「――せっかく見つけたってのによぉ…神様ってのは、意地悪だなオイ」
シドが溜息と一緒にタバコの煙を吐き出す。それが煙たくて、レッドはフルフルと首を振った。
「生きててくれただけでも、ありがたく思わなきゃ…」
返事をするのと煙への文句の為に、レッドは迷惑にも似た悲しげな表情でシドを振り返った。
クラウドとティファから離れ、二人はドクターから詳しい話を聞かされていた。
ライフストリームに投げ出され長い間その中に呑まれていたクラウドは、ライフストリーム内に眠る膨大な知識にその体を侵されているそうだ。一度に大量に彼の頭の中に流れ込んだ知識が、彼の人格を失わせている。普通の人間なら耐えきれるものではない。生きているだけで本当に奇跡なのだとドクターは告げた。
「しかし、どんな所にも希望の光はある。諦めてはいけない」
ドクターの声に二人は反応出来なかった。それでもドクターは、話続けた。
「いいかい、君たちが希望を捨ててしまったら…いったい彼はどこへ帰ればいいというのかね?」
「……希望、か」
シドは天を仰ぐ。
「確かに今、俺たちに残されてるのは…そいつだけかもしれねえなぁ…――」
絶望の淵にあった自分たちに残された道。けれどもその道はまだ細く、先は見えそうにない。
…もし、奇跡的にクラウドが治ったとして。…その時彼が纏う人格は、はたして誰なのだろうか。
「…かけるしかないよ、希望に」
願わくば、本当の君に戻ってくれるよう。シドが吐き出した煙と混じるように、白い雲が彼らの頭上を通り過ぎていった。
*
「――さ〜て…どうするよ?」
クラウドも見つかった事で、ハイウインドに集合した一同。
シドはクラウドの状況を皆に伝え、それを聞いた他のメンバーは安堵した表情の後で落胆の表情を浮かべた。
「俺たちに出来る事は何だ?」
ティファはクラウドの側にいるといい、ミディールの治療所に一人残った。またパーティが欠ける事となってしまい、減りゆくパーティに寂しさも感じるが、今はそんな事言っていられない。
「何かねえのか?…クラウドの回復を待つってのは、ナシにしてくれよな」
そんなのいつになるかわからない。ましてや、回復するかどうかも定かではない。その間にもメテオは着々とそのキョリを進めている。自分たちは今、自分たちに出来る事をしなければならない。たとえどんなにメンバーが欠けようとも。それだけは自分たちが決めた道なのだから。
「……あの〜、」
誰も反応を示さなかったバレットの声に、手を挙げたのはケット・シー。
「情報があるんですけど」
「おっ、逆スパイか!?」
少し嬉しそうに言うバレットに、ケット・シーは嫌味を感じた。
「はぁ…もう、開き直りましたわ。……ガハハとキャハハの二人がなんや、やらかすようですわ」
そう言ってケット・シーはどこからか盗聴機を差しだし、皆はそれに耳を傾けた。
『――さて…我々は二つの課題を抱えている』
最初に聞こえて来たのは、今まで何度も聞いてきた神羅の社長の声。
『メテオの破壊。北の大空洞のバリアを取り除きセフィロスを倒す。…何か作戦は?』
『ガハハハハハ!すでに最初の課題はクリアも同然!メテオはまもなく木っ端微塵ですな!』
得意げに話すハイデッカーの声は、盗聴機越しでも煩く感じた。
『その為の作戦は既に実行に移しておるのです!それは各地のヒュージマテリアの回収なのです!』
『ほう…』
『ヒュージマテリアは魔胱炉内で圧縮されて生成される高度に集積された特別なマテリア。そこから引き出されるエネルギーは通常マテリアの330超倍!キャハハハ!!すごいでしょ!!』
得意げに甲高い声を上げるスカーレット。
『そのヒュージマテリアを集めてメテオにぶつけるの!そりゃあもう大爆発!!メテオなんか文字通り打ち砕いちゃうってわけよ』
『メテオにぶつける?我々の技術で可能なのか?』
『それはご心配なく!それよりもまずは、各地のヒュージマテリアを回収すること!』
『すでにニブルへイムは回収完了。残るはコレルとコンドルフォート。コレルは既に軍隊を向かわせております!ガハハハハハ――』
