63 she was that proof of his existence



「…セフィロスはこの奥でずっと眠ってたのか?」

「みたいだな。今まで俺たちが戦ってきたのはそれが創り出した幻想だってよ――」


バレットが腑に落ちないような声でそれを語る。信じられねえなあ、とシドがそれに答える。シンバは、黙ってそれを聞いていた。


「…クラウドは何でそれを知ってるんだ?」

「さぁな。…知ってるってよりも悟ったんじゃねえか?」


何故悟ったのか。それは、クラウドが――


「…――」


瞳が揺れるのを感じた。悲しくなった。これからクラウド達は大事な局面に当たる。今後のクラウドの運命を揺るがす、出来事に。シンバは、それを一つ一つ思い出していた。


「……」


シンバがクラウドから―この旅から離れようとした理由。それは星の為にシナリオを変えない事が大半を占める。けれども本当は、それだけではない。クラウドの気持ちを変えてはいけない以前に、何故変えてはいけないのかという理由が一番シンバの心を締め付けていた。

彼は自分を必要だと言ってくれたが、けれどもそれは、今のクラウドの気持ち。"変わってしまった"後の、クラウドの気持ちなのだ。きっとクラウドは気づくだろう。この局面を終えた後で、自分に本当に必要な人は誰なのか。…その時彼のそばにいなければいけないのは自分ではない。


「…ティファ、――」


ドクン。と聞こえてきたその名に心が反応を示す。


「っ、」


…何だろう。わかっているのに、わかっていたのに。
最初から、知っていたはずなのに。


「…――」


失恋した、まるで乙女のような気分だった。




*




「――何これ…!?」


順調に歩みを進めていたクラウド達の視界が急に白く変わった。今まで歩いてきた後ろの景色も、これから歩もうとしていた前の景色も、全てが真っ白く染まっていく。いきなりのそれにユフィとレッドはいささかパニックに陥っており、ティファもその表情に驚きを現していた。


「落ち着くんだ。…セフィロスが近くにいるんだ。何が起こっても不思議じゃない」


そんな中一人冷静だったクラウドが皆に声をかけ、それと同時真っ白だった目の前が一瞬にしてどこかの街並みに変わった。まるでタイムスリップしたかのような感覚が襲う。

そしてその街は、クラウドとティファもとい、ユフィやレッドもよく知っている街だった。


「…ニブルへイム――」

「でも何でニブルへイム?絶対変だよ!これ!」

「…これはセフィロスが創り出した幻覚さ。俺たちを混乱させようとしてるんだ。…大丈夫。幻覚だとわかっていれば何も怖くない」

「…そうよね――」

「ね!見て!!」


ユフィが指した方向に現れたのは、自分達が追っている悪夢だった。その後ろから現れたのは、神羅兵二人と、黒髪の体格のいい青年が一人。映し出されるセフィロスは今まで見てきた人物より些か若く見える。きっと幾年か昔のセフィロスなのかもしれない。
…そうして思い出されるは、クラウドの過去の話。ニブルヘイムにセフィロスと任務に行ったことがあると言っていた。

これは、その時の情景なのだろうか。


「…クラウドがいないよ!?」


クラウドの過去の話を聞いていたレッドは、キョロキョロとその姿を探す。その後ろでティファは小さく首を振る。…まるでそれを、その言葉を拒絶するかのように。
クラウドは、自分の姿がそこにないことに何の不安もなかった。これはただの幻覚であって、リアルにあった過去ではない。セフィロスがただ混乱させようと見せているだけだからだと。


「クラウド…これは幻覚なんだから。気にしちゃダメなんだから…」


ティファが言い聞かせるようにそう呟いた後で、また景色が変わった。先ほどの街並みと一緒の光景だったが、辺り一面が赤く染まっている。…その赤は、炎の色だ。ニブルへイム一体が火の海に包まれている光景。五年前、実際にあった光景――。
その酷い有様にユフィもレッドも息を飲んだ。話では聞いていたが実際見るそれは、まるで災害に襲われたようなものだった。

その炎に包まれるニブルへイム内を一人の男性が駆け回っている。顔は見えない。
その奥に見える神羅屋敷は、炎の裏でまるで幻想の中に立っているかのように揺らいで見えた。

…そして、数十秒後。その神羅屋敷の扉を勢いよく開けて出てきた人物。それはクラウドではなく、セフィロスの後ろにいた――黒髪の青年だった。


「……」


…クラウドの心の中で、何かがざわつき始める。


「こんなの…見たくない。クラウド、見ちゃだめよ――」


ティファの表情があからさまに悪く変わっていく。あの時の悪夢を蘇らせたいからではない。見たくないのも、壊れていく街並みではない。
…ティファが何に怯えているのか、クラウドはわかり始めていた。


「セフィロス!聞こえてるんだろ!……お前が言いたい事はわかった。五年前のニブルへイム…そこに俺はいなかった。お前が言いたいのはそう言う事なんだろ」


『――理解してもらえたようだな』


セフィロスが、ユックリとその姿を現す。
その肯定の言葉を聞いても、その事実は認められなかった。たとえ幼馴染であるティファがそんな表情をしようが、セフィロスが何と言おうが、自分はしっかりその時の熱の温度を、その時の身体の痛みを、心の絶望を、ハッキリと覚えているからだ。


