「――さっむ!!!死ぬ!!!」
シンバの声は絶壁が生み出す強風によって掻き消された。まるでエベ◯スト登山をしている気分。って自分エベ◯スト登ったことはないんですけどね。などと自身にツッコミを入れ、それを気合にその絶壁に挑む。
シンバはまた動物シリーズメンバーの中にいた。クラウドと他のメンバーが先陣を切ってルートを確保してくれているので比較的道探しに苦労はしなかったし、なによりクラウドとパーティが離れた事に気楽さを感じていた。
けれども心のどこかで、虚しさを感じている自分がいるのも事実。そう簡単に割り切れたら苦労はしない。少しずつ、少しずつ慣らしていけばいい。時間が経てば色褪せる。近くにいるから踏ん切りがつかないだけだ。もう自分は旅をやめると決めた。皆と離れるまでの辛抱だ。そう心に言い聞かせながら、シンバは足を進めていた。
「…大丈夫か?」
「?!」
いつかと同じようなセリフに胸がドクンと高鳴る。振り返って視界に入ったのは金髪の彼―ではなく、この雪山によく映える赤に身を纏った男。シンバはホッとしたような残念なような、どちらともいえない溜息を小さく吐いた。
「大丈夫。尋常やないくらい寒いけど」
「そうじゃない。…体の心配などしていない」
「?」
「…お前は顔に出やすいからな」
「…!」
シンバが驚いて足を止めてもヴィンセントは変わらず歩き続けていた。…そういえばヴィンセントはエスパーだった。それを思い出したシンバは、それでも必死に隠そうとトボけてみせた。
「…何を考えている?」
「…――」
何を隠している。よりも、シンバにとってその質問は核心をつくものだった。
やはりエスパーヴィンセントには敵わない。きっとヴィンセントも気づいている。エアリスやクラウドと同じで―いや、それ以上にヴィンセントはわかっているのかもしれない。もう隠しきれない。…いや、隠さなくていい。ヴィンセントになら、仕方ない。
シンバは覚悟を決めたように一つ息をついて、その口を開いた。
「…旅、やめようと思う。…ううん。やめる」
「何故?」
「…この旅にウチは必要ない」
「…セフィロス――」
「違う。セフィロスの言ってる事は正しい」
「…何を、」
「セフィロスはこの星にとって厄災。…それと同じで、ウチはセフィロスの同志…というなの厄災。メテオと一緒。ウチがおると、この星はアカンのよ」
「っ?」
「…ウチはここにおったらアカン。みんなと一緒におったらアカン。…星の為に。旅はもう、続けられへん」
淡々と話続けるシンバの目には、悲しみも苦しみも映し出されてはいなかった。見えるのは覚悟。揺るぎない決意。相当悩んだ末の結果だとヴィンセントは思った。…もうシンバの心は、決まっているのだと。
「…みんなには黙っといてくれる?」
頼むわ。と言うようにシンバはその顔を顰めて見せた。ヴィンセントの返事を聞く前に、視線をあからさまに逸らす。咎められたくはない。これが星の為だから。自分の気持ちよりも優先すべきはこの星の命。他世界から来た自分がこの星の未来を左右してはいけないのだ。
「……」
二人の間にしばらく沈黙が続いた。物分りがいいヴィンセントは、すぐに理解してくれたんだと思った。…だったら、話は終わりだ。そう思ってシンバは少しその歩みを早めてヴィンセントから距離をとり、前を歩いていたレッドとケット・シーに合流した。辛気臭い空気の中に身を置いておくとどうしてもそんな雰囲気になってしまう。暗く全てを知ってしまったヴィンセントといるよりも、呑気に何も知らないぬいぐるみコンビといた方が気が楽に決まっていた。
「……」
ヴィンセントは足早に自分から去るシンバから目が離せなかった。彼女が考えに考えて出した結論に自分は口出しすべきではないと思ったが、…けれども、納得がいっているかと言われれば全くいっていない。何故セフィロスの言っている事が正しいのか。何故シンバが厄災となるのか。