「――コレルだと〜〜〜〜!?」
バレットの声が被り、その後の通信は聞こえなくなってしまった。
「これ以上コレルをどうしようってんだ!!!」
また神羅によってコレルが滅茶苦茶にされてしまうのではないかと、バレットの中に甦る過去の悲劇。ようやく持ち直してきた彼らを、また地に埋めるような事になってしまうのではないか。そう思ったら、バレットは叫ばずにはいられなかった。
「ヒュージマテリアを神羅に渡すわけにはいかねえ!!」
それを止めるのは自分の役目。今度こそ、コレルを守らなければならない。バレットはその拳をギュッと握りしめる。
それに、マテリアを神羅に渡すのは危険すぎる。今自分たちが力を借りているマテリアが、そのヒュージマテリアが無くなることでどうなってしまうかがわからない。もしもその力を借りれなくなってしまえば、戦闘に大分支障をきたしてしまう。それも困る。全く神羅の連中は後先考えず行動するのが好きである。
「それによ、クラウドが帰ってきたらヒュージマテリア見せてビックリさせてやろうぜ!」
得意げに言うバレットはどこか嬉しそうだった。口には出さないけれど、きっとバレットが一番クラウドの事を気に留めているのかもしれなくて。
「行こうぜ、コレルへ!!」
一行は、ミディールを後にした。
***
パンパンッパンッ――
乾いた銃の音だけが響く、射撃訓練場。シンバは一人そこにいた。
シンバの武器は弓であるが、タークスとして行動していく際にそれは目立ち過ぎるということで、銃の扱いにも慣れろとツォンに言われた為だ。
最初はありきたりな銃を扱うなど嫌だと我を通したものの、一回使い出すとこんなに楽な武器はないなと思い知らされ、しかも意外と楽しい事に気づかされた。人の形を成しているマネキンが相手だが、シューティングゲームと同じで撃った後に感じる達成感がハンパない。
「……」
ヘッドホンをしている為か、一人だけの世界にいるような感覚に陥る。無音の世界。自分しかしらない自分を、そこでなら吐き出せる気がした。今まで溜め込んできた思いを銃に込め、無作為にぶっぱなす。心が洗われる気もした。怒りも哀しみも、後悔も期待も、…考えるだけ無駄なのだと。
「ふぅ…」
気が済むまで撃ち込んで、銃を下ろす。目の前にある穴だらけのマネキンは、その原型を留める事が出来ずその場に崩れ落ちてしまった。
「あー…」
撃ち込みすぎたか。と哀れな目でそれを見やる。壊れてしまった人形。
…それは、あの時の彼を表す言葉と同じようで。
「…――」
そういや彼は、大丈夫なのだろうか。
「…っ、」
ガタンッ――!
シンバは勢いよくヘッドホンを机に投げ出すと、押さえつけられぺしゃんこになった髪をグシャグシャと掻き乱した。…見なければよかった。考えなければよかった。連想しなければよかった。せっかく全てを発散させたつもりだったのに。まったくもって、意味がない。
「――なかなかの腕前だな」
「!」
乱れた髪のまま振り返ったシンバの目に映ったのは、この射撃訓練場には似合わない色を纏った男。
「こんなとこに、何の用すか?」
まさか社長もその格好のままで射撃の訓練とかするのだろうか。すこしシンバは想像してみたが、…不釣り合い極まりないなと思う。
「お前がここにいると聞いたのでな」
「…、はあ」
また嫌な予感がした。…ルーファウスの話にいい話なんて今までなかったけれど。
「我々は今ヒュージマテリアを回収している」
そんなのとうの昔に知っている。現に自分がニブルへイムに駆り出されていたからだ。あっけなく、しょうもない任務だったなと振り返る。
「もちろんこれは我々以外知り得ない事だ」
「…」
シンバはゆっくりと、乱れた髪を直し始めた。
「しかし…先ほどコレルにいた兵士達から連絡があってな。何者かにそれを邪魔されたそうだ」
何者かなんて、言われなくともシンバにはわかっていた。
「アバランチの核である大柄の男。それにシド。そしてオレンジ色の獣だったそうだ」
