66 untrue treachery



「――さて、シンバ」


目の前を行ったり来たりしていたルーファウスは、ようやくその足を止めた。

ルーファウスの目に映った彼女は、あんな事があった後とは思えないほど普通の顔をしていた。けれどもその瞳の奥に見える何か。恐怖か悲哀か。諦めか決意か。全てが入り混じったその瞳は、まるで人形のように輝きを失っているようにも見える。


「…君に選択権を与えよう」


ティファ達と共に飛空艇に乗せられたシンバはジュノンに連れてこられ、そして二人とは別室―ルーファウスの社長室に通されていた。…何故自分だけここに連れてこられたのかは、言われなくてもわかりきっている。


「今捕まっている彼ら―アバランチだったか。彼らが七番街のプレートを爆破した主犯である事は知っているか?」


それが目の前の人物の親父によってでっちあげられた真っ赤な嘘である事は分かっていたが、…しかしシンバはそれを否定する事が出来なかった。


「そしてこのウェポンとメテオの襲来――」


ルーファウスは窓の方へ足を進め、そして閉まっていたブラインドの紐を回す。
飛び込んできた眩しいほどの光に、シンバは一瞬目を閉じた。堂々と自身の存在を曝け出すかのように、それは艶かしい赤を放ち続けている。――厄災が、ついに姿を現したのだ。


「我々はこの責任を彼らに背負ってもらう事にした」


何て勝手で傲慢な決定だろう。世界への言い訳をアバランチの一言で片付けようとしている所が馬鹿馬鹿しいが、…きっとそうする選択肢しか神羅が持ち合わせていないことも、わかっている。


「…だが――」


自分が大人しくタークスとして戻ってくるのならば、彼らを解放してもいいとルーファウスは続けた。

自分の存在に一体どれだけの価値があるのか疑問に思う。ルーファウスなら力尽くでも自分を捉える事は出来るはずで、彼らを天秤にかける必要などない。…まったく、ない。…何故なら――


「…さぁ、どうするシンバ?」


ルーファウスのあの眼差しが己を捉える。その瞳の奥を見た時、彼の目的が垣間見えた気がした。
彼は権力を駆使して自分をねじ伏せたいだけなのだ。服従心。それを自分に植え付けたいのだろう。それはまさしくルーファウスらしいやり方だと思う。そういや最初に会った時、恐怖で世界を支配すると言っていたのを思い出す。


「ウチは――」


あの頃は、絶対嫌だって思ってたのに。…自分は結局、鳥籠の中にいる方が安全だと気づいてしまった。


「……」


シンバはもう一度その厄災に目を向けた。

歓迎するかのように、輝かしい光が自分を照らしていた。







***







「――…ぶ…しぃ…」


ゆっくりと、ティファはその目を開けた。目に映った真っ白な天井。屈託のないその白は、後悔の念に取り繕われた心には少し眩しかった。


「…あん?」


聞こえてきた声は、いつも隣にいた頼れる仲間―バレットの声。

あの事件からティファが目覚めるまで、幾日かの時が過ぎていた。二人が今いる場所はジュノンの医務室で、ルーファウスに連れられ一緒に飛空艇で避難した彼らはそのまま保護される事となっていた。…というより、捕まったと言った方が正しいのかもしれない。

そしてバレットは、自分が知ってる限りの事をティファに説明した。



あの後、割れた地面からライフストリームが吹き出した北の大空洞は大きな光に包まれてしまい、その光は侵入者を拒むように強力なバリアと化した。セフィロスはそれに守られながら今だその場所で眠っているとされている。自分達は手も足も出せず、ただセフィロスが目覚めるのを待つ事しか出来ない状態なのだと。

そしてそれと引き換えに現れたウェポン―古代が生み出した巨獣。それらが世界を襲い始めた。…まるでセフィロスを守るかのように。
神羅ルーファウスは、今それと戦っている真っ最中。気に食わなかったが、怯む事なく巨大な敵に立ち向かう彼は、たいした奴だと不覚にも思ってしまった事もバレットは語っていた。


「…――」

「…なぁ。……どうして聞かないんだ?」


ティファの口から一番に出ると思った彼の名前。けれどもその名を、バレットが話す間にも後にもティファが口にする事はなかった。


「…怖いから」


ポツリと小さく言ったティファの声は、少し震えていて、


「…それなら安心してくれ。俺もクラウドがどうなったかはわからねえ。…安心してくれってことはないか…」


神羅に捕まったのはアバランチとして活動してきた二人だけ。他の皆も、今どこにいるのかさえわからない。はたして皆、無事だろうか。

バラバラになってしまった仲間。自身を失ってしまったクラウド。
…ティファはそれを思ってまた、そっと目を閉じた。


「……、」


世界を救う旅の途中だった。ティファにとっては、彼をも救う旅の筈だった。
どこから、歯車は狂いだしたのだろう。どこで、ボタンを掛け違えてしまったのだろう。

時間が欲しかった。
…けれど、自分達には時間なんてなくて、


「――…そうだ!…メテオは!?」


ティファは肝心な事を思い出したようにまたその目を開き、飛び起きた。バレットは何も言わずに神妙な顔をしたまま、ブラインドの閉まった窓の方に歩き出す。


「…っ――」


ブラインドから差し込んだ光はいつもの輝かしい光ではなく、嫌に艶かしく赤に染まった光――。その光を放つ元凶であるメテオは太陽と同じほどの大きさで、隕石などとは違いゆっくりと地上に近づいている。…ゆっくりと、ゆっくりと、その時を待ちわびるかのように。赤に染まった光を地上に降らせながら、星を揺るがすその時を――


