67 by insensible degrees



「――…お前は女優だな」


医務室の少し先、窓から外を眺めていたシンバの背に、ルーファウスの声がかかった。気づいてシンバは一つルーファウスを見やったが、すぐにそれを元の景色へと戻す。


「…そんなエエもんとちゃいますよ」


ルーファウスがこうしているという事は、彼らに"あの事実"を告げたのだろう。そう思ってシンバは自身の心が少し痛むのを感じると同時。その痛みに気づかないフリをするように、そしてルーファウスに悟られない様に、少し苛々した口調でそう言った。

ルーファウスは何も返さず、一つ鼻で笑った音を立てただけだった。そしてそのまま歩みを進める。シンバはそれに従う様にその後ろに着いた。


「……」


ふと目に入った金色に、あの人の影が重なった。しかしその影はすぐに消え去り、再びルーファウスの気高い背中が目に映る。…これから自分がついていくのは、あの人ではない。自分は神羅カンパニーの社員で、タークス。従うべきは、目の前の社長―ルーファウス。

言い聞かせるように、シンバはその金色を目に焼き付けた。




*




「――ねえ、バレット」

「なんだ」

「シンバは、本当に――」


バレットの隣を歩くティファの声は、消え入りそうな声だった。



あの後――

シンバが裏切り者だったという衝撃の事実を聞かされた後に、また衝撃的な事をルーファウスから聞かされるハメになった二人は、自分達を目まぐるしく覆う出来事について行く事ができていなかった。

クラウドの異変、メテオの襲来、シンバの裏切り、自分達の処刑――。何もかもが作り話のようで、今だに現実だと受け入れられなかった。…否、受け入れたくなかった。今まで順調に続いていた道の上を歩み進めていたのが嘘かのように、跡形もなく目の前の道は粉々に崩れ去り、一瞬にして自分達は暗い暗い底へと突き落とされてしまったような感覚に襲われる。



そうして二人はシンバと入れ違うように入ってきたハイデッカーと兵士に両手を縛られ、何処へ向かうのかも知らされないまま連行されている。
長く静かな廊下をただ黙々と歩く。ハイデッカーや神羅兵、二人の歩く足音だけが響き渡っていた。


「……、」


シンバは元々神羅の人間だ。バレットもティファもそれはわかっていたハズだった。けれども最初に出会った時の状況やシンバの雰囲気からは、そんな事をする子だなんて微塵も感じ取れなかった。純粋に彼女を信じ、彼女の力を借りて今までやってきたのに。

あんなに仲良く時には楽しく、辛いことも一緒に乗り越え、苦しい時には助け合って。セフィロスを倒しこの星を救おうと共にずっと歩んできた。仲間だった。…ハズ、なのに――


「…、」


ティファはそれ以上言葉を続けなかった。言葉にするのがどれほど怖い事か、知りすぎてしまっていたから。







***







「――…ついに、戻ってきたなぁ、」


薄い扉一枚が、今は一線を越える為の分厚く重たいものに見える。シンバはその扉の前まで来てそして、一つ意気込むような息を吐いた。

ジュノンにあるタークスのオフィスの扉を開くと、そこにいたタークス面々の視線が一気に注がれ、それは自分を凝視する形となった。そうなることはもちろんわかっていたが、実際その視線を浴びるとたじろぎ、そしていたたまれなくなって。シンバは、頭の中で一通シュミレーションしていた次に言おうとしていた言葉をすっかり忘れてしまうハメになった。


「シンバ――」


一番に口を開いたのはルードだった。言葉にしてしかし、今だに信じられないのかサングラスを掛け直す仕草をとる彼。メガネじゃないんだからその行動はいささかおかしいだろうとは思いつつも、そんなツッコミを思う自分は意外と冷静なのかもしれない。


「シンバさん!?」


次にイリーナが目を見開いたまま自分の元へと駆け寄ってきた。まるで化物でも見ているかのようなその目はシンバの前まできても変わる事はなく、まじまじと見つめられる。


「…よく戻ってきたな、シンバ」


次にかかったツォンの声に、間のイリーナはそれと自分とを交互に見やって忙しそうにしていた。ツォンだけはいつもの調子だった。自分がタークスにいた頃と、なんら変わりない。まるで、最初から、


「戻ってきた!?シンバさん!?…本当ですか!?」

「あー、…まぁ。そゆこと」

「本当ですかぁ!!!」

「ぉわっ…!」


飛びついてきたイリーナに倒れこみそうになるのを必死で抑える。何だかんだあんまり絡んだ事がないというのにイリーナのこの感動ぶりは少々不思議であるが、屈託なく迎え入れてくれるのに悪い気はしない。


