「――……、」
タークスのオフィスを後にしたシンバは、ゆっくりとした足取りで神羅の建物内を巡っていた。
その服に身を包んで神羅兵や幹部の人と挨拶を交わせば、タークスにいたあの頃の記憶が一つ一つ自然と蘇ってくる。…なんだかんだで結構充実した時を過ごしていたな、と身を浸す。デスクワークとオフィスという単語だけを切り取れば、日本にいた頃とほぼ変わらない日常だったと言っても過言では無い。
神羅は何も変わらない。変わっていない。行けるところ、全てを見て回る。脳内を神羅の景色で埋め尽くすように。…今までの旅の思い出を、塗り替えるように――
「――シンバ…!?」
その時だった。急に、それは意表を突くように、シンバの耳に入ってきた。聞き慣れたその声に振り返れば、外の赤よりも鮮明な赤を放つ彼。ここでいつも見てきた、あの姿のままの彼がそこにはいて、
「、レノ」
「お前っ…!?」
自分に向けられるその顔は、今までに見たことがないくらい。驚きすぎて言葉を失った彼は、いつもの彼らしくも無く。
「…久しぶり」
ドクドクと鼓動を上げていく心を鎮める。平然を装えと、言い聞かせる。
「…いつ、戻ってきたんだよ…?」
「……昨日、」
正確に言うともう少し前なのだが、何故かシンバは嘘をついた。
「っ…ちょっといろいろあってな!ホンマはもっと早う戻ってくるつもりやったんやけど!」
「っなんだよそれ」
「…敵を欺くにはまず味方からって言うやん?」
辛気臭い雰囲気は作りたくなかった。だから、なるべく明るく振舞おうと努力したが、レノの顔は未だに怖い顔をしている。…彼は知らないから。自分が自分の意志でここを出ていった事。彼からしてみれば自分はアバランチに連れ去られたようなもので。彼からしてみれば自分の居場所はココだけだったはずで。彼からしてみれば裏切られたのは、彼自身なのかもしれなくて。
「だからってお前っ…!」
「ごっ、ごめんなさい!!」
「俺がどれだけっ…――!」
「怒らんとって!!怖いから!!」
怖い顔のレノと泣きそうな顔のシンバ。どんなに言い訳したって許されない事くらい、わかっている。今までの彼の態度を見ていればそれは歴然だ。自分の事を一番心配していてくれたのも、自分の事を一番取り戻そうと必死だったのも、全部、全部目の前の彼が、一番――
「っ!?」
逃げ腰だったシンバの腕がレノによって捉えられ思いっきり引っ張られた。脱臼するんじゃないかと思うくらいのいきなりのそれに一瞬何が起こったのかわからなくなったが、…気づけば自分は。
「ッ――」
レノの、胸の中にいた。
「…シンバ、」
ぎゅうと音がなりそうなくらい、抱きしめられる。それでも、後頭部に回った右手も、背中を支える左手も、痛いくらいに優しい。
息も出来ないくらいそれは、まるで今までに出来た二人の間の隙間を埋めるような、
「とにかく…よかった」
「!」
今までとは打って変わって穏やかな声が頭の上から降ってきた。自分の肩に顔を埋める彼の表情は見れないけれど。目の前に広がる赤と同じように、自身の顔がその色に染まっていくのがわかった。
「もう、勝手にいなくなんじゃねえぞ」
「……はい」
レノはゆっくりとその顔をあげた。染まった顔を見られたくなくて少し俯いていると、レノの手が顎にかかる。
「シンバ」
そして、クイッと顔を上げさせられる。またと近づくレノの顔。その目は自分の目と合わさること無く、いささか下の―そう、自分の唇に向けられていて。漂う空気は、先ほどよりも少し甘く。…なんだコレ。なんだこの状況。もしやこれは。
「っば!?何すんねん!!!」
パチンッ――!!
レノの頬にシンバのビンタがキレイにクリーンヒットし、漂っていた甘い空気が一掃された。
「ってー。…なんだよ、もうちょっとだったのに」
「っアホか!!」
ニヤリとレノは笑った。…この男、今までのは全て演技だったのではあるまいな。コイツの為にちょっとでも罪悪感を感じた自分が恥ずかしい。こんなところでも抜け目がない。まったく恐ろしい男である。
「相変わらずやなお前!!!」
「久しぶりの感動の再会にチューは必須だろ?」
「いらんわそんなもん!!!」
「なんだよ、前もそうやって――」
「〜〜〜!!!」
そのレノの言葉にウータイでの一コマが嫌でも思い出された。…この男、本当に最低だ。たかがキス一つと、きっと何とも思ってないのだろう。いろんな女としすぎてその神聖さをきっと忘れてしまっているのだ。彼にとってそれはただの挨拶。くそ。そんな男に唇を奪われてしまった。自分にとってそれは、それは――
ビーーッビーーッ――!!
