「――すっご〜い!!これ、ぜーんぶマテリアだわ!!」
大空洞の中心。そこはまるで宝石を散りばめたよう全面がエメラルドに輝きを放ち、外のクレーターからここへたどり着いた者だけが見ることのできるまさに特別というに相応しい異空間。
…そこに響き渡った、甲高い女の声。ルーファウス一行はクラウド達よりも一足早く、そこへたどり着いていたのだった。
「外は豊富な魔晄。そして中心部はマテリアの宝庫…これぞまさに約束の地だな」
ルーファウスがそう言った後、壁のダイヤに反響しやたら鼓膜を揺らしたのは薄気味悪い笑い声。怪訝に思ったルーファウスがそれに目を向ける。
「約束の地など存在しない。…伝説…言い伝え…馬鹿馬鹿しい――」
独り言のようにそう呟く宝条。
「想像していた通りの物がここにある。それで良いのではないか?」
「そのカタさが二流科学者の限界だな」そう言って宝条からあからさまに目を背ける。なんともトゲのあるルーファウスらしい言葉。自分の言葉を否定されるのは、社長であるが故に良い気分ではなかったからだろう。
ドォゥゥゥゥゥゥゥン――!!
「「!?!?」」
その時だった。突然、起こった地響き。それはこの星自体が揺れているような感覚。…まるで、この地に来た事を怒っているかのような、
「どうした…!?」
「壁の中よ!!…何か入ってる!動いてる――!!」
スカーレットが指す方向。そこには、一つの瞳。壁と一体となって埋もれているその目は、それだけで自分達よりもはるかに大きいとわかる程。得体の知れない何か、生物か、はたまた化物か。全体像は想像だに出来ない。…否、したくないというのが本音かもしれない。
「ウェポン――」
皆がそれに驚いている傍、宝条はまるで宝物でも見つけたかのようにその目を見開いていた。
「…なんだというのだ!?」
「ウェポン…星が生み出すモンスター。星の危機に現れ全てを無にする物だ」
宝条の紹介を受けてそれに反応するかの如く。…ウェポンが、一つ瞬きをした。
*
「――クラウド達、大丈夫なのかよ?」
クラウド達と別れてどのくらいの時が経ったのだろうか。その場の空気はどんどん重くなる一方。緊張と不安。大きくなる胸騒ぎ。行ってしまった彼らが、もう二度と戻って来ないような気分が襲う。
「…俺たちも行くか?」
シドが口を開く。
「…いや、待とう――」
ヴィンセントはかろうじてその言葉を口にする事が出来た。彼らの身に何か起こっていてもおかしくはない。けれども、黒マテリアは持っていけない。セフィロスに近づけてはならない。それだけは、避けなければいけない。
ヴィンセントは徐にそれを取り出していた。皆の目がそれに釘付けになる。
「そんなちっぽけなマテリアが星を滅ぼすなんてよ…」
バレットはそう言いながらその手をヴィンセントに差し出した。ヴィンセントは気に留める事なくそれをバレットに渡す。ただ、見せるだけのつもりで。
その一連の動作を見ていたシンバは、一瞬。ほんの一瞬だけ、そのマテリアの中心が動いたように見えた。己に見せつける様に。…自分に、共鳴するかのように。
「…っ――」
ドクン。と酷く心が反応を示したと同時。
…シンバの目の前が、真っ白になった。
「――な、なんだ…!?」
気付けばそこにはバレットしかいなかった。辺りの景色が歪み、原型を留めなくなっていく。突然の出来事にバレットは酷く動揺した。まるで異空間に自分だけ迷い込んだような、そんな感覚が襲って、
「おい、みんな!!どこ行ったんだよ!?…ここ、どこだよ――!?」
キョロキョロと辺りを見回しても360度同じ景色。誰もいない。さっきまで隣にいた彼らは、どこにもいない。バレットのこめかみから、焦りの汗が一つ流れる。
「――バレット!!よかった!ここにいたのね!!」
その時だった。後ろから聞こえて来たのは紛れもなくティファの声。バレットは安堵したように一つ息を吐いた。
「ティファ!!なんなんだこれは!?みんないなくなっちまった…!!」
「みんなもう待っているわ!それよりクラウドが大変なの!!」
「何だって…!?」
いつの間に皆行ってしまったのだとか、そんな事どうでもよかった。おかしくなってしまった現状の中で、今のバレットにはティファの言葉が全てだから。
「お願い来て!!私たちを助けて…!!」
「お、おう!!何だかわからねえがとにかく行けばいいんだな!!」