「…へえ、」
ルーファウスはシンバの反応一つ一つを伺うように、ゆっくりとした口調で話す。
何故そんな調子で話すのか。何故それを自分に言うのか。…それもシンバには容易に理解できて、理解できるからこそ、心の底から湧きあがる何かがあって。
「おかしいと思わないか――?!」
ルーファウスが少しその目に動揺を見せた。その目に映る目の前の小柄な女の行動が、予想にもしていないものだったからだ。
「…何が言いたいん?」
シンバは先ほどマネキンを滅多打ちにした銃をルーファウスに向けていた。その眼光は鋭く、かなり怒りを現しているように見える。…下手したら打たれるな、とルーファウスは本気で思った。
「ウチが向こうに情報漏らしたとでも?」
何故彼らは自分たちがヒュージマテリアを集めていると知ったのか。何故コレルに向かっていると知ったのか。それは誰かが直接―いや間接的にでも教えなければあり得ない事。彼らに得する情報を漏らしたい人物など、神羅にはいないはず。…ただ一人、彼らと行動を共にした事がある人物以外は。
「フッ…誰もお前だと決めつけているわけではない」
勘弁してくれと言うようにルーファウスが両手を掲げる。変わらず浮かべられている笑みを見ると、些かこの状況を楽しんでいるのではないかとも思えた。
「だがしかし…その態度を見ると違うようだな」
「っ当たり前や。証拠もナシに犯人にすんな」
一体どんな覚悟で自分がここにいると思っているのか。一体どんな思いをしてここに辿り着いたと思っているのか。彼は全く知らないけれど、無性に腹が立った。…自分の全ての行動を否定するような事を、思われたから。
「っ、」
シンバは向けていた銃を勢いよく下ろし、そのまま机に向かって投げた。大きな音を立てたそれは、シンバの怒りそのものを表しているようで。
「そう怒るな…ちょっとからかっただけじゃないか」
怒った顔も美しいな。そう言ってルーファウスは先ほどとは違う笑みを浮かべた。…でた。でたよまたルーファウスお得意のやつが。いつかと同じセリフを吐かれたシンバは、息詰まった空気を吐き出すかのように溜息をついてそそくさと射撃訓練場を後にした。
「……関わるわけ、ないやんか」
その声は、ルーファウスには届かなかった。
*
「――シンバさ〜〜〜ん!!」
早足で歩いていたシンバを呼び止めたのは、イリーナだった。振り返ってシンバは、その顔に浮かべていた表情を見せまいと無駄に笑顔を作ってみせた。
「…どないしたん?」
「今日、暇っすよね!?」
「あ、うん?」
「呑みに行きましょう!!!」
「は!?」
この世界が終わるかもしれない時にそんな呑気な事。シンバはいささか呆れた顔をイリーナに向けた。
「呑めるのも今のうちですよ!シンバさんが戻ってきた歓迎会まだしてないじゃないっすか!」
いや、歓迎会て。そこらの会社の異動とは全くもってワケが違う。寧ろ歓迎じゃなくないか。元々自分そこにいたわけだし。…ってそんな事はどうでもいい。
「あいにくツォンさんは出られませんけど…レノ先輩もルード先輩もノリノリなんで!」
レノがノリノリなのはわかるけど、ルードがノリノリっていうのは信じられない。シンバは想像しようとしたが、気持ち悪そうなのでやめておいた。
「呑みましょう!今の時代、呑まなきゃやってられないっすよ!!」
「うーん、」
少し考える。…確かに、呑気でいれるのは今のうちかもしれない。それに皆で肩を並べて呑めば、その分気が紛れるんじゃないかとも思った。そうやってタークスとして心を染めていくのも悪くないと。
「…せやな。呑む!呑むわウチ!!」
「っしゃぁ〜〜!じゃあまた後で連絡するっす!!」
そう言ってイリーナはどこかへ飛んで行ってしまった。
「呑み会なぁ〜…――」
思い出すのは、ウータイでの一コマ。
「…アカン。仕事仕事――」
浸ってしまう前に、それを心の奥底に押しやる。
思い出したら負け。
引き戻されたら、負け。
気合を入れるように、シンバは一つ息を吐き出し歩き出した。