「――…なあ、」
手のひらの上でそのずっしりとした重みを計りとるようにヒュージマテリアを投げ弄ぶバレットのその様は、まるで何かをしていなければ落ち着かない人の態度を表しているかのようにも見えた。
「どう思う?」
何故バレットがそんな態度をとっているのか。
…彼の故郷―コレル村は、彼らの活躍により事なきを得ていた。炭坑に使われていた列車で神羅兵とひと騒動やその列車が止まらずてんやわんやしたこともあったが、ヒュージマテリアも自身の手の中にちゃんとある。
「やっぱり…やっぱりオイラ、信じられないや」
問題は、その後でいったコンドルフォートでの出来事だった。
コンドルフォートと神羅の戦いは終焉を迎えており、最終決戦に出撃する事となったバレット達はその戦いに貢献し、見事勝利を収めた。
コンドルの卵からは無事雛が生まれ、前々からそれを待ち望んでいたレッドは心から喜び、新しい生命の誕生に、沈んでいた他のメンバーの心も癒されていた。
ヒュージマテリアは元々長老が持っていたようだが、コンドルの命とその卵を神羅から守る事が第一だった彼らにとってそれ以上の戦利品はなく、長老は自分たちにあっけなくヒュージマテリアを渡してくれた。
…そこまでは、よかった。
『…そうそう。そういえば、あの子が来たよ』
『あの子?』
『大分前に金髪の男と君と、一緒に来た女の子だよ』
『!? シンバが!?』
驚いたのは、レッドだけではなかった。
『…彼女はタークスだったんだね』
それには、誰も返さなかった。
『…いつの話だ?』
『ついこの前さ』
『ヒュージマテリアをとりに来たのか?』
『いや、私も最初はそう思ったんだが――』
「――わっけわかんねえな。…余計わかんなくなっちまった」
何故、彼女はマテリアを置いていったのか。何故、自分たちがそれを求めていると知っているのか。何故、敵である自分たちにそれを譲ったのか。ケット・シーが内通しているのかと問えば、その猫ははち切れんばかりにその首を横に振って否定していた。
おかしい。何かがおかしい。何かしっくりこない。彼女の気まぐれなかもしれない。元からそんな性質を持っていたやつだ、ありえないことではない。
…しかし。
「なんだよ…裏切ったんじゃねえのか?アイツはよぉ?」
どうせなら、マテリアを奪おうとしてきたという言葉を長老の口から聞きたかったところだ。また彼らは彼女の事で悩む事となった。…まったくもって、問題児。それはここにいても向こうにいても、変わらないようで、
「だから言っただろう。…何か考えがあるかもしれないと」
ヴィンセントが確信への一歩を進めていく。それを聞いてレッドは嬉しそうにその顔を綻ばせた。
「シンバ…オイラと同じで楽しみにしてたと思うんだ。コンドルの赤ちゃんが生まれる事」
あの時、旅の最初にコンドルフォードに寄った時。皆で誓ったのだ。また神羅が襲ってくるような事があれば、自分たちが力を貸すと。あの時のシンバに嘘はなかった。…いや、今までずっとだ。彼女は本当に、自分たちの仲間だった。それだけがレッドにとって真実で。
「……これは私の推測なんだが――」
あれ以来、ずっとヴィンセントはその事だけを考えてきた。彼女に一番近かったのはクラウドだが、彼女を一番知っていたのはおそらく自分。今までの彼女の言動や行動から、全ての真意を汲み取れるのは今は自分しかいないと思っていた。
「…ただ、旅を辞めるだけのつもりだったと思うのだが」
自分たちの側にはいられない。けれども行くあては他にない。だから仕方なく、神羅に―タークスに戻った。…仕方なく。それが一番しっくりくる言葉だった。
「…裏切る形をとってでもか?」
きっと彼女は、何も言わずに去れば自分達が追ってくると思ったのだろう。だから、嘘をついた。裏切った事にして、自分を悪者にする為に。
「もう…関わって欲しくなかったのかもしれないな」
