69 afresh see you



「――ようこそ!俺様の飛空艇ハイウインドヘ!」


自慢げに言い放ったシドの声は、その飛空艇内によく響き渡った。
自分こそ久々に乗ったハイウインドに些か興奮気味のシドが目を向けた先にいるティファは、そんな事もお構いなしに暗い雰囲気を醸し出している。


「…どうしたい!もちっと感動しろい!!」


北の大空洞でシド達はルーファウス達に見つからないように同じハイウインドに乗り込んでいた。乗っていた神羅のクルーが伝説のパイロットであるシドと出会えた事に感激している事を逆手にとって彼らを仲間に引き込み、シドはハイウインドを神羅から奪う計画を企てていた。

しかしハイウインドは手に入ったものの、ティファやバレット、シンバが捕まってしまったのが誤算となってしまった。パーティの主力メンバーを堂々と救出するのには負担がデカ過ぎると判断した彼らは、彼らが捕まっている間ずっと救出のチャンスを伺いその身を潜めていたのである。…いつぞやと同じ、そう―各々が神羅兵やその他になりすまして。

そうしてウェポン襲来のどさくさに紛れて作戦を実行し、なんとか二人を救出する事は出来たのだが。


「……」


きっといつものティファなら感窮まった感想を言っていてくれたに違いなかった。…いや、嘘でも明るく振舞って欲しかったのだ。話題を変えたかった。払拭したかった。先に救出しハイウインドに乗り込んだバレットの口から出た言葉に包まれた、この淀んだ空気を。


「シド…」

「……おぅ、」


気遣うようなレッドの声に、シドもついにそれを諦めた。


「メンバー…足りないね」


ポツリと呟くティファの言うメンバーは、二人。ティファはそのうちの一人はもうここに乗り込んでいる事を期待していた。…いや、二人とも、だ。

彼がいないと言う事は、あれは本当の出来事であって。
彼女がいないと言う事は、あれは本当の言葉であったという事。


「まぁ、…あれだな」

「……なんだよ、あれって――」


無意味なやり取りを繰り返すバレットとシド。二人とも自分からその話題に触れるのには気が引けていた。けれども沈黙は気まずい。中身のない会話を繰り返す他に、二人はなす術を持っていなかった。


「オイラ、やっぱり信じられないよ…――」


そのやり取りに終止符を打ったのはレッドだった。誰よりも先に彼女を知り、誰よりも彼女に親しみを感じてきたレッド。バレットからその事実を聞かされたレッドは、今だそれを信じる事が出来ていなかった。…否、信じられないのはここにいる誰しもがそうであって、


「「……」」


しかしレッドの言葉に、誰も何も返す事が出来なかった。


「……ちょっと、いいか」


しばらくして、黙っていたヴィンセントが口を開いた。皆の視線を受け取ったヴィンセントは、意を決したように話し始めた。



ヴィンセントは自分が知っているシンバの全てを話した。
何か重大な秘密を持ち続け、苦しんでいた事。セフィロスに同志と呼ばれていた事。エアリスの行動を知っていた事。旅を辞めるその理由がクラウドやセフィロスにあり、そして第一に星の為であるという事。

黙っていてと言われたが、ヴィンセントは話さずにいられなかった。バレットからその話を聞いた時、ヴィンセントは一瞬にしてそれは嘘だと思った。だから、皆にもシンバの実態を知っておいて欲しかった。誰しもシンバはそんな子ではないと思っているのもわかっている。だからこそ、だ。


「…星の為?」

「何か考えがあるのかもしれん」

「……けどよ、考えてみろよ」


バレットとティファが処刑されそうになったのは事実で、シンバがそれを容認していたのも事実である事。ルーファウスに交換条件でも出されていたのなら納得はいくが、シンバがタークスに戻る事も二人を処刑する事も、どちらも神羅側に有利である事がそれを決定的付けているのがその確信を妨げる要因だった。


