60 iron determination



あの後。

すぐに深い眠りに落ちてしまったシンバが次に目を覚ませば、空にはスッキリと晴れ渡った青が広がっていた。どうやら日をまたいでしまったらしい。…消えてしまいたいという願いは、叶わなかった。
当たり前かと思いつつ、すんなりと言う事を聞いてくれるようになった体を起こし一つ背伸びをする。体の重さもダルさもかなり軽減されていた。そういえば今までこんなにグッスリと眠った事なんかなかったかもしれなかった。そりゃ体にも限界がくるはずだと思いながら、シンバは伸ばしていた両手を布団の上へ落とした。


「……」


…それと同時、頭に過ぎるは昨日の事。そしてそれはリセットされていたシンバの心を隙間なく埋め尽くしていった。
体が重くなるのを感じ、重力に従うようにその体をまたベットに横たえる。…否、重くなったのは、心。また新たな悩みが出てきてしまった。一つ解決すればまた次の問題が出てきてしまう。そしてそれは今までで一番嫌な問題だった。

昨日は気が動転してしまい、加えて体調不良から何も考えたくなくて眠ってしまったが、今日は体調もよろしく時間もたっぷりある。…まったくもって最悪な朝を迎えてしまった。今までで一番最悪で、最低な朝。


「っ、」


シンバは意気込むように一つ深呼吸をし、まだら模様の広がる木の天井へと目を向けた。
そして浮かぶ、彼の顔。いつも心の中に潜んでいたあの人への気持ち。やっと表に出てきてくれたのに、それはいけない事だった。悲恋とはこういうものをいうのだろうか。ロ〇オとジュリエッ〇のように、望んではいけなかった事を望んでしまった自分への罰。

これからどうすればよいのかシンバにはまったくわからなかった。自分の気持ちは制御可能…否、しなければならない。それは世界を救うための義務であるから。
しかし、クラウドの気持ちをどうすればいいのかわからない。嫌いになったわけではないから避けるのは気が引ける。けれども避けなければならない。これ以上彼の気持ちを煽るような事をしてはいけない。なら寧ろ嫌われるように仕向けようか。でもそれはそれで自分が嫌だ。嫌われたくない。けれども好きでいてはいけない。…堂々巡りが終わらない。


どうしてクラウドを、好きになってしまったのだろう。
どうしてクラウドは、自分に好意を寄せてしまったのだろう。


世界を救う為には犠牲が必要だなんてどっかの誰かが言いそうなセリフだが、今まさに自分がその状態にハマっているなんて思いもよらない。
世界の為に自分の気持ちを殺す。それが自分が犠牲にすべきモノ。簡単な事だ。元々自分はここにいなかった。初めからなかった気持ちを、ゼロにまた戻すだけの事。


「はぁ〜〜〜…――」


あからさまに大きな溜息をついて、浮かんだ後悔と憤りとやるせなさを吐き出す。
しかしそれはシンバの中から出ていってはくれなかった。それはこれからずっと巣食い続ける。自分の心を、蝕み続けるのだ。

シンバは体を起こし、ロフトの下に目を向けた。ここを降りたら、気持ちを無にしよう。彼への思いはここで終わりにしなければならない。そう気合を入れるように短い息を一つ吐いて、シンバはベッドから離れた。


「……、」


ユックリとカウントダウンするように階段を降りる。一つ一つと降りる度に思い出される彼の事。思い出してはそれをかき消していく。頭の中から、追い出すように――

そしてこれから待ち受ける第一喚問にシンバはまた体が重くなるのを感じていた。皆は今頃北の大空洞を目指しているだろう。自分は一人でそこを目指すわけではない。今から忘れようとしている本人と二人きりで向かわなければいけない。…あぁ、もう最悪だ。いつまで自分の運の悪さは続くのだろうか。と心の中で嘆きながら階段を降り終える。

…しかし。


「おはよう!…もう平気なの?」


シンバの目の端に写ったのは、金髪の彼ではなく黒髪のスレンダーな女性だった。


「…お、はよう?」


そこにはティファの姿があった。シンバは驚いて口を動かす事よりも瞬きをして目の前の事実の確認を急いだ。
固まっているとその後ろからバレットやシドが姿を現す。親父二人に少し茶化されてシンバはようやく皆はまだここに残っているのだと悟り、心の何処かで少し安堵した自分がいる事に気づいた。