彼女は、自身はメテオと同じ厄災だと言った。自分に関わると星がダメになる。そして、クラウドも――
「全ては、仲間である私たちを思っての事だと思うのだが」
ヴィンセントはキッパリとそう言い切った。
――…、
…そう、言い切ったけれど。真実のように、語ったけれど。…全ては自分の憶測の話。本当の核の部分などヴィンセントでさえまだわからないままなのは、とりあえず自身の心に留めておく事にしよう。
「まぁ、…あれだな」
「……なんだよ、あれって――」
いつか行った同じ会話を繰り返す親父二人組。けれどもそれを破ったのは、その会話を切り出した本人だった。
「…アイツらしいんじゃねえか」
仲間を思っての行動。…エアリスと、同じだ。何も語らずに行動を起こすそれは、誰にも言えないからじゃない。迷惑をかけるからじゃない。自分にしか出来ない何かを見つけたからだ。エアリスの後を一人追って行ったのもその為だと思った。今もそう。裏切るという形にはなったけれど、彼女は自分の意志を貫いているだけなのだと。
「何でアイツが厄災になるのかはわかんねえけどよ」
「…根本的な問題は、そこだな」
それさえわかれば、全てが丸く収まるのに、なんて。
「まぁ、とりあえず。…そっとしといてやろうや」
シンバだって子供じゃない。自分の道を自分で決めたのだ。自分たちを追い込んでまでそうするのは、並大抵の覚悟ではないだろう。だから彼女の意思は、尊重してやらねばならない。戻ってこいなんて言えない。命をかけて星を救う旅だ、それを誰にも強要は出来ない。
「そうだな。…俺たちは、俺たちの旅を続けよう」
それが本当にしろそうでないにしろ、今はそう思っておく事にしよう。その方が自分たちもスッキリする。また裏切られたら裏切られたでいい。…その時は、その時だ。
「……そうだね、」
レッドがまた寂しそうに耳を項垂れ、シドが慰めるようにその頭をはたいた。優しく見えるそれは、やられたレッドからしてみれば少し乱暴だった。
「二度と会えないわけじゃねえだろ」
「この星を救ったらひょっこり戻ってきたりしてな」
「ありえるな!なんでもねぇって顔してよ」
「…でも、…クラウドが聞いたら――」
その先は、レッドには言えなかった。
*
シド達はヒュージマテリアとシンバの事を伝える為、そしてクラウドとティファの様子を見に行く為に再びミディールへとやってきた。
「最近どうも海が騒がしいんじゃ…またライフストロンガーっちゅうのが海底まで暴れとるんじゃ…」
雑談を持ちかけてきたあの時の老人。ライフストリームをえらく勘違いして覚えているようだが、訂正してもきっと直らないだろうと思いあえて誰もそれにはつっこまずに話だけを聞く。
「星も怒っとるのかもしれんのぉ〜…」
「今までワシらは、この星にやりたい放題じゃったからなぁ〜」
ズシンと、その言葉は彼らの心にのしかかった。…確かにそれは間違っていない。セフィロスという問題児が現れ、メテオという厄災が降ってくる始末。星の怒りもごもっともである。
老人達の会話を噛み締めながら、バレット達は治療所へと向かった。
「――…よぉ、ティファ。…クラウドはどうだ?」
既に目の前に映る彼の様子は聞かなくても一目瞭然だったが、シドはあえて明るくそう言った。虚ろな目で天を仰ぐクラウド。彼はまだ、ライフストリームの中で悶えているようだった。
「クラウド…全然良くならないの」
久しぶりに見たティファはなんだかやつれているように見えた。こんな状態のクラウドにつきっきりの彼女も、いつかおかしくなってしまうんじゃないかと思えるほどに。
「私、どうしたらいいか――」
悲しむティファを見ると、ヒュージマテリアもシンバの一報も、何だか言うのが気が引けてしまって。
しばしの沈黙が流れる。響くのは、クラウドの声にならない悶声だけだった。
「「…!?」」
しかし、その時。…第六感が感じる、何か。
そしてそれはすぐに表面に現れる。
ゴゴゴゴゴゴゴ――!!