「……」


ヴィンセントはそれ以上言葉を続けなかった。確かに星の為であれば、わざわざ神羅に戻る必要はなかったはずだ。何故神羅に戻ったのか。その重要な部分を自分に隠していたのは何故か。それが、後ろめたかったのか。

皆の否定したい気持ちを拒んでいるのが彼女自身であるが故に、ヴィンセントもレッドも他のメンバーも、強くはそれを望む事が出来ない板挟みの状態に陥ってしまって、


「…ボク、出来る限りの事探ってみますわ。神羅の情報は、ボクに任して下さい」


謎の解けないパズルを広げ続けていても、何の解決にもならない。これ以上シンバの事を話していても、悪い方向にしか考えられない。ケット・シーは今自分が一番彼女に近い存在であるが為か、そう切り出した。


『…――』


リーブ自身もその真相を、ハッキリと知りたくて。







***







「――おーいシンバ。大丈夫かー?」

「…だいじょばなーい」


レノが振り返った先のシンバは椅子に突っ伏して座って―いや、どんな格好だと思うほどに変な体制で酔いと格闘していた。今二人がいる場所はヘリの中。任務の為に、二人はとある場所へと向かっていた。



ジュノンで起こったウェポンの襲来は、二発目に放たれたキャノン砲によって事なきを得ていた。被害も最小限に抑えられ、タークスに戻ったシンバの最初の任務はそのウェポンの調査となった。…といってもウロウロしていただけで、結局何もしていないのが事実なのだが。

その後シンバはオフィスに呼び戻され、すぐに次の任務に駆り出される事となり、…で、今に至る。


「…あと何分?」

「もう着くぞ、と」


任務の内容は各地にあるヒュージマテリアの回収。ヒュージマテリアは魔晄炉内で圧縮されて生成される高度に集積された特別なマテリアだそうで、それが必要だとガハハな上司から命を受けたツォンは、回収だけなら出来るだろうとシンバをさっそく遠出の任務に抜擢した。そして保護者としてレノが着く事となったのである。


「ニブルヘイムか…いい思い出はねえな」

「……」


シンバは何も返さなかった。自分にとってもその場所は全くいい思い出がないのだが、その内容を聞かれて答えるのに気が引けたからだ。彼らは自分とセフィロスの事を一切知らない。今後も知る事はないだろう。今更それを公言するつもりは毛頭ない。彼らがそれを知って得することなどないし、ましてや教える必要性もない。出来れば無かった事にしたいくらいである。


「お前行った事あるのか?」

「…ある」

「あそこよ、…実は住んでる奴ら全員神羅の連中なんだよ」

「…へえ」

「昔いろいろあってな。…あんまりいい事じゃねえんだけどよ」

「…そか――」


…知ってる。全部。その元凶を作ったのは誰か。その元凶を止めようと必死だったのも、誰か。


「レノさん、到着です」


神羅兵の声によってその会話は強制終了となって。シンバも今ほど過った思考を、スッパリと切った。


「ちょっと休憩すっか?」

「…いや、ダイジョブ」


シンバは意気込むように息を一つ吐き、ヘリから降りた。




*




「――これが魔晄炉…」


初めて入ったニブルへイムの魔晄炉は、画面越しでみたそれと何ら代わり無かった。綺麗なエメラルドの光る光景。漂う熱気。そこから醸し出される異空間。…そして、思われる一つの情景。


「…ここで――」

「ん?何か言ったか?」

「! いや、なんも…」


ここから全てが始まった。

今は使われていない空のカプセルが、今も尚不気味な雰囲気を漂わせていた。


「――…お、これか」


魔晄炉の核の部分の中から帰ってきたレノの手に握られたそれは、マテリア5個分くらいの大きさの、まるで何かの結晶のようなモノだった。レノはそれをシンバに渡し、自身はどこかに電話をかける。その輝かしい姿に、シンバは目を奪われるという事を初めて味わった。