天候の悪さもあって、ホルゾフに小屋で待機を命じられたのだとティファが教えてくれた。なんだかんだで結局皆揃って絶壁を目指す事となったが、これはこれでよかったのかもしれない。というよりシンバにとってはありがたい話だった。シナリオ云々よりも、クラウドと二人きりを避けられた事がなにより嬉しかった。


「…もう大丈夫なのか?」


ドクン。とその声に酷く反応を示したのは心だった。いつもなら聞きたかった声に、いつもなら待ちわびていた声に、いつもと違う反応を示す心。シンバはそれにさっそく複雑な気持ちに包まれた。

振り返ってクラウドに一つ笑顔で返事をし、すぐにその視線をずらした。いつかと同じような気まずさが生まれ出す。前よりも濃くベッタリと張り付くそれは、二度と消えてはくれない。…否、消えてはいけない。それと共に、自分はこれからを過ごしていかなければならない。どんなに辛くても、どんなに悲しくても、もう戻れない。戻らない。感情を出してはいけない。…そう、自分は人形になるのだ。心を失くした、哀れな人形に。

シンバはまた気が重くなって、気分を変えるように逃げるように外へと出ていった。




*




「――あ!シンバ!もう大丈夫!?」


外ではユフィとレッドがまた雪だるまを作っていた。どんなけ雪だるま好きなんだコイツは。


「心配かけたな。ゴメン」

「シンバって見かけによらず体弱いんだね!アタシなんて風邪なんか引いた事ないかも!」

「…バカは風邪引かへんって言うしなぁ?」

「え!?なにそれ!?」

「じゃシンバは賢いんだね!」

「そゆこと!」

「違う!!そんなの嘘に決まってんじゃん!!」


ユフィが雪玉を投げつけてきた。病み上がりの人間になんてことするんだと、無作為に地面の雪を掴んでユフィに投げ返す。ユフィは大げさにリアクションしてその結果華麗にずっこけていて、自然と笑みが浮かんでいた。つまらない些細な事だが、シンバは少しそれに心が救われる気がした。

そんなユフィの後ろには、絶壁を見上げるバレットの姿があった。
珍しく景色に黄昏ているバレットを怪訝に思ったユフィが声をかけると、バレットは振り返りもせずその口を開く。


「こういう風景を見てるとよう…自然ってやつは本当、すげぇんだなって思うんだ」


バレットにしてはまともな事を言う。


「こんなところに住めって言われたら俺は迷わず勘弁してくれって答えるぜ」

「…確かに。アタシも無理!!」

「でもよ…もし住む事になったらきっと、いろいろ工夫して居心地よくしようとすると思うんだ。…そんな人間の行き届いたところが――」

「…ミッドガル」

「!」


バレットは絶壁に向けていた目をシンバに向けた。シンバはバレットに察したような顔を向けた後で、苦笑いを見せる。


「…そんな風に考えちまうと神羅の何もかもが悪いとは言えなくなっちまう――」


バレットは言ってはいけないような事を言ってしまったように、シンバからまた視線を絶壁に戻した。それを聞いてユフィは苦虫を噛み潰したような顔をし、レッドも何かを考えているような表情を見せる。

理想を求め何もかもを便利に裕福にしたがるのが人間の欲。人類が始まった時からそれは人の心にあった。次々に開発され絶賛された道具や機械。小物から乗り物、建物まで、沢山の物が人と同じように星の上を埋め尽くしていった。それがその星自体を、自分達が住む土地自体を苦しめる事になるとは知らずに、だ。


「…、」


全く同じ事がシンバの住んでいた地球にも言えた事だった。裕福を手に入れた人間達の代償に選ばれたのが地球の命。しかし、取り返しのつかない事をしてしまったと今更気づいても遅い。過ぎ去った時は、創り上げてきた物は今更どうする事も出来ないからだ。
…だから今、人類はその知恵を地球を守る事に使おうと努力している。後悔するのではなく、今からどうするかが肝心なのだ。