「「!?」」
「地震かっ!?」
先ほどの老人の言葉が一瞬に頭の中に蘇る。もしかしたらライフストリームが地上に吹き出そうとしているのではないか、と。
「様子を見てくる!ティファとクラウドはここにいろ!!」
そう言って治療所を飛び出したシド達。
「っな…!?」
その視界に入ったのは、ここに現れるとも想像だにしなかった黒く大きな物体だった。
*
「――チクショウ…!!アイツ強えぞ!!」
現れたウェポンと一戦を交えざるを得なくなってしまったシド達は、その恐ろしい強さとの境遇に久々にピンチを感じていた。…つうかデカイ。それだけでもかなりの格差であるというのに、ところ構わずウェポンは攻撃を仕掛けてくる。
このままではこの町が崩れてしまうのではないか、自分たちもやられてしまうのではないかと思い始めていた。
…しかし。
「逃げるぞ…!?」
ウェポンが、急に飛び去ってしまったのである。
「好き勝手暴れるだけ暴れて…卑怯じゃねえか!」
何時の間にか地震も収まっていた。一体何だったのだろうかとしばし呆然と立ち尽くす。少し不気味なくらいの沈黙に包まれたその場。それはまるで、嵐の前の静けさのように、
ドゥオオオオオオオオォォン――!!
「「っ!?」」
案の定、といったところか。再び襲ってきたそれは、地面に皹を作るほどのモノだった。…これはマズイ。今度こそライフストリームが吹き出してくるかもしれない。どうしてこう災難が続くのだろうか。シド達は自分たちの運の無さを度々恨んだ。
「逃げるぞ!」
「ティファ!クラウド!!逃げろぉおおお――!!」
「――ここも危ない…!逃げよう!!」
先ほどの地震とはケタ違いな規模の揺れに身の危険を感じたドクターにそう言われ、ティファはクラウド乗る車椅子に手をかけた。
「なにも心配しなくていいのよ、クラウド…」
いつも通り反応はない。けれども先ほどの地震が起こってから、クラウドの様子が少し不安定な事にティファは気づいていた。
「いい?クラウド…行くわよ!!」
車椅子の使い方を誤るほどにティファはそれを尋常じゃないくらいの力で押した。砂地である地面に揺れる車椅子とその上のクラウド。今まで何をしても変わらなかったクラウドの表情が、ものすごく驚いたものに変わっているのをティファは知らない。それを見る暇もティファには無かった。早く安全な場所へ向かわなければ、またクラウドがライフストリームに、
「っきゃぁぁぁ――!?」
そんなティファの願いを、崩れた地面が打ち砕く。
ティファとクラウドは、真っ逆さまに地中の奥へと飲み込まれていった――
***
「――……」
ライフストリームの中で、ティファはクラウドの意識の中にいた。曖昧になった彼の記憶の断片はそれぞれに、しかし確かに彼の中に眠っていたのをティファは己自身で確信した。
「クラウド…探してるのね、自分を――」
ここで、本当の彼を見つける手助けをする。それが自分に出来る事。今まで何も出来なかった分、ここで。彼を支えるのだとティファは心に決めた。
二人は一つずつクラウドの記憶の元を辿って行った。5年前のニブルへイム。幼き頃の二人が交わした約束の場所。クラウドしか知らない記憶の断片。そして、本当に彼が見て来た景色たちを。
クラウドが―いや、クラウドの中に埋め込まれたジェノバ細胞が作り上げていた人格は、彼が昔慕っていたソルジャー1STのザックスという人物と、彼が見てきた周りの全てを融合し創り出した幻想だった。
ソルジャーになると大口叩いて村を飛び出したクラウドが憧れていたそれになれる事は無く、そんな自分を恥らって来た彼はソルジャー1STだったザックスに強い憧れを抱いていた。その弱い心と強い憧れが創をなして、新しい彼を創り上げてしまったようなのだ。
「……――」
クラウドはその事実全てを受け入れ、ティファも全てを受け止めた。
そうして彼は全てを見つけた。彼の記憶の全てを。…本当の、自分を。
「――ティファ、やっとまた…会えたな」
その言葉の重みに、ティファの視界が揺らぐ。
「馬鹿…!っ皆に心配かけて…!!」
目の前に映る彼の姿に、もう偽りなど何もなくて。
「帰ろう、クラウド。みんな待ってる…」
ティファの目から一粒の涙が落ち頬を伝った。
それは、心の蟠りが解けた印のようにも見えた。