「諦めるしか、ないのかな」

「…さぁな」


それは絶望的な光景に見えた。最悪の事態を引き起こしてしまった。…そしてその元凶がクラウドであることが、より一層事を深刻化しているような気がした。


ウィン―


「「!」」


しばらくして、医務室の扉が開いた。


「空から降る厄災…か――」


ブラインドから漏れる光に反応するように、部屋に入って来て早々ルーファウスはそう呟く。
バレットはルーファウスに目を向けたまま、ゆっくりとそのブラインドを降ろした。


「クラウドがお前達を助ける為に現れると思ったが…。宝条博士もクラウドを調べたがっていてな」

「…クラウドをどうするつもり?」


嫌に反応を見せたティファの声。しかしルーファウスは、それを気に留める事なく話続けた。


「セフィロスの分身、か。…メテオを呼んでしまった今となってはお払い箱のようだがな」


物のように扱う宝条。物のように言うルーファウス。どちらも最低で、最悪だった。


「…というわけでお前達にもう用はない」


どうやら自分達を人質として使いたかったようだ。けれどもヒーローは助けに来てくれなかった。…わかっていても、複雑な気分だった。


「…そうそう。それともう一つ――」


思い出したかのように、ルーファウスはまたその口を開く。


「私のフィアンセを紹介しておこう」

「?」

「…フィアンセ?」


いきなり何を言い出すのかと思った。何かとどうでもいい話が多いルーファウスだが、今以上にどうでもいい話はない。こんな時、そう、メテオが襲来しそうだと言う時に、フィアンセを紹介するか普通。
バレットとティファは半ば呆れた表情と怪訝な表情をルーファウスに向けていたのだが、…それは微塵もどうでもいい話ではなくなった。


「――誰がフィアンセや誰が」


聞こえてきた独特の話し方とその声。


「…っ――!?」


また、医務室の扉が開く。二人は目を見開いた。信じられない光景に二人は瞬きをする事さえも忘れて、それを見続ける。クラウドが自身を消失させた時のような、メテオを目の当たりにした時のような、同じような衝撃が再び彼らを襲った。
…そこにいた人物が、今まで自分達と共に戦い、旅を共にしてきた仲間だという事に。


「シンバ…!?」


目で確認したって、名前を呼んで確認したって、信じられないかもしれない。いや、信じたくなかった。

二人の目の前に現れたシンバは、漆黒の色をしていた。それが彼女との間に生まれた隔たりの色なのか、元々彼女が纏っていた色なのかはわからなかったが、…ただ一つわかるのは、彼女の頭にはあのトレードマークの紫の帽子がない事。彼女が着ているのは旅には不釣り合いだったラフな服ではない事。…それが、何度となく見てきたレノやルードと同じ―タークスの格好であるという事。


「お前…!」

「彼女はこれからタークスとして…いや、元々タークスだったのだからそうとは言えまいな。まぁ、とにかくそういう事だ」

「…説明になってへんけど?」


ルーファウスにつっこむシンバは、いつものシンバだ。…でも、違う。
彼女は、自分達の向こう側の景色の中にいる。


「シンバ――」

「嘘だろ…!?」


シンバは何も返さなかった。まるでふてくされた反抗期の娘の態度を取るように、視線を宙へと投げる。


「何故驚く必要がある?…彼女は最初から君たちの仲間ではなかったではないか」

「「!?」」

「ずいぶん上手く騙してきたようだな?シンバ――」


ルーファウスの視線を浴びたシンバは、顔を背けたまま鼻で一つ笑った。


「…せやな」


ティファが顔を手で覆うのが、シンバの視界に入る。


「最初から、ずーっと今までしっかり騙されてくれたなぁ。…あぁ、ケット・シーを責めたって無駄やで?アイツは何も知らへんからな」

「なんだと…!?」

「あんたらの行動を密告してきたんは、全部ウチや。しっかり仲間扱いしてもろて。…うざったいほどにな」


崖っぷちにいる彼らの背中を押して、突き落とすような感覚。次から次へと口から出る偽りは、自分の存在と同じ。哀れみなんてない。酷い事を言っているなんて、思ってない。…知らないだけで、彼らにとって最初から自分はそんな存在だったから。


「ほな、さいなら。…せいぜい最後の時を楽しんでな」


シンバは逃げるようにその部屋から出ていった。


「シンバ!!」

「待て――!!」


背中から聞こえてくる声をピシャリと遮るように、扉という壁がそり立つ。
二度とその向こう側の景色を感じる事は出来ない。二度と壊す事の出来ないそれを、振り返る事なくシンバは歩き出した。

…最後まで、二人の目は見れなかった。



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