「っし…とりあえず任務完了だぞ、と」

「…あっけない任務やったなぁ」

「何事もないのが一番だろ」

「…間違いないけど」


今一度目の前の輝かしい宝石に目を向ける。確か、ヒュージマテリアはここだけではなかったはずだ。あと3つほどなかっただろうか。どこかに。どこか――


「じゃあ帰るか」

「……なぁ、」


背伸びしながらだるそうに歩き出すレノの背中をシンバは呼び止めた。レノが振り返った先にいた彼女は、今だにそれに見惚れていて、


「…ちょっと、寄り道してええ――?」







***









ハイウインドのティファ一行は、あてもなく空を彷徨っていた。

シンバの話が終わった後で我らがリーダーだったクラウドの話になったが、その淀んだ空気は晴れる事なく一層重いものへと代わってしまっていた。

…彼は今も、セフィロスと一緒に北の大空洞で眠っているのだろうか。崩れ落ちた地面に飲まれ地中の奥深くのライフストリームに飲まれてしまっているのではないだろうか。…しかしどちらにしろ状況が最悪である事に代わりはない。彼の生死がハッキリしない今、ティファ達の中に渦巻く不安は消える事なく、ハイウインドと同じように頭の中を彷徨い続けている。


「――…ねえ、オイラ聞いた事があるんだ」


しばらくして、レッドが口を開いた。

レッド曰く、ライフストリームが時々地上へ噴き出す場所があるのだそうだ。もしかしたら、可能性は低いがそのライフストリームと共にクラウドもそこにいるのではないだろうかと。

このままジッとしているよりも、何か行動を起こした方がいいと誰もが思っていた。彼の為に。…そして、自分達の為に。


「…行ってみる価値はあるな」


タバコの煙を吐き出したシドの声に、皆は頷いた。







***







「――ったくよぉ、こんなとこに何の用があんだよ?」


いささか不満げなレノの声を無視してシンバはズカズカとその建物内に入って行った。…その建物は、その上に大きな大きな鳥を居座らせている、あの場所だった。

入ってすぐその場にいた長老は客だと思ってかその顔に笑みを浮かべようとしたが、自分の纏った黒を見て一瞬にしてその顔を強張らせる。


「…君は、」

「覚えててくれたんですか?」

「…タークスだったんだね」


今だ引き攣る顔を向ける長老。周りの人間は神羅が来たと騒ぎ、身構える者もいた。服装一つでこんなにも態度が変わってしまう事を、シンバは少し悲しくも思った。


「…マテリアを、取りに来たのかい?」


確信したように長老はそう言った。


「違います」


シンバの返事に、身構えていた人々が少し動揺を見せる。


「今日はプライベートで来ました」


仕事じゃありません。ニッコリ笑ってシンバはそう言った。



「――うーわっ、デカイな…」


そうして案内してもらい建物の屋上にやってきたシンバは、間近で見るコンドルのそのデカさに驚かされた。そんな自分とは違って、コンドルが自分を警戒するは事なく、寧ろ穏やかな顔を向けてくれていた。


「…きっともうすぐ生まれるんやろなぁ」


ヒュージマテリアを手にした時にシンバはそれを思い出した。この場所にもヒュージマテリアが眠っている事、そしてこのコンドルのヒナが生まれる事を。けれども今、自分はその新しい命の誕生をお目にかかる事が出来ない。彼らと一緒に見ると約束したのに、もうそうする事も出来ないから。その前に、もう一度だけコンドルに会っておきたかったのだ。


「見たかったけど、しゃあないよなぁ…」


少し―いや、かなり残念。けれども諦めるしか他ない。コンドルの命は彼らによって守られる。それだけでも、十分だと思わなければ。


パシャリ――


シンバはそれを携帯カメラにおさめておいた。


「……、」


後からついて来たレノは、ただ何も言わずにそれを見守っていた。

彼女が何を思ってここに来たのか。このコンドルとどういった関係があったのか。レノには今まで彼女が何を感じ何を思いながら敵対していたアバランチの連中とこの世界を回ってきたのかはわからないけれど。


