなくシンバがあの時拾って、宝条に捕まるまで肌身離さず持っていた――マテリア。
「――く、貴様…」
「!」
マテリアを見つめていた顔を声の方に向けると、倒れていた研究員がこちらを睨み起き上がろうとしていた。…あぁ、絶対これ自分のせいだと思われてる。シンバは竦む足を必死に奮い立たせ、駆けだしていた。
必死だった。とにかく逃げなければ、捕まったら今度こそ終わる。
…マテリアが―バハムートが、自分を助けてくれたんだと思った。息が切れそうでも、足がもつれて動かなくなりそうでも、シンバはがむしゃらに走っていた。
…どこへなんてない。どこでもいい。どこか、遠くへと。
***
「――ハァ、ハァ…!!」
逃げ惑う身体にいつも以上の力は入らず、シンバはフラフラながらも懸命にその足を動かしていた。…きっと打たれ盛られすぎた薬のせいだろう。
遠くでは自分を探しているであろう研究員達の声が聞こえる。相変わらず追手を回すのだけは早い。この分だときっと神羅兵も駆り出されているに違いない。
「はあ、ハァ…。やば…しんどい…!」
裸足で走り続けていたためか、足の裏が猛烈に痛い。それに足がガクガクと震えているのが目に見なくともわかった。
パンッ――!
「うっ…!」
乾いた音が聞こえたと同時、左太ももに衝撃が走り、シンバはその衝動でその場に膝から崩れ落ちた。
銃弾が左太ももを掠めたのだ。噴き出す血が、白いワンピースを赤に染めていく。
痛みに耐えるように、唇を噛み締めながら振り向く。遠からず近かからずといった距離に研究員達がいるのが見える。
「くっ…」
シンバが足の痛みをこらえ、走り出したそうとした時。
パンパンッ――!!
「あっ…!!」
今度は右腕に銃弾がヒットした。彼らは自分を殺そうとはしていない。捉えるために、その自由を奪うために撃っている。だから急所は狙われない。…だが、尋常じゃないくらいに痛い。今まで味わったことのない痛みが身体中を襲う。
だが、止まってはいけない。止まったら待っているのは死だ。こんなところで死んでたまるものか。
*
なんとか銃弾を切り抜け走り続けてきたが、足を動かしている感覚が徐々に無くなってきていた。止まりたい。隠れたい。休みたい。隠れたって見つかるのは時間の問題なんて事は十分すぎるほどわかっていたが、しかし今はもう体が限界だった。
そうしてシンバは、次に見つけた路地裏の物陰に身を潜めた。必死で息を整えるも、身体は酸素が足りないといわんばかりに必死になって呼吸をしようとする。
「はぁ…ハァ……」
――誰か、助けて…
そう思っても聞こえるのは、自分の暴れる心臓の音。荒い、呼吸。そして神羅兵や研究員達の騒々しい声。
目を閉じた瞬間身体が倒れていくのを感じたが、自身でそれを止める事はできなくなっていた。
そうして次にくる衝撃は固く冷たいコンクリートだと思っていたのに、感じたのはガッチリとした、しかし暖かな温もり。
――…?
何かが自分を支えている。必死で目をこじ開けそれを確認すると、ぼやける視界に映った人物。それを捉えた瞬間、心臓がドクンと跳ね上がった。
「っ…!?」
名前を呼ぼうとしても声にならない。…否。言ってはいけない。自分は彼の事を知らない設定である。飛びそうな意識の中でもそこだけはハッキリしていて、
「…おい…大丈夫か…!?」
その人は、このまま会う事なんて無いだろうと思っていた、
――金髪の青年だった