「…っ」


イリーナの歓喜あまる出迎えを受け入れながら、シンバはオフィスを隅々まで見渡した。…しかしそこにあの目立つ赤色は一行に見えてこなくて、


「レノは今出てしまっている。…すぐ戻ってくるハズだ」


聞いてもいないのにルードがそう言う。…ここにもエスパーな人は健在か。シンバはそれを聞いて残念なようなホッとしたような何方にも似た溜息をついた。

彼は一体どんな反応をするのだろう。きっとそれが一番気がかりだった。ウータイのあの一件から会っていないし、そして大分気まずい。どんな顔をして会えばいいものかも分からず、…戻ってきて早々高い壁にぶち当たってしまった気分。


「とにかく…元気そうで何よりだ」


まるで久しぶりに実家に戻ってきた孫を迎える祖父のようなルードの言葉に、ルードも何も変わってないなと思った。
…しかしそこに少し感じる、違和感。


「これから忙しくなるぞ。今までみたいに平和な日常はもう…ないのだからな」

「メテオとかいうデッカいもんが迫ってきてますからねー」

「ウェポンとやら…もな――」


普通の会話。何てことない、ただの会話。けれど、どこか腑に落ちなかった。まるで自分が元からそこにいたような自然な流れの会話に、自分だけが何故か置いて行かれているような気分が広がって。


「…あの、」

「何だ?」


そそくさとデスクに戻って行く皆を視線で追いつつ、シンバはツォンを呼び止めた。
きっとそれが彼らの日常で。…しかし、自分には、非日常で。


「…なんも、聞かへんのですか?」


感じた違和感。それは、誰も自分について問うてこなかった事だ。忘れてしまっていたがオフィスに入る前にそこんとこのシュミレーションもバッチリしていた。だから、不思議だった。彼らが当然いろいろと聞いてくるだろうと思って返答を考えていたのに、誰も何も聞いてこない。まるでそれが当たり前というように。…自分が戻ってくる事が、当たり前の事だというように。


「…何をだ?」


ツォンはあの時と同じ言葉であの時と同じ顔をしていた。その表情を見たら、喉まで出かけていた言葉がグッと詰まった。そんな自分にツォンは一つ笑みを浮かべる。それに全てを見透かされたような感じがして、


「…お前が戻ってきた。それだけで十分じゃないか?」

「…!!」


ズシン。と心にその言葉がのしかかる。皆ずっと信じていた。自分がタークスに戻ってくる事を。自分の仲間は皆であると思っているという事を。アバランチに捕まって仕方なく向こうについて行っていただけだと。
…何も知らないから、彼らは。自分の勝手な思いも、意向も。ただ起こった事実を純粋に受け止め、純粋にそれを感じているだけ。そして純粋に信じて待つ。…それだけだ。


「……、」


ただ振り回されていたのは、自分だけかもしれなかった。







***







「――みなさんお集まりになった?この者達が世界をこんな混乱に蔑めた張本人達よ!!」


まるで演説でもするかのように高々と声を張り上げ、スカーレットは目の前に集う記者やカメラマンに向かって言い放った。

報道室に通されたティファとバレットに、うっとおしいほどのフラッシュが浴びせられた。こんな事で有名になるなんて思いもよらないし、なりたくなどないなんて言わずもがなである。怒り狂って全てを否定したかったが、…しかし、スカーレットの言い分やルーファウスの言葉はあながち間違いではない事も事実。メテオを呼んだのはセフィロスだが、その原因を作ってしまったのは自分たちだ。
けれども勝手な処刑に納得がいかないのも事実ではある。矛盾したそれを抑えるのに、バレットは複雑な気持ちだった。


「スカーレットさん、何故今回はこのような処刑を?」


太っちょな記者がスカーレットにマイクを差し出した。


「メテオで混乱した民衆をまとめるには誰か、悪者を作るのがベストなのよね!」

「悪趣味…」


力ない声でティファが呟く。


「キャハハハハハ!口には出さないけどみんな本当はこういうのが大好きなのよ!…さ、まずはこの娘からよ!」


スカーレットが乱暴にティファの腕を引いた。


「やるんならまず俺からやれ!!!」


つっかかるバレットの大きい体を神羅兵数人が束になって抑える。一瞬、緊迫した空気が辺りを包んだ。


「ほらほら、カメラさんこっち!!こういうお涙頂戴芝居が最高にウケるのよね!!」


スカーレットはそれを見てより一層楽しそうな声を上げた。まるでテレビドラマでも撮っているような気分なのだろう。そのままスカーレットはティファをガス室へと強引に押し込んだ。


「何するのよ!!」

「私の特製ガスルームよ。じっくり時間をかけて思う存分苦しんで頂戴ね」


果てしなく悪趣味で、何処をどうとっても最低な奴。神羅兵によってイスにしっかりと固定されながら、ティファは呆れたような怒りを見せるようなどちらとも言えない目をその女に向けた。


「生意気ね!!」


その視線を感じてスカーレットはティファに手をあげる。…この女とは一生仲良く出来そうにない。少し痛む左頬を感じながらティファはそう思って、そしてそれ以上は何も言わなかった。


「さ、楽しいショーが始まるわよ!キャハハハハハ――!!」


甲高い笑い声が、部屋中に響き渡った。



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