「お前は人形…心など持たない…痛みなど感じない…そんなお前の記憶にどれ程の意味がある?…私が見せた世界が真実の過去。幻想を創り出したのは…お前だ、クラウド――」


ユフィとレッドがその顔をクラウドに向けた。信じられないという顔で。


「…理解出来たかな?」

「理解する気なんかない。…だが一つ、聞きたい。何故こんな事をする?」

「お前には本来の自分を取り戻してもらいたいのだ。そしていつかそうしたように黒マテリアを私に…」


セフィロスが、ニヤリとその口角を上げる。


「それにしても失敗作だと思われたお前が一番役に立つとは…宝条が知ったら悔しがるだろうな」

「宝条!?…俺と何の関係がある――!?」


セフィロスは言う。クラウドは宝条によって創り出された"セフィロス・コピー・インコンプリート"であると。ジェノバ細胞の驚くべき生命力、能力と魔胱の力で創り出された人形であると。ただ、ナンバリングは与えられなかった。失敗作だと思われたからだ。
…それが、クラウドの真の姿であり、事実である、と。


「クラウド、相手しちゃダメ…耳を塞ぐの!目を閉じるの――!!」


ティファはクラウド以上にその言葉に過敏に反応していた。耳を塞いで聞きたくないのも、目を閉じてその光景を見たくないのも、…どちらも自分なのではないかと思いながらも。


「どうしたんだティファ…俺は全然気にしていない」

「宝条に創り出された?そんなの嘘に決まってるわ!だって、私たちにはあの思い出があるじゃない?…子供の頃、星が綺麗な夜――」

「クックックック…ティファよ。その言葉とは裏腹にお前は何を怯えている?」

「…!!」


ビクリとティファはその肩を震わせた。


「フム…お前の心をここに映し出して見せようか?」


ティファはセフィロスから顔を背けそれを拒んだ。悔しいけれど何も言い返す事ができなかった。代わりにその拳をキュッと握る。
クラウドは、そんなティファの動揺した様子が信じられなかった。…まるでセフィロスが言っている事が、正しいと認めているような気がして。


「…クラウド――」

「何をそんなに恐れてる?俺なら大丈夫。俺はどんなに混乱していてもセフィロスの言葉なんて信じない」


セフィロスの言っている事が、正しいわけがない。

確かに自分自身わからなくなる事が多々あった。記憶だってあやふやな部分がある事も事実。しかしティファが、幼馴染だったティファが、自分を覚えていてくれた。最初に会った時に「久しぶりね」と言ってくれた。ティファが昔の話をする度に、自分はティファの幼馴染で、紛れもなくニブルへイムで生まれ育ったクラウドという人物なんだと確認する事が出来たのに。…それだけが、真実なのに。


「だからティファ、そんなに怯えないでくれ――」


自分がいた証。ティファは、自分がその時その場所にいた証。それだけが自分をここまで動かしてきた。自分がわからなくなっても、それが支えていてくれたからこうやって旅してこれた。…ずっとティファはそうやって、陰で支えていてくれた。クラウドの心の中で。心の、隅っこで。


「…ティファ――」




*




「――…っ」


クラウドの、声が聞こえた気がした。切なそうにその名を呼ぶ声が。

例えシナリオが関わってなくても、この星のシナリオがどうなろうとも。自分がそこに入る隙なんてなかった。

…最初から、彼女がそこにいたから。



『クラウドを、支えてあげてね』



暗い空を見上げる。


――エアリス…


その約束を守るのは、自分の役目ではない事に気付いた。代わりに守る人がいるから許して欲しいと言ったら、彼女はなんて言うだろう、なんて。


「……」


シンバは一人、唇を噛み締めることしかできなかった。




*




「――私が説明してやろう」


ティファは、己の問いかけに答えてはくれなかった。クラウドの心の中が大きくざわつき始める。今までの自分を否定された気がした。たった一人、自分の昔からの存在を知っている人に。

それを、セフィロスの言葉が煽るように攻め続ける。
他人の記憶に合わせて自分の姿、声、言動を変化させるのがジェノバの能力。クラウドの中のジェノバがティファの記憶に合わせてクラウドを創り出した。だからクラウド自身は、クラウドではない。ティファの記憶の中の、クラウドという名の少年なだけだと。


「クックックック…考えろ、クラウド。……クラウド?…クックックック…これは失礼。お前に名前などなかったな」

「黙れ…セフィロス――」


五年前、自分はニブルへイムに帰った。魔晄炉調査が任務だった。16歳だった。村は全然変わってなくて、自分の母親にも会って、村の人たちにも会って、ティファの家にも行った。一泊してから、ニブル山の魔晄炉に行った。張り切っていたのを覚えている。何故なら、その任務はソルジャー・クラス1STになって初めての仕事で――


「――ソルジャー・クラス1ST…?」


クラウドの思考が、そこで止まる。


「…ソルジャー?…俺はいつからソルジャーになったんだ?」


自分の記憶を辿って行っても、何も思い出せない。…否、思い出せないのではない。
そこには、最初から何も無かった。自分がソルジャーになったという記憶も。ソルジャーになって活躍したという記憶も。


「…――」


心のざわつきが、身体中に広がった気がした。


「クラウド…?」


あからさまにクラウドの態度が変わったのがわかったが、ユフィもレッドもそれに気づいてしかし、何も言う事が出来なくて、


「行こう、ティファ。俺は、…大丈夫だ」


また、皆を落ち着かせるようにクラウドは言った。そしてその足を進める。ユフィもレッドも、しぶしぶその後に続いた。


「…、」


…ティファは、足を進める事が出来なかった。

大丈夫な事なんて、これっぽっちもない気がした。



back