65 the place of theirs death



「――…っ?!」


シンバ達がその場に到着すると、そこには青ざめた顔をしたティファと、そんなティファを悲しげな―というより哀れな目で見下ろすクラウド、そしてただ某然とクラウドを見つめるバレットやルーファウス一行の姿があった。

一体何が起こっているのかと、騒つく心臓。もうすでに彼は、と思ったと同時。自分に気付いたクラウドがゆっくりとこちらに顔を向ける。


「……」


目の前に、今まで自分が見てきたクラウドの顔が浮かんだ。
優しく微笑んでくれるクラウドの顔。呆れたように笑うクラウドの顔。真剣な眼差しを見せるクラウドの顔。少し熱を帯びた目で見つめてくれるクラウドの顔。


「…っ――」


それは、しっかりとクラウドの瞳だった。
けれど、本物のクラウドの瞳ではなかった。


「ごめんなさい…。本当にごめんなさい――」


また、クラウドは謝りだす。


「……っ」


頭の中で、今まで自分が聞いてきたクラウドの声が木霊した。
大丈夫かといつも心配してくれたクラウドの声。いつも手を差し伸べて励ましてくれたクラウドの声。必要だって、好きだって言ってくれたクラウドの声。シンバと何度も名前を呼んでくれるクラウドの声。


「シンバ……さん」


それは、しっかりとクラウドの声だった。
けれど、本物のクラウドの声ではなかった。


「…でも、僕は――」


目の前が、歪んで。


「僕は、貴方に本当に惹かれていました」


…彼の残像が、頬を伝って消えていった。


――っ…、


感情という色を失った瞳が、抑揚のないその声が、己の心に何度となく突き刺さる。
知りたくなかったかもしれない。その事実を知らないまま、気づかないまま消えてしまいたかった。

彼は「僕は」と言った。僕「は」。自分に好意を寄せていてくれたのは、クラウド―本物のクラウドではなかった。ジェノバが生み出した偽物のクラウドだったのだ。
…複雑な気分だった。知っていた筈だった。今までのクラウドが本物ではなく、色んな影を身に纏ったレプリカだったという事。恋は盲目なんて、こんな時に使いたくない言葉だけれど。

今までの彼との思い出が、叩き割られたガラスのように粉々に砕け散った気がして、


「――クックックック…」

「…!!」

「素晴らしい…私の実験がパーフェクトに成功したわけだな」


シンバ達が絶望に暮れる中で、一人幸せに暮れる宝条。


「お前、ナンバーはいくつだ?ん?イレズミはどこだ?」

「宝条博士…俺、ナンバー、ありません」

「…――」


誰も、声を発する事が出来なかった。信じられなかった。敵対していた宝条を、エアリスやシンバ―レッドを実験台にし非道な事を繰り返してきた宝条を、クラウドが「博士」と呼んでいる事が。


「俺、失敗作だから博士がナンバーをくれませんでした…」

「何という事だ…失敗作だけがここまで辿り着いたというのか…」


失敗作――。それを聞くたびに、心が軋むように鼓動を高める。


「博士…ナンバーください。俺にも、ナンバーください――」

「黙れ、失敗作め」


シンバの中で、何かがプツンと音を立てた。


「――キュアァァオオオ!!!」

「「!?」」


突然現れたバハムートが上空を舞う。そして狙いを定め、一人の男へ―宝条に突っ込んでいく。


「なっ…!?」


殺す気の怒りが湧いたわけではない。ただ、クラウドを「失敗作」と呼ぶ宝条が許せなかった。一つぶん殴ったらスッキリすると思った。実験の事や、酷い嘘をつかれた事ひっくるめて。思い切り一つぶん殴ったら、気が済むと思った。
けれど、自分が一歩踏み出す前にバハムートが代わりに宝条へ向かっていってしまった。シンバ自身、呼んだつもりなんて毛頭なかった。それはまるで、自分の怒りをバハムート自体が表現しているかのようにも思えた。