「…、っ」


けれども今の彼女の姿を見たら少し。…ほんの、少しだけ。
彼女は何かを後悔しているのではないか、なんて。


「……あの子は、一体――?」


レノの隣に並んだ長老の目に映る、コンドルを愛しむように撫でるシンバの姿。


「…タークスだよ。……正真正銘の」


浮かんだ疑惑を振りほどくように、レノは少し強調してそう言った。



「――では、おじゃましました」


コンドルを一通り堪能したシンバはそう言って去ろうとしたが、その際に長老に呼び止められた。


「…本当にマテリアはいらないのかね?」


その顔に浮かぶ、疑惑。彼らにとって神羅は紛れもない敵なのに、その目の前の敵が今、コンドルを愛でただけで帰るのがどうしても信じられないのだろう。


「いりません」


逆に戸惑ってしまっている彼らの言葉にシンバは笑ってしまった。そんなにマテリアを奪って欲しいのだろうか。そうする事は自分にとってさほど難しい事ではない。…けれども、そんな事はしてはいけない。


「…彼らが、取りにきますから」


自分が言う、彼ら。それに気づいたのか長老は目を丸くし何か言いたげだったが、ニッコリ笑って「秘密」と言うように口元に人差し指を当てる。それにまた長老は困ったような顔を見せたけれども、理由は言えない。…それが、シナリオだから。
自分が仲間をやめようが神羅に戻ろうが、それだけは貫き通さなければいけない事だ。表向きではタークス面をしていても、裏ではどちらでもない立場にいなければならない。

直接シナリオに関わっては、いけない。


「シンバ、行くぞ」


レノに呼ばれシンバは足早に長老の元を去った。

…携帯に収めた、コンドルの写真を見つめながら。







***







ケット・シーの情報網によって、ティファ達はそのライフストリームが噴き出すという町、ミディールへと辿り着いていた。

周りを散策するパーティと町へ行くパーティに別れ、ティファとレッド、シドが町へと繰り出している。


「――もう一週間にもなるかの…海岸に打ち上げられたあのツンツン頭の若いの…」

「ああ。むごいこっちゃが…でもありゃどうも変だで」

「どでかい長剣…あの青い目――」


そうして村中を散策していた時。タイミングよく聞こえてきた会話、ティファはそれを聞き逃さなかった。瞬時にティファはその老人達の方へ足を進めていた。


「ちょ、ちょっと待ってください!その人って…!?」


割って入ってきたティファを気にも留めず、老人達はそれを教えてくれた。


「あぁ、この先の海岸で村の者が見つけたんじゃよ」

「もう一週間ほど前の事じゃ。…可哀想にな、ありゃ遠くから流されてきたんやで――」

「クラウド…クラウドだわ!!」


ティファの顔がパッと明るくなった。一緒にいたレッドもシドも、その顔に安堵を浮かべる。まさかこんな奇跡があるなんて。低い可能性にかけてよかったと彼らは自分たちの行動を賞賛した。


「そいつは今どこにいんだよ?」

「この先の、治療所に――」

「クラウド…!!」


ティファは話を最後まで聞かずに駆け出していた。


「――クラウド!!」


治療所の扉を開け放ってそのままの勢いでティファはその名を叫んだ。中にいた看護婦とドクターが驚いた表情を向ける。…見渡す限りでは、そこに金色は見えてこない。


「おやおや…そんなに慌てて、メテオでも降って来たかねお嬢さん?」

「すいません…友人がこちらでお世話になってると聞いたもので――」

「友人?…ああ!あの若者の事か!?」


ドクターの声にティファは確信した。


「彼はどこに…?!」

「隣の部屋だよ。ただ、まだ――」

「失礼します!!」


ティファはまた話を最後まで聞かずに駆け出していた。ドクターの制止の声も気に留めず、ティファはここの扉を開けた時と同じような勢いでその部屋の扉を開けた。


「クラウド!!」


目に飛び込んで来たチョコボのような金色は、紛れもなく彼のもので。


「よかったクラウド…」


格好も居れ立ちも、紛れもなく彼なのに。


「う……あぁ…?」

「クラウド――?!」


目の前の彼は、クラウドではなかった。



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