バレットは焦りを抱えたまま、ティファが来た方向へ走って行ってしまったが。
「……」
…ティファは、それを追わなかった。
「ウフフフフフ…黒マテリア――」
ティファの長い黒髪は、銀色に変わっていた。
*
「――シンバ!おいシンバ!!」
一瞬。ほんの一瞬だけ記憶が飛んだような、そんな感覚。目を開ければそこにはシドの顔。自分が目を覚ました事に安堵したのかシドは少しその顔に笑みを浮かべてくれた。
「大丈夫か?」
「大丈夫…」
ケット・シーとヴィンセントも自分を見下ろしている。けれども、一番目立つ体格のいい人はどこにもいない。
「バレット…?」
「いないんだ。…マズイ事になった」
ヴィンセントが言うマズイ事なんてわかりきっている。バレットは黒マテリアを持っていた。そのバレットが、いなくなった。…考えられる事は、ただ一つ。
「行くぞ」
ヴィンセントの言葉で、皆は足早にその場を後にした。
――いよいよ、か…
まるで何かを覚悟するように大きく息をついたシンバの左肩を、シドがポンと叩いていく。その溜息が、これから起こるセフィロスとの一戦に対するものだと思い込んだからだろう。
「……」
シンバはシドの背中を見つめ、その足を止めた。叩かれた左肩を右手で包み込む。そしてそっと、服の上からそれを握りしめた。
少し、煙草の匂いがした気がした。
***
「――社長…なんだかイヤ〜な予感がするわ」
そう感じていたのはスカーレットだけではない。ハイデッカーも、ルーファウスも、唯ならぬ雰囲気に包まれている事に気づいていた。
…そうして彼らが、一度飛空艇に戻ろうと踵を返した時。
「…ちょっと!どこから来たのよ!?」
そこに現れたのは、クラウドだった。
「ここはあんた達の手に負えない。後は俺に任せてさっさと出て行け」
「お前に任せる?フッ…よくわからないな」
「ここはリユニオンの最終地点。…全てが終わり、また始まる場所――」
その後ろからクラウドを追って来たティファ達が現れる。
「クラウド――」
そして間をおく事なく、血相変えて走って来たバレットが姿を現した。
「…バレット!?何でここに?!」
ティファ達はそれに驚きが隠せなかった。何故バレットがここにいるのか。そして何故、バレットだけなのか。
「おう!!助けに来てやったぞ!!」
「ありがとう…バレット。黒マテリアは?」
黒マテリア――。その言葉にティファ達は酷く反応した。ヴィンセントに渡したはずの黒マテリアを何故バレットが持っているのか。何故、クラウドはバレットが黒マテリアを持っているとわかっているのか。
ついていけない思考の中で、クラウドがまたあの悲劇を引き起こすのではないかという思いだけがグルグルと頭の中を駆け巡り始める。…いけない。それだけはさせてはいけない。ティファは必死にその名を呼んだ。
「クラウド!!バレット!!ダメよ――!!」
「大丈夫だ。ちゃんと持ってるぜ」
「バレット!?…私の声、聞こえないの――!?」
ユフィが力尽くでそれを止めようとした時には遅かった。
バレットは、クラウドに黒マテリアを渡してしまっていて、
「ありがとう。あとは俺が……」
やります。
「っ…!!」
ティファは、その顔を覆うことしかできなかった。
『さぁ、黒マテリアを――』
セフィロスの声がどこからともなく降ってくる。それに反応したクラウドの声色は、いつもの彼のものではなかった。
「待ってください!もう少しだけ!」
「「…!?」」
いつもなら「待て」と低い声で相手に敵意を向けているのに。なのに今のクラウドは正反対、何故セフィロスに敬意を払う話し方をしているのかがわからない。
今までに見た事がないクラウドの様子に皆の頭の中が混乱で渦巻く。バレットはようやくそれを思い出し、ユフィは見てはいけないものを見てしまったかのように身体を震わせた。
「みんな、今までありがとう。それに…」
ごめんなさい。すいません――。何度も謝ってくるクラウド。誰しもが何の謝罪なのかわからなくて、それから目を離せずにいたが、…ティファはそれを見ていられなかった。視線をそらしたティファに気づいて、彼はその方へ近づいていって。
「ティファ……さん。本当にごめんなさい」
いつか、本当のクラウド君に会えるといいですね。
クラウドの口から出たその言葉に、ティファはかぶりを振って蹲った。