59 a rude shock



「ゴホッ…ゴホッ――」

「…大丈夫か?」

「う"ーん…」


大氷河を進むに連れて天候が悪化し、比例するようにシンバの体調も悪化していった。長旅の疲れが寒さと一緒にきてしまったらしい。最悪だ。こんなところで体調不良とか最悪。一番恐れていたパターンだった。身体は既に重く、だるい。寒いはずなのに身体が嫌に火照っているように熱い。加えて息もし辛くなってきている。…もしかして自分ここで生き絶えてしまうんじゃないかとシンバは内心思っていた。

寒さも一段と増し、空さえも雪で埋め尽くされていった。視界はどんどん狭まっていき、1m先が見えるか見えないほどまでに酷くなる。シンバ以外のメンバーも、自分たちはここで生き絶えるのではないかと思い始めていた。


「……」


シンバは自身の視界がどんどん暗くなっていくのを感じると同時、自身の意識が遠くなるのも感じた。よく雪山で目を閉じてはいけないと言うが、人の身体の摂理には逆らえないと心底思わされる。閉じていくものをこじ開けようとしても無理だ。睡魔に襲われてそれに負ける心理と同じである。…そしてシンバはそれに負けた。

シンバの目の前が、真っ暗になった。




*




次第に晴れていく意識に、暖かい空気が自分を包んでいるのを感じる。…あぁ、今度こそここが天国。などと考えてその目を開く。先ほどとは裏腹に瞼は自分の言う事を聞いてくれた。けれど、その上に何かが乗っているかと思うほどそれは重たかった。


「シンバ、大丈夫?」


聞こえてきたのはティファの声だった。重たい瞼をこじ開けてそちらに目を向けると、心配そうに覗き込むティファがそこにはいた。
その背後の景色に目をやると、木で覆われた壁が見えた。ここはおそらくログハウスなのであろう。そして自分がいるのは布団の中であるということに気づいた。そうして重たいのは瞼だけでなく、身体全体に重力がのしかかってるような感覚に襲われる。体調は全くよろしくないようだった。


「…ここは?」

「絶壁の麓にある、ホルゾフさんという人が住んでる小屋よ」


皆死にかけてたからすごく助かったわ。とティファは苦笑いを浮かべながら言った。

ホルゾフはこの地に20年近く住んでいる登山家らしい。ホルゾフとその仲間は昔、北の大空洞を目指しその絶壁へ挑んだのだが、若くあり無知すぎた彼らはそれを達成する事が出来なかった。そして襲いかかる無謀な寒さに、仲間は自ら命を断ってしまったのである。その経験をきっかけにホルゾフはこの地に居座り、同じように絶壁に挑もうとする者に少しの休息と注意を提供し続けているのだそうだ。


「…、」


もうそんなとこまで来たのか。とシンバはふうと一つ深呼吸し、そして身体を起こそうと試みた。…が、頭の中の自分が起きたくないとだだをこねる。


「…なんかめっちゃだるい」

「当たり前よ。熱があるんだから」


やっぱりか。シンバは動かない手を持ち上げてもう片方の手を握った。それは尋常じゃないくらいに熱く、いつもより脈も早い。…あぁ、もう最悪だ。シンバはあからさまに大きな溜息を吐いた。


「旅の疲れがきたのね。…ゆっくり休んで」


ティファはいつもの調子だった。シンバはそれに返事をする事が出来なかった。ボーッとする頭でも、この後のシナリオはハッキリと頭の中に入っているから。

ここで立ち止まっていてはいけない。ましてやその理由が自分な事が最悪だ。早く北の大空洞に向かわなければいけない。なぜならそこに向かっているのは自分達だけではない。神羅が—ルーファウス達もそこを目指しているからだ。こんなことをしていたら、先を越してしまうかもしれない。今は今後の運命を決める大切な時期にあたる。ここは何事もなく行きたかった。なんてタイミングが悪いんだろうかとシンバは自分の運気を呪った。


「…なぁ、ティファ」

「なに?」

「…先、行ってエエで?」

「え?」


ティファは驚きの表情をシンバに見せる。


「…こうしてる間にもセフィロスが、黒マテリア…使こてしまうかもしれへんやん」

「…でも、」

「ウチは大丈夫。…ウチのせいで、メテオ降ってくるようなったら困る」


実際そうなのだが、皆をその場所へ向かわせるにはその言葉を出すのが賢明だと思った。

それを聞いてティファは俯いてしまった。今自分たちが一番にしなくてはいけない事、それは誰だってわかっている。けれど病気の仲間を置いて行く事に気が引けているのだろうとシンバは思った。
しかし、自分の為に貴重な時間を割いてはいけない。忘らるる都で誓った。これ以上シナリオを変えるような事は起こさないと。