「「っ!?」」
そんなシンバの心情を打ち消すかのように突如鳴り響いた、警報サイレン。
「な、何!?」
「…ウェポンか――!」
レノが窓越しに外を見る。シンバもそれに続いて外を覗き見た。
「…ウェポン――」
そこには、水しぶきを上げてものすごいスピードでこちらに向かってくる何かの姿があった。
*
「――ウェポンです」
「…最近やけに多いな。防げるか?」
ルーファウスとハイデッカーはとある一室からその光景を眺めていた。意外にも彼らはどこか冷静を保っている。これで何度目かは覚えていないが、北の大空洞から目覚めたウェポンがジュノンに接近する事が多々あったからだ。
「なんとか。攻撃の許可は?」
だが、それがここばかり攻めてくる理由はわからない。もしかしたらウェポンは、セフィロスの敵対する相手をしっかりと把握しているのかもしれない。
「聞くまでもない」
「自慢の大砲を一発喰らわせます」
満面の笑みでルーファウスにそう言うハイデッカー。宝条が実験の恋人ならコイツは兵器の恋人である。…その兵器がスカーレットによって制作されていることはこの際黙っておく事にしておくが。
「全砲門開け!キャノン砲修正、目標ウェポン!!」
ハイデッカーの声に合わせ、ジュノンの壁を覆うように備え付けられている全砲門が開かれていった。キャノン砲が全ての力を集結し始め、瞬く間に光でその中が溢れていく。
『準備整いました!』
兵からの知らせに、ハイデッカーは無言で頷き、
「キャノン砲…」
ハイデッカーはその手を高々と上げた。
「発射ーーーーーーーーー!!!」
無駄に長い溜と大きな声。ビシッと指差すポージングを決めたハイデッカーは、それだけでご満悦のご様子でした。
チュドゥォォォォォォォン――!!!
放たれたキャノン砲は遥か彼方海の水面に命中し、激しい爆発音と共に水が、空気が、狂ったように暴れ出した。
「…やったか?」
「おそらく……」
辺りに一瞬静寂が訪れる。…しかし、またと警報が鳴り響いた。
『ウェポン接近!速度50ノット!まっすぐこちらに向かってきます!!』
「…バカな!命中したはず!!」
「キャノン砲は?」
「準備に時間がかかります!」
「それまで時間を稼げ!」
「は! 全砲門開け!目標ウェポン!陸に上げるなよ!!」
キャノン砲の周りに備えられている無数の大砲や、神羅兵達が担ぐロケットランチャーから一斉にウェポンに向けて射撃が始まった。
…しかし。
『速度70ノット!ウェポン、なお接近中!ダメです!!衝突します――!!』
「――おいおい…こりゃマズイぞ、と」
苦笑いをかますレノを見ると、さすがのタークスのエースもこれにはお手上げなのだろうと思った。自分が想像していたよりも大きな兵器に、驚きを通り越した何か別の感情が沸き起こる。…しかしデカすぎ。きっとゴ◯ラってこんな感じなのかなと思う自分の冷静さはどこか余裕を持っているからなのかは定かではない。
「オフィスに戻るぞシンバ」
「うん」
シンバがレノの後に続こうとしたその時。
ドゥオオオオオオオンン――!!!
「「っ!?」」
辺りに起こった地鳴り。それは地震なんかではなく、まるで体全体が地面に叩きつけられるような衝撃。シンバはバランスを崩し、その場にへたりこんでしまった。
「シンバ!」
「ダイジョブ…!」
「ウェポンが攻撃してきやがったんだ!ここももう、危ないかもな――」
ふと外に目を向ける。赤い光と、それを覆い隠すように舞い上がる黒煙。
「…あそこは報道室だな」
小さくレノはそう呟いた。…きっと彼も、そこに誰がいるのか知っているハズで。
「…戻ろ。オフィスに」
それを掻き消すように、シンバは少し冷たくそう言った。
***
「――何…!?何が起こってるの…!?」
強い衝撃がガス室とティファの両方に襲いかかっていた。薄暗かった部屋に光が差し込み、少し眩しくてティファは一瞬目を瞑る。
その衝撃でティファをとり巻こうとしていたガスは止まり、動きを封じられていた手錠も外れてしまっていた。…とりあえず、ラッキー。何が起こっているのかは後回しにして、直ぐにでもここを出なければとティファは思考回路を変えた。
「どうしたの?こら!開けなさい!!」
聞こえて来たのはスカーレットの声。自分でこんなところに入れておいて今度は出てこいだなんて何て勝手な女なんだ。この女絶対友達いないだろうなと思いつつ、ティファは光が差し込む天井の穴へ手を伸ばした。
それは、希望の光のように輝いて見えた。