「…――」


シンバはそれと今の自分がリンクしているように感じた。その事実を重く受け止める。
これから自分がどういう行動に出るかによって、今後の運命が決まっていく。生半可な覚悟では挑めない。この星の運命は今や、セフィロスではなく自分の手に握られていると言っても過言ではない。
それを思うと、もうなにもかも考えたくなかった。何故こんな事になってしまったのか。自分がいなければこんなことにはならなかったのに。

何故自分はここにいるのか。
何の為にここに来たのか。


セフィロスの為。
…違う。

この星の為。
…違う。

クラウドの為。
…違う。


だったら、何故。
…自分は、まったく必要ないのではないか。

この旅に、自分は全く必要ないのではないか。


「――うぉぉおおおおおお!!」

「「!?」」


シンバの心の中を代弁するようにいきなり大声を張り上げたバレットに、ユフィとレッドは腰を抜かした。


「な、なにいきなり!?」

「俺とした事がなんてこった!!神羅が悪くないだぁ!?」


いや自分が言い出したのではないか。自分で言っといて自分でツッコミをいれるバレットはいつものバレットに戻っていて、シンバは飽きれたような笑みをその方に向け、高く聳え立つ絶壁に目を向けた。今までに見た事がないその絶壁は、まさに自然が創り出した芸術のように美しかった。


「……、」


しばらくそれを見つめていたシンバの中に思い出されたのは、忘らるる都での出来事。
自分が感じた事、思った事一つ一つが、頭の中で言葉となって響く。もう一度、記憶させるように。しっかりと、わからせるように。…そして、言い聞かせるように。


「…――」


シンバは、心の中で渦を巻いていたモノがスッと一つにまとまっていくのを感じた。
そしてそっと目を閉じ、その小さな拳をキュッと握りしめる。


「…シンバ?」


シンバの背中を見つめていたレッドは、彼女の雰囲気が変わった事に気づいた。

名前を呼ばれ振り返った先のレッドは、悲しそうな顔をしていた。何故そんな顔をしているのか不思議に思ったシンバはその頭を優しく撫でてやる。レッドは少しはにかんで見せたが、その目の奥がまだ揺らいでいる。


「…どした?」

「…不安になった」

「?セフィロス?」


シンバの言葉にレッドは首を横に振った。


「また、シンバがいなくなるんじゃないかと思って――」


シンバは一瞬目を見開いたが、すぐにいつも通りレッドをくしゃくしゃにしてやった。…自身の表情を、悟られてしまう気がして。


「…そんなわけ、ないやろ!」


レッドが感じたもの。それは、いつか感じた不安と同じだった。シンバから伝わってきた雰囲気は何かを覚悟したようなものだったが、その背中から感じたものは消え入りそうな寂しさだった。矛盾するようなそれに、彼女が何か抱え込んでいると感じた。…野生のカンはよく当たる。前も結局その通りになってしまった。だから、レッドは不安になった。シンバがまたいなくなってしまうのではないかという感覚は、レッドにとってセフィロスよりも怖いモノだった。


「…本当?」


くしゃくしゃになりながらも、レッドの顔から不安な表情は消えなくて。


「そんな心配いらへん!今心配せなアカンのはこの星の事や!じっちゃんに怒られるぞレッド!!」


その不安な表情をかき消すように、シンバはグリグリとレッドの頬を撫で回してやった。


「ん〜〜!痛いよシンバ〜〜!!」

「…ぷはっ!」


その手を回す度に表情が変わっていくレッドの顔を見てシンバは吹き出してしまったが、心の底から笑う事が出来なかった。


…また一つ、嘘をついた。

いや、最初から自分は嘘の塊だった。


偽りだけで固めた、偽りの存在。
この世界には、必要のない存在。



…だから、消える。



自分はやはり、この旅に終わりを告げなければならない。

もう、仲間ではいられない。


厄災は、メテオだけで十分だ。


――さよなら、みんな


最後の感触を確かめるように、シンバはレッドをギュッと抱きしめた。



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