ティファの気持ちはすごく嬉しかった。皆仲間思いのいい人達だ。けれども自分は仲間であって、仲間ではない。もうわかっている。もう開き直っている。悲しくなんてなかった。それがこの星の為だって、わかっているから。


「……」


ティファは何も言わなかった。ティファに言ったのが間違いだったかもしれない。きっと彼女は一人で決め兼ねているのだ。…こうなったらこういう話を一番理解するであろうバレットに言うのが策か。とシンバが一人働かない頭で一生懸命考えていた時。


「――ダメだ」

「「!!」」


クラウドの低い声が聞こえた。一番驚いていたのはシンバだった。というかどうやってこの部屋に入ってきたのだ。と思ってその方へ目を向けると見えたのはその金髪だけで、それがどんどんコマ送りのように姿を現していく。あぁ、ここはロフトか。とシンバはようやくその答えにたどり着いた。


「お前だけ置いていけない」


物分りの一番悪い人がきてしまった。シンバは聞こえないように溜息をつく。

ティファは苦笑いを見せ、空気を読むようにその場を去った。…行くな行くな行くな。二人きりにするでない。シンバの頭の中にまたガスト家でのシーンが蘇り、熱で熱い身体が余計火照るのを感じた。そしてその火照った顔を見られないように布団で半分覆い隠す。


「一人になんかさせないからな」


クラウドは自分が一人でエアリスを追って行ってしまったことを根に持っているのだと思った。そしてまた一人にすればきっと勝手な行動を起こすと思っている。
シンバは今までの自分をやはり後悔する羽目になっていた。このパーティに問題児はユフィ一人で十分である。

…そして、次に降ってきたクラウドの言葉で、事態は急展開を迎える。


「……皆には言ってある。先に向かってくれって」

「、え?」

「俺が残る」


それなら文句はないだろう。クラウドは得意げにそう言った。


「?!…」


…それが一番いけないパターンではないか。何を言い出すのだこの男は。シンバは声を発っそうとして、しかし驚きすぎて咽せてしまった。
そんなこともつゆ知らず、クラウドはベッドに腰掛け、いたわるようにその頭を優しく撫で始める。


「…シンバのそばに、いたいんだ」

「!」


布団を握っていた手がクラウドの手で包み込まれる。寒さに溶け込んだクラウドの手が熱い自身の手にじわじわと溶け込むようにその熱を冷ましていく。
シンバはそれとクラウドの顔とを交互に見やった。クラウドは薄っすらと微笑んでくれて、それにドキンとまた心が高鳴るのを感じると同時。

…シンバの心に、一つ入った皹。

そしてそれは、その隙間からジワジワと染み込むように、湧き出て来、


「……!」


シンバは、ある事に気づいてしまった。
…否、どうして今まで気づかなかったのだろう。


一番肝心で、一番重要なシナリオが目の前にある事に。
根本的に変えてはいけないものを、既に変えてしまっていた事に。


…そう。



クラウドの、気持ちを――



――っ、


心臓が煩く鳴り響く。それは気持ちの高揚ではなく、焦りだった。
一瞬、目の前が揺れる衝動を感じた。頭がクラクラする。それは熱のせいなどではない。シンバの心に隙間なくそれは広がり、黒く渦巻くモノが巣食いだす。

気づきたくなかった。しかしそれは、気づかなければいけない事実だった。やっぱり、いけなかった。クラウドを好きになってはいけなかったのだ。止めていたのに、抑えていたのに、最後まで、留めておかなければいけなかったのに。
…否、それは自分一人だけではどうにもならない事実。

だから、根本的な問題になるのだ。

最初から出会ってはいけなかった。クラウドに出会ってはいけなかった。自分はクラウドに出会った時から―いや、この世界に来た時から、全てを変える原因だったのだ。


「っ、」


今まで築き上げて来たモノが、音を立てて崩れ去っていく気がした。


「――…シンバ?」

「…ごめん。ちょっと、寝るわ」


シンバはクラウドの手を解いた。名残惜しむ暇もなく、寧ろ拒むようにそそくさと布団の中にそれをしまいこんだ。二度とその温もりに触れてはいけないんだと。甘えてはいけないんだと。シンバは、それをかき消すように目を瞑った。

自分で気づいたその事実に、心がついてきていない。クラウドを早く向かわせなければとか、自分のことなんかほっとけばいいとか、そんな事どうでもよくなってしまった。…やっぱり、自分は厄災なのだと痛感させられた。この世界に来た時から、それは決まっていたのだと。

今更覆らないその事実。
誰がなんと言おうと、変わらないその事実。

もう逃げられない。もう、終わりだ。自分は、やはりここにいてはいけなかった。


「シンバ――」


シンバは布団の中にすっぽり身を隠した。


「…――」


願わくば、そのまま消えてしまえばいいと思いながら。



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