根本的な部分は、まだ何もわからなかった。
***
少しずつ、真っ白な雪景色が暗いゴツゴツとした岩石に変わる。目の前に現れた崖のような切れ目。足を進めるにつれその向こう側に見え始めた岩壁。そしてようやくそれが巨大な穴だとわかった時。
大昔、空からの衝撃によって北の果てに出来たクレーターが想像を絶する程の大きさだということに気づかされた。
「…すごい、」
先行していたクラウド達も、その光景に圧倒されているところだった。
「かつて空から何かが落ちてきてここにぶつかった…星に傷が出来たんだ」
「…アタシにもわかるよ。傷を治す為にエネルギーが集まってる」
「セフィロスはあの大切なエネルギーを奪ってメテオを使おうとしている。…今度は、この程度の傷ではすまない…――」
シンバの目に映るその巨大な穴と、目の端に飛び込んでくる金色。…そして、少し焦り始める心。それ沈める為にシンバは、あからさまに避けるように視界からその金色を消した。
そうして皆は、巨大なクレーターの底へと吸い込まれるように足を進めた。
そんな中、足場の悪いそこを慎重に降りて行くシンバの隣に、またしてもあの男がやってきた。
「…クラウドは、どうするつもりだ」
いきなりのその発言とその名前に反応するように、シンバはピタとその足を止めた。…また話が逆戻りした。ヴィンセントは先ほどのシンバの行動を見逃さなかったのだ。どんなけ見てるんだ。ある意味ストーカーだな。シンバはヴィンセントに話してしまったことを少し後悔する羽目になった。
「どうするって…どうもこうもあらへんよ」
「しかしあいつはお前の事――」
「そなことない」
その言葉を振りほどくように、シンバは少し声を強めた。
「…お前も気づいているはずだ」
意外とヴィンセントはしつこかった。ヴィンセントの短所にしつこさが加わった瞬間である。
シンバは言い訳を並べるのも面倒くなっていた。…否、めんどくさいのではない。あまり口に出して言いたくなかった。それをまた噛み締める事が、どれだけ心に負担を与えるかわかっているから。
「クラウドの為やねん」
そういうシンバの声は、先ほどとは打って変わって消え入りそうな声で、
「…クラウドには、ウチは必要ない」
「…何故そう言える」
「ウチとおったら、クラウドはダメになる」
「…シンバ、」
「それが、星の為でもあるんよ」
シンバがヴィンセントに見せた笑顔はどこか諦めたような、仕方ないからというようなものだった。本当は彼女も腑に落ちていないのかもしれない。けれども何度も繰り返される「星の為」という言葉に、シンバは自身を犠牲にしているのだとヴィンセントは思うしかなくて、
「…シンバ――」
ゴォォォォォォォ――!!!
「「!!」」
続きの言葉は轟いてきた騒音によって掻き消された。二人が目を向けた先には、雲を押しのけるように強引にその機体を進めて行くハイウインドの姿――
*
「――ついに見つけたな」
ハイウインドの窓から下を覗き込むルーファウス。その横でお馴染みのキャハハの笑い声をあげる女とガハハの笑い声をあげる男の名物コンビは、いつもの高笑いを続けられない程その景色に圧倒されていた。
「まさにプレシデントが探し求めた約束の地!!」
「…だが手に入れるのは私だ。悪いな、オヤジ」
ルーファウスがお馴染みのポーズをとる。
「クックックック…」
その奥には、その独特な笑い声をあげる宝条の姿も。
「あの場所は誰のものにもならん…リユニオンの終着点。……みんな集まれ、か――」
セフィロス――。そう言って宝条はまた、笑いだした。
*
「――あれは…」
「…ルーファウス」
神羅もここに来たのかと、ならば彼らに先を越される前に急いで進まねばならないのに、去りゆくハイウインドをずっと見続けるシンバがそこにはいて。
…その表情は、ヴィンセントからは見えなかった。