宝条は一瞬驚いた顔を向けたがすぐにその表情を戻す。…いつもの、不敵な笑みを浮かべた表情に。どこか余裕を漂わせるその表情に、シンバは少し嫌な予感がした。

…そしてそれは、的中する。


「!!」


寸前で宝条の前に現れた金色に、バハムートは踵を返しまた空へ舞い上がった。


「っ…」

「クラウド――」


全員が目を疑った。信じられなかった。先ほどクラウドが宝条を「博士」と呼んだ事も。クラウドがバハムートから宝条を守った事も。何かの間違いだって、これは夢なんだって、誰かに言って欲しかった。

そしてクラウドは宝条を庇った後で、その姿を消してしまった。


「あいつは…何者だ?」


今まで敵対してきたアバランチのリーダーであろうクラウドが、神羅の科学者である宝条に敬意を払っている事にルーファウス達は驚きを隠せずにいた。


「…五年前――」


セフィロスが死んだ直後、宝条が創ったジェノバ細胞と魔晄、それに加えて宝条の科学者としての天才的な知識・技術が生み出した科学と神秘の生命―"セフィロス・コピー"。クラウドは、宝条が生み出した"セフィロス・コピー"のうちの一つであると宝条は言った。セフィロスの言っていたことは、本当だったのだ。

ジェノバは身体をバラバラにされてもやがて一つの場所に集結し再生する特徴を持つ。これがいわゆるジェノバの"リユニオン"。宝条はその仮説を立証しようとした。それが五年前だった。
宝条はそのコピー達を世界各地にばら撒き、ミッドガル―自身の研究所に保管されているジェノバの元にそれらが集まってくると期待した。…けれども、それらがミッドガルに集結することはなかった。そればかりか保管されていたジェノバさえもが移動を始めたのである。


「…私は天才だ。すぐにわかった――」


それは、セフィロスの仕業だと。

コピー達がどこへ行くのか宝条にも検討はつかなかった。ただ、目的地にはセフィロスがいる事だけがハッキリしていて。


ジャリ――


「「!!」」


刹那。上から落ちてきた砂利。皆が一斉に頭上を見上げる。…そこには。


「見ろ!!セフィロスだ!!!」


魔晄に包まれそれはまだ夢の中で、静かに眠り続けていた。


「やはりここにいたのだ!素晴らしい!!ジェノバのリユニオンとセフィロスの意思の力だ!!ライフストリームに拡散する事なくここに集結したのだ!!」


宝条の場違いな笑い声が空洞内に響いたと同時。それが合図になったかの如く、少しずつ、少しずつ地面が揺れ始めていた。まるで、セフィロスを眠りから覚ますように――


「宝条博士…何がそんなに嬉しいの?どういう事かわかってるの…!?」


地鳴りは近づいてくるような感覚で大きくなっていく。


「…クラウドは黒マテリアを持っているのよ!?セフィロスが、メテオを呼んでしまうのよ!?」

「――もう、何を言っても遅い」


ルーファウスの言葉に、皆はもう一度セフィロスに目を向ける。


「っ…!?」


セフィロスのすぐ近くでちらつくその金色。…チョコボなんかじゃない。誰がどう見たってそれは先ほど姿を消した、クラウドだった。


「おい!!クラウド!!やめろ――!!」


バレットの叫びもユフィの声もレッドの声も。全て地鳴りが消し去っていった。煩いと言うように。早くこの場から立ち去れと言うように。


「クラウド――!!」


切なる願い。この声が少しでも彼に届けば、あの時のように彼を止められるかもしれないと思った。

地面に皹が入り始め、立っていられないほどの衝撃に襲われる。それでもティファは、最後までクラウドに目を向け続け、声を届け続けた。

…しかし。

黒マテリアがセフィロスを抱く魔晄に溶けるように光を放つ。それと同じくして、地面に亀裂が入った。


「…っ、」


シンバは崩れゆく景色と、目の前で叫び続けるティファ、クラウドという人格を身を纏った彼に目を向けた。

裂けていく大地は、まるで今のティファとクラウドを現しているようで。

…二度と戻らないその景色は、まるで自分とクラウドを現